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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第七十三話


 少女の叫び声が夕焼けに染まった草原に消えて行く。風は頰を切る様に過ぎて行き、景色はまるで早送りの様に背後へと駆け抜けて行く。僕は……

「うおおおおおおおッ⁉︎ 死ぬっ! これ死ぬっ‼︎」

「舌噛むわよ! 黙ってなさい!」

 少女の背に乗って北へと行く。おかしい、何かがおかしい。おんぶするのは僕の役目の筈だったが……?

 事の発端は今から一時間程前。半日くらい歩けば村に着くと言われた通り、北に向かって呑気に歩き続けていた時のこと。僕は老人の言葉をもう一度しっかりと復唱して、ミラがその真実に気付いてしまったのが最初のこと。そう、半日歩かなければならない。半日、つまり十二時間と言わずとも朝から夕暮れまで歩かなければ着かないということ。そして僕らが前魔術翁の小屋を後にしたのは、日がすっかり高くなった後のこと。そう……

「まっ……まだ見えないか⁉︎」

「全然まだ! 私、方角間違えて無いわよね⁉︎」

 歩いていてはとても日暮れまでには着かないと気付いてしまったのだ。いや、気付けて良かった。今僕は特急電車ミラに乗って全速力で北へ走っている。そろそろ見えてくれないとまた電気ビリビリ電車に乗り換えなくてはならなくなるので、本当にそろそろ見えて欲しい。

「……アギトっ! 本当に! 本当にこっちであってる⁉︎ 私ちゃんと北に走ってる⁉︎」

「だっ……いってぇ舌噛んだ! 左手に夕日! 大丈夫! ちゃんと北に走ってる!」

 この世界でも太陽は東から西、というのに変わりはない。えーと、だから西があっちで北は南の反対で……

 少女の息切れや焦りも見えてまた魔術の行使も覚悟し始めた頃、ミラは素っ頓狂な声を上げて……っ! 落ちっ⁉︎

「おっ——おおおおおおおおッ⁉︎」

「きゃぁあああ⁉︎」

 草原のテクスチャが突然剥がれ、僕を乗せた少女特急は足下を見失って思い切り前のめりに転んだ。速度が速度だ、当然僕は前に投げ出され……

「いたたた……アギト、大丈夫?」

「だ…………大丈夫じゃない……」

 幸運にも下は乾いた砂地。顔面の半分を擦りむいたが大怪我は免れた。砂地……?

「ちょっ……ここ……っ⁈ ミラっ! これどういうこと⁉︎」

 さっきまで広がっていた胸のすく様な豊かな緑は枯れ果て、一面に広がるのはヒビ割れる程に渇き切った不毛の地。背後を振り返っても、そこにさっきまであった鮮やかな色は一切見当たらなかった。

「……あの草原自体が結界だった、って事。とんでもないお爺さんね」

 そう言ってミラは僕に手を差し伸べた。そして嬉しそうに笑って前方を指差しまた歩き始める。僕の目にも映るそれは、間違いなく過酷な環境を生きる人々の村だった。

 人の姿を視認すると、僕はようやく息苦しさから解放された。少し前に見た食い荒らされた様な村の名残を思い出して、一人不安や恐怖と戦っていたのだ。だがそれも杞憂。元気良く駆け寄って泊まれる場所を尋ねる少女にくっ付いて、ほっと撫で下ろした胸をまた張り直して村の中へと進んで行った。

「煙突の向かい側……ここかしら?」

「おお……これは立派な……」

 村人に聞いた、大きな煙突のある工場の向かい側に立つ役所へと僕らは訪れた。その煙突は果たして何の為……? そして何を作っているの……? 等々疑問は尽きなかったが、ともかく今は寝床の確保だ。役所に案内された……と言うことは、ここで許可でも貰わないといけないのだろうか? 懐かしい僕らの家、アーヴィンの役所とは程遠い、村の規模に似つかわしくない程大きく立派な二階建ての建物のドアを潜る。

「すみません、旅の者なのですが。二人、今日の宿を借りたいのですが」

「はい、貸し部屋ですね。まだ空いてますんでどうぞ。ふた部屋ですと……」

 なる……ほど? おや、ここは役所で……? いや、役所の二階を宿屋に使って……? ん⁇ んんん⁈ もしかして、大きいの建てたはいいけど持て余してるなんて話じゃあ……

「…………ひ、ひと部屋で良いです。荷物も多くないですし」

「かしこまりました。では上へは右手奥の階段をお使いください。こちら、五番の鍵のお部屋でございます」

 ひ、ひと部屋⁉︎ もうすっかり慣れっこではあるが……そんなっ⁉︎ そろそろ……そろそろ男の子のプライベートな時間がっ‼︎ 何処か引き攣った顔でミラは鍵を受け取って、色々言おうとした僕の手を引いてさっさと階段を登った。そこには……成る程。役所の二階に宿。ではなく、宿屋の一階に役所と言うことか。キチンと並んだドア達はまるでホテルの様だ。外から来た人を監視するでは無いが、確実に一度役所へ向かわせる為の作戦だろうか? 果たしてその効果は如何なものか……

「…………アギト、聞いて。大切な話をするわ」

 部屋に入るなりミラは背を向けたまま真剣なトーンでそう切り出した。大切な話? 男女が同じ部屋で寝泊まりして、大切な話……⁉︎ ま、待って! まだ心の準備がっ⁉︎

「……………………お金が足りないわ」

「……Oh…………」

 ぐるりとこちらを向いて、血走った目で彼女はそう言った。そうか……足りないのか、マネー。そうか……

「……って、一大事じゃないか⁉︎ どうするんだよ⁉︎ まさかお金払わずに——」

「しーっ! しーーーっ‼︎ 声が大きい! ここの宿代くらいはなんとかなるわ。でも……もしこの先も宿泊費が同じだけ掛かると計算すると……二日で全部使い切っちゃう。ご飯も食べらんなくなるわ」

 慌てて僕の口に手を当て、ドアに耳を当てて外の様子を窺いながらミラはそう言った。なんと言うことだ……そういえばアーヴィン出発前、お金が無いから僕のお給料も今は出ないって言って……いや待て?

「……ミラちゃん。目を見てお話ししようか。君はお金、いくら持って出発したの?」

 この世界、と言うよりこの国。アーヴィンもガラガダも——一度も支払う事はしなかったが、恐らくクリフィアにも定められた通貨が存在する。小さい銀貨に大きい銀貨。それから金貨。もしかしたら赤貧な彼女が持っていないと言うだけで、もう少し種類があるのかもしれない。彼女のお使いや昼ごはんの度に僕も支払いをしているから、多少はそれがどのくらいかは分かる。というわけで。

「ミラちゃん。こっち見ようか。ミラちゃん? ミラちゃんっ⁉︎」

 いつかもこんなやり取りをした覚えがある。あれは確か……ええい、今はそんな場合では無い! 小さい銀貨一枚でパンが買える。大きいのなら行きつけの安食堂で三食。金貨は使った事は無いが、多分ロイドさんの所で食事をしようと思ったら必要になるのだろう。彼女の財布の中には基本的に銀色しかなかった辺りそういう事だ。意地でも顔を背け続ける少女の柔らかい頰を両手でがっしり挟んでこっちを向かせる。さあ白状なさい!

「…………三日分のご飯代くらいは……」

「馬鹿なの⁉︎ そのくらいの計算は出来る子だよね⁉︎ もしかして薬飲みすぎて頭壊れちゃったのっ⁉︎」

 ぐわんぐわんと少女の小さな頭を揺さぶった。なんという事だ。旅に出る! と、勢いだけで決めていたのかこの子は。三日分の食費……って、それ多分あの安い早い不味いに定評のあるいつも空いてる行きつけ店基準で、だよね⁉︎ クリフィアで平然とご飯食べようとしてたけど、全然足りてない可能性あったよね⁉︎

「お、落ち着きなさいアギト! そこでこの万能錬金術師、ミラ=ハークスの出番というわけよ!」

「落ち着けるもんか! 大体最初から最後までお前の出番だ! 僕の懐事情はお前が一番わかってるだろこのブラック市長‼︎ 旅の準備くらいしてから出発しろ!」

 ドヤ顔が可愛…………もといムカついたので、僕はもっと激しく揺さぶって髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。賢いのか賢くないのか判断しかねていたが、遂にここに断言しよう。この少女はどうあがいても賢くない!

「ちょ、ちょっと! もういいでしょ⁉︎ こら、頭……アギトっ!」

「おバカ! 本当になんとか出来るんだろうな⁉︎」

 ついわしゃり過ぎてしまった手を払われ、僕は堂々と胸を張るミラを前にそろそろ無くなってきた彼女の威厳というか……頼もしさに少しだけ期待を寄せ答えを待つ。

「…………ズバリ! 霊薬を売るのよ! 私程になれば治療用のポーションくらいなら幾らでも作れるんだから! それだけじゃないわ! 私の錬金術ならこの村のあんまり良くない土壌にだって、作物を育てられる肥料を作る事も! 汚れた水を飲めるようにする事も! なんだってやって出来ない事は無いわ‼︎」

「……お、おお! 確かに! それは確かにお金になりそうだ! 偉いぞミラ!」

 えへん。と、鼻高々になる少女をおだてながら頭を撫で回す。信じていたぞミラ! お前はやれば出来る子だ! よーしよし……ああっ! 可愛い! 可愛いよ! 頼りになるよ!

「早速作って売りに行こう! えっと……ミラはそういうの作るのにも設備とかは必要無いんだったよな?」

「ええ、勿論! 万能錬金術師ですもの! あとは材料準備すれば…………あっ」

 あっ…………? あっ、てなぁにミラちゃん? ねえ、どうして固まっているの? ミラちゃん?

「…………そっか。私の錬金術の材料(へそくり)……部屋だったっけ…………あ、あのね⁉︎ べ、別に他に手立てが無い事も……無い事も…………」

 そっか、おうちに忘れてきたか。そっか。じゃあ、しょうがないよね。うん、しょうが……

「……馬鹿! 大馬鹿! 大馬鹿ミラ‼︎」

 僕はもう一度この大馬鹿娘に頭ぐわんぐわんの刑を執行した。全然頼りにならん! 信じた僕が馬鹿だった!

「……はあ……はあ……とにかく、明日はお金を稼ぐ。兎にも角にもお金を。生きて旅を終える為の糧を稼ぐぞ!」

「…………はい、ごめんなさい……」

 僕ら金欠という締まらない旅の終わりを回避すべく、明日から路銀を稼ぐ必要に迫られた。出発する前から破綻してるじゃないかこの旅‼︎


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