表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転々  作者: 赤井天狐
第二章【スロングス】
736/1017

第百八話【此処に残るもの・前】


 朝の団欒が終わって、そしてみんな働き始めた。

 エルゥさんは、当然このクエストカウンターで…………クエストカウンターで良いのかな、名前。

 とにかく、ここらの区画の仕事を——その人員募集を一手に引き受けているこの場所で、昔と変わらぬ溌剌とした笑顔を振りまいている。

 ハーグさんも同じく、彼女と一緒に働き手と仕事のマッチング中だ。

 どうにも……遺憾と言うか、納得いかないんだけど、あのオネエは結構人気らしい。

 話しやすいと言うか、取っつきやすいのかな。

 まあ……手が早いことを除けば、気も利くし良い人だとは思うけど。

 そしてベルベット少年は……更にその手伝いだ。

 なんだかんだとマーリンさんに対して反抗的だが、お手伝いしなさいと言われたら素直に従うみたいだ。

 こう……うふふ、子供らしい真っ直ぐさだと思うのは、ちょっとばかし彼をバカにしてしまってるかな?

 そして……

「…………は、働けこの穀潰し……っ!」

「な、なんてこと言うんだ君は……」

 マーリンさんは…………部屋でゴロゴロしながらクッキーを摘んでいた。

 ダメだ。ダメな大人だ、コイツは。

「その……俺達も何か手伝って方が……」

「…………ま、君ならまだしもさ。僕が表に出て行ってみろ、すぐにパニックになる。

 大魔導士マーリンさんは、まだこの国の人気者なんだから。忘れて貰っては困るよ、少年」

 ふふん。と、なんだか鼻高々にそう宣言するマーリンさんだが…………いや、じゃあ裏方作業でもなんでもしなさいよ。

 居候させて貰ってるんだから……って、ベルベットさんに諭したのは貴女ですよね?

 それがまた、どうして本人はこんなとこでグダグダやってんだ。

「はあ……まったく。ほら、一緒に行ってあげますから。後でちゃんとエルゥさんに謝るんですよ? これからは心を入れ替えて真面目にお手伝いします、って」

「こらこら。おい、こら。ちょっとこっちに来たまえ、随分お説教が必要な様子じゃないか」

 お説教はこっちのセリフじゃい。

 なんだか駄々をこねてるみたいになったマーリンさんの手を取って…………でへ、ちっちゃい、かわいい。じゃなかった。

 このダメ人間を今すぐに更生させないと。

 これは——かつての僕だ。言い訳を作って、理由らしいものを盾にして。とにかく自分の顔に風が当たらないようにしながら生きているものだ。

 たとえその盾や壁、或いはお布団や部屋のドアにどれだけの強風が吹きつけようとも、自分自身がそれを認めなければ問題無いという歪んだ信念を持ってしまったダメ人間だ。

 引きずり出さなくては。かつてその底なし沼に首まで浸かって、そして引っ張り上げて貰ったものとして。

「あのね……はあ。エルゥちゃんにも話は付けてある、今日は……と言うか、暫くはお休みだ。まあ……その、なんだ。君にはあんまり言いたくないんだけど……」

「……見苦しい。そうか……かつての僕は、こんなにも見苦しい生き物だったんだな……っ。行きますよ…………いいえ! 生きましょう! マーリンさん!」

 その停滞は、決して生とは呼べないものだ!

 もっと人らしく! 溌剌に! 内に余りあるエネルギーを前に向けて進めていこう!

 大丈夫、僕も最初は怖かった。でも、引っ張って貰えるならなんてことはない。

 ひとりで歩くのは大変だし、とても勇気のいることだけど…………マーリンさんには、ちゃんと引っ張って行ってくれる仲間がいっぱい……

「話を聞きなさい、こら。あんまりボケてると怒るよ」

「ボケ……ボケたつもりは無かったんですけど……」

 なおさらタチが悪いね。と、マーリンさんは呆れた顔で僕のお腹をつっついた。

 くすぐったいじゃないか、もう。でへ……そ、そんなことしてもダメだぞ。

 でへへ……か、可愛いことしても見逃してあげないから……でへ、ちゃんと働き…………でへぇ。

「…………端的に言おう。魔力……ではないか。体力切れだ。ちょっとばかし無理をし過ぎた。僕にはもう、ナイフとフォークを持つ力すら無いよ」

「そんなお箸より重たいものを持ったことが無いみたいな…………あの、ちょっとギュって握って貰っていいです?」

 連れて行きたければ連れて行きたまえ、抵抗なんて出来ないからね。働くことも出来ないけど。と、遂に開き直ったマーリンさんの手は、ぎゅっと握ると何の抵抗も無く潰れて、握り返そうとする手は震えるばかりで、僕の指すらも掴めなかった。

「……ホントに……ホントに限界なんですか……? だって……さっきまで……」

「うん、ごめん。君をここに残して貰ったのは、何かあった時にそのまま窒息死しない為だ。強化を維持し続けても良いけど……今はあんまり魔術も使いたくない。次に向けて色々調整が必要なんだ」

 強化って……今朝の間はずっと強化魔術を使ってた……ってこと?

 ミラがいつかやってたみたいに、力の入らない体を魔術で無理矢理……って……

「……どうしてそんなこと……」

「…………うるさいなぁ。見栄だよ、見栄。はあ……大人にはね、あんまり弱みを見せたくない場面っていうものがあるんだよ。僕にとってそれは、ここにいる全員の前だったってことだ」

 じゃあ、僕にはあんまり言いたくないとか……さっきの言い訳は? そう尋ねると、言い訳って言うなよぉ。と、ちょっとだけ拗ねてしまって、マーリンさんは倒れるようにベッドへと戻った。

 心なしか、確かにいつもより……くたくたになったクッションみたいになってる気が……

「よーし、分かった。じゃあ遠慮無く言ってやろう。君を少しでも長く召喚し続ける為に……限界を知る為に、今回はガラでもなく無茶してみたんだよ。

 その結果、君は精神を向こうに置きっ放しにしてしまうし、僕は僕で魔力を枯渇させてしまったわけだ。

 次からはもっと短くやるから、テキパキ行動するんだよ」

「……魔力って……だって、マーリンさんの魔力は……」

 無限魔力……いんちきチート野郎じゃなかったの……? 僕の疑問に、マーリンさんはまた頭を抱えてしまった。

 君がミラちゃんなら説明も簡単なのにって、顔に書いてあるんですが。

 あの……ちょっと、無知な庶民を前に面倒臭がらないでいただけませんこと?

「僕の魔力も無限じゃなかったってことだよ、察しろこのバカアギト。

 細かい話をするなら、マナからの魔力だけでは賄い切れなかった……マナからの変換が追いつかなかったんだ。

 それだけキツイ術式なの、僕は頑張ったの、疲れたの! 労え! このバカアギト!」

「す、拗ねないでくださいよ……」

 子供か。

 えっと……話を纏めると……要するに、僕の所為でへろへろマーリンさんになってしまったんです?

 それも、過去に類を見ないレベルで。

 それはもう魔力切れを起こしたミラよりもへなへなになるくらい……

「……それと、まだ君には聞きたい話もあるからね。本当はエルゥちゃんに看護して貰いたかっ…………ごほん。わざわざ君を指名したのにも、ちゃんと理由はあるのさ」

「おい、本音。はあ……で、その妥協点として選ばれた理由…………聞きたい話ってなんですか?」

 ひとつしかないだろう、向こうでの話だよ。と、マーリンさんはゴロンと体勢を変えて、うつ伏せになって顔だけをこちらに向けた。

 むぐっ……可愛いな、ちくしょう。って……向こうでの話?

「それならもう報告を……」

「ああ、違う違う。それはそれ、これはこれ。土産話を聞いてないよ。

 君達はどんな場所に行って、どんな人々と触れ合って、どんなものを見て。何を感じ、考え、決断し、歩き続けたのか。

 僕が聞きたいのは、勇者アギトの冒険譚の一節さ」

 冒険譚……か。マーリンさんはキラキラした目で僕が話すのを待っていた。

 ええっと……マジでそんなことの為にお仕事サボったんです……?

 いや、身体がへにゃへにゃなのは本当か。いや、そうじゃなくて……

「……それ、今じゃない方が良いんじゃ……少なくとも、ミラと一緒じゃないと……」

「ううん、違う違う。君達ふたりの冒険じゃない。僕が聞きたいのは、大切な家族の記憶を取り戻す為に奮闘する少年勇者の話だ。

 ふたりの話は……ちょっとおあずけ。そういうのは、記憶が戻ってからね」

 僕ひとりの……っ。それは……それってつまり……っ。

 嫌だ、それはちょっと……無理。

 黙って首を振っても、マーリンさんジッと見つめたまま目を背けなかった。

 本当に……本当にしなきゃダメ……?

「アギト。いいから、吐き出しなさい」

「…………っ。俺は……俺達は…………っ」

——アイツは————。結局、ここに行き着くのだな。

 きっと僕は、笑顔を浮かべていた筈だ。

 楽しい思い出を語るのだから、当然楽しい気分になっている筈だ。

 嫌なこともあったけど、それに勝る嬉しいことが沢山あったのだから。

 だから……

「…………アイツ……また、俺にくっ付いて寝てたんです……っ。記憶が無くなっても……覚えてなくても…………っ。大丈夫だ……って……俺は……ミラの味方なんだ……って…………っ」

「……うん。きっとそうだよ、その通りだ。記憶なんて関係無い、君達は事実として魂を繋げた間なんだからさ。覚えてなくったって忘れるものか。間違えるものか」

 おいで。と、マーリンさんはまた優しく笑った。

 でも……その言葉はおかしい。

 だって……だって僕は今、笑っているんだ。

 ミラがまたべったり甘えてきて、昔みたいにすりすり寄ってきて。

 可愛い可愛いって頭を撫でれば……目を細めて喜んで…………っ。

「……世界を救えなかったことへの後悔も、エヴァンスという友人への懺悔も聞いた。

 けれど……君は結局、どこまで行っても変わりっこないんだからさ。

 平気な顔なんて必要無いよ。今は……僕もちょっとだけポンコツになってるから、一緒にダラダラしよう。おいで」

「…………っ」

 笑って…………笑う筈だったのに……っ。

 知らない間に涙が溢れて、そして気付けばマーリンさんの手を握っていた。

「…………俺……っ……本当に……本当にアイツの記憶を…………っ」

「……頑張ろう。出来る、君なら絶対に。無理だなんて思わせない、僕が全力で君を押してあげるから。大丈夫、大丈夫だよ」

 後悔も、それに伴う懺悔も。そして……結果として突き付けられた、二度目の失敗という名の終焉も。

 何も……この孤独感とは無関係だ。

 ミラと一緒にいた。

 ミラが笑いかけてくれた。

 また甘えてくれて、頼ってくれて。

 でも……

「……大丈夫。大丈夫だからね……」

 ミラはまだ、ここにはいない。

 記憶の戻らぬ彼女を家族だと思い切れていないことが、僕の心を蝕み続ける。

 あとどれだけ……どれだけの間、知らんぷりで隣にいなければならない——っ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ