第五十二話【美しき都、美しき(?)姉(?)】
汽車から降りてしばらく歩くと、もうすっかり見覚えのある景色が眼前に広がっていた。
かつてミラと共に歩き回ったあの街、王都ユーゼシティアに、僕はまたやって来たのだ。
「…………今度は随分短い道程だったよ。今のお前には、あの旅もこのくらいに……」
あんなに苦労して歩いた旅を、こんなにもあっさり終わらせられる。やはり馬車は素晴らしい。
そう感じると共に、どうしても何処か味気無さを感じてしまう。
あの長い旅路の思い出の、果たしてどれだけをアイツは覚えているのだろうか。
あっと言う間のこの馬車の旅が、今のミラの記憶の疑似体験であるかのような錯覚を覚え、ひとり物寂しさから空を睨んだ。
相変わらず巨大で荘厳な、空をも飲み込まんとする王宮の姿を。
「アギトー、行くぞー。まだ気にしてんのか? 大丈夫だって、いざとなったら俺達でなんとかするから」
「あ、あはは……いえ、その件はなんとなく納得してるんですけどね……」
仕方無くだけどね。もう納得するしかないと言うか……納得出来ない、あのポンコツ本当に……っ! と、今ここで憤っていても仕方無いのだから。
マーリンさんには後でお説教をする。それはそれとして、今はさっさと王宮へと入ってしまいたい。
焦燥感と言うかなんと言うか。この街では、勇者として頑張った思い出ばかりが積もっているから…………
「……ジッとしてられなくなるな、相変わらずここの空気は」
情けないことはやってられない。
義務感なのか、責任感なのか。或いはもっと別の感情なのか、いまいち僕にも分からない何かが背中を押す。
かつての襲撃からおよそ七ヶ月。王都ユーゼシティアは、あの頃以上に賑わっていた。
「…………あれ。へインスさん、そう言えばあの戦いが終わった後に、王都から地方に人が飛ばされた……ごほん。派遣されたって聞いてたんですけど……? なんだか……昔来た時より栄えてると言うか……」
「ん? ああ、そりゃ役人や騎士の話だ。昔ってのがいつ頃の話かは知らねえが……そうだな、ここ数年で今が一番人口が多いんじゃねえかな。
本当は地方に若者を帰して、国全体を興したいんだけどな。
残念ながらと言うか、一応ここの人間としては喜ばしいと言うか。王都から離れたがらない奴が多くてな」
あっ、はい。成る程、その可能性はかつて危惧した記憶がある。
だってねえ……めちゃめちゃ便利だもん、この街。そもそもとして、ついさっきまで乗ってた汽車とかさ。
あんなの……ねえ、出て行きたくねえよ、普通は。
普通なら馬車で丸一日かけて移動する距離を、たった数時間で往復出来てしまう奇跡みたいな乗り物。
僕にとっては馴染みのある……むしろ型落ちの大したことない物だってのに、そのありがたさは身に染みてるからね。
それに照明球と呼ばれる、白熱電球と多分殆ど変わらない照明器具。ランタンの何倍明るいのやら、そして安全なのやら。
「……なんとかしないといけませんよね。これじゃどんどん地方の街が潰れていっちゃう……」
「……ん、おう。なんだ、お前そんなこと気にする奴だったのか。まあ……巫女様の弟子ってことだから、あの人の憂いは共有してる……のか?」
っとと、いかんいかん。完全に昔のノリでいた。
この国のより良い在り方を……と、マーリンさんやミラと一緒にあれこれ話をしてきた。
だから、せっかく魔王を倒したのに、それが好転してないことがちょっとだけショックで……じゃなくて。
そういうのを今の僕が口にすると、なんだか分からないけど政治についてギャースカ喚いてる飲み屋のおっちゃんになってしまう。
そういう話はマーリンさんのいる所でしよう、それならちゃんと意義のあるお勉強の時間になるから。
「……ま、そうだな。俺達も本当は故郷に戻るべきなのかもしれねえ。
でも……この街に憧れてみんな出て来てるんだ、利便性だけが帰りたくない理由じゃない。
この国で一番大きなこの街で、何かを成そうと夢見て戦ってる奴らがいっぱいいる。
それをダメだって否定するのは……ちょっとちげえよな」
「へインスさん……そうですね、それは……」
それは無責任だし、そしてあまりにも差別的だ。じゃあ……どうしようか。
うーん……王都以外の街もしっかり支えていかないと、本当に若者の働き手不足で困ってる街は多いんだ。
ボルツやキリエは良いとしても、クリフィアやフルトは結構深刻な問題になってそうだったし……
「さて、着いたな。ベルベット、お前頼むから王宮の中では大人しくしてろよ……?
ただでさえ俺達は肩身の狭い私有隊なんだ、これ以上睨まれるとめんどくさくて仕方ねえ」
「ふん、お前の都合なんて知ったことか。俺はマーリンにひと言文句を言えればそれで良い。ほら、さっさと案内しろ」
このガキ……と、流石にへインスさんもちょっとだけ怒って見えた。
でも……この数日でなんだかんだと打ち解けたからね。すぐにその怒りが体力の浪費だって気付いて、そして頭を抱えてまた前を向く。
へインスさんの進み始めた先——僕達の目の前には、複数人の衛兵に護られた王宮の門が待ち受けていた。
「お疲れ様です。通行証を確認させて頂きます」
「おう。っと、そのことなんだけだどよ。ちょっと巫女様を呼んじゃくれねえか。
まあ……どうせ話なんて聞いてないんだろうけど。ミラの嬢ちゃんの時と同じだよ、あの方はまた勝手に客人を連れ込もうとしてんだ」
巫女様……マーリン様ですか……? と、門番は不思議そうな顔をして、へインスさんの言葉に首を傾げた。
はて、どうしたことだろう。この反応……もしかして、マーリンさんここに帰って来てない……? え、なんで?
「マーリン様でしたら、もうずっと戻られていません。いえ……そのことは貴方がたが一番知っている筈ですが……」
「はあ? そんな訳あるかよ、俺達はコイツらを護衛しながら王都まで連れて来いって命令を受けてんだ。
そこで合流する手筈に…………ああ、クソ。そういや別に、王宮で合流とは言われてねえな。落ち合う場所なんて決めてねえんだった……」
「ええぇ……まだ足を引っ張るのか、あのポンコツ……」
じゃあ……マーリンさんは今どこに……?
王都って言ってたから、それに真っ直ぐ向かった筈だから。絶対僕達よりも先にこの街に辿り着いてると思うんだけど…………
「……おい、アギト。もしかして……マーリンのやつ、まだ着いてないんじゃないのか……? だって、アイツとハークスのチビだけだろ……? もしかしたら何処かで魔獣に……」
「いやいや、それだけは大丈夫だよ。だって、マーリンさんとミラちゃんだよ? 正直俺達よりずっと強いし、場数だって……」
魔獣が相手なら…………平気な筈だ。
待て、何か忘れてないか……?
アーヴィンから出発して、クリフィアを経由して。かつて、僕達はそうやって勇者としての旅を始めた。
クリフィアから王都を目指すなら、そのまま北上してキリエを経由するのが良い……って、言ってた気がする。
少なくとも、キリエからアーヴィンに行く最短ルートにはクリフィアが含まれていた。
そして……僕達はやはり、かつてもキリエを経由して王都へ向かっている。キリエから更に……北へ…………っ!
「……魔人の集い……もしかしてまた、あの街で…………っ!」
あり得ない話じゃない。
キリエを出てすぐ次の街で、ミラは勇者の力に目覚めたのだった。
そう——キリエから北へ向かった街で、ミラは一度白衣のゴートマンに————
「——っ! も、もしかして……本当にみんな……」
「落ち着けアギト、幾ら何でも悲観し過ぎだ。俺達が探してんのは星見の巫女様に勇者様だぜ? そりゃ、見てくれはどっちも強そうには見えないけどよ……」
どっちも女の子だよ! 強いわけないだろ! いえ、ふたりとも軽く僕の十倍は強いです、魔術無しでも。
でも……やっぱり心配だ。
だってミラは…………今のミラは…………っ。
マーリンさんだって未来を見る力を失ってる、いざという時の脱出手段であるザックももういない。
マグルさんが凄いと言ったって、あの人が戦う力を有しているかどうかは別問題で…………
「——あらぁっ! へインス! へインスちゃんじゃない! んもう! ここの所見かけないと思ったら! どこ行ってたのよぅ!」
「——げ——っ!」
この声…………喋り方、癖の強すぎるキャラは……っ!
さっきまで不安に顰めていた顔を真っ青にして、へインスさんはその誰かの訪れを恐怖していた。
恐れに飲まれた彼の視線を辿ると、そこにはピンク頭の————
「——ハーグさん————っ!」
「ん、あら。こっちの坊やは…………んー、知り合い…………じゃ、ないわよね。
あら。あらあら⁉︎ へインスちゃん! もしかして、私の話をこの子にしたの⁉︎
この坊やに私との思い出を聞かせちゃってたの⁉︎ きゃーっ!」
「ちっげえよ! って言うか無えよ! 思い出なんて! アギト! お前もなんでこんな奴の名前知ってんだ⁉︎」
おっとと、いかんいかん。
ついうっかり声が出てしまったが…………相変わらずテンションの読めないお姉さん……いや、お兄………………オネエさん。ピンク色の坊主頭をしたガタイの良い冒険者。
かつてフルトで——そしてこの王都で助けられた、ハーグ・モンドラが僕達の前に現れた。
って……へインスさん…………? このオネエさんといったい何が………………?




