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異世界転々  作者: 赤井天狐
第三章【魔女】
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第百二十七話【高い代償】


 張り切るミラを先頭に、僕達は今までとは逆——逃げるのではなく、マーリンさんを探す為に山を登っていた。

 見つけて、観察する。

 それがどういう存在であるのか、何をしているのか。

 何も知らないあの紅蓮の魔女のことを、ひとつでも多く知る為に…………

「…………あっ。ところでミラちゃん? 簡単に探すとか言ってたけど……アテはあるの?」

 何も知らない——そう、行き先さえも例外ではない。

 僕達はとにかく目一杯遠くへ逃げることばかり考えてここまでやって来た。

 それはつまり、あの人の向かう先、通るルートが分からないからそうするしかなかったという話。

 今から来た道を戻って……てのはあまりにも危険だ。

 だって、そうすれば間違いなく真っ正面から鉢合わせることになる。

 それはダメ、アウト。

 僕達はあくまでも向こうに気付かれないように、可能なら背後からこっそり近付きたいのだ。

「考えがあります。いえ、凄く単純な方法ですけど。とにかく一度高いところを目指しましょう。話はそれからです」

「高いところ……って……だから山を登ってるの……?」

 はい。と、ミラは良い笑顔で返事をした。

 ま、眩しい……なんでそんなにも自身に満ち溢れた顔が出来るんだ。

 もしかしなくても……お前、高いところから探せば簡単ですよとか言うつもりだろ……?

 だから山を登って、ここら一帯を一望すれば……とか。そんなアホなこと考えてんだろ。

 単純な方法ってか……それはほとんど無策ってやつでは……?

「いくらミラちゃんでも、山の上から見ただけじゃ……」

「はい、流石に難しいです。木も多いですし、とても視界良好とは言えません」

 じゃあ……どうするの? 僕の問いに、ミラはふふふと笑うばかりで答えてくれなかった。

 こいつ……マーリンさんに似て来たな。

 いや、マーリンさんに似た後なのか。

 僕がいなかったこの半年あまりの間に、いったいどれだけマーリンさんに毒されてるんだろう。


 しばらく歩くと、遂に山のてっぺんに…………は、厳密には着いてないけど、それでもかなり高い所まで——周りの山を見下ろせるくらいのとこまではやってきた。

 見晴らしは最高……だが、これじゃあ足りない。

 見えるのは枯れ木とそこから伸びた枝ばかり。

 望遠鏡でもあれば……いや、望遠鏡並みの視力を持ったミラですら、この視界では……

「よし、ここなら良いでしょう。キルケー。私を抱えて空を飛んで貰っても良い?」

「うん、良いよ。どこまで行くの?」

 このまま真っ直ぐ、とにかく高く飛んで欲しい。と、ミラはキルケーさんに抱き着きながらそう言った。

 ああ、成る程。その手があったか。

 この場所では——山の上ではまだ高さ、角度が足りない。

 なら、ここから更に高いところへ飛び上がって仕舞えば良いのだ。

 いや……本当に単純だけどさ。それって……

「……だ、大丈夫かな。マーリンさんに見つかったり……」

「その為にここまで登って来たんです。人は前を向くことはあっても、上を向いて歩くことはしません。

 低いところから飛び上がったなら、もしかしたらその途中を見つかってしまうかもしれませんが。

 この高さからなら、同じように空を飛んでいない限りは大丈夫でしょう」

 じゃあ、最初はゆっくり上がっていった方が良いね。と、キルケーさんはミラをぎゅっと抱き締め、そして大きな翼をぶわっと広げた。

 それにしても、なんとまあゴリ押しなことか。

 いや、手段は単純な方が良いのかな。

 ミラの目は、紅蓮の魔女よりも遠くのものを見つけられる。

 そして、ミラはその能力を十全に使いこなしている。

 望遠鏡で一点だけをズームするのではない。点ではなく面を観察し、そして標的を見つけ出す視野の広さも持っている。

 だからこそ、そのマーリンさんにも先頭を任されてたわけだしな。

「…………って、そうなると俺は……っ⁉︎」

「では、行ってきます。何かあれば…………ええっと…………大声で呼んでください」

 待って⁉︎ 此処へ来て過去最高に雑な扱いを受けてる!

 うぐぐ……お兄ちゃんっ子のミラならこんなこと絶対やらなかった。

 やったとしても、僕も一緒に連れて行った筈だ。

 うぐ……お兄ちゃん離れ……っ。

 いやいや、そもそももう僕はお兄ちゃんじゃ…………お兄ちゃんじゃ……ない……ぐすん。

 ボケたり悲しんだりしている間にも、ふたりはどんどん高く飛び上がって………………っ⁉︎

 み、見てない……僕はまだ何も見てないぞ……っ。

 ぐっ……本当は見たい……っ。

 見たいけど…………真面目にやってるふたりを——手伝ってくれてるキルケーさんをそんな目では見れない……っ。

 ちくしょう…………なんでそんなヒラヒラした服で空なんて飛ぶんだ……っ。

「……はあ。なんと言うか……無防備さ、距離の近さはマーリンさんとそっくりなんだよな。それと……ごくり」

 もしかして…………いやいや、流石にそんなことは無い……よな?

 ふと浮かんだのは、紅蓮の魔女から切り離されたマーリンさんらしい人格こそが、キルケーさんなのではないか……なんて可能性。

 正直、それっぽさはある。

 キルケーさんには、どことなくだけどマーリンさんっぽさがあるのだ。

 ヘカーテさんのことで不安だろうに、それを僕達の前ではひた隠しにするところとか。

 やたらとスキンシップが過剰なところとか。

 その…………すっげぇ…………ナイスバディなとことか……ごくり。

 え? 言葉が古い……? 敢えて古い言葉使ってるんだよ、分かれ。

 そんな…………あんまり直球な言葉を使いたくない、無垢で無邪気なキルケーさんを汚したくないんだ。

 分かってくれよ、この気持ち。


 それからおよそ十数分程の飛行を終えて、ミラを乗せたキルケーさんは僕から少しだけ離れたところに降り立った。

 も、もしかして下から覗こうとしてたのバレて…………っ⁈ と、そういう話ではないらしい。ほっ。

 なんでも、真っ直ぐ飛び上がって滞空するというのは出来ないから、ぐるぐると旋回しながら周囲を見回していたそうな。

 あー、なるへそ。確かに鳥ってホバーは出来ないもんな。

 いや、出来る種類もいるかもしれないけどさ。いないよね? いない……え、いるの?

「それで、どうだった? その様子なら、見つかったから大急ぎで逃げなきゃいけない……ってことは無さそうだけど」

「はい、バッチリです。ちゃーんとマーリン様の居場所を突き止めました。キルケー、まだ飛べる? 今度はもっと重たくなっちゃうけど……」

 任せて。と、張り切るキルケーさんだが…………で、出来れば他の方法でお願いしたいんだよな……っ。

 その……なんでとは言わないけどさ、なんとなく。

 やっぱりその…………男の子とね、女の子が…………うん。

 ハッキリ言います。胸が当たって大変なことになるんです。

 いやホントに、シャレにならないんだ。

「…………とは言えないよな……っ。キルケーさん、本当に大丈夫ですか? その……大体さっきまでの三倍の重さになりますけど……」

「任せてってば。こう見えて力持ちだし、あんまりゆっくりもしてられないしね。時間が経ったらアイツも移動しちゃう。見失ったら探し直さなくちゃいけないもん」

 じゃあ……うぐぐ、お願いします。

 可能な限り全身の神経を遮断して、もう……こう……あの……あれよ。無様を晒すことの無いよう、心頭滅却してキルケーさんに抱き上げられ…………ふわぁ……むりぃ……こんなの……こんなのむりだよぉ…………むふぅ。

「じゃあ飛ぶよ、ふたりともしっかり掴まっててね。せーの——っ」

 ぎゅん——と、僕達を抱えたままキルケーさんは大空高くに飛び上がった。

 うふふ……むふ……でゅふふ。落とさないようにギュってしてくれるのが、尚更密着感を生んで…………でへ。

 いかんいかん、すぐ隣にミラもいるんだ。あんまりだらしない顔してたら幻滅されて………………

「………………ひえっ」

 高————いっ⁉︎

 ヒュンってなった! 待って! ヒュンってなった‼︎

 さっきまで元気一杯だったのがもう縮みに縮んで…………ごほん。流石に自重しよう。じゃなくて!

「——待っ——高い高い高い——っ⁉︎ こん——なんでこんなに——っ⁈」

「見つからない為にも、なるべく高高度を維持する方が良いんです。キルケー、取り敢えず一旦旋回。様子を見て、それから南へ。

 出来れば上から——高い方に降りて、一方的に観察出来るようにしたい」

 任せて! と、三回目にして直前二回よりも元気いっぱいな返事をして、ヘカーテさんはミラの指示通り山の上を旋か————どぇえええ——ぇぇっ⁉︎

 速————速い——っ! 待って速い! 死ぬ! 死ぬ——っ!

「アギト、暴れちゃダメだよ。落としちゃうから、ジッとしてて」

「落と————コヒュ——っ」

 僕の意識は七割くらいそこで消え失せた。

 忘れてた。かんっぜんに忘れてた。僕……高所恐怖症だったわ……っ。

 いや、高所恐怖症じゃなくても無理だよこれは⁉︎

 安全ベルトも無い、女の子の細腕一本で——比喩とかでもなんでもなくて、ミラとふたりだからマジで一本ずつで支えられてるだけなんだよ⁈

 抱き着いてる身体も、細くてちっちゃくて柔らかくて………………最高に可愛らしくてもう本当に幸せの真っ只中だけど!

 剛性とか! 安全性とか! そういったものは一切感じられないんだよ‼︎

「……うん、良さそう。じゃあこのままお願い」

「うん、分かった! じゃあ——行くよ——っ!」

 あっ————死んだ————

 行くよ。と、なんとも可愛らしい掛け声とともに、キルケーさんは更に速度を上げて南へと…………直進し始めた…………らしいよ……?

 え? 僕? 僕は…………ふふっ。

 僕はね…………きっと、このまま…………落ちて行くんだろう——ね————がくっ。


 その後僕が目を覚ましたのは、チクチクする枯れ葉の上だった。

 キルケーさんの柔らかくて暖かい身体が、僕の中に強い恐怖体験と紐付けられて刻み込まれてしまった。

 もう……もう、キルケーさんのことえっちな目で見れねえ……っ。


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