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異世界転々  作者: 赤井天狐
第三章【魔女】
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第百二十六話【緩み】


 結界魔術による緊急離脱に成功して、紅蓮の魔女と大きく距離を離すことが出来た。

 そのおかげ……なのだろうか。その後、僕達の前に彼女が現れることは無かった。

 取り敢えず、三日経った今日までは。

「ミラちゃん、ご飯だよ」

 僕達はヘカーテさんとの合流を目指し、かつて使っていたと言う拠点をひとつひとつ回っていた。

 だが……こちらも収穫無し。

 マーリンさんと鉢合わせてはいないものの、しかし目的のひとつも達せられていない。

 無事に生きていられるだけでも儲けってレベルの危険地帯だけに、あんまり贅沢は言えないけど……

「……急がないといけないんだけどね。はあ……どうにも後手になっちゃうよ」

「むぐ……そうですね。逃げる手段を手に入れたとは言え、可能な限り戦闘は避けたいですから。万が一不意打ちなんてされてしまったら、結界なんて意味無いですし」

 結局のところ、マーリンさんの目的と行動が読めないのが問題だ。

 踏み込めないと言うか、ある程度の余地を残しておかないといけない。

 これからは大胆に行動出来る……って、そう思ってたけど、やはり甘くない。

 元々が辛過ぎたから、どれだけ甘くしても辛いもんは辛いんだ。

 見つかったらアウト、見つけてもアウト。

 その後者が解決されただけで、まだまだ気の抜けない状況は続く。

「おかわりあるよ、いっぱい食べてね。ミラちゃんは特に小さいんだから、いっぱい食べないとね」

「っ! ち、小さくない! もう……キルケーはいいの? 食べなくても平気……ってのは、あくまでもある程度までの話でしょ? 私達が一緒に行動し始めてから、まだ何も食べてないじゃない」

 もうちょっと平気かな。と、そう笑って答えるキルケーさんだが……ミラの言う通り、一緒にいて何かを食べてるところを見たことが無い。

 こっそりひとりだけ良いもの食べてる……とかなら、むしろ全然安心出来るんだけど。

 こうも何も食べないでいるってのは……ミラの拒食症のこともあって、とても安心して見ていられない。

 無理してたらどうしよう、ヘカーテさんのことでご飯を食べる元気も無いんじゃないのか。と、悪い考えばかりが浮かんできて……

「……不思議よね。全然ご飯食べないで、じゃあこの身体は何で出来てるのかしら。

 魔術の行使はマナに魔力を頼っているにしても、歩いたり飛んだり……少なくとも普通の人間と変わらない機能も備えてるのに。体温だって……えへへ、あったかい……」

「えへへー。それを言ったら、人間の方が不思議だよ。あたし達とそう変わらないのに、空も飛べないし魔術も殆ど使えない。それに、いっぱい食べないと死んじゃうんだもん」

 不思議不可思議はお互い様……か。

 マーリンさん……紅蓮の魔女も、そこはきっとこの世界の魔女準拠なんだろうか。

 僕達のよく知るマーリンさんは、美味しいものを食べると嬉しそうに笑う人だったから……ちょっとだけさみしいな。

 さて……しかし、そんな人間ふたりを抱えている我々には、直面し続けているちょっとした問題があった。

 いえ、ちょっとじゃないです。結構おおごと、場合によっては死活問題。

 それこそが、今も話題に上がっている食糧事情だ。

「村が無いから、人がいないから当たり前だけど……畑の類も無いんだよな。今は魚とか木の実とか食べてるけど……」

「……そう、だよね。パンとか食べたいよね。みんな食べてたもんね。

 あたしも人間のところで育ったから、色々食べさせて貰ったよ。牛乳とか、チーズとか。ミートパイとか、ビスケットとか」

 畑が無い、それに牧場も無い。故に、簡単に手に入るものしか食べられない。

 別に贅沢を言うつもりは無いんだけど、水辺から離れた場合が怖いのだ。

 魚はまだ豊富と言うか、捕まえるのが簡単なんだ。

 けれど……野生動物、これが厄介。

 そもそも僕達の普段食べてる牛肉や豚肉ってのは、人の手で飼育された家畜のものだから……それらが無くなると、途端に入手ルートが険しくなってしまう。

 うさぎやイノシシを見かけたこと自体はあるが、それを捕まえるのに魔術を使って紅蓮の魔女に見つかったら話にならない。

 それと……ミラがまた小食に戻ってしまった今、動物一匹仕留めても食べ切れないのだ。

 その…………折角捕まえた、命を頂いているのだから……全部食べられないとなると、ちょっと罪悪感が……

「そうですね。それに、水辺が安全という保証は当然ありません。マーリン様も喉が乾くでしょうから、むしろ川は遭遇率の高い場所と言えるかもしれませんし。

 洞窟の中などでしばらく身を隠す必要が出てくるかもしれませんから、保存食の確保はどこかでしておきたいですね」

 けど、のんきに干し肉作ってる余裕も道具も材料も無いからなぁ。

 このままだと、紅蓮の魔女に殺されてしまうよりも前に、餓死か、或いは栄養失調で倒れてしまいかねない。

 一回目と同じ展開だな、これじゃ。

「……そろそろ、こちらから仕掛けるべきかもしれませんね。ヘカーテとの合流を第一目的としていましたが……フクロウの捜索の優先順位を、同様のところまで引き上げましょう。

 理想は、ヘカーテと合流を果たしたその時にでも、事態を解決出来るようにしておくことです」

「……っ。そうだね、その方が良いよ。あの子、ちょっとだけ短気だから。あんまりのんびりしてて、何も出来てなかったって言ったら……怒るかなぁ、えへへ」

 怒られるかもって話をしてるのに、なんだってこの人は嬉しそうなんだ。

 もしかして…………ごくり。

 あ、あれなのか……? その…………女王様的な…………げふん。

 きっと、また彼女とじゃれ合うのが楽しみなのだろう。

 大丈夫とは言ってるけど、やっぱり不安は不安な筈だ。

 この数日にそういう態度は見せなかったけど、日が経てば経つほど——ひとりの時間が増えれば増えるほど、そういうものも大きくなるものだから。

「ところで、こっちから仕掛ける……とは言ったけどさ。具体的にはどうするの?

 その……フクロウ……ザックを探すにしても、その目星なんて当然付いてないわけだし」

 そもそも、フクロウの形で何かを切り離しているってのが僕達の勝手な思い込みである可能性も高い。

 と言うか、現状はただの願望だ。

 そうであったならあの様子にも納得がいく、それを解決することでこの世界を救済することが出来そうだ、と。

 僕達の都合の良い方に考えた結果の想定だから、いざ何をしようかと考えると答えが難しいのだよな。

「はい。ですので、まずはマーリン様を——紅蓮の魔女をよく知るところから始めようかと」

「…………? えっと……よく知るも何も、めちゃめちゃ強くて厄介な、暴走状態のマーリンさん……ってこと以外に、何かあるの?」

 それだけ分かってたら十分だよね?

 何に十分かと言うと…………関わったらアカンって認識を持つのに、ですけど。

 ぞわわっと背筋が震える。い、嫌な予感がする。このおばか、何を企んで……

「今、私達は興味の対象に含まれていません。いえ、断言してしまうのも危険ですが……少なくとも、すぐに追い掛けて倒してしまわなければならないといった脅威を感じてはいない筈です。

 マーリン様はマナを読んで——或いは魔力痕を辿ってか。どちらにせよ、かなり高精度で私達の足取りを掴むことが出来る筈ですから。

 それがこうも追い付かれる気配が無い……と言うことは……」

「……真剣に追い掛けてない、もう俺達への関心は失われた……ってこと?」

 そんな飽きっぽい子供みたいなことある?

 いや、割と子供っぽい人だったけど……飽き性ではなかった。

 むしろ凝り性と言うか……一個のことを突き詰めるのは、術師だけに当然好きな筈だろう。

 だけど、どうやらそういう話ではないらしくて……

「やはり、他に優先すべきことがあるんです。私達を追い掛けていた理由は、その優先事項と間違えたから……恐らく居るのであろう、ザックのような存在と勘違いしたから。そして、先の一件で……」

「ザックじゃない、自分から切り離された力とは関係無いと確信した……ってこと? それは流石に都合良く考え過ぎじゃ……」

 切り離したのが人格——精神にるものであるなら、マーリン様の使わない魔術は、その分離体も当然使いません。と、ミラはなんだか難しい顔でそう言った。

 成る程……それはちょっと納得。

 マーリンさんなら、わざわざあんな大仰なことしてまで逃げない。

 それをするくらいなら、全出力を攻撃に傾ける。

 割と脳筋だし、戦うにあたって小細工出来ない人だからな。

「リスクは承知。ですが、やるなら今しかありません。結界による緊急脱出が可能な今、こちらから近寄ってあの方の様子を窺います。

 戦うにしても、何か手伝いをするにしても、知らなければ何も出来ませんから」

「…………はぁ。そう……だね…………そうかぁ……本当にそうかなぁ……っ。本当に……そんな危ないこと……」

 するべきです。と、ミラは鼻息を荒げるのだが…………はあ。

 そのやる気の根本が……動機が不安だ。

 僕の中にも当然あるものだけど……もしかしたらミラは、あのマーリンさんとも仲良くなりたいって考えてるのかもしれない。

 敵対したくない、出来ない。そういう呪いみたいな考えに侵されて、気付けば変な方向に拗らせてしまったのかも。

 ああもう……でも、それは僕も同じだからなぁ……

「任せて、ふたりとも。ふたりのことは絶対守るよ。次はきっと、ちゃんと飛んで逃げてみせる」

「あはは……頼もしいです……」

 なんだかキルケーさんもやる気だし……話がそっちの方向で決まってしまう……っ。

 僕も僕で絶対にダメって言わなくちゃいけないのに、気付いてしまったからその優しい可能性を信じてみたくなってしまう。

 ああ……これはアカン流れ……揃ってみんな気が緩んでしまいつつある。なのに……

「……分かった。でも、絶対に無茶は無しね。その……結界を見せられる回数に限りがある以上、見せないに越したことは無いんだから」

「はい! そうと決まれば、早速探しに行きましょう! マーリン様と同じ空気、同じ魔力、同じ匂いですから! すぐに探し出してみせます!」

 良くない……これは絶対に良くないことなのに……っ。

 止められない、止まりたくない自分がいて……

 結界の出番があれば、また僕にも活躍の場が生まれる。みんなの役に立てる。

 歪んでるって分かってるのに、そんな考えが僕の理性をちょっとだけ麻痺させてしまっている。


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