第五十一話【勇者だった男の帰還】
オックスにフリードさん。頼もし過ぎるかつての仲間と別れて八日が経った。
僕達は遂に王都へと——本来の王都、ユーゼシティアへと向かう汽車に乗り込んでいた。
相変わらずこの世界にはオーバーテクノロジーに思えてしまうその交通機関に……
「……うおおぉ……すっげぇ…………」
「……マーリンさんが欲しかったのはこれかぁ……」
終始喜びっぱなしなのは、あどけない顔をしたベルベット=ジューリクトン少年だった。
王都が近付くにつれて、次第にウズウズしだしたのは分かってた。
そして、王都と名を変えた周辺の街々に足を踏み入れた時も、どうにも落ち着きの無い様子で周囲をキョロキョロ見回していた。
どうやら彼は、王都まで来るのは初めてらしい。意外と言うか……
「マーリンさんに連れて来られたりはしてなかったんだ。あの人、一応こっちがホームグラウンドなのに……」
「マーリンのやつ、俺のことは研究所に縛りつけにして、ひとりで遊びに行くんだ。あんなとこ、これっぽっちも面白くもないのに。
他の奴らだって大した術師じゃないし、やってることもショボい研究ばっかりだった。
俺は魔獣なんてどうだって良いんだ。金を造る、それが俺の目的なんだから」
どうしていちいち方々にケンカを売るような発言を……まあ、言わんとすることも分かる。
魔術師、錬金術師。総称、術師。術師の別名は、好奇心に取り憑かれた変態達である。いえ、僕が勝手に付けましたけど。
この少年は、とどのつまり他の誰よりも好奇心が強い——術師の本懐、自然の発露への関心が人一倍強いのだ。
あの研究所は国の平和を守る為の、マーリンさんの仕事の一環としての研究所。
魔術、錬金術の研究も当然行うが……基本的には、魔獣の研究が主となる。
それだって深く掘り下げたら、彼ら術師にとっては面白そうなものだけど…………どうやらベルベット少年には合わないものらしい。
なんともご立腹という様子で、その研究所での日々をぐちぐちとこぼしだした。
「結局、魔獣なんてのは歪な進化の結果に過ぎない。それは未来には決して繋がらない。枝分かれの終着、これ以上の発展は無いんだ。
だからあんなものを研究しても、求められる解は“これはマトモなやり方じゃない”ってのを再確認するだけ。
そんなので前に進めるなら、とっくにみんな魔法使いになってるよ」
「進化の結果……終着…………か。なんか……聞いた話だな」
かつてミラは言った。
古代蛇、超大型の魔蛇。それをミラは、王都では危険度の低いものだと認知されていると推測した。そして、それは殆ど事実だった。
理由は単純。その大きさには、相応の代償が支払われているから。
成長しきった古代蛇は、自ら這い回って獲物を捕らえるには燃費が悪過ぎた。
生物としての当たり前の機能、生きて行く為に食物を得るという不可欠な要素を排してしまっていたのだ。
終着というのは、それ以上の進化が見込めないということ。
少なくとも、この例において古代蛇は、紛れもなく絶滅を避けられない種に相当するのだろう。
「……ベルベットさんはなんの研究を普段してるんですか? マーリンさんは……なんか、特殊な事情と言うか……魔術を極めるつもりはなくて、魔術によって何を成すかに重きを置いてるみたいだったけど……」
「なんの……か。ひとつに絞れという話なら、当然金属性の錬成だ。でも、そればかりやってるわけじゃない。
ひとつの究極に至る道には、ひとつでも欠落のある術師に挑む資格なんて与えられない。五属性は勿論、外国の錬金術についても研究している。
どれも自然現象の活用なんだ、当然共通するものがある。
要はその原理をどう言い表したかという話であって、決して言葉が違うからといって、扱われる属性までもが別だなんて話はあり得ない。
この世界を構成する要素を、この国では五属性と表しているが…………」
いかん、地雷踏んだ。
高速で流れる景色を目で追いながら、ベルベット少年は随分と饒舌になって魔術と錬金術の深い所の話を語り出してしまった。
どうしてミラの時に学んだことを活かさないんだ……っ。
術師というのは、やはり好奇心に取り憑かれた変人。彼もその例に漏れない。
「…………故に、外国の専門書を読み解く際は、既存の翻訳書を用いるよりも、独自で解釈と解読を…………」
「…………あっ、見えてきた。ベルベットさん、アレが王都——ユーゼシティアの王宮ですよ」
何処だ! と、少年はあっさりと話を切り上げて、窓の外をじーっと睨み付けた。
そして遠くにまだ小さな姿の王宮を見つけ、おおおーっ! と、歓喜の声を上げる。
ふう、扱いやすい子で良かった。そういうとこもミラっぽいんだよな。
「…………あっ」
「どうした⁈ なんだ、アギト。どうしたんだ⁉︎ 何か別のものが……」
ああ、違う違う。
少年は僕が更に面白いものを見つけたのだと思ってしまったみたいで、目を輝かせながら窓に顔をくっ付けて外を睨み続ける。
ごめんね、違うんだ。不意に思い出したのは、そういえば王宮に入った時のことを覚えてないと言うか…………ね。
あの時は寝てる間にマーリンさんが全部やっててくれた……んだよな?
で、その後ミラと一緒に外に働きに出た時は……もう通行証を貰ってたから、手続きみたいなことは全部端折ってしまえた。
ま、何が言いたいかっていうと………………み、身分の証明……身元確認みたいなのされたらどうしよう…………っ。
あ、アギト=ハークス……って、流石に今は名乗るわけにいかないし。
それに……何処の出身ですかと尋ねられたら、マーリンさんとの出会いをでっち上げた都合キリエって言わなくちゃならない。
でも……アーヴィンならまだしも、キリエのことなんて殆ど知らないし……王宮のセキュリティはしっかりしてるから、ちゃんと裏を取られたらキリエの人間じゃなかっただなんてすぐにバレる。
「…………へ、へインスさん……その、王宮に入るにはどんな手続きが……」
「手続き? ああ……えっとな………………出身地を尋ねられて、んで戸籍を確認されて……」
戸籍。いかん、詰んだ。
今回はマーリンさんがいない、いてももう星見の巫女じゃないから以前程のゴリ押しが出来ない。
となったら……あれ? もしかして僕……不法入国で捕まっちゃいます……?
いえ、不法入国どころか、どう考えても非人道的な違法魔術で異世界からやって来ちゃってますけど。
そしたら……その、戸籍確認とか出来なかったら…………
「アギトの場合は多分問題ねえよ。キリエの孤児だったんだろ? あそこはまあ……確認の取れてない出自の子供も多い。
別にキリエに限らねえが、そういう不幸な生まれの子供ってのも、魔王の所為で随分増えてた。
かと言って、身元確認出来ない奴を王宮に入れたりはしないが、お前は巫女様の紹介があるからな」
「そ、その巫女様……今はもう巫女様じゃないんです……よね……? そ、そそそその場合って……」
だから大丈夫だって。と、へインスさんは呆れた顔で笑った。
そんなにビビるな……って、そう言われても……っ。
巫女辞めてても巫女様として扱われてるの……? それはそれで……あの人付け上がりそうだからやめといた方が……じゃなかった。
「……巫女様の席はまだ残ってんだ。本人は辞めたつもりだし、戻るつもりもないだろうけど。
でも、王様がそう簡単に手放したりしねえよ。間抜けで甘っちょろいお方だが、能力については文句の付けようもない。いつだって出戻り出来るようになってるさ」
「ってことは……俺は晴れて巫女様の弟子として迎えて貰える……感じで……?」
多分な。と、へインスさんはすんっと笑顔をやめてそう呟いた。
ちょっと? なんでそっぽ向くの? なんでそんな不穏なこと言うの? そんなこと言ったのにネタっぽく振舞ってくれないの⁈ も、もしかして……やっぱり僕、王宮に入れない可能性出て来てます⁉︎
「ま、ままままずいのでは…………っ⁉︎ お、おおお王宮に入れなかったら……マーリンさんと合流出来なかったら…………っ‼︎」
「まあ落ち着け、アギト。別に、そん時は巫女様に出て来て貰えば良いだろ。俺達がお前の到着を知らせて、合流場所を教えればなんの問題も無いだろうが」
それが出来るかどうか怪しいから困ってるの!
そう、マーリンさんはアーヴィンを出る前にこう言った。召喚術式の精度を上げる為に、一番設備の整った場所へ——つまり、王宮内の彼女の工房か何かへ向かうのだ、と。
あの人は十六、七年間も王宮に縛り付けられていた。つまり、あの人にとって使い慣れた施設というのは王宮に他ならない。王都の他の建物じゃダメなんだ。
「…………どうしてもって言うなら……しゃーねえ。本当はダメなんだが……俺の通行証を貸してやる。それでさっさとやること終わらせて、そんでさっさと俺に返せ。アレがねえと飯食うのにも不自由すんだからな」
「へインスさん…………っ! ど、どうして王宮を食堂としてしか見てないんですか…………っ⁉︎」
そういう話じゃねえよ! と、ツッコミを貰って、僕はまたひとりで疑心暗鬼と戦い始める。
マーリンさんのことだ、入念に準備をしてくれているだろう。
けれど……きっと、また僕がそこへ向かう為の準備の方には、うっかりが多分に含まれている筈だ。
信じろ、仲間を。あの死闘を共にした最高の仲間のひとりじゃないか。信じられない理由なんて無い。
つまり……あの人は必ず、ポンコツしてくれている筈だ……と。
腹痛と頭痛に気分が悪くなって来て、乗り物酔いしやすい秋人の体質のクセで窓の外をジッと——遠い遠いと思っていた王宮が、物凄い勢いでこちらへ向かってくるのをジッと見つめるしか出来なかった。
懐かしいな……なんて、感傷に浸ることすら出来ない。
マジであのポンコツ……頼むぞ……頼むからな…………っ。




