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異世界転々  作者: 赤井天狐
第二章【スロングス】
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第四十九話【オックスの変わらないところ】


 夜が明けた。

 昨日、へインスさん達はまだこの拠点には辿り着いていない、と。そう聞かされて、じゃあここで待つのが正解だろうと、僕は促されるままに布団に入った。

 部屋にはオックスもフリードさんもいない。ベルベット少年も……気付けばいなかった。

 随分と久しぶりに、ひとりぼっちの寂しい朝を迎えたみたいだ。

「……みんな……っ」

 今、目の前にある寂しさと、ずっと抱えていた寂しさとが相互作用しあって、僕は内側から何かに食い破られそうなくらいお腹が痛くなってしまった。

 本当に——本当に思い出して貰えるのだろうか——っ。

 ミラひとりの記憶が戻ればそれで良い——なんて、触れ合ってしまったからにはもうそんなこと思ってられない。

 みんなに思い出して欲しい、またみんなと仲良くしたい。

 オックスも、フリードさんも——ロイドさんも、ゲンさんも、エルゥさんも、へインスさんも——それに……王様や、王宮のみんなにも……っ。

「————くそ——手のひらの上って感じだな、もう」

 流れ落ちそうになった涙をぐしぐしと擦って、そして思い浮かんだ心安らぐあの人の笑顔を振り払う。

 全部全部、計画通りなんだろうな。きっとこれは、マーリンさんが仕組んだ罠だ。

 一度目の大きな失敗の所為で気落ちしていた僕に、嫌でもやる気を出させる為のカンフル剤。

 まったく、むしろ現状に絶望して心が折れてしまったらどうするつもりだったんだ。

 って……そうならないことくらい、やっぱりお見通しだったのかな。

「……腐っても……力を捨てても、星見の巫女様……か」

 ゆっくりと——けれどそれは唐突に。窓から強い光が差し込んだ。陽が昇りきったのだ。

 部屋の外——この宿舎全体から段々と忙しない音が響き始める。

 朝だ——。人間の生活が始まる、その時間がやって来た。


 取り敢えずお腹空いたなぁ。なんて、もう子供のそれと変わらない単純な欲求で部屋から出てウロついていると、たまたますれ違った、この砦に身を寄せている騎士に食堂の在処を教えて貰えた。

 朝だから……うん、それは人間にとって当然のルーティンだから、別におかしな話じゃないけど。

 でも……うん? どうして開口一番食堂の場所を教えてくれたんだろう。そんなに腹減ったって顔してたのかな……?

「なんだって良いけどさ……なんか……」

 なんか腑に落ちない。

 マーリンさん曰く、考えてることがなんでも顔に出てしまう男。

 でもそれってさ、マーリンさんやミラだから……ずっと一緒にいたから分かる……って。

 或いは王様のような、異常とも思える観察眼を持った人だから見抜ける……って、そういう話ではなかったの?

「おーい、アギトさーん!」

「オックス……おはよう、今朝も元気だな」

 それだけが取り柄っスから。と、オックスは無邪気な顔で駆け寄って来た。

 やっぱりいつもの——あの旅の間に見てきたオックスとなんら変わらない。

 それだけに、ふたつの事実が重くのし掛かる。

 今のコイツは、あの時の少年オックスじゃない。

 間違いなくコイツ自身はあの頃から地続きではある。けれど……っ。

 僕のことを覚えていない、あの旅のことを半分くらい忘れてしまっている。

 それが寂しいのと……そして、あの苛烈さを身に付けてしまったことが怖くて堪らない。あんな顔をするなんて……っ。

 目の前で無邪気にご飯をよそってる姿からは、とてもじゃないけど想像も出来なかった。

「アギトさん、早く食べましょう! そーいやベルベットの姿が見当たんないっスね。飯食わないと小さいままなのに……」

「……どうにも人と一緒ってのが苦手なのかな。あの顔隠しの結界も、多分人付き合いを簡略化させる為だろうし」

 同じ小さい術師でも、ミラさんとは大違いっスね。と、オックスはため息をついた。

 そっか……お前にはふたりがまるで別の存在に思えるのだな。

 僕はむしろ、よく似ていると思ったくらいだ。

 オックスも知らない…………いいや、忘れてしまっているのかな……っ。

 アーヴィンで起こったあの一件を、レヴのことを。

 やり方が真逆なだけで、目指すところは基本的にふたりとも共通。

 アイツもまた、人付き合いを円滑にする為に、市長代理の皮を被っていたんだ。

「ところで、フリードさんは? あの人くらいになると流石に個室で……」

「そうっスね、フリード様は今や王宮の——この国の騎士団全てを纏めるお方っスから。何処の砦にも個室を設けてるっス。

 しかし…………ずっと思ってたんスけど、凄いっスね……あの方を随分気さくに呼んで……」

 うっ……そ、それは……前の癖が抜けなくて……っ。

 分かってる、本当はもうフリードさんなんて馴れ馴れしく呼んじゃいけない、接してはならない。

 でも……親友と呼んでくれたことが嬉しかったのと、そんなあの人の笑顔から目を背けるようなことをしたくなかったのと。

 色々あって、どうしてもフリード様なんて呼び方が出来ないでいた。

 それを咎める人じゃなくて本当に良かった、ワンチャン不敬罪でもおかしくないもんな。

「えっと……いや、マーリンさんがね。駄々を捏ねるから……僕のことはさん付けなのに、フリードのことは様って呼ぶのかよ……とかなんとか……」

「…………ああー………」

 適当に繕った嘘に、オックスは凄く腑に落ちたって顔でしきりに頷いていた。

 マーリンさん……貴女、僕がいない間にもひたすらに株を下げまくってたんですね……っ。

 オックスはあのポンコツ性をあまり知らない。少なくとも、あの旅の間に見せたポンコツ童貞女の姿を殆ど見ていない筈だ。

 それでこれって……アレから半年ちょっと、いったいどんな振る舞いをしてたんだよ……

「……マーリン様とは付き合い長いんスか? オレは……えっと、本当にちょっとの間だけ旅を一緒にさせて頂いて、それと魔王討伐作戦に参加させて頂いたくらいで……」

「それ、全然“くらい”じゃないと思うけどな……? でも……うーん、どうだろう。そこそこの期間ずっと一緒にいた……けど、思い返せば……」

 一年はおろか、三ヶ月も一緒にいなかったんだよな。

 ずっとずっと……ずーっと一緒にいたからさ、密度って観点ではすっごく一緒にいたんだけど。

 うん……思い返して客観的に考えてみると、意外と大したことないのかもしれない。

「大体七十日……もうちょっと短いかな? とにかく、大体そのくらい一緒に旅をしたかな……って。

 丁度ミラちゃんを勇者にする為にした旅と同じくらい、あの子と同じくらいは一緒にいたよ。

 流石に旅の内容が違い過ぎるし、立場も違ったから。同じくらいの密度があるとは言い難いけど」

「むぐむぐ……ごくん。軽く言ってますけど、それも大概凄いことっスけどね。

 マーリン様って、基本的には誰かと一緒に何処かへ行かない…………いえ、本当は好き勝手出歩けない人だった筈なんで……」

 それは本当にそう、あのポンコツそれで軟禁されてるからな。

 でも……そういうアホな過去があったおかげで、僕のこの雑なでっち上げもなんとなく見逃して貰えてる。

 表立って感謝はしないけど、誤魔化しやすい……何やってるか分かんない、何考えてるか分かんない変な人でいてくれてありがとう、とだけは思っておこう。

「むしゃむしゃ……アギトさんから見て、マーリン様ってどんな方っスか?

 オレは……怖かったっス。すっげえ優しそうなのに、なんだってお見通しだって感じで。それにめちゃめちゃ強くて……」

「あはは……」

 いや、それはたった今僕がお前に抱いてる感情なんだが……?

 マーリンさんはどんな人……か。そうだなぁ、中々思い出も多過ぎて上手く纏められないなぁ。

「…………ざっくりで良いなら、弱い人……かな。魔術の腕も、身体能力も。権力とか、保有してた武力とか、そういう話じゃなくて。

 いっつも何かに怯えてて、泣き出しそうなくらいいっぱいいっぱいで。

 でも……人を頼れない人。自分ひとりで抱え込んで苦しんでしまう、そういう脆い人だったよ」

「……弱い人……っスか。そういう見え方もあるんスね」

 きっとフリードさんは頷いてくれるだろう。或いは驚くのかな?

 マーリンさん——星見の巫女、大魔導士。そして……救国の天使。

 付けられた肩書きがどれも大きいもんだから、誰もがその殻の中身を知らないでいる。

 先入観の類がひとつも無かったおかげ、僕が別の世界からのお客さんだったおかげで、それに気付けただけだから。

「もぐもぐ……ごくん。ごっそさんでした! じゃあオレはこれで。さっさと外行って鍛錬しないと、まだまだ未熟者っスから。アギトさんも、迎えが来るまで一緒に走るっスか?」

「あはは……まだまだ強くなるのか。そうだな……俺も強くならなくちゃいけないし、一緒させて貰うよ。

 でも…………俺、本当に体力無いからな……笑うなよ…………?」

 笑わないっスよ。と、オックスは笑顔で頷いた。

 よし、じゃあ……もぐもぐもぐもぐ。朝ごはんのパンとゆで卵、それにベーコンとチーズとカリフラワーのサラダを掻き込んで、オックスと共に食堂を後にした。

 外って言ってたけど、運動場でもあるんだろうか……? なんて——そんな甘い考えは————大自然の厳しさの前に咎められてしまって——————具体的には——っ!

「——あの……お、おおおオックスさん…………? 外って……あの、外って…………っ⁉︎」

「はい。砦の外っス。突貫で作ってますからね、こういう所の砦って。必要なもの全部詰め込んだだけって感じで、余計なスペースは無いんスよ。だから、走り回るならその周りが丁度良いんっス」

 帰る! 帰らせて! 僕は部屋で恥じらう乙女の構えしてるから‼︎

 そうと決まれば行くっスよ! なんて笑顔で走り出したオックスに…………置いて……行かれると………………ッッッ⁉︎

 待っ——死ぬ! ひとりでいるとこに魔獣なんて出たら——絶対に死ぬ——っ!

 絶対に遅れられない、はぐれられない地獄のマラソンが始まってしまった。

 待っ……速い! このフィジカルお化け! 足が速いんだよっ‼︎ 待って! か弱い僕を置いて行かないでぇっ‼︎


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