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異世界転々  作者: 赤井天狐
第三章【魔女】
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第百三十二話【あらためて】


 ミラの表情から、気負いや不安といったものが少なくなったのが分かった。

 僕の言葉が届いた……とは思わないけどさ。ただ、今のミラは本当に余裕が無いんだな、って。

 マーリンさんという数少ない依存先が朧になると、あんなにも取り乱してフラフラしてしまうんだな。

 今は……正直、キルケーさんにその代わりをやって貰ってなんとかしてるって感じで、申し訳無さと自分の無力さへの呆れでいっぱいいっぱいだ。

 でも……でも、とりあえずは元気になってくれたのだから。ひとまずここは良しにしよう。

「……さてと。叩いてごめんね、ミラちゃん。落ち着いたなら、これからの話をしよう。と、その前に……現状の整理が先か」

「んむぐ……はいっ」

 元気なお返事だこと。

 ミラはすっかり仲直りしたキルケーさんの膝の上で、にこにこ笑ったまま大きく頷いた。

 キルケーさんも、さっき許さないだのなんだのと言っていたとは思えないくらい笑顔でミラのお腹を撫でていた。

 素直に喧嘩出来る程冷たい性格してないんだろうな。どっちも甘えん坊で、どっちも人懐っこくて。

 そして……どっちも今は人恋しいのだろう。

「ええと……まず、最大の問題だけど……」

「……マーリン様……いえ。紅蓮の魔女は、確かに絶命していました。安全に活動出来るという意味でもありますが……それと同時に……」

 手掛かりらしい手掛かりを全て失ったことにもなる。

 僕達はこの世界を救わなくちゃならない。

 滅びの形がまだ見えていない——見えかけていたものがするりと手から逃げていってしまったという状況だ。

 紅蓮の魔女によって滅ぼされるのを回避する。その話を——存在を認知してから最初に思い浮かんだ、真っ当というかストレートな候補。

 けれど……それはもう、過ぎ去った話だった。

「…………俺達はまだ、この世界がどういうものなのかを理解していない。する時間と余裕が無かった。これからは、そういったことをじっくり考えながら……」

 そして、そうであるならば……と。

 あの紅蓮の魔女がマーリンさんとそっくりで、とても敵とは思えなくて。

 だから、その人に起きている異常を取り除くことこそが、この世界の救済に繋がる、と。

 マーリンさんを助けることで、きっと目的を達せられると考えた。

 あんまりにも都合良く物ごとを考え過ぎている気もしたけど、やっぱり大好きなマーリンさんと敵対しないで済むってことが大き過ぎて……他のものは見えなくなっちゃってたな。

「ヘカーテのことも探しながら、色んな場所を見に行きましょう。合流出来たなら、キルケーの言っていた紅蓮の魔女の活動範囲外へ——まだ人が残っているかもしれない場所へと向かって……」

 だが…………その候補も潰えた。

 紅蓮の魔女が僕達の目の前で亡くなったのだ。

 寿命なのか、それとも病気なのか。そういう風に出来ていたのか、それとも偶発的にそうなってしまったのか。

 何も分かってないけど、とにかくあの人は世界の終焉とは無関係だったというわけだ。

 もちろん……僕達はとっくに手遅れで、起こっている現象全てが滅びへ向かう一歩一歩なのかもしれないけれど。

「アイツがもういないんなら、ヘカーテに合図を送ってみるのはどうかな? 炎とか、目立つものを空の上でバーンって……」

「ダメよ、キルケー。そんなことしたら、事情を知らないヘカーテはむしろ警戒しちゃう。紅蓮の魔女がいなくなったって、なんとか伝えられれば話は早いんだけど……」

 やっぱりこっちから探しにいかないとダメだよね。と、キルケーさんはしょんぼり肩を落としてしまった。

 さてと、ここからが本題。

 救うべきだと思っていた人間は滅んだ後で、その代わりに助けるべきだと思った紅蓮の魔女も没した。

 となると、自動的に候補はひとつ——ふたりに絞られる。

 ヘカーテさんとキルケーさん。

 この召喚は、大魔導士マーリンと魔術翁によるものだ。

 こっちの事情が分かってるなんて思わないけど、それでもある程度は信頼出来る。

 なんの意味も無い出会いは存在しない。

 少なくとも、僕達のこれまでの旅路では、いつだってクリティカルな人物——装置、施設との遭遇が早期に起こっている。

 ひとつ目の世界では、最終解だった方舟に初日から到着していた。

 ふたつ目の世界でも、人と獣性の継ぎ目のようなあの仮面の化け物に早い段階で——いいや。アレの関わる街に最初から辿り着いていた。

 であれば、そう考える方が良い。

「……俺の勝手な推測……願望だけどさ。召喚ってのは、縁に引っ張られて行われるわけだよね。そうなれば……救って欲しい部分、滅ぶ瞬間の致命的な問題の目の前に喚び落とされるって考えるのは不自然じゃない」

「…………? えっと……?」

 キルケーさんは不思議そうな顔で僕を見ていた。

 そしてその腕の中で、ミラは深く頷いて僕の出した答えを自分の持ってる可能性と照らし合わせてくれている……と、思う。

 そう、勝手過ぎる願望。

 紅蓮の魔女を救うことが、イコールこの世界を救うこと。この自分勝手な妄想と変わらない、事情を全部都合良く解釈した答え。

 だけど……そう遠からずな気がするんだ。

「…………そうですね。そう考えるのは妥当……いえ、そう考えてまず行動することで、指針を分かりやすくすることが出来ます。私達が取るべき行動——目指すべきもの。それは……」

「そう。キルケーさんとヘカーテさん。偶然出会っただけだなんて思わない方が良い。きっと意味がある。きっと……きっと、ふたりの目的の先には何かあるんだ」

 あたし……? と、キルケーさんはきょとんとした顔で、腕の中で丸くなったミラの背中を撫でる。

 ミラもミラで、大切そうにキルケーさんの手を抱き締めて頬を寄せ始めた。こらこら、じゃれない、甘やかさない。

「キルケーさん。前に言ってた、いくつかある合流場所に片っ端から行ってみましょう。

 幸い、こっちとヘカーテさんとだと移動速度に差があるんですよね。なら、追い掛けっこでずっと追い付けないままってことはないだろうから。

 どちらが速いにせよ、必ずぶつかる筈です」

「……うん。じゃあ、そうと決まれば早速行こう! ふたりとも、ちゃんと掴まっててね!」

 ちゃんと掴まるといろいろ不具合が…………いや、この際そんなことは言わないでおこう。

 ミラには…………帰ってからマーリンさんにでも頼んで誤解を解いて貰おう。いや……誤解じゃないんだけどさ。

 ミラは無遠慮にぎゅうってくっ付くけど、僕はそういうわけにはいかない。

 控えめに背中に腕を回して抱き着くと、それじゃ落ちちゃうよと強い力で抱き締められた。

 はふぅん……うう……小柄なクセになんて抱擁力……

「じゃあ行くよ! しっかり……しっかり、落ちないように掴まっててね!」

 ぶわぁっと広げられた翼から、きらきらと銀色に反射した光が飛び散った。

 そしてそんなもの全部を置き去りにして、キルケーさんは大空へと飛び上がる。

 う、うぐ……むぐ……っ。け、決して悪気や下心があるわけじゃないけど……っ。

 翼の動きを阻害しない為にも、僕達は正面からピッタリとくっつかなくちゃいけない。

 そう……その……大きな…………そう、正面に。

 けれど……身体というのは、必ずしも動かしたい部分の筋肉だけが動くわけではないので。

 指を動かすのにだって腕の筋肉が必要なように、翼を動かすのにも……

「…………むふぅ」

 むふぅ……ではない。

 決してそんな…………そんな、失礼極まりないことを考えてはならないんだけど……っ。

 翼を動かす度に腕や脇、お腹の筋肉までもが収縮と弛緩を繰り返して……マッサージチェアみたいで気持ち良い……はふぅ。

 ただでさえ柔らかくて気持ち良いのに、こんなのされたら……ね、寝ちゃう……っ。

「……? ミラちゃん、ちょっと良い? 何か……何か飛んでる……ように見えるんだけど……」

「……飛んでる……? 分かった、ちょっと見てみる」

 見てみる……? 見るも何も、貴女のその姿勢じゃキルケーさんの谷間の奥底しか見えな————落ちる——っ⁉︎

 バカミラ! 動くな! もがくな! 無理に向きを変えようとするな——っ!

 ここは遥か上空、落ちたら当然死んじゃう場所。だってのに!

 ミラは抱き締められたまま、抱き着いたまま器用に姿勢を変えて、顔を進行方向へと向けて目を凝らし始めた。

 お、落ちるかと思った……そしてさっきまでのベストポジションがどっか行ってしまった……っ。じゃなくて。

「…………鳥……ね。少なくとも、人間の大きさじゃない。ヘカーテでも、他の魔女でもないでしょう」

「なーんだ、ちぇっ。早速見つけたと思ったのに」

 そう焦らなくても大丈夫よ。と、ミラはそう言って…………だからゴソゴソ動くのやめてってば!

 またさっきの姿勢に戻ろうと動き始めたので、僕は大慌てでそれを阻止する。

 ミラは前を向いていた方が良い。キルケーさんの為に周りの様子を見ていた方が良い、だからそのままの姿勢が一番良い。

 色んな理由を付けてなんとか納得して貰ったが…………ま、マジで命がいくつあっても……だ。

 このバカ……落ちたらどうなるか、本当に分かってるのか……?

「ふたりとも、最初の目的地はもうすぐそこだよ。一回降りる? それとも、いなさそうならそのまま次に行く?」

「一度降りましょう。ヘカーテも私達と同じように身を隠していたなら、何かしらの痕跡を見つけられるかもしれない。

 或いは、紅蓮の魔女に見つからない形で——魔術に拠らないメッセージを残しながら移動しているかも」

 そっか。と、キルケーさんは嬉しそうに頷いて、そして次第に高度を下げながら着陸の姿勢を作り始める。

 し、仕方ないこと……これは仕方ないことなんだ……けど……っ。

 減速すると、どうしても……その……慣性と言うか、力の掛かり方が変わってしまって……

 具体的には…………密着感が薄れて、それはもう心臓が何度も何度も止まりかけたよ。

 むふふなイベントばかりの美味しい移動方法じゃないんだな、これ。もう……もう、嫌になってきた……っ。


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