第七十一話【重なる旅路】
この街も前の街と随分似た様式の建物が並んでいて、どことなく空気も同じように感じた。
となれば……あの街とは何らかの関係がある……と、そう考えるのが筋だが、果たして。
国という概念があれば、きっと同じそれに属するのだろう。
もし違うにしても、このふたつの街はきっと何らかの縁があった筈だ。
どちらかから流れて来た人が興した街であるとか、或いは先に考えた可能性として、あの街から追放された人々の街である……とか。
「……まずはお金の確認だよな。これが使えたなら……うん」
そうなれば、まず間違いなく同じ組織に属していることになる。
組合なのか、国なのか、それとも植民地的な主従の関係なのかは流石に分からないけど。
山ひとつ挟んでいるとはいえ、これだけ近かったら多分……
「すみません。買い物をしたいんですけど、これって使えますか? 俺達、他所から来たばかりで……」
「ああ、大丈夫ですよ。他所から…………というと、はて。いったいどこから……くんくん」
わぷっ、この匂い嗅がれるの慣れないな……ミラに散々やられてんのに。
長毛の後ろ姿に、てっきり僕やエヴァンスさんと同じ獣人タイプだと勘違いした男性は、ほんの僅かな違い——瞳の、虹彩の違い以外殆ど人間の姿をしていて、そんな彼が僕やエヴァンスさんを見ても驚かないことに内心驚いてしまう。
この瞳……確か、ヤギだったかな。横長で、人の姿に合わせると…………やや不気味にも思えてしまうな。
人間であっても、ヤギであっても。どちらにしても、犬人間と狼人間を前に怯まないというのは…………うん、違和感。
「山の向こうから来たんだ。こことよく似た街なんだが……知らねえか?」
「山の向こう……ですか。それは随分と大変な思いをして来ましたねぇ」
さっきまでキョロキョロしていたエヴァンスさんは、なんだかちょっとだけ不思議そうな顔で僕の前に割って入って男性に尋ねた。
この様子だと、あんまり街同士の交流は無い……んだろうな。
まあ、山越えるの大変だし。となると……うーん、謎。
「……ここまで似てたらさ、普通は最近まで交流があったと考えるべきだよね」
「…………そうですね。昔に交流があって、技術が持ち込まれて。そうして同じ風景が保たれるのは、果たしてどれだけ短い間なのでしょう。あの街とここは、少なくとも数十年前までは関係があった筈です」
でなければ、必ず独自の要素が強くなりますから。と、ミラはちょっとだけ真剣な顔で街の様子を窺って、僕にそう耳打ちした。
うん、そうだ。そうなのだ。この街は、山の向こうのあの街とあまりにも酷似している。違うところを探す方が大変なくらいだ。
となると、お互いの文化が持ち寄られてからそう時間が経っていない筈。
まだ、独自の発展を遂げるよりも前の段階の筈なんだ。だとしたら……
「……統治者同士は繋がっている……と、そう考えることは出来るでしょうか。そうすることにメリットがあるかは分かりませんが、不自然でもこの方が筋は通ります」
「街の人に外のことを知られたくない事情がある……ってこと? うーん……なんだろう、そんなことをする理由……」
統治を簡便なものにする為。発展ではなく、維持を目的とするのならば、或いは。と、ミラは少し苦い顔でそう言った。
発展ではなく、維持。ふむ……? その心は?
「外に世界があると知れば、人は必ず出てみたいという願望を抱きます。知とは新たな好奇心であり、好奇心はまた更なる知を招き入れますから。
そうして…………街から人がいなくなってしまうことを恐れた……とか。
あの街で行われていた、洗脳にも似た恐怖政治は……つまり、可能な限り街に人を留めておきたかったから——不穏分子を排除し、街の中だけが安全なのだと刷り込ませたかったから……とか」
ディストピア過ぎるな、それ。
でも……そう考えると、あの謎の化け物にもなんとなく納得がいく。
いや、アレ自体にはまだ納得いかない点も多いけど。
でも、アレが機能として街に受け入れられている理由は分かった。
しかし……となると、この街にも……
「ここにも何かあるのかな、ああいうふざけた機構が」
「……可能性は十分に。もしもアレが統治者によるものだとしたら、いち市長としては見逃せません。アレは政治の放棄です。
支配によって統治を簡略化するだなんて、人の——街の尊厳を踏みにじっています」
ミラは随分憤慨した様子で、珍しくその立場からの発言をした。ミラ個人ではなく、ミラ=ハークスというアーヴィンの長として。
術師として、勇者を志すものとして。いつだって個人として何かと向き合って来たミラが、街の代表としてアーヴィンの外で文句を言ったのは…………うーん、王様と問答をした時以来か……?
「……警戒はしておきましょう。その上で、踏み込む必要があると判断すれば……」
「……分かった。エヴァンスさんには……どうしよう、説明しておくべきかな?」
推測でしかありませんから、やめておきましょう。と、そう言ってミラは僕から離れて行った。
そしてエヴァンスさんとは別の人に話しかけて、買い物ついでに情報収集でもするつもりなんだろう。
おっとっと、これじゃ僕だけサボりじゃないか。ええと……ええと……何か出来ること……
「何してんだ、アギト。しかし、おかしな話があったもんだな。金は使えるのに、あの街のことを何も知らないってんだ。じゃあ……この金はどこから来てんだ……?
街の金は街で作ってるもんだと思ったけど、それにしては……なんて言うのか……」
「そう……ですよね、変ですよね。変だけど……理由を探さないと、何がどう変なのかもイマイチはっきりしないと言うか……」
先の陰謀論じみた可能性も、結局その証拠なんてどこにも無いのだから。
同じ国に属しているが、しかしこうして山を隔てているが故に街同士の交流は無い……とか。
他の街との交流はあって、その源流が一緒だから文化もよく似ている……と、そういう平和な推測も出来るんだから。
この世界には近く滅びが訪れる……って、それだけ知ってるからさ、暗い方向にばかり考えてしまうのだ。
「なんにしても、これで今日は飯にも宿にもありつけそうだ。
一時はどうなることかと思ったが、いざ出てみれば大したもんでもないな。街の外がこんなに楽しいとは思わなかった」
「楽しい……ですか? いや、その……旅は楽しいって、俺もそう思ってますけど…………まだ特に何も起きてなくないですか……?」
何も無くても楽しいんだよ。と、エヴァンスさんは大きな口を開けて笑った。
うおっ、迫力凄いな……流石にウルフフェイスだから、すぐ側で大口開けられるとビビる……
「ベッドも何も無いとこで寝てよ、んでロクに飯も食わずに山登って。
あるのか分かんねえ街目指して歩いて、んでこうして着いてみたら、似た街なのに全然知らない奴ばっかで。楽しいだろ、こんなの。
っと……あー、そうか。お前はそういうのいっぱいやってるから」
「…………ああ、成る程。言われてみれば……そうですね。それは……」
ああ、うん。それ、確かにワクワクしたんだ。いや、今でもワクワクする。
でも……気付かなかった。そんなことにも気付けない程気を張っていた…………とか、そういう真面目な理由じゃないです。
いえ…………そのね、そもそもね……この世界に来てる時点で、もう既にそのワクワクとは比にならない興奮を覚えてますので。
知らない街に来た! 楽しい! とかよりも、なんだこの世界⁉︎ の方が勝ってるだけです、ええ。
召喚されてすぐの頃のアーヴィンとか、旅に出た後のいろんな街とかで同じことはやってます、ええ。
「…………良いなぁ、お前ら。なあ、俺もその……海の向こうの……なんだっけか。行けねえかな、流石に遠いかな。
でも……お前らに付いて行けば、いつかは戻るんだろ? それとも……もっと別のとこに行くとか」
俺も連れてってくれよ。と、エヴァンスさんは嬉しそうに笑った。
それは…………難しい。
僕達の言う別の場所——海の向こうってのは、結局は例えでしかない。
戻る場所はこの世界には無くて、そこにはエヴァンスさんを連れて行くことが出来なくて。でも……
「……それ、楽しそうですね。ふたりより三人……途中でもっと仲間を増やしたら、もっともっと楽しいですよね。一緒に行きましょう、いろんな場所へ」
「おう! へっへっへ、ガキの頃みたいにワクワクして来たなぁ」
でも……その申し出は、その夢は魅力的だ。
元々旅をするのは好きだし……最初から好きだったわけじゃないけど、やってるうちにそうなってたし。
じゃあ……うん。せめてこの世界にいる間は、こうして出来た友達と仲良くするくらいは良いだろう。
オックスとそうしたように、大勢いればそれだけ旅が楽しくなるんだから。
「アギトさん、エヴァンスさん。安く泊まれる宿を教えて貰いました。一度そこで予定を決めましょう。
出来れば……その、次は目的地を定めてから出発したいですしね」
「あはは……そうだね。じゃあ、ご飯買ってから行こう。エヴァンスさんもそれで良いですか?」
任せる。と、そう言うと彼は巾着を取り出して、そして懐事情を確認し始めた。
ああ……そっか、貯金とか家に置いたままあの化け物に追い立てられた可能性もあるのか……うわ……それ、キッツいな……
「…………よし、金はまだなんとかなりそうだ。どこでも良いぜ…………よっぽど高えとこじゃなければ」
「ま、まあ俺達も余裕があるわけじゃないですから。となったら……まずは……すんすん」
飯屋を探さないとな。
かつてのミラよろしく鼻をヒクつかせていると、ミラも負けじと食べ物の匂いを辿り始めた。
なんと言うか……やっぱり不審なんだよな、これ。
この世界だとあんまり浮いてる行動じゃないからマシだけど…………
「……こっちです! ちょっとだけ酸っぱい、果物の匂いがします。疲れもありますし、喉もカラカラですよね」
「…………むぐぐ、これも経験の差……っ」
勝手に敗北感を覚える僕にミラは首を傾げ、そしてすぐに笑って僕達の前を歩き始めた。
着いたのは果樹園……の、すぐ側に建てられた小さなレストラン。
ちょっとした野菜の煮物とカットした果物、それからフルーツジュースで英気を養って、僕達はミラが教えて貰ったリーズナブルな旅館へと向かった。




