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異世界転々  作者: 赤井天狐
第三章【魔女】
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第百十九話【秘策、アリ】


「————マーリン様——っ」

 その正体を知らせてくれたのは、やはりミラの鷹の目だった。

 ぎゅっと唇を噛んで、そして僕達の手を引いて山の奥へ奥へとゆっくり後退を始める。

 それがヘカーテさんじゃないって目で見て分かるようになったのは、銀の翼が羽ばたくのをやめて、地面に降り立ってからのことだった。

「……ありがとう、ミラちゃん。ナイス判断、遅れてたら今頃……」

「まだ気を抜かないでください。アレがマーリン様と同じだけの——それ以上の能力を有しているとしたら、私達のことを察知するのにもそう時間は掛かりません。静かに、ですが急いでこの場を離れましょう」

 僕達のことを察知する……って、あの人そんなに目とか良かったっけ?

 そんなボケた思考は、木々の隙間からチラリと見えるその姿に咎められる。

 先程キルケーさんが着地した地点をじろじろと見て、そしてゆっくりと僕達が歩いた通りに——キルケーさんの足跡をなぞるみたいに動き始めた。

 魔力痕を見て……いいや、もっと正確でどうしようもないやつ——あのマーリンさんは、マナを読んで他の魔女を探せるのではないか……?

「……だとしたら……っ」

「はい。状況は最悪とも言えます」

 だとしたら……ヘカーテさんは……っ。

 目の前に現れた彼女の後を追わずにこちらへと来る確率は低い。

 速度に差があるとしても、僕達の方がずっとずっと遠くへ逃げてしまったと考えるのが道理だ。

 だから……っ。それなのにここへ来てるってことは、もうヘカーテさんは……

「そうなるとさ……こうして隠れてやり過ごせる時間も……」

「急ぎましょう。まだ、今は捜索の最中です。どうにも動きが鈍いですから、今のうちに距離をとりましょう。そして……対策を練って、なんとか迎え撃つ準備を……」

 迎え撃てるならそうしたいもんだけど、そう出来ないから隠れて逃げ回ってるんだろうが。

 どうにもまだ、ミラの中の焦りが……あの紅蓮の魔女、ドロシーに対するコンプレックスが拭いきれてない。

 マーリンさんの偽物——と、そう息巻いていた辺りからも、かなりの執着心があると見える。

 アレは、コイツにとって放置出来ない問題だ。

 理由は単純、大好きな人の見た目で悪さをしているから。

 許せないのだ、たとえ異世界だとしても。

 マーリンさんの在り方に傷が付くことが、ミラには許せない。

「キルケーさん。その……正直、アイツの攻撃を対処出来るのはキルケーさんだけです。なんとかしてください……なんて無責任なことは言いませんが、どうにかする方法は——ヘカーテさんがいない時にやり過ごして来た方法とかは無いんですか……?」

 僕の問いに、キルケーさんはしょんぼり俯いて黙ってしまった。

 無い……か。

 今までずっとふたりで切り抜けて来た、どちらかが欠ければ機能しない。

 なんだか、僕とミラに似てるな。片方に依存度が強いことも含めて。

「……あたしは、いつも助けて貰って逃げてたから……っ。ヘカーテだけじゃない。大勢の人、魔女に。ずっとずっと逃して貰ってきた。だから……」

「……だったら、今度は私達が逃すわ。その代わり——」

——逃げた後、しっかり助けに来てね。と、ミラは足を止めた。

 おいおい、無茶言うな。

 危険地帯に戻って救出しろってのが……じゃない。

 キルケーさんを逃すだけの時間稼ぎなんて、今のお前には出来ないだろ。

 僕達よりも少しだけ後ろに——紅蓮の魔女の方へと近付いて、そしてゆっくりと深呼吸をする。

 その背中は、あまりにも頼りない小さなものだった。

 肩は震え、拳も握りっぱなしで、時折振り向くその顔は真っ青になってしまっている。

「ミラちゃん、無理だよ。今のミラちゃんは、とてもじゃないけどあの人と向き合える精神状態に無い。

 また……また、倒れるよ。それも、今度はなんの抵抗も出来ないうちに」

「っ。でも……でも、他に方法がありません。私の力は——振り絞りさえすれば、私の力はマーリン様に届く。

 討ち倒そうとするから、心にブレーキが掛かるんです。最初から陽動だけのつもりでいれば、きっと……」

 僕の知らない——僕では知り得ない筈の過去を隠し、ミラは今直面している問題の乗り越え方を提示した。

 けれど……僕は——かつてお前の横にいた男は、その過去を痛いくらい知っている。

 でも、それを理由に引き止めることは出来ない。

 そんなことをしたら、ただでさえボロボロなミラの心に、僕に対する不信感なんて余計な荷物まで押し込むハメになる。

 ああもう……手の掛かる妹だ、本当に。

「ダメだ。上手くいくって保証は無いし、上手くいかなかったら取り返しが付かない。

 たとえ本気で傷付けるつもりが無くても、傷付ける可能性があるなら君は躊躇する。

 そういう子だって、流石にもう分かってるよ」

「でも——っ。でも……他に方法は……」

 この頭でっかち。ぱすんと優しく頭を叩いて、そしてその冷たくなった手を引いて僕は山を登る。

 キルケーさんもミラも、なんだか不思議そうな顔で僕を見ているが……ええい、そんなに頼りないか! 僕にアイデアがあったらそんなにおかしいか!

「……どこかで魔具を——結界魔術用の陣を作って欲しい。その為に、まず急いで遠くへ逃げよう。

 幸い、アレはマーリンさんだ。のんびり屋で、いつも余裕綽々な態度でいなきゃ気が済まない。そういう性質も、少なからず引き継いでる筈だ。

 アレは、血眼になってまで僕達を探したりはしない」

 マーリンさんだとするのならば——アレだけマーリンさんと似ているのならば、そういう性質も持ってて然るべきだろう。

 これはあくまで僕の願望だけど、それでも全く理屈の通らない妄言じゃない。

 ミラも僕も間違える程、空気がそっくりなんだ。

 それはつまり、佇まいから——振る舞い、行動理念から似ているってこと。

 あの人はカッコ付けたがりだから、不必要に慌ただしくしないだろう。

 そういう願望も、言い切って仕舞えばそれらしく聞こえるってもんだ。

 まあ、これもマーリンさんの得意技だけどさ。

「……魔具……結界ですか……? でも、私に作れる結界では……」

「難しいかもね。でも、幸い……魔術のエキスパートはミラちゃんだけじゃない。今回に限っては、その分野は君だけの特権じゃないよ」

 ほえー。って、抜けた顔で僕達の話を聞いているそこのキルケーさん、貴女の出番ですよ。

 ミラと僕の視線に気付くと、キルケーさんはびっくりして目を丸くした。

 多分だけど……魔具も結界も、この人達——魔女にはまるで馴染みの無いものなんだろな。

 そんなの知らないよ⁉︎ 作ったこと無いよ⁉︎ そもそも聞いたことも無いよぉ! と、口には出さずともそのわたわたした態度に、なんとなくそんな心の声が聞こえて来た。

 うーん……可愛い。

「大丈夫です。そういうの作るプロフェッショナルがいますから。ミラが指揮を取って、キルケーさんが作る。そして出来上がった結界を……」

「……アギトさん。その……失礼ですが、そんな危ないこと、アギトさんに出来るとは……」

 うるさいやい。

 そんなね、いきなり信頼して貰おうとは思ってないよ。

 強靭な獣の肉体も無いし、それに伴って強化魔術も受けられない。

 そもそも強化を掛けて貰おうにも、ミラの魔術が発動するかどうかも怪しい。

 だけど……

「やるしかないなら、もうやるしかないんだよ。いや……口下手過ぎ…………はあ。

 そりゃ、出来れば戦わずにやり過ごしたいけど。でも……俺もあの人の弱点は知ってるつもりだから。

 ミラちゃんにばっかり危ないことさせて、俺だけ待ちぼうけなんて許して貰えない。アレがマーリンさんなら、なおさら」

「……分かりました」

 大急ぎで工房に使えそうな建物か洞窟を探しましょう。と、ミラは張り切って先頭を走り出した。

 ごめん、出来れば一番後ろを見張ってて欲しいな……?

 この中で一番危機察知能力の高いお前に、後ろから迫り来るかもしれない脅威を見張ってて貰えると……うん、お願いしても良い?

 僕の念と視線になんとなく察してくれたみたいで、ミラは渋々って感じで最後尾に着いた。

 本当に子供だな、お前は。先頭が良いんですか、そんなに。

「キルケーさん。どこか近くに……近くじゃダメか……っ。ええと……このまま歩いて行ける範囲で、紅蓮の魔女から少しの間身を隠せる場所ってありませんか?」

「ええと……無くもないけど……」

 あるんだ⁉︎ 正直そんな都合の良い話無いかなって思ってたけど、ありましたよ。

 普段の行いが良いおかげだな、こりゃ。

 ちょっとだけ遠いよ? と、キルケーさんはそれだけ念押しして、それでも構わないと息巻く僕達を案内し始めてくれた。

 空さえ飛ばなければ——飛んでるとこを見つかって、向こうにも空を飛ばれなければ。山道を歩いている以上、速度には大して差が出ない。

 一目散に逃げる僕達とその痕跡を辿りながら追い掛けるマーリンさんとじゃ、速度が同じでも効率が段違いだ。

 結界陣を作るのに何時間掛かるか分からない。けど、今はこれに賭けるしかない。

「……頼みますよ、マーリンさん」

 僕の中にあるのは、背後から迫るのではない、また別なところにいるマーリンさんの教えだけ。

 かつて僕に逃げ延びる術を叩き込んでくれた、生存特化勇者なんて可能性を見出してくれたマーリンさんだ。

 あの人の言葉を——教えを、くれたものを信じて。今はとにかくやるしかない。


 意気込んで意気込んで、今か今かと到着を心待ちにする僕達が朽ち果てた祠に辿り着いたのは、すっかり陽も落ちて真っ暗になってからのことだった。

 遠——思ったより遠かったんだけど——っ!


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