第七十六話【文明、文化】
日も完全に暮れて、街灯に火が点き始めた頃。僕達は部屋から出て、街の中を散策し始めた。
僕とミラと、そして青い顔をしたエヴァンスさん。いえ、毛だらけなんで、青いかどうかは見ても分かんないんだけど…………見えずとも分かると言いますかね。
「エヴァンスさんは宿で待っててくれても良かったのに。何があるか分からなんですから」
「馬鹿野郎お前……何があるか分かったもんじゃねえのに、それに巻き込まれて街から追い出されかねないんだろ……? 部屋でじっとしてる方が無理だっての……」
それについては……うん、概ね同意だ。
ミラがくれた魔具はふたつ。
ひとつは、一時的にだが、全身に電気を流すもの。
しかしこれは強化という意味ではなく、電気の鎧を身に纏うものらしい。
全身スタンガンみたいなイメージなんだろうな。
もうひとつは、物凄く光るペンダント。
もう、そのまんま。目くらまし用。
本当に護身アイテムしかくれねえでやんの、ちぇっ。
「また魔弾でも持たせて貰えるのかと思ったら……はあ」
「ま……なんだって? しかし……こんなので本当にアイツらが追い払えるのかね……?」
あっ、そこを疑っちゃいますか。
さっき部屋でお披露目した時にはウキウキで喜んでたエヴァンスさんだが、一度冷静になりつつ、こうして不安を募らせると、途端に見知らぬ道具への不信感が高まってきたらしい。
まあ……僕も正直不安。
かつてのミラに比べたら、それはそれは随分可愛い決戦兵器を用意したものだ。
雷の矛を撃ち出すナイフに、雷の弾丸を撃ち放つ拳銃。
攻撃力全振りみたいな装備ばかり寄越してたってのに、今じゃまるでドン・キ◯ーテの防犯グッズみたいな……
「…………? 変ですね。あの街なら、この時間にはとっくにみんな家に入ってましたよね?」
「……ん、確かに。灯りもそのままだし、こりゃどういうこった」
いや……どういうことも何も、そういうことなのでは……?
この街にはあの連中は現れない。あの街限定のクソサービスだった……と、まあそういうことなんだろう。そういうことにしておいてくれ。
「だとしたらさ……うーん? あの街……いったいどうしてあそこまで歪んじゃったんだろうか」
「市民による犯罪が多かった……か、或いは病気が流行ったか。少なくとも、エヴァンスさんが産まれるよりもずっと前からあの制度は存在する筈です。
流行り病に対して見張りを立てる……と、そういう儀式めいた、根拠の無い行動を取っていた名残である可能性は高いですね」
根拠の無いとか言うな。お前の魔術だってこっちからしたら割とデタラメもいいとこだからな、平気な顔で炎を出すな。
それにしても、この街にはあんな風習が……いや、他のほとんどの街においても、あんな連中と鉢合わせなくて済みそうだ……って話なら、こんなに嬉しいことは無いよね。
ミラより強いんだもん、やってらんないよ。
「…………なあ。だとしたらさ……街の連中、みんな連れてきた方が良くねえか? そしたら、もうあんな思いしなくて済むんだろ? ここでみんなで……」
「いえ、それは難しいかと……いいえ。それは、するべきではありません。この街の為にも、あの街の人達の為にも」
なんでだよ! と、エヴァンスさんはミラに食って掛かる。
そ、そうだよ! あんな…………夜は決まった時間に家に入らないといけない……って、それくらいは別に良いか。
でも……エヴァンスさんみたいに、誤解によって濡れ衣を負わされて、そしてその汚名を雪ぐ間も無く追放されてしまう……あんなに怖い思いをさせられてしまう街なんて、やっぱり間違ってる。
みんな、この街のことを知れば喜んで来る筈だ。
夜遊びがそれで増えるのは……まあ、見過ごせないけど。でも……
「……そうすれば、きっとあの街は潰れてしまいます。そうなれば……あの連中だって、街から出てこなかった以上は街の住人の誰かなのですから。必ず同じようにこの街に来ます。
もしもそれが、権力者による統治の一環であったなら…………また、繰り返すことになるでしょう。
そうなれば、そんなルールを知らないこの街の人達は、漏れなくあの化け物に追い回されるなんてことにもなりかねません」
「そ……それは……そうだけどよ。でも、そうじゃなかったらみんな……」
他所者の都合で街を掻き回すのは避けましょう。と、ミラはそう言ってエヴァンスさんの訴えを突き返す。
他所者……かあ。それってさ、つまり……僕達のことだよね。
世界は救う。だが、内政に干渉し過ぎてはいけない。そんなところだろうか。
「それに、です。そんなことをしたら、エヴァンスさんは生まれ故郷を失うんですよ? いくら嫌な思い出があったと言っても、大切な場所には変わりありません。
そしてそれは、エヴァンスさんに限った話でもありませんから。
あの街が好きで、あのルールがあった上でも、留まることを選ぶ人だって必ず現れます。
そういった人々は不幸になっても構わない、変革に付いてこられないのなら切り捨てる。そんな考えは、あまり良いものとは呼べません」
「……そうか。そういうもんか。ふーん……ちびっ子、小せえ割には考えてんだな」
小さくありません! と、今更なことに憤慨して、ミラはぽこぽことエヴァンスさんの肩を叩いた。
ふふ、可愛いだろう、うちの妹は。そして…………ビビるだろう、その力の強さに。痛いんだ、アレが意外と。
ぽこぽこなんて愛らしい擬音を使ったけど、実際の威力としてはズドンズドンくらいの…………あれ、あんまり痛くなさそう……? なんで⁈ 僕以外には手加減してるの⁈
「……さて。色々と話をしましたが、まだあの連中がこの街には現れないと決まったわけではありません。
単に門限が遅いというだけかもしれませんし、或いは今日が特別か……もしくは、特別な日にだけ見回りがあるのかも。まだ気を抜かないでください」
「っ⁈ な、なんだってそんな脅しみたいなこと言うんだよ。いや、しかし……そうだな」
ふふふ、エヴァンスさんやっぱりビビってるな。まったく、僕を見習って欲しいものだよ。
僕はミラに言われるまでもなく…………まだ出て来そうな気がしてさっきからずっとビクビクしてるってのに……っ。
うん、怖いわ。明かりもあるし、人もまだまばらながら歩いてる。
だけど……インパクトがね……強過ぎたよ……っ。
もう鬼じゃん、あんなの。流石に怖えのなんのって……
「もしもこの街では出現しないと判明しても、それは他の街でもそうであるという証明にはなりません。日の入りには注意しておきましょう。
もしまた鉢合わせたら……今度は蹴っ飛ばしますが、道中はぐれてしまったりした日には…………」
「こ、怖いこと言うなよちびっ子! ってか……お前のその自信はなんなんだ。あんなデカくてヤバい奴らに、どうして立ち向かおうって気になるんだよ……」
もっと大きくて、もっともっともっとヤバい奴を相手にしたことがありますから。そんな答えは無粋だろうか、無粋なんだろう。
ミラは静かにふふんと笑って、そしてなんだか楽しそうに僕達の少し前を歩き出した。
何、引っ張ってってくれるの。そういうの好きだよね、本当に。
頼もしいけど……今は出来るだけ近くにいてください……っ。お願いします、あんまり遠くへ行かないで……
結局、その日は街から人影が消えるまで歩き回ったが、それでも連中は現れなかった。
誤算があったとすれば、あんまりにも遅くなり過ぎて、宿に入れて貰えなかった……もう鍵を閉められてしまって、受付にも辿り着けなかったことだが…………これについては、ミラにふたりしてお説教をしたのでそれで終わり。
仕方なし。と、山にあった洞窟でひと晩明かし、そして……
「むにゃむにゃ……ぐるぐるぐる……」
「……アギト。お前らって、どういう関係なんだ……?」
さて、どういう関係に見えますでしょうか。
また太陽は昇り始めた。
エヴァンスさんはあんまり寝付けないのか、それとも狼だから夜行性なのか、見張りをしてくれていたのか。
分からないけど、取り敢えず今朝も早くから僕とミラの寝相の悪さ(?)に呆れた顔をしていた。
「……兄妹……って、感じじゃねえよな。だとしたら……なんだ? 保護者……にしても、アギトじゃ流石に頼りねえよな……」
「ちょっと、人聞きの悪い。まあ……はい、自分でもこの関係については説明が難しいと自覚しておりますが……」
端的に申しますと…………天の勇者と抱き枕一号です。
はい、分からないですよね、伝わるわけがないですよね。
兄妹……である、と。僕の方は認識してるんだけど……妹の方は忘れちゃってて…………はっ⁉︎
親の都合で離れ離れになった、兄と物心つく前の妹……っ!
生き別れとなった妹を探して旅をする兄……来たで、全米が泣きまくりますわ。と、まあ……
「……説明は難しいです、本当に。一応……俺はコイツの兄弟子……ってことにはなってます」
「兄弟子……兄弟子? なんだ、じゃあお前もあの……変な……魔術? 使えるのか」
あっ……いえー……あの、それは……使えません……っ。
どうして……どうして僕には何も出来ないんだ……っ。
いえ、話は聞いてますから。
ミラもマーリンさんも、僕に戦う力を持たせないことで守ろうとした……脅威からは逃げるように仕向けた、と。
うん……ほんっとうに過保護だわ! 師匠も弟子も!
「……まあ、兄妹みたいなもんだと思って接して頂ければ。あ、ただ……恥ずかしがり屋なんで、こうやって甘えてるの知らんぷりしてあげてくださいね。
コイツ、こうしないと寝付けなくて。これがバレたって知ったら、それこそもう暫く寝なくなっちゃいますから」
「ふーん……ま、なんとなくイメージ通りだな。分かった、協力してやる。そのちびっ子が寝てねえとなると…………そうだな、なんかあった時にやべえもんな。
はあ……なんでこんなガキに頼って生きていかなくちゃならねえんだか」
禿同。
え? もう誰も使ってない……? ごほん。激しく同意。
エヴァンスさんはそれから黙って地面に寝転がった。
まだ空が白いから、ミラにはもうちょっと寝てて貰おう……って、気を使ってくれたのかな。
うふふ、やっぱり優しいなぁ。
まだ僕の上でごろごろ言ってる妹猫は、知らないところで色んな人に甘やかされているのだな。
いえ……知ってるところ、目に見えるところでも甘やかされまくってますが。
その後、ミラが起きてまた街に戻るのは、すっかり日が昇って空が青くなってからのことだった。
良いんだけど……流石に地面でずっと同じ体勢で寝てると身体が痛い! 次からは寝返り打ちやすい位置にくっ付いてくれ!




