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異世界転々  作者: 赤井天狐
第二章【スロングス】
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第七十三話【残り香】


 ごろごろごろ……すぴー……ぐるぐるぐる……と、まあなんともマヌケな寝息がすぐ傍で聞こえる。

 傍と言うか……上と言うか……

「むにゃむにゃ……ぐるるる……」

「…………はあ」

 今朝のミラは、随分と上機嫌な顔で僕のお腹の上に乗っかっていた。

 お前……またそのルートを辿るのか……お前……っ。


 僕達は新たな街で日用品の買い出しを済ませると、日も暮れないうちに眠ってしまった。

 早朝から活動していたというのもひとつ。そして、例の化け物とのゴタゴタで疲労が溜まっていたというのもひとつ。

 特にエヴァンスさんはずっと緊張し続けていただろうし、やっと落ち着ける場所に辿り着いたのだから……と、まあそんなところ。

「……だからってそのお寝坊さんは……はあ」

 この街でも前の街で稼いだお金が使えるとはいえ、それでも懐事情に余裕があるわけではない。

 僕達は三人ひと部屋で…………と、そう提案したが、エヴァンスさんは流石にひとりで別に部屋を借りてそっちで休んでいる。

 気を使ってなのか、単にプライベートが欲しかったのか、それとも他の理由があるだろうか。

 分かんないけど…………まあ、好都合なのは確かだった。

「お前がちゃんと休めるならなんでも良いよ、ったく」

 なんでもは良くない、お腹の上は苦しいんだってば。

 でも……気の所為かな。ミラ……前よりちょっとだけ軽くなってる気がする。

 これはきっと、僕が力持ちになってるから……だよね……?

 マーリンさんに告げられた、睡眠障害とそれに伴う摂食障害。

 目の前で眠る愛らしい姿と縁遠く感じるそれらに胸が苦しくなる。

「……んむ……ふわぁ」

「っ!」

 っと、いかんいかん。

 ごそごそと動き始めたミラに狸寝入りがバレないよう、僕は慌てて目を瞑って寝返りをうつふりをした。

 するとミラはそのまま僕のお腹の上から滑り落ちて、そしてなんだか名残惜しそうに僕の脇腹のあたりに体重を預けてくる。

 乗せろ……か。ダメです、ちゃんと起きなさい。

 と言うかお前……僕が起きてるかどうかの確認もせずに……

「……?」

 どうしたことだろう。ミラは僕に乗っかって二度寝することも、僕から隠れる為にベッドに戻ることもせずに……?

 ボーッとしてる……のか、それとも何かしてるのか。目を瞑ってるから分からないんだけど、足音がしない。

 匂いもまだすぐそこにある。そ、それされると……起きて良いものかどうか迷うんだけど……

「…………? すんすん…………? ふんふんふん……」

 何かが気になるようで、ミラは熱心に僕の匂いを嗅ぎ回って…………く、臭いかな?

 いやでも、ちゃんとシャワー浴びたけどな…………まあ、毛の量も増えてるし、獣臭さは消えないのかもしれないけど。

「…………? マーリン様……?」

 マーリンさん……? え、何。貴女……もしかして、マーリンさんのことモフモフした生き物だと認識してるの……?

 いえ、実際にモフモフしてますけどね、翼が。

 でも、どちらかと言うとモフモフよりもモチモチ…………げふんげふん。

 ミラは人狼もかくやという風体の僕に、マーリンさんの面影を感じているらしい。

 それにしたって嗅ぎ過ぎ————

「————ううーん。くすぐったい……」

「っ!」

————もしかして——魔力痕か——?

 かつてミラは言っていた。ひと目で分かった……と。

 あの日道端に倒れていた僕をひと目見て、それがレアさんによって呼び出されたものだとすぐに分かった……と。

 その理由は……レアさんの魔力が、ミラにしか分からない唯一の痕跡が残されていたから……だと。じゃあ……っ。

 今の僕にも——マーリンさんに喚び直して貰った僕にも、彼女の魔力痕が残って————っ。

 下手なことを悟られてはいけない。僕は慌ててまた寝返りをうって、そして今起きたって顔でゆっくりと起き上がった。

 ミラは……とっくにベッドの上で丸くなっている。これでバレてないつもりなんだから、可愛いなぁ。

「おはよう、ミラちゃん。今朝も元気そうだね」

「おはようございます。はい、毎日元気ですよ! それが取り柄ですから!」

…………少なくとも、ミラの中にはある種の疑念が芽生えてしまっただろう。

 これから毎日、僕が眠っている間にマーリンさんの痕跡について入念に調べ上げる筈だ。

 結局、さっきのも大した時間稼ぎにならないかもしれない。

 でも…………っ。

 もしも……もしも僕が召喚術式によって喚び出されたのだと知ったら……レヴの記録の奥底にある、レアさんを失う羽目になったその因縁深い呪いの儀式を思い出させるきっかけになってしまったら……っ。

「……アギトさん、ちょっとだけ良いですか……?」

「へ? 良いけど…………何が?」

 何かを確認する前に許可して下さるんですね。と、ミラはちょっとだけ困った顔でそう言って…………そして、鼻をヒクつかせながら僕の周囲をぐるぐる回り始めた。

 ちょっ……なんだお前、犬か。猫じゃなかったんか。

 そして……前はあんなに恥ずかしがってたクセに、と言うか今だって寝たふりしてる間にしかくっ付いて来ないクセに。いったいどうしたって……

「…………えへへー。アギトさん、ちょっとだけマーリン様の匂いがしますね。いえ、きっと今の私からも同じ匂いがするのでしょうけど。

 この体はマーリン様によって作られている……という話ですから、当然ですが。

 えへへ……なんだか懐かしく感じてしまいますね……えへ……」

「っ! そ、そっちか…………じゃなかった。懐かしい……って、そう言われてみるとそうだね。何ヶ月とこっちにいるわけじゃないのに、マーリンさんやアーヴィンがちょっとだけ恋しく感じるね……」

 ホームシックになってしまった……マーリンさん…………合法ロリ巨乳ボクっ娘お姉たま……っ。じゃなくて。

 そ、そういえば、そもそも今この世界に来てること自体、あの人の魔術によるものだったわ。

 となると……もしかして、僕の背中だからじゃなくて…………マーリンさんの匂いで安心して…………ぐすん。

 そ、それは寂しいんだけど……お兄ちゃん、寂しいんだけど……っ。

「……どっちにせよ、だろうけど」

「……? どうかしましたか?」

 なんでもないよ。と、まだ僕の匂いを嗅いでる小さな頭を撫でると、ミラは嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしてえへへと笑った。

 でへへぇ……可愛いぃ。ごほん。

 今は……この世界では——召喚された先では、そうやって誤魔化しが効くんだろう。

 けど……これが終わって元の世界に戻った時、きっとアギトの身体にもマーリンさんの魔力は残っている筈だ。

 深く関われば関わるだけ、僕の正体が危うい……と。

 はあ……もしかして、別ルートだった理由のひとつなのかね……?

「おーい、起きてるかー。今日から働きに出るんだろー? さっさと起きろよー、ちびっ子ー」

「っ⁉︎ な——なんで私なんですかっ! いつも最後に起きるのはアギトさんなんですよっ!」

 違う違う、エヴァンスさんにはもうネタバレしてるから。僕の狸寝入りはとっくに知られてるから、お前の甘えん坊もバレバレだから。

 なんだかよく分かんないところで憤慨するミラを宥め、僕達は呼ばれるままにエヴァンスさんと共に街へと急いだ。

 そうそう、働かないと。

 昨日決めたことは大まかにふたつ。

 まず、次の出発に備えてお金を貯める。つまりは労働。

 そしてもうひとつは、目的地を定める為の聞き込みをする。

 うん……シンプル、とっても。

「ところでエヴァンスさん、色々と……具合はどうですか? いきなり慣れない環境ですし、ひと悶着あった上での……あんな……化け物と……でしたし。

 その……心がまだ落ち着かない……と、そういうことがあれば、もう少し休んでても大丈夫ですよ……?」

「あ? 何言ってんだ。もう全部吹っ飛んだよ、お前らの突拍子も無い話の所為で。

 ったく、まあ……そうだな。ダチとあんな別れ方したのは……思い出すと堪えるけどよ」

 ダチ…………そういえば。

 初めて出会った時、僕らもお世話になった猫の店主となんだか揉めてましたね。

 友達……だったんだ、やっぱり。

 それがあんなに一方的に突き放すような態度で……っ。

 それだけあの街の人達にとって、あの化け物連中は強い恐怖の対象なんだろうな。

「…………その話で思い出したんだけどよ。お前ら、話聞いてたよな。俺が盗みを働いた……って。んで、締め出されてあんなトコにいた……って。

 よくもまあ……いや、忘れてたってんなら知らねえけど。よくまあ引き入れたな……? 身の危険とか感じねえのか……?」

「え……? だ、だって……やってないって言ってましたし……」

 僕もミラも割と本心でそう答えたのだが、エヴァンスさんは凄く険しい顔で、大丈夫かお前ら……と、大きなため息をついていた。だ、だってなぁ……

「……いえ、その。ミラちゃんは嘘を見抜くのが…………と言うより、人の善悪を見抜くのが得意なんで。

 それに…………まあ……悪さをされたらされたで、なんとか出来る子なので……」

「なんだか含みのある言い方ですね……? ごほん。あれだけ逼迫した状況ですから、助かりたい一心で口からでまかせを言っていた可能性は考えられます。

 ですが、そういう気配は感じませんでしたし…………何より、そういうことが出来る状況にありませんからね。

 言ったじゃないですか、引き入れるには都合が良い……と」

 ああ、納得したわ。と、エヴァンスさんは小さなため息をついて、そして僕に、おっかねえちびっ子だな。と、耳打ち…………して、ちびっ子ってところを拾われて、ミラに顰蹙を買っていた。

 うん……まあ、そういうことだ。

 エヴァンスさんは僕達を裏切れる状況に無い。

 街には戻れない、家も仕事も貯金も失って、寄る辺がどこにも無くなってしまっている。

 こんな状況で、わざわざこんな貧乏そうなふたり組から盗みを働いても……ね。

「……え? その……もしかして本当に……」

「盗ってねえよ。あんなことになるって知ってんのに、誰がそんなことするかよ。

 ちょっとした行き違いだ、俺は盗みなんてしねえよ。出来るかよ、ったく」

 そうだよね。良い人だもの、エヴァンスさん。

 エヴァンスさんの容疑(?)も晴れ、僕達は仲良く役場へと向かった。

 やはりと言うかなんと言うか……あの街と同じように、役場では仕事の斡旋を行なっていた。

 エヴァンスさんはちょっとでも多く稼ぐ為に、大変だけど給料の良い建築の手伝いを。

 僕達は街の外の川で漁の手伝いを、そのついでに動物の捜索もして来よう。

 落ち合う場所を決めて、それぞれ目的に沿った仕事に向かう。晩御飯は揃って食べたいものね。


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