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異世界転々  作者: 赤井天狐
第二章【スロングス】
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第八十二話【あの日の少女】


 それから僕達は、ひたすらに煉瓦の材料をこね続けた。

 泥とか粘土とか、石のかけらとか。

 とにかく、じゃりじゃりべちょべちょな生コンクリート風味のそれを、ただひたすら己の腕力とスコップ一本だけでこね続けて……

「う、腕が……パンパン……っ」

「いや、俺もちょっと……思ってたより……まだやれるけど」

 何その強がり。

 僕達に泥をこねさせている間、クレッグさんはなんだか窯の様子を見ていた。

 割とボロそうだし、点検が必要なのかな?

 それとも……別の理由……煉瓦を焼く為に、絶対に欠かせない工程があるとか。

「と言うか……そろそろお昼だってのに、ここに来てから殆どこれしか……」

 一回目の焼き上がりを運び出しただけで、他の作業は本当に何もしていない。

 ひたすらこねこねし続けて、なんだかもう……なんの仕事をしてるのか分かんないよ。

 いや、大切な工程なのは分かるんだけど。もっと……こう……成果の分かりやすい仕事が欲しいところ。

「おーし、ワシはいっぺん寝る! 火ぃ見といてくれ!」

「見といて……って、寝るぅ⁉︎」

 あ、やっぱり狼は夜行性な感じです? じゃなくて!

 焼かないの⁉︎ ちょ、ちょっとだけ楽しみにしてたのに!

 クレッグさんは僕達に、火を見ておけ。と、アバウトな指示だけして、そしてふらつくことなく元気に窯場から出て行ってしまった。ほ、本当に寝るの……?

「じ、自由過ぎんなあの爺さん。見とけって……何がどうなったらマズくて、何をどうしたらそれを解決出来るんだよ……」

「あ、あはは……ミラちゃん、やっぱり起こして連れてくるべきだった……」

 ちびっ子、そんなのも分かんのか。と、エヴァンスさんは驚き半分で感心していた。

 うん、多分だけど。煉瓦の焼成なんてやったことあるかは知らないけど、少なくとも火の扱いには長けてる。

 それに、モノを作るという点でも、僕達よりずっと経験豊富だ。

 全幅の信頼も過ぎると重荷になっちゃいそうだけど、でも……こういうのは好きだったし、アイツ。

「多分、楽しそうにやると思いますよ。見た目以上に……は、知ってるか。これまで見た以上に、あの子はタフで、やり手です」

「ほーん。あんなちびっこいのになぁ」

 ええ、あんなちびっこいのに。

 あんなちびっこくて、今ではすっかりごろごろうにょーんな子猫ちゃん(子猫ちゃん)ですが、その知識と知恵は紛れもなく一流の職人のものだ。

 ぐるぐるうにゃーんと寝ちゃってましたが。

「こんにちはー。すみません、ここにアギトさんとエヴァンスさんという方がいらしてませんかー?」

 と、噂をしたらオレンジ頭の市長様が、随分真面目な顔で、大きなバスケットを持って現れた。

 見れば、役場のおばあちゃんも一緒だ。すっかり懐いてるわね、貴女。

「ああっ、アギトさん。エヴァンスさんも。すみません、ひとりだけサボって……」

「良いよ良いよ、ミラちゃんには休める時にしっかり休んでおいて貰わないといけないしね」

 すみません。と、そればかりを繰り返すミラの頭を撫でて、僕はまたおばあちゃんに挨拶をした。

 とりあえず、クレッグさんが寝に行ったってことは、眠れる場所はあるということだ。希望通りです、ありがとうございます。

「おばあさんと一緒にお昼ご飯を作ってきました。ええっと……ここの御主人はどちらに? 私も働かせて貰うわけですし、挨拶をしておかないと……」

「あー、えっと。クレッグさんはたった今……」

 寝るって言って出てっちゃった。そう伝えると、おばあちゃんはちょっとだけムッとした顔で、またやりっぱなしで。と、窯の火や乱雑におかれた工具や型、それにゴミや割れた煉瓦の残骸なんかを睨みながらそう言った。

 あはは……そうね、掃除はしないとね。

「っとと、そうそう。火を見ておいてくれ……って言われたんだけどさ。ミラちゃん、分かる?

 えーと……まあ、火事にならない程度に見張ってれば良い……と、思いたいんだけど……」

「火……ですか。ふむ……こういう窯は使ったことないですが……細かい調整をしなくて良いのでしたら、大丈夫です。

 鍛冶の経験はいくらかありますから、炉の管理とそう変わらないでしょう」

 本当に出来んのかよ……とは、エヴァンスさんのため息まじりな感嘆だった。

 任せてください! と、ミラは随分張り切ってる様子で、さっきごろにゃーんしちゃったことを反省してるんだろうな。

 いや、全然ゆっくり休んで欲しいけどね。ごろごろ喉鳴らしながら、縁側でゆっくりお昼寝してて良いのに。

「それより、飯持って来てくれたんだろ? だったらちょっと休もうぜ、腹減って仕方ねえ。アギトだって、もう腕プルプルしてんじゃねえか」

「うっ……そ、そうですね、ご飯にしましょう。いやしかし助かっ…………あれ? ミラちゃん来なかった場合、俺達のお昼って……」

 ぶ、ブラック! ご飯休憩も無しに働かされるとこだったのか⁈

 いや、飯くらい好きに食いに行けよと言われてしまったらそれまでなんだけどさ。

 で、でも……火の番しなくちゃなんないし……

「それじゃあ、私は戻るよ。ミラちゃん、また遊びにおいでね。そっちのふたりも、頑張って」

「ええっ、食べていかないんですか? 一緒に作ったのに……」

 いつまでも役場を空に出来ないからねぇ。と、おばあちゃんはニコニコ笑って、寂しそうに肩を落としたミラの頭を撫でた。

 すっかりおばあちゃんっ子になったなぁ、まだ半日も経ってないのだが。

 でも……うん、良いことだ。

「よしよし。ほら、早くご飯をお食べ。冷めちゃうよ」

「……うん」

 しょぼんって顔でおばあちゃんを見送って、ミラはすっかりテンションを落としたまま食卓に着いた。

 うーむ、相変わらずだなお前は。

 出会ってすぐにここまで打ち解けて、数時間で別れがこんなにもつらくなる。

 人懐っこいのは長所だけど、寂しがり屋の甘えん坊だからちょっとだけ短所にもなってるな。

 ほら、立ち直れ立ち直れ。またいつでも遊びに行けば良いだろ。

「エルゥさんの時とは違うんだし、明日にでも遊びに行けば良いよ。それこそ、またご飯を作りに……今度はおばあちゃんのとこで一緒に食べたら良いさ」

「……そうです……ね……? エルゥ? なんでそこでエルゥが出てくるんですか?」

 っ——やっべ⁉︎

 い、いかん! つい癖で! しょんぼりミラを励まそうと、ついつい以前の癖で話をしてしまった!

 だ、だが落ち着けアギト。幸い、ミラは僕を疑ってるわけじゃない。

 いいや、疑いようもない、か。

 きょとんとした顔で、本当に純粋な疑問を浮かべているだけだ。

 なんでその過去を知っているのか——ではなく、なんでその名前が出てくるのか、と。

「あ、えっと……ごめん、聞いちゃっててさ。旅の途中、エルゥさんとはフルトで仲良くなったんだよね?

 それで……王都に向かわなくちゃならなかったから。折角仲良くなったのに、次はいつ会えるか分からない……って。

 そういう出会いもあったって考えると、おばあちゃんは本当に目と鼻の先にいるわけだから……と、そんな感じの……」

「……そうですね。おばあさんにはいつでも会いに行けますもんね。そう考えると…………うぅ、エルゥに会いたくなって来ました……っ」

 ああっ、名前を聞いた所為で! 寂しがり屋! この寂しがり屋! そこもまた可愛いよね!

 うう……僕も会いたくなってしまったよ……っ。

 エルゥさんにも、マーリンさんにも……オックスやフリードさん、モンドラ兄弟も会いたくないわけじゃないけど…………やっぱり女の子が良いかな。

「…………アイリーン、元気でやってるかな」

「アイリーン……さん? ええっと……ふむ。も、もしかして……っ!」

 ん? え? あ、いやいや? 違うぞ、こら。バカミラ。

 不意に出た独り言に、ミラはなんだか目をキラキラさせながら詰め寄って来た。

 もしかしてもしかするんですか⁉︎ と……う、鬱陶しい……っ。

 どうしてエルゥさんと同じになってしまってるんだ、お前は。

 と言うか……あの子は本格的にアウトだ、イエスロリータノータッチ。

「説明難しいけど……あー、うん。ミラちゃんとエヴァンスさんを足して割った感じ。こうして召喚された先でお世話になった女の子で……」

 私とエヴァンスさんを……? と、混乱した様子で自分と大柄な狼男とを見比べるミラに、そういう意味じゃなくて……と、フォローを入れる。

 エヴァンスさんと同じ現地の協力者で、ミラちゃんと同じ小さくて愛らしい女の子だったんだよ。と……

「——ち——小さくありません! どう考えても子供じゃないですか! 一緒にしないでください!」

「あ、あはは……そうだね、ごめんごめん」

 言えねえな。お前さんよりずっと大人だったよ、って。

 もっともっとしっかりしてて、甘えん坊でも寂しがり屋でもなくて、強い心を持っていたよ……って、とてもじゃないけど言えねえな。

「…………アギトさん。その……また、行って……会ってみたいですか?」

「え? あー……うん、叶うなら。ありがとうって、言いそびれたから。それだけ伝えたいかな」

 ミラはそんな僕の言葉を聞くと…………え? なになに、ジェラシー? うふふ、お兄ちゃんっ子だなぁミラは。

 あれ、違う? そうじゃない?

 ミラは少しだけ寂しそうにエヴァンスさんを見て、そしてまた僕に似たことを尋ねる。

「……また、この世界にも来たくなりそうですか? また……エヴァンスさんや、おばあさんや……これから出会う色んな人に……」

「…………ああ、うん。そうだね。それは……」

 そっか。お前、怖いのか。

 仲良くなったらなっただけ、いつだって別れはつらくなる。

 そしてそれが、もしも二度と会えない別れだとしたら。

 思い出は当然残ってる、なのにもう二度と訪れることは——触れ合うことは叶わない。

 ミラはそれが怖いのだ。

 ミラにとってそれは、死別となんら変わらないのだから。

「……なんだか知らねえけどよ、飯食えよ。良いだろ、別に会えなくても。いつまでも同じ奴と一緒にいられるわけじゃねえんだし、そこは変わらねえだろ」

「ら、乱暴な解釈しますね……でも、そうですね。その分、新しい出会いを増やせば良い。また会える相手の方が多いんだし、前向きに考えよう」

 うん、そうしよう。

 と言うか……アイリーンやあの町のみんなには合わせる顔が……っ。

 結局は占い師……もとい、マーリンさんの力でなんとかしたわけだしね。

 アイリーンにも怪我させちゃったし。

 ミラはどうしても立ち直れないみたいで、しょんぼりした顔のままご飯を食べ始めた。

 昔のコイツなら、ひと口食べればすぐにキラキラニコニコで元気いっぱいに戻ったのにな。

「とりあえず、一生懸命頑張ろう。別れの後に、せめて後悔が無いようにさ」

「……はい」

 それしかない。結局、それしかないのだから。

 ああ……マーリンさんの言ってたこと、また思い出した。

 僕達はあくまでもこの世界の異物、相容れないもの。親しみ過ぎるとつらくなるよ……って、はあ。

 それは痛い程思い知ってるからなぁ……病みそう……


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