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異世界転々  作者: 赤井天狐
第三章【魔女】
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第百四十話【敵を知り、己を知れば】


 朝になって、そして僕達はアテも無くヘカーテさんを探し始めた。

 あの人が無事でいるとすれば、考えられる候補はふたつ。

 僕達と同じように逃げ回っているか、手傷を負ってどこかに身を隠しているかのどちらかだ。

「どちらにせよ、ヘカーテも派手には動けない筈です。ですが同時に、動かなければならないと考えている可能性も高いでしょう。少なくとも、ヘカーテから見た私達は……」

「……紅蓮の魔女を相手に生き残れる戦力ではない……と。まあ……事実だよな……」

 こうしてなんとか生きてはいるものの、一歩間違えば……という状況に何度も陥っている。

 たまたま死んでなかっただけ……と、そう言われてしまったら、黙って頷くしかないくらいだ。

 でも……或いはそれも、たまたまではないのかもしれない。

「……? アギト、どうかしたの?」

「あっ、いや……こうして生き残れてるのは、割と殆どキルケーさんのおかげだよなぁ……と」

 ありがたやありがたや。と、わざとらしく手を合わせて拝んでいると、ミラもそれに乗っかってキルケーさんに抱き着いた。こらこら、それは違うだろ。

 キルケーさんもなんだかまんざらでもないって顔で、嬉しそうにミラのことを撫で回している。

 そう。誤算があるとすればこの人だ。

 僕達だけでは到底逃げ切れなかった。

 けれど、きっとキルケーさんだけでも無理だ。

 偶然と言うしかないのだが、キルケーさんとミラの相性が抜群に良い。

 性格的な面でも、魔術的な戦力という面でも。

 ミラの考える無茶苦茶を実現させてしまえる存在が、僕達の生存のキーなのだ。

「ほら、ふたりともあんまりじゃれないの。キルケーさん、何か無いんですか? 待ち合わせ……と言うか、合流するって決めてる場所の中で、特に優先順位が高い場所とか。ここだけは特別……みたいな」

「うーん……一箇所に留まれば危ないし、何かを作っても壊されちゃうからねえ。どこに行っても最低限、どうあっても一晩は過ごせるように上手く躱してきたから……」

 本拠地のようなものは無い……かあ。そうなると……うぐぐ、やっぱり厳しい。

 ふたりは紅蓮の魔女の活動圏内で上手く逃げ延びて生活してきたと言う。

 だが、活動圏……なんて言葉に、ついうっかり範囲が限定されているだなんて考えてはならない。

 紅蓮の魔女も、キルケーさんやヘカーテさんも、大きな翼があって空を飛べるのだ。

 僕達のものさしとは根本的なところが違う。アーヴィンと、ガラガダと、クリフィアと……と、歩いて一日で行ける範囲をイメージしていては話にならない。

 ザックやフィーネが半日掛けて訪れるような距離を——例えば、アーヴィンからキリエ……いいや、王都よりももっと遠いかもしれない距離を——彼女達は優雅に飛行してみせるのだろう。

「なら、そろそろ試してみる価値はあるかもしれないわね。アギトさん、提案があります」

 はい、ミラちゃん。発言を許可します。あれ? いつからここは教室になった?

 なんだか珍しく畏まった顔で、ミラはひょいと手を上げて発言権を求めるような仕草をする。

 そんなの気にしたことないでしょ、貴女。何を今更……

「そろそろ、こちらから合図を送ってみるのはどうでしょう。勿論、そんなことをすれば……」

「…………見つかる……だろうね。ヘカーテさんにも。勿論…………マーリンさんにも」

 うっかり寝ててくれたら……と、そういう可能性もむしろ減っている。

 相手はマーリンさんひとりじゃない、ザックもフィーネもいる。

 フィーネがどれほど厄介かは分からないが、ザックは手強いぞ。何せ元々魔女の力を分離させたものだったわけだから。

 魔力の感知も出来ると言っていたし、それにその大きさ故に速さもとんでもないものだった。

 あと、単にデカ過ぎて怖い。

 一度と言わず何度もその背中に乗せて貰ってるからね。まるまるもこもこな外見をしているが、ふわふわな羽毛の下は、ごりっごりに鍛え上げられた筋肉の塊だと知っている。猛禽類だもの。

「…………それでも、今になってそういう提案をしたってことは……何か策があるの?」

「いえ……残念ながら、策はありません。ですが、戦力の把握という点で、私達は不利を少しだけ覆しています。

 元々が酷いものですから、微々たるものですが。少なくとも、何があるか分からないという状況は脱せています」

 魔術による合図を送れば、まず間違いなくひとりと二羽に見つかり、追い掛け回されるだろう、と。

 成る程……つまり、やっぱり状況は最悪なのでは?

 ミラの言いたいことは分かる。

 ザックやフィーネがいるのかどうか分からない。もしかしたら、もっとヤバイのがいるのかもしれない。そういう完全未知の状況よりはマシになっている。

 相手の戦力が絶望的な程充実しているのを理解出来ている。

 全然嬉しくない情報でも、まるで分かってない時よりはまだマシだと言いたいのだろう。

「でも……結局さ、目立つ行為が悪手だってのには変わりないよね……? 致命的になる可能性が高い……から、致命的になるって確信に変わってるだけで」

「はい、そうですね。ですが、それだけでもありません。確かに手強い…………とんでもなく厄介な相手ですが、いると分かれば逆用してしまえば良いのです」

 逆用? ザックとフィーネを?

 僕もキルケーさんも首を傾げるばかりだが、ミラは何やら自信ありげに胸を張るのだ。

 でも……だ、大丈夫かな。今回、ミラは割とポンコツと言うか…………メンタルボロボロで、正直頼りないのだが。

 また焦りや不安から、無理に手を打とうとしてるんじゃないのか……って。そういう疑念も生まれてしまう。

「一番厄介なのは、フィーネとザックの感知範囲が分からないことでした。

 ですが、先の接触でなんとなく……本当に推測の域を出ませんが、フィーネの索敵範囲は把握出来ました。恐らく、私よりも少し広いでしょう。やはり目が良いですからね」

「ミラちゃんよりも…………? あの、ミラさん。つかぬことをお伺いしたいのですが……」

 それ、詰んでません……? と言うか……今まで保証されてると思ってた安全、破綻してませんかね…………?

 僕の問いに、ミラは苦い顔で笑って……でも、首を横に振った。

「これまた推測ですみません。ですが、そうではないと思います。

 ザックもフィーネも、周囲には気を配っているでしょう。ですが、マーリン様とあの二羽とでは上下関係がハッキリしています。

 たとえフィーネが危険を感知したとしても、それがマーリン様に害を為すものでないのなら、無視するでしょう」

 つまり、フィーネとザックに見つかる分には問題無いのです。と、ミラはそう言った。

 ほ、本当に…………? どうにも疑ってしまう僕とキルケーさんに、ミラはむうと頬を膨らませて、更なる説明を追加してくれる。

「当然です。でなければ、私達はとっくに追い回されている筈ですから。

 ザックもフィーネも——フクロウとは夜行性で、私達が眠っている間にも活動を続けることが出来ます。

 それでも追い付かれる気配が無いということは、そもそも追う気が無いか、或いはあの二羽はそういったことに関与していないのでしょう」

 なので、マーリン様のすぐ側で下手を打たなければ大丈夫なんです。と、ミラはそう続けた。

 ふむ…………確かに。正直、僕は……その…………考える力が足りてない感あるからさ……っ。

 ミラみたいに頭が良くて口の回る奴に何か言われてしまうと、そうなんだろうなって思ってしまう節がある。でも、それはそれとして。

「……キルケーさんはどう思いましたか? 今の説明……その、俺とミラちゃんは元から知ってるマーリンさんと、そのお供の二羽の印象に引っ張られる懸念がありますから。やっぱり、一番客観的に見られるのはキルケーさんだと思うので……」

「え、ええ……っと……うーん。ミラちゃんの言う通り、追い掛けて何かするつもりなら、もうとっくに追い付かれててもおかしくない……とは思うよ」

 でも……と、キルケーさんは歯切れ悪く俯いてしまった。

 不安……だろう。今彼女を踏み留まらせているものは、恐怖からくる不信感や不安感だ。

 それをして……してしまって、今度こそ逃げられない状況であの紅蓮の魔女に追い掛けられたら……と。

 その恐ろしさをずっとずっと目の当たりにしてきた彼女だからこそ、今は以前のようには逃げられないという事実が重しになっている筈だ。

「……アイツに見えないように出した合図で、ヘカーテがそれに気付けるかっていうのも分からない。そこはどうするの?

 何回も何回もやってたら、あのフクロウ達も怪しんだり、いつかアイツに報告したりするかもしれないよ?」

「そう……ね。そこは本当にネックだわ。でも、解決策が無いわけでもないわ」

 ほんと? と、キルケーさんは目を輝かせた。

 その解決策とやらが有効なものなら、当然ヘカーテさんとの再会が近付くのだ。嬉しいのは当然だろう。

 だが……うーん、嫌な予感が…………いやいや、信じてやらないと。他にアテも無いしさ……

「時限式の魔具を作って、それを遠くから観察するの。現場に着いたマーリン様からは気付けないだけの距離を、これなら確保出来る。

 繰り返せば……キルケーの言う通り、ザックやフィーネに目を付けられるかもしれない。だから、そう何度も何度もは試せないけど……」

 やらないよりはずっとずっとマシよ。と、ミラは鼻を鳴らして拳を握った。

 やっぱり、ずっと責任感じてたもんな。

 ヘカーテさんと離れ離れになったのは、ミラが焦って暴走した所為でもあったわけだし。

 そんなミラのやる気にキルケーさんも触発されて、早速魔具ってものを作ろう! と、張り切ってミラを抱き上げた。

 おーっ! なんて気合い入れてるってことなんだろうが…………ごめん、降ろしてあげて。

 本人も楽しそうだけどさ…………あやされてる子供にしか見えないんだ。

 真面目な話だったじゃない……どうしてこうもゆるい空気になっちゃうのよ……


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