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異世界転々  作者: 赤井天狐
第二章【スロングス】
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第九十六話【決別】


 それは、考えられる中で最も悪い可能性だっただろうか。

 こうなって仕舞えば、成る程他に何があろうかと考える余地も無い、ひどく合理的で当たり前の組み合わせだ。

 目の前に倒れている仮面の化け物の正体は、集落で見てしまったあのライオン顔の男————いいや。

「——っざけんなよ……っ! なんで……なんでコイツが……このバケモンが……なんで…………っ!」

「…………エヴァンスさん……」

 ひとつ目の街、エヴァンスさんの故郷。そこで昔から行われている、儀式のような刑罰。

 罪を犯したものを街から追放する。

 建物から閉め出され、そして夜になるとあの仮面の化け物に連れ去られてしまうのだ、と。

 子供の頃からそう教えられて育ってきたと、彼は出会ってすぐの時に教えてくれた。

 だが……その実態がこれとは…………っ。

「……ていの良い狩場だったんでしょう。最低の形で発覚してしまいましたね。まさか、それをエヴァンスさんの目の前で知る羽目になるとは」

「……っ。ごめん……俺が迂闊だった……」

 アギトさんを責めるつもりはありません。と、ミラはちょっとだけ焦った様子でそう言って…………けれど、すぐに肩を落としてショボくれてしまった。

 迂闊だった。いいや、こんなの予測してる暇なんて無かった。

 無かったし、出来てたとしても、或いはエヴァンスさん自身の手で仮面を剥いでいたかもしれない。

 仮定に意味は無いけど、僕とエヴァンスさんが、揃って好奇心の薄い間抜けな存在であったならば……と、そんなことを考えてしまう。

「…………じゃあ…………何かよ……っ。今まで連れて行かれた奴らは……俺の故郷の人達は…………みんな…………っ!」

————ウォオオ————と、まるで遠吠えのような叫び声が響いた。

 どうにか踏ん張って欲しい。

 僕達には、今の彼を慰めるだなんてことは出来ない。

 出会って二十日の僕達では無理だ、あまりにもこの問題は根が深過ぎる。

 その苦しみに、エヴァンスさんは堪らず地面にのたうち回った。

 何度も何度も嗚咽を漏らしながら、絶望感に打ちひしがれているのだろう。

「…………アギトさん。選択肢はふたつ…………いいえ、実質ひとつ。こうなったら……」

「…………っ。そう……だね……それしか……」

 ひとつ目の街とあの集落との関係は、もう火を見るよりも明らかだった。

 叩き潰す。

 それをけしかけている存在を——古くからあの街に巣食っている悪を叩き出し、そして潰す。

 集落の方も焼き潰して、何もかもをおしまいにする。

 それが、ミラがたった今無かったことにした選択肢。

 そうだ、そんなことをしてもなんにもならない。

 僕達はもう、個人的な感情で戦うあの頃の旅人ではないのだから。

「……安全と目的を最優先に。エヴァンスさん、立てますか。進みます。こうなったら、どこまででも逃げましょう。故郷からも、あの集落からも。いっそ、この大陸の果てまで——海の向こうまでだって」

「…………アギト…………っ。逃げ——っ……逃げて……あんなの放っておいて……」

 そこに介入しようとすれば、またこの人は苦しむ羽目になる。

 だったらいっそ、無理矢理にでも前を向いて忘れさせてしまおう。

 忘れてしまえるものでないことは重々承知だが、それでも……っ。それでも、僕達に出来るのはそれだけなんだ。

「アギトさん、エヴァンスさん。その……正直、事態はかなり深刻です。

 食料もお金も、殆ど宿に置いてきたまま。それなのに、近くの街は全て立ち入れない場所になってしまいました。

 このままだと……次の街を見つけるまでの間、本格的に野宿しなくてはなりません」

「……本格的に……か。そうだね……そう…………だ…………はぁあ……」

 本格的にってのは、つまり今までの野宿とは根本的な所が違うのだという話。

 強いて言えば、一度目の——エヴァンスさんと一緒に街から逃げ出したその晩は、ミラの言う本格的な野宿に近いものだろうか。

 アテも無く、食料も無く、お金の有無に意味が無く。

 突き詰めれば、希望らしい希望が何も無い状況での、先の見えないその日暮らしのことをそう呼んでいるのだろう。

「…………ま——待ってくれ……っ。本当に…………本当に良いのかよ……それで……っ。だって…………だって、コイツらは……っ」

「…………エヴァンスさん。もう……関わらない方が良いです、どう考えても。もう、そんな奴らの為に苦しまない方が良い。

 故郷を救う為に頑張って、それでエヴァンスさんが壊れてしまったら意味が無いです」

 でも——っ。と、エヴァンスさんは食い下がった。

 ああ——そういえば、彼はあの猫の店主とは古い友人なんだっけ。

 いいや、あの人に限らない。エヴァンスさんにとって、あの街には守りたいものがいっぱいあったんだ。

 どちらを選んでも……か。だったら……

「……だったら、尚更……尚更、先に進まないといけません。もう……あの街に関わってはいけません。

 俺達は、罪人として街を追放された。戻ればみんな混乱する、そしてまたコイツらが出てくる。

 そうなった時……本当に誰も巻き込まずに解決出来るとは思えない。

 その場で全部終わらせられる程、単純で少ない問題だとは思えないんです。

 だったら……もう、関わっちゃいけない。

 これ以上引っ掻き回されるのも、引っ掻き回すのも無しにしましょう」

「…………っ……くそ…………くそっ! くそっ! くそぉお——っ!」

 難しい話だ。

 どちらを選んでも、犠牲と後悔がついて回る。

 マーリンさんなら…………あの人なら、かつての旅の中でこんな場面を前にしたら……っ。

 きっと、解決に向かっただろう。

 解決するだけの力があるから、そうすることを義務と決めて生きているから。

 だけど…………今の僕達には、それが出来ない。

 勇気や優しさを失ったんじゃない、余計なものを背負って来てしまっただけ。

 もう……時間が無いのだ。

「…………分かった……っ。進む……進もう。いつか、街の連中を全員避難させられる場所を見つける為に」

「……すみません、エヴァンスさん。ありがとうございます」

 彼もやっと理解したみたいだ。ううん、理解はとっくにしていた。

 納得……妥協にも似たそれに、ようやく堪え切れない怒りを飲み下したと言うべきか。

 結局、街の人を助ける手段が無い。

 三つ目、温泉の匂いに満ちたあの街も安全とは言い難い。

 そうなれば、エヴァンスさんの故郷から連れ出した人達を匿う場所が無い。

 どこにも安全圏が無いのに勝手に連れ出せば、それこそみんなを危険に晒してしまう。

 この選択は、諦めと同じだった。

 問題の先送り、時間稼ぎ。それでも…………そうするしかなかった。

「では、急ぎましょう。あの街——集落の近くを通るわけにはいきませんから、道は限られます。

 どれだけ歩けば街に着くのかも分かっていません。

 今は何よりも時間が惜しい、一刻も早くコイツらの活動圏外に出ましょう」

「ああ、分かった。悪い、ちび。お前だって嫌だったよな。見てたら……これだけずっと一緒にいたら分かる。お前は——お前らは、悪者を見て見ぬ振りなんて出来ない奴だ」

 エヴァンスさんの言葉に、ミラはぎゅうっと拳を握った。

 悔しい。何よりもその感情が強く滲んでいた。

 そんなことを言わせて、一番の被害者であるエヴァンスさんに妥協させたことが、ミラにとってはどれだけ悔しいことか。

 多分、この世界のことも失敗の記憶として刻まれるのだろう。

 また——間に合わなかった——と、そう嘆き続けるのだ。

 最終的な結果がどうであれ、ミラにとっては救えなかった人がいる時点で……

「アギト、ボサッとすんな。急ぐんだろ、だったら早く立て。

 コイツらは、いつか必ず俺がぶっ潰す。きっと……きっと、ちゃんとした方法で。

 取り敢えず殴り込んで、片っ端からしばき倒して終わりなんて方法じゃない。

 キチンと根絶やしにする、そういう方法を探しに行くんだ」

「——っ! はい、行きましょう」

 そう言ってんだろ。と、彼はフンと鼻を鳴らして歩き始めた。

 強い人だな……なんて、これは僕の勝手な押し付けだろうか。

 強がってる人……と呼ぶにも、その背中は立派過ぎるように見えるし、やっぱり強い人なんだろう。

 ミラも僕も、エヴァンスさんも。何処に繋がっているのかも分からない道無き道を、何かから逃げるように必死になって歩き出した。

 この先には、きっと楽しい場所があると信じて。ただ、それだけを盲信して進むしかなかった。



 それから僕達が街に辿り着いたのは、二日後の夕方のことだった。

 先の街々とは明らかに違う、屋根の赤くない、コンクリート造りの建物が並ぶ街だった。

 それは、ここがアレらの街とは本流をたがっていることを意味しているのだろう。

 たとえそれが僕達の思い込みでも、安息を求めていた心に優しく沁みてくるようだった。

「……やっと着いた……はあ。旅ってのはこういうこともあるんだな…………」

「あはは……そうですね、今までは割とあっさり辿り着いてましたからね」

 ふわぁーとミラもエヴァンスさんも揃って大欠伸をした。

 ミラは……結局、また眠らない日々が続いてしまった。

 あんなことが立て続けにあったのだから、仕方ないのかもしれないけど。

 毎晩毎晩警戒心マックスで、僕とエヴァンスさんの為に見張りを続けてくれていた。

 エヴァンスさんは…………当然、眠れるわけないよな。

 僕だけがのうのうと…………いいや、こういう考え方はやめよう。

 僕だけは、ふたりに何かあった時の為に体力を温存しておかなきゃいけなかったんだ。うん、そう考えよう。

「取り敢えずご飯…………の前に、お仕事探さないといけませんね……ふわぁ」

「おう……そうだな……ふわーあ。飯食うにしても……金なんてロクに……」

 そもそも、今まで使ってたお金が使えるのかどうかも定かじゃないしね。

 と言うか……うーん、どうして僕達の旅ってすぐにお金が無くなるんだろう。

 それも、浪費してるわけじゃないのに。

 いっつも…………いっっっっつも、やむを得ない事情で手放してる気がする。

 アレか? 僕とミラの貧乏オーラに、お金の方が逃げて行ってしまう運命なのか?

「…………はあ。なんにしても、ここは平和だと良いね」

 ホントだよ。本当ですよ。と、ふたりして僕の独り言じみた言葉に返事をして、そしてみんなで笑いあった。

 うん……エヴァンスさん、ちょっとだけ余裕出てきたかな。

 何はともあれ、食べるものと住むところと働く場所と…………の、前に……お風呂入りたいよね……っ。

 水浴びとかはしたけど、地面で寝てたし……汚いと言うか……臭そうと言うか……っ。

 入れるならまずはお風呂、でも無一文でそれは虫が良過ぎるから……やっぱりまずはお仕事。

 こんな夕暮れから出来る仕事なんて無いかもしれないけど、取り敢えず役所か何処かに行ってみよう。

 まあ……ここが今までの街と違うのなら、役所に行っても斡旋して貰えるか分かんないけどね。でも……それしか知らないからさ…………


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