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異世界転々  作者: 赤井天狐
第二章【スロングス】
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第八十一話【自己への呪い】


 窯場のドアを開けると、中からは熱気と、物が焼ける音が飛び出して来た。

 開ける前からちょっと感じてたから驚きはしなかったけど、流石にこの熱さは、期待とか好奇心よりも不安を煽ってくる。これ……本当に僕でやれんの……?

「すいませーん。役場で募集を見て来たんですけどー」

 そう大きな建物ではなかったが、中に備えられた窯はそれはそれは立派なものだった。

 換気用に開けられた窓とか煙突とか、なんと言うか……ふむ。好き。おじさん、こういうの好き。

 鉄と炎は男の血を滾らせるのだ。ではなくて。

「役場ぁ⁉︎ なんだ、働きに来たのか! 物好きがいたもんだ!」

「物好き……で、出来たら泊まり込みで働かせて欲しいんですけど、大丈夫ですかー?」

 大きな建物ではないが、それでも音や熱で声が届きづらい——集中しなくちゃいけないものが目の前にあって、僕らになかなか気付けないのだろう。

 何度目かのすいませんでやっとこちらを振り返ったのは、エヴァンスさんや僕と似た、犬か狼のような姿をした男性だった。

「じきに焼き上がるからもーちょっと待ってろー!」

「はーい! いやしかし、声もデカいけど……」

 おばあちゃんの言ってた力の要る仕事……ってのにも納得な程、男の肉体は大きなものだった。

 それこそエヴァンスさんよりも大きくて……もしかしたら、単純な筋力はフリードさんよりも上かも……

 もーちょっとのさじ加減が分からないまま窯場の端で仕事ぶりを眺めていると、大体一時間ちょっと経ってからやっと男はこちらへと近寄って来た。

 全然ちょっとじゃないが? 一時間も待たせんな、せめてなんかひと言くれ。

 出直すとか、或いは手伝うとか。なんかやりようあったでしょうに。

「いやー、すまんすまん! 役場からと言ったな! では、ばあ様からの紹介か! ワシはクレッグ、よろしく頼むぞ、若いの!」

「よ、よろしくお願いします。若いの……って、クレッグさんはおいくつなんで……?」

 幾つだろうのぅ! と、なんだか年寄りじみた喋り方をするクレッグさんは僕の問いをはぐらかし、そして何やら大きな手袋をふたつ……あっ、一個は手袋じゃなかった、分厚い革だ。

 それを今からこれと同じように縫ってくれ……みたいな話? さ、裁縫なんて出来るかな……

「とりあえず、焼けたレンガを運び出しとくれ! 代車に積み込んで、そのまま外へ! 手袋がひとつしか余ってなくてな! 申し訳無いが、ひとりは上手いことコレを使ってくれ!」

「…………は、はい……」

 違った、思ったよりつらいお願いだった。

 そんな……ミトンが無いから台拭きで鍋を掴むノリで……

「落とすなよ! それと、火傷せんように気を付けろよ!」

「は、はーい!」

 先に火傷の心配をして欲しいな、口だけでも良いから。

 それが終わったらまた次の仕事だ! と、クレッグさんはせかせかと手袋をはめるエヴァンスさんを見ながら、大きなスコップで砂……泥、粘土かな?

 とにかく、レンガの材料を突きながらそう言っ…………あっ⁉︎ ちょっ、エヴァンスさん! 何勝手に手袋はめてんの⁉︎ じゃんけん! そこは公平にじゃんけんだろ⁉︎

 僕だってこんな……嫌だよ! こんな心許なさ過ぎる革雑巾で作業したくないよ!

 いいからはよ持ってけ! と、クレッグさんに急かされて、僕は渋々大きな革を巧みに使って……あっつ! おもっ⁉︎

 ちょっ……エヴァンスさん! 換えて! ズルイ! 僕も手袋欲しい!



 ぐるぐるぐる。と、なんだか近くでそんな音が聞こえる。

 いや、これは……私のお腹の音? 違う、もっと近い……喉の音?

「あら、起きた。よしよし、ミラちゃん……だったかしら。よく眠れた?」

「むにゃ……ぐるるる」

 ああ、そうか。私には今、猫の特性が付与されているから。

 柔軟性も、俊敏性も、それに獲物を追う動体視力も。何もかも、元より持ち合わせたものだったから……こんなものしか貰えなかったのか、うーん。

 よしよし。いい子いい子。おばあさんはそう言いながら私の頭や背中、喉を撫でてくれて…………?

「……? 誰……?」

 優しげに微笑んでくれるおばあさんに、一瞬だけ誰かの影が重なった。

 どうしてだろう、私はこれを知っている。

 生贄としてこの世に生まれ、そして一族の終焉を意味する呪いの忌児として生き残り……やっと、あの方の手で勇者として認めて貰えた私にとって、与えられた温もりの記憶なんて————

「おや、どうかしたかい? よしよし、疲れてたんだね、もうちょっとだけお休み。いっぱい眠って、それからご飯にしようね」

——ああ————それも——それも知っている————

 どうして——どうしてそんな言葉を私は覚えている——?

 いいや、覚えているわけではない。

 誰かにそんな甘い言葉を掛けて貰った記憶は無い。

 あの人も、ダリアも、マーリン様も。優しく接して下さりはしたけれど、一度として私を甘やかしたりはしなかった。

 ハークスの一員として、当主を守るものとして、そして——世界を守るものとして。

 私は期待されて、いつでも強くあるべく鍛えられて……

「ごろろ……おばあさん、ふたりは……」

 ああ、もう。勝手に喉が鳴る。

 喉が鳴ると、おばあさんは私が喜んでいると思ってまた背中を撫でるのだ。

 それが……やっぱり気持ち良くて、嬉しくて……?

 でも、その喜びを……私はもっともっと知って……?

「ふたりは先に街外れの窯場へ行ったよ。そうだね、じゃあ……ご飯の準備をして、一緒に持って行ってあげようか。今から支度をして、着く頃にはちょうどお昼の時間だもの。そうしましょう」

 あっ、いや、そんな場合じゃ……って、先に働きに行った⁉︎

 そ、そんな! なんで置いて行ってしまっ……いや、当然か。

 私は勇者で、この世界を救うものとして——期待されているものとしてここにいる。

 だと言うのにこの体たらく。呆れて置いて行くのも当然だ。

「……ふー」

 抜けていた。何か……そう、何かが私の気を緩めてしまっていた。

 分からない。原因も、さっき感じた懐かしさの正体も。

 それに……アギトさんから感じる暖かさと、落ち着く空気も。

 何も分からないまま、それに飲み込まれて私は緩んでしまっていた。

 ハークスの当主として、マーリン様に見出された勇者として、世界を救う旅人として。あってはならない愚を犯してしまった。

「おばあさん、ご迷惑をお掛けしました。私はすぐにふたりの後を追います。街外れの窯場でしたよね。ありがとうございます、少し体が楽になりました」

 早く行かなければ。

 早く行って……何をするのだろう。

 抜け過ぎよ、この大バカ! 早く合流して、この世界の謎を解き明かさないと。

 その為には、まず生きていくだけの備えをして……お金を稼いで、泊まる場所を探して……

「まあまあ、もうちょっとだけ楽にしなさい。また、肩に力が入ってるわよ。大きな男の子がふたりもいるんだもの、大丈夫」

「…………? おばあさん……?」

 この人は……なんだ、何者だ……? 私達の関係を知っている……?

 いいや、知っているわけがない。それに、知っている人間の言葉ではない。

 彼女が知っている——見抜いているのは、私の————

「大丈夫、大丈夫。貴女は大丈夫よ。だけど、ふたりはどうかしら?

 いっぱい働いて、疲れて、クタクタになって。お腹が空いたのに食べるものが無かったら、きっと疲れ果てて倒れてしまうわ。じゃあ、貴女がするべきことは?」

「……お手伝いします……いえ、させてください。そうですね……ふたりの為にも……」

 私はおばあさんに手招かれるまま、役場の奥に設けられた小さな調理場へとやってきた。

 狭いけど、私もおばあさんも小柄だから、ふたりで並んでもまだ平気だ。

「パンがあるから、サラダとスープを作りましょうか。それと、魚の炒め物も持って行ってあげましょう。体の大きな三人だもの、いっぱい作ってあげないとね」

「はいっ。あれ、三人……? ああ。窯場の主人とはお知り合いなんですか?」

 実はねぇ、甥っ子なのよ。と、おばあさんは嬉しそうにそう語った。

 家族……か。さっき私に向けてくれた優しい眼差しで、おばあさんはその甥の話をしてくれる。

 楽しそうに、嬉しそうに。私は……私が——ずっと憧れていた——

————ミラ————

「——っ」

「おや、どうかした? まだ疲れてるのかね、もうちょっとだけ休んでいくかい?」

 また——まただ。

 あの戦いの後からずっと——誰かが私を呼ぶのだ。

 凄く暖かくて、優しくて————なのに、それに近付こうとすると——怖い————っ。

「い、いえ……ちょっと休み過ぎて、まだ体に力が入らなくって。もう平気です、早く作っちゃいましょう。みんな、お腹をを空かせてしまいますから」

「そう……? 何も無いなら良いけど、無理はしないでね」

 それはきっと、私が救えなかった人達の怨霊なのだろう。

 どうして助けてくれなかった、どうしてもっと早くに——どうして————お前のような出来損ないが————と。

 ここを代われと、生命を寄越せと嘆く人達の声。

 本当なら、もっと別の人の為に発せられる筈の暖かい声が、私の所為で呪詛と化してしまっているのだ。


 私は強くあらねばならない。何よりも、誰よりも強く——

 私の下に積み上げられた多くの死に報いる為に——私はもう弱くあってはならないのに————


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