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異世界転々  作者: 赤井天狐
第二章【スロングス】
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第九十三話【月が欠けた晩】


 僕達は前回とは逆——街と反対の方から集落へと向かっていた。当然、前に通った方は警戒されてるだろうし。

 それと…………気付かれた時のことを考えて、念の為。

 僕達が街からやって来ていると確信させて仕舞えば、あの集落の人達は街を調べるかもしれない。

 そうしたら、或いはクレッグさんやおばあちゃんに被害が及ぶかも。

 と……それも、街と集落が繋がっていなければ……の話だけど。

「……すん……あの匂い、今日は……薄い、ですね」

「ん……すんすん。ホントだ。風上……ってわけでもないよな。となったら……」

 僕達に見つかったから、さっさと拠点を移動した……とか。或いは、特別な日にしかやらない……とか。

 あの匂いは、結局の所は…………臭い消しだったわけだから、何も無い日にはわざわざ焚かなくったって良い。

 勿論これも、あの行為が特異で、特別で——つまり、日常的に行われているわけではないという、僕達の願望込みの前提の話ではあるが。

「最悪は、昨日の今日で全員逃げてしまった場合……だよね。いや……そっちの方が俺としては…………いやいや、それは今は封印だって。

 出来れば、その……乱暴はする気無いけど、直接話を聞けるのがベスト……だもんね」

「そうですね。ですが……案外、引き払っていてくれた方が楽かもしれません。

 そこに住む人達の行動を隠れて観察するよりも、その痕跡をくまなく調べた方が得られるものが多いでしょうし。

 アギトさんの仰る通り、直接尋問出来るに越したことはありませんが」

 尋問。貴女、尋問と仰った。

 はあ……まさか、可愛い妹の口からそんな物騒な言葉が飛び出すとは。

 いや、いつもぶっ飛ばすとか叩き潰すとか、挙句ぶっ殺すとかも言ってたか。それはよくって。

 そう、結局直接問いただせるに越したことは無い。

 僕達の捜査は、どこまでいっても他の世界の常識ありきの先入観が混じってしまう。

 決定的な違和感に気付けない可能性もある。

 だからこそ、ミラはエヴァンスさんを一緒に連れて行くことを決めたのだし。

「……そろそろですね。アギトさん、ここからは慎重に行きましょう。強化魔術もそろそろ切れます、決して無茶はしないで下さい」

「うん、分かった。ミラちゃんも、何かあった時は逃げることを最優先に考えてね」

 はい。と、ミラは素直に頷いた。

 はあ……お前がここまで慎重になってくれるとはなぁ。

 いつだってお前は、突撃、発覚、殲滅、解決? からの魔力切れがお決まりのパターンだったものな。

 身を隠しながら進むだなんて……それこそ、フルトを出てゴートマンの後を追っていた時——魔術のほとんどを使えなくなってしまっていた時だけだろう。

 そんなことないかな? いや、多分そう。

「……状況は似てるのかもな」

「似ている……ですか。以前にもこのような経験が?」

 うん、似たような緊張感を経験してる。

 マーリンさんと分断され、そして白衣のゴートマンと向かい合った二回目の時だった。

 あの時のミラは、まだ自己治癒の呪いも無かった。

 魔術も、マーリンさんの指導によって着々と出力を抑えられていた。

 そんな中で、目視で既に危険に陥っていると判明していた街へと乗り込んで、そして魔力の殆どを使い切って人々を守った。

 その後には…………嫌な出来事があったけど。

 でも、もうその二の舞にはならない。

 今の僕はちょっとだけ強い。ミラも……魔術はちょっと……だけど、自己治癒は機能してる。

 それに、いくらなんでもあの白衣のゴートマン程危険な敵が現れるとは考え難い。

 そういう世界観じゃないだろ、ここは。お願いだから出てくんな。

「……見えましたね。後ろはこんな風に……」

 息を殺して、気配を消して。とにかく慎重に歩き続けて、前回とは反対側の集落の端へと辿り着いた。

 どうやら、柵の切れ目……入り口はいくつか設けられているらしい。

 真反対……ってわけじゃなさそうだけど、こちら側にも一箇所だけ口が開いていた。

「等間隔に並んでいるとしたら……五箇所でしょうか。そうでなくとも、三箇所以上は出入り口になっていそうですね。そう大きな集落でもありませんが……」

「……となると、色んな方角に出て行く用事が……或いは、戻ってくる用事がある……ってことだよね」

 以前の出入り口は、まず間違いなくあの街へのアクセス用だろう。

 どこからでも出られるに越したことはないが、囲う以上は不必要に穴を開けたくないものだ。

 となれば、出入り口は目的地に向けて作られる。となると……

「……ちょっとだけ、光明も見えましたね。今から真後ろに向かって走り続ければ、或いは街に辿り着くかもしれませんよ」

「あはは……そうだね、それ自体は嬉しい情報だ」

 それが、この場所のあの異常と繋がってる可能性を孕んでいるってんでなければ……ね。

 まだ、街との関係が掴めていない。

 ここの連中が勝手に好き放題しているのか、それとも計画的に…………っ。

 せっかく仲良くなった街の人達の顔が、途端に怖いものに思えてきてしまう。

 やめろ、考えるな。今考えるべきは、この先に起こっている異常について、だ。

「……すんすん……うっ……うう……まだ、人の匂いを嗅ぎ分けられる程には……」

「そうだね……近付くと流石に……」

 お香の匂いはまだしっかり残ってる。

 風が吹いても、ここは林の中だから。そう簡単には消え去ってくれないものだ。

 いつもなら、匂いでなんとなく中の情報を仕入れてからの侵入になってたんだけど……今回は事前情報一切無し。完全に出たとこ勝負となるわけか。

 うぐぅ……胃が……胃が千切れる……

「……行きましょう。アギトさん、魔具の準備を。当然、出入り口は一番警戒されているでしょうから」

「うん、分かった。ふー…………よし、行こう」

 きゅっと口を真一文字に結んで、ミラは僕の前をささっと速足で進んで行った。

 隠れる場所なんてもう無い、もし入り口を越えた先に見張りがいれば即バレる。

 そうなったら…………どうすんだ……?

 僕が貰った魔具、マジでドン◯の防犯グッズみたいなのしか無いけど?

 いや、それで十分か……魔弾なんて過剰だな、確かに。で、でも……

「…………冷静に考えたら、相手はライオンだよな…………ううっ、ぶるぶる」

 よく考えなくても、獰猛な野生動物と対面してるようなもんじゃないか!

 だ、だって……あっちは僕達を…………ひぃいっ!

 れ、れれれ冷静になれ! 大丈夫だ、アギト。

 よく考えろ、今はお前も野生動物だ。犬だ、犬。ティーダくらいは立派な犬だ。

 うわぁん! 犬でライオンに勝てるかよぉ!

 で、でも……忠犬ティーダは、エルゥさんの為なら魔獣にも立ち向かったと聞くし……

「……どうやら、見張りはいないみたいですね。昨日もそうでしたが……人手不足…………いえ。そもそもとして、ここには本当に少数の特殊な人しか……」

「へ…………あっ、ほっ。取り敢えず出オチだけは避けられたのね……」

 しっかりしてください。と、ちょっと本気で怒られた。ごめん……余計なこと考えてる場合じゃなかったね。

 コソコソと集落に忍び込むと、どうやら近くには人っ子ひとりいない様子だった。

 とはいえ、前回はそこからあの急転直下だったからな……気を引き締めないと。

「考えられるのは……既に逃げたか、見張りを立てる程の人数がいないか、或いは…………本当に特別な時にだけ利用する場所————あの人達も、普段は別の街で普通に生活している……か」

「……最後の、ちょっと怖い…………怖いどころじゃない、ヤバイのか。どうしよう、戻るべきかな」

 確率は低いですが……と、そう前置きした上で、ミラは小さく頷いた。

 もし……もしも、僕達の姿を見たやつが、今拠点にしている街で生活していたなら……っ。

 エヴァンスさんが危ない、ひとりでいるところを襲われたら大変だ。

 ここへ来るまでの移動だけで、すっかり日も傾いてしまった。戻る頃にはすっかり夜だろう。

 そうなれば……暗さに紛れて襲って来るなんて可能性もある。

 或いは寝込みを襲われるとか……とにかく、急いで戻った方が良いのは間違いない。

「……今日のこの瞬間に誰かいたのかどうかを確かめられないのは癪ですが……下手に見つかって追っ手が付く方が危険です。このまま静かに退散しましょう」

「そ、そうだね……ふぐっ……し、心臓飛び出る……」

 まーじでメンタル雑魚過ぎる。

 マーリンさんイチオシのヘタレチキンだから仕方ない。仕方なくない!

 ばくんばくんと早くなるばかりの心臓を黙らせる手段なんて無いから、頭が痛くなりそうなその音に、急かされるように集落に背を向けて走り出した。

 多分大丈夫、流石にそんな奇跡みたいな確率は引かない。ああもう、頭の中でそんな勝手な言葉が浮かんで来る。

 やめろ、それは大体どんなケースにおいてもフラグにしかならない。

 フラグブレイカー出来る程のパワーは無いんだよ、変なことすんな。


 予想通り、街に戻る頃にはすっかり月が昇っていた。

 少しだけ欠けているけど、丸くて綺麗な月だ。

 もしかして……満月か……? 満月が、あの集落の人を狂わせた……とか。

「……いや、狼男は無事だったしな……」

「狼……え? 無事なんですか? ど、どこかにいる……姿は見えませんが……」

 ああ、違うんだ。ごめんごめん、紛らわしいこと言ってしまったね。

 僕は月を指差して、そして満月と狼男の話をザックリと説明する。

 うん。詳しい物語とか、伝説みたいなのは知らないからさ。

 満月を見ると獣になってしまう男の話があるんだよ……とだけ。本当にザックリし過ぎててごめん……

「…………アギトさんは色んなことを知ってますね。そんな話、聞いたことが無かったです。うーん……ですが、確かに…………可能性としてはあり得なくもないですね」

「え? マジで? いや、流石に……その、別の世界のお伽話だよ……?」

 だからこそ、です。と、ミラは真剣な顔で言った。

 あくまでも、この世界は私達の知る世界と似たものである、と。

 ならば、必ず共通する部分が存在する筈です。かたや伝説でしかない存在が、別の世界では当たり前であるとしても不思議ではありません。

 と、そんな話を続けて……

「……ですので、あり得ると思うんです。お伽話がそのまま形になった世界……というのも」

「…………成る程……な。それは……」

 それは…………ごめん、すっごい納得した。納得しちゃった。

 てか…………実感がある。

 目の前で考えごとをしながら歩く小さなオレンジ頭が、僕からしたらファンタジー世界の住人に見えたこともあるわけだし。

 そうか……そういう可能性もあり得ちゃうのか。

 この世界の成り立ちが本当にそうであるかはまだ分からないが、取り敢えず考慮してみる価値はあるだろうか。

 そんなことを話しながら宿に戻ると、そこには無事、僕達の部屋の前をうろちょろしているエヴァンスさんの姿があった。

 まったくもう……本当に心配性だなぁ。


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