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異世界転々  作者: 赤井天狐
第二章【スロングス】
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第五十四話【おかえりと、それから足りないもの】


 マーリンさんとの長閑な再会も束の間、ここ王都のクエストカウンターにバタバタと忙しない足音が響いた。

 うん、なんだろう。足音の割には静か…………声はしないのだ。

 だから、仕事を求めてみんなが一斉に押し掛けた……って感じではなくて……

「——ただいま戻りましたーっ。おや、お客さんがまた増えてますね。いらっしゃい」

「————っ」

 おかえり。と、肩をすぼませたマーリンさんの視線の先に飛び込んできたのは、この施設の主、エルゥ・ウェンディ——旅の間に仲良くなった元フルトの看板娘、エルゥさんだった。

「お、お邪魔してます……」

「はい、いらっしゃい。ふむ……へインスさん……は、もうすっかりお馴染みとして。貴方とこっちの子は初めましてですね。

 私はエルゥ。エルゥ・ウェンディです。いつもここでお仕事の仲介をしてますので、ご入用の際はお気軽にお越しください。日雇い即金のお仕事もいっぱいありますよ」

 うおぅ、以前にも増して逞しくなってる。

 以前と変わらないって第一印象ばっかりの再会の中で、エルゥさんだけはそうじゃないみたいだ。

 以前よりも元気いっぱいで、商売っ気が強くなってて。

 そして……暑いくらいにあったかい笑顔でキラキラ笑っていた。

「ばうっ! わうっ!」

「わっ、こらティーダ。ダメですよ、ザックちゃん達がビックリしちゃいますよ」

 そんな進化したエルゥさんのすぐ後ろから顔を覗かせたのは、ヴェルグルハイド…………もとい、これまたフルトで出会った忠犬ティーダだった。

 なんだか嬉しそうに尻尾を振り回して…………

「のわっ⁉︎ お、おー……よしよし。ふふ、もふもふだな」

「ああっ、すみません……ええっと……」

 アギトです。と、また自己紹介をする。

 また……うん、何度だって。

 どうしてだろう、やっぱりこの人は凄いわ。

 今まであんなにチクっとしたこのやり取りが、エルゥさんの眩さのおかげでなんともないや。

 なんと言うか……この人とだけは、またどれだけでも仲良くなれる気がする。

 いえ……僕から何か歩み寄るみたいなことは出来ないんですけど……

「アギトさん、ですね。ふむふむ……動物、お好きなんですか? ティーダも大概人懐っこいですけど、それにしたって…………初対面でここまで懐いたのは、ミラちゃん以来です」

「あはは……そうなんですね。アレかな、汽車の中で食べたサンドウィッチの匂いかな」

 そう……うん、そうだね。ミラの時は一瞬だった。

 と言うか…………最早同種のコミュニケーションだった…………っ。

 よろしくお願いします。と、僕と握手をすると、エルゥさんはすぐさまベルベット少年の方へと振り返った。

 そしてまた、エルゥです! と、元気いっぱいに笑うのだ。

 はぁ……かわええ……マジでこの人も最高。天使やでぇ…………

「エルゥ。挨拶も良いけど、先に仕事の準備しちゃわないと。今日は開けないけど、明日の為にやることいっぱいあるんだから。

 アナタ、ただでさえ休まないんだもの。今晩くらいは、たっぷり眠れるようにしなくっちゃ」

「はーい。えへへー、また後でねーマーリンちゃん」

 マーリンちゃん。マーリンちゃんとな。

 相変わらずのぶっ壊れた距離感でマーリンさんをぎゅっとすると、エルゥさんはニコニコ笑って部屋を後にした。

 ハーグさんもレイさんもそれに続いて出て行って、結局ここには僕とへインスさんとベルベット少年と、そして顔を真っ赤にしてだらしなくよだれを垂らすマーリンさんだけになってしまった。やっぱりまだ克服出来てなかったか…………

「ごほん。さて、アギト。こっちの準備は出来てるよ。いつだっていける、今晩にだってね。君の方はどうだい?」

「っ。俺は…………はい、俺もいけます。今度こそ……絶対に」

 なんのこっちゃ? と、首を傾げるへインスさんと少年を他所に、マーリンさんはうんうん頷いて…………また、彼女も首を傾げてしまった。

 ど、どうして貴女が不思議そうな顔をしてるのさ……

「いや、すっかり忘れてたことがあってね。うーん……まあ良いや、なんとかなるか。

 へインス、ちょいとお使いを頼まれておくれ。ベルベットは……そうだな、下でエルゥちゃん達の手伝いをしてくると良い。

 行くアテ無いんだから、ここに居候させて貰うことになるだろう? だったら、ちゃんとそれなりに対価を支払うこと」

「ぐっ……わ、分かった。アギト、気を付けろ。コイツ、またなんかやらかしたの誤魔化そうとしてる。

 マーリンが偉そうなこと言ってる時は、半分くらい何かを悟られないようにしてる時だ」

 ベルベット。と、ちょっとだけ説教みたいなトーンで名前を呼ばれると、少年は急いで三人のところへと走って行った。

 しかし……ふむ、そうだったのか。だとすると…………あの旅の間は、ずっと何かを誤魔化してたってことになりそうだけど…………?

「まったく、アイツは本当に口ばかり回って困るよ。へインス、メモを渡すから買い出しを頼む。そして、それを王宮へ……マグルとミラちゃんの元へ届けておくれ」

「はい! って…………おう? 巫女様? 魔術翁と嬢ちゃんが王宮にいて、なんで巫女様はこんなとこに……」

 通行証が足んないからだよ。と、マーリンさんはバシバシと自分の手首を叩いて声を荒げた。

 ああ、成る程。それでふたりの姿が見当たらないのか。ふーむ……となると…………?

「じゃあまたな、アギト。次は……明日か、明後日か。ま、その内だな。巫女様のこと、頼むぜ」

「あっ、こら! 面倒見るのは僕の方だぞ! へインス! こら!」

 そいじゃ失礼しますよ。と、へインスさんは逃げるように部屋を飛び出して行った。

 ふーむ、やっぱりここの関係は変わってないみたいだ。

 しかし…………こうして部屋にマーリンさんとふたりだけになった訳だが——いいや。

 ふたりきりになるように、マーリンさんが上手く誘導した……が、正解なんだろうな。

「……色々聞きたいですけど、まずは直近のものから。てっきり術式は王宮内でやるものだと思ってましたけど。今のやり取りを見るに、すぐには王宮に入れない感じですよね。どうするんですか?」

「ほほう、随分冷静に物事を見られるようになったね。ううん、元に戻ったと言うべきか。

 君の元々持ってた能力だ、そういう嫌な予感から状況を分析するというのは」

 嬉しくないやい。じゃなくって。

 王都へやってきたのは、術式を安定させる為。より良い環境で召喚を行う為だった筈。

 それが機材も何も無いこのクエストカウンターで、いったいどうしようってんだ。

「ま、僕も随分力を切り分けて身軽になったけどさ。それでもまだまだ——未完成とはいえ、魔女の力は伊達じゃないさ。部屋さえあれば、どこであれ工房にしてしまえる。

 王宮の施設を求めたのはマグルの為だよ。アイツのフルパフォーマンスを引き出せれば、魔女である僕に匹敵するだけの術式を展開してくれるだろう。

 つまりは、僕がふたりになるようなものだね」

「…………成る程。散々周りのこと褒めておいて、なんだかんだ自分が一番だって思ってるんですね。自信家め」

 現段階では流石にね。と、マーリンさんはふんすと胸を張ってそう言った。

 まあ……そうだな、あの力を超える魔術師はそういないだろう。文字通り、魔の王と渡り合ったのだから。

「じゃあ……その、次なんですけど…………っ」

「ああ……うん、分かった。言わなくても良いよ、つらいだろう。そうだね……ちょっと意地悪に感じたかもね、ごめん。

 でも、僕はそれが必要なものだって……避けては通れないものだって思ったからさ」

 オックスとフリードさんのこと。

 いったい何があったんだ、あのふたりには。

 フリードさんは僕を“かつての勇者と似ている”と、以前はそう言ってくれたのに……って。

 それについては……まあ、僕が変わってしまったんだろう、と。自覚はある。

 死を経験して、悪い意味で敏感になってるから。

 怖くて怖くて堪らなくて、以前よりもずっと臆病になってしまってるから。

 それを勇者と似てるだなんて……思えるわけがないよ。

「オックスのやつ……っ。めちゃめちゃ強くなってた、あの戦いの時もすっげえ強くなってたけど……でも、あの時とは何か違った。何か……その、嫌な強さに…………」

「……ゴートマンと同じ強さを感じた……かい? そうだね……彼の変化については僕も認知してる。

 でも……うん。どっちみち意地悪なことを言うんだ、とことん嫌な言い方をしてやろう。

 アレはね、君の所為だよ。君がいなくなってしまった所為なんだ」

 僕……の…………? 僕がいなくなったから……僕が死んだから、オックスは変わり果ててしまったって言うのか…………?

 そんな……っ。僕の所為で…………っ。

 オックスに感じた嫌な強さ——無慈悲さと言うのかな。凄く怖い強さは、白衣のゴートマンが見せた殺意によく似ていたんだ。

「……そう、君がいなくなったから。君が…………アギトというお手本がいたから、あの子は答えに辿り着けた。

 辿り着けたから、歪むことなく真っ直ぐな強さを手に入れられた。

 アギト、誇れよ。これからも君はいろんな人に違和感を覚えるだろう。

 それはね、君がみんなを変えた——君の優しさと強さが、みんなの支えになっていたって証拠なんだ。

 だから、君の所為。君が勇者として優れていたから、それを忘れた所為で、みんなおかしくなっちゃってるんだよ」

「…………俺が……みんなの支えに…………?」

 そうだ。と、マーリンさんは優しく……そして、凄く力強く答えた。

 僕が……オックスのお手本に……? そ、そんなわけない。

 だって……アイツと一緒に旅をしていた時の僕って言ったら…………

「自己評価、ちゃんと客観的に付けられるようにならないとね。それもまた勇者としての義務だ。

 自信の無い顔してたんじゃ、みんな心配になっちゃうぞ。

 ともかく、オックスは答えを失ってしまった。でも、手に入れた力は変わらない。

 だから暴走してるって言うのかな。元々持ってた悪い感情に引っ張られてる。じゃあ……君がするべきことは?」

「…………アイツの記憶を取り戻して……」

 元のカッコ良いオックスに戻してやる。

 辿々しく吐き出した僕の答えに、マーリンさんはニコニコ笑って抱き着いてきた。

 よく出来ました。なんて、わざとらしく頷きながら。

「フリードのバカになんか言ったのかい? アイツは面倒ごとならしょっちゅう起こすけど、今更何かが変わる程子供じゃない。良く言えば信念が強い。悪く言えば頑固なんだけど」

「えっと……その。ほら、かつての勇者に似てる……って、俺のことを親友なんて呼んでくれたじゃないですか。

 だから……また仲良くなれたらな……って、思って……マーリンさんが似てるって言ってくれた……って……ことにして…………伝えて…………ぐすん」

 ああー……と、マーリンさんは何かを察したように眉をひそめた。

 そして僕から離れてため息をつくと、今度は耳を引っ張って、困った顔で笑った。

「それはしょうがないだろ。だって、君はもう彼とは随分違う。

 考えてもみなよ。彼は、世界を救う為に魔王に立ち向かって……そして、没した。

 君は、その魔王を討ち倒して世界を救った。今更似るわけがないんだ。ってのがまずひとつ」

「ひとつ……ま、まだ理由が……?」

 あるとも。と、ニコニコ笑って…………次は鼻をつまんで……ちょっ、さっきからボディタッチ多い……ふたりきりだからなんとなく流してるけど……………………お願いだからフラグを立ててからだな…………っ。

「……君は……君達はふたりでひとつの勇者だったからね。

 結局のところ、君の勇者としての性質——英雄性というのは、ミラちゃんの為だけに発揮される。

 そのミラちゃんと離れて、そして今抱えてる使命を共有する僕とも離れて。完全にひとひになった君に、フリード程の男が、勇者然とした精神性を感じるわけがない。

 そうだね……次に王都で再会したなら、きっとアイツも以前と同じことを言うだろうね。

 だって、その時の君はかつてと同じ、ミラちゃんの為に世界を救おうとする男になってるんだから」

「ミラの為に…………それは……はあ。なんとなく納得したと言うか……」

 その割には不服そうだね。と、マーリンさんは頬ずりをして————のわぁあああっ⁉︎ さ、流石にやって良いことと悪いことがある!

 さてはアンタ、今の今までどこまで許容するのか試してたな⁉︎

 本当はもっとベタベタさわさわして貰いたいけど、恥ずかしいから必死で我慢してるの分かっててやってるな⁉︎

「ま、あんまり大ごととして捉えなくて良いよ、どっちも。オックスは賢い子だし、それにこれからまた交流する機会も増えるだろう。

 そしたら……うん。きっと、あの子は君を見てまた答えに辿り着く。

 フリードのバカは、さっき言った通りすぐに君を勇者として認めるよ」

「……なら、良いですけど……」

 エルゥちゃんはどうかなぁ。と、マーリンさんはなんだか含みのある言い方で…………えっ? え、エルゥさんも何か変わったんですか……?

 いえね、以前よりもパワフルだなぁ……とは思ってましたけど。

 えっ⁈ も、もももももしかして…………っ! もしかして……エルゥさん攻略ルートから外れてます……っ⁈

 もしかして若い男の多いこの王都で、ステキな出会いに恵まれちゃったりとかして————っ⁉︎

 い……嫌だぁぁあああおおおおぉぉん‼︎ そんな…………エルゥさんは……エルゥさんは僕の太陽なのに…………っ。

 それが他の男のものになんて…………え? 攻略ルートとか実装されてない……?

 フラグが一瞬でも立ったと思ってるのがおこがましい……っ⁈

 そ、そんなことあるまいよ…………え? マジで? マジでエルゥさんノーチャン⁈

 最初から攻略対象に入ってない⁉︎ そんなぁっ‼︎


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