第四十六話【情けない旅路と世界的な道連れ】
子供だった。
それは確かに、さっき見たあの大仰な術とは縁の遠そうな子供の姿だった。
オドオドと大男の機嫌を窺うような態度も、ミラよりは大きい程度の小柄な身体も。
何もかもが疑う余地の無い子供のもので、そして同時に、さっきまで抱いていたベルベット=ジューリクトンという錬金術師の印象とは、ほど遠いものであった。
「…………子供……っ⁉︎ べ、ベルベットくん……まだ子供だっ——」
「——子供じゃない——っ! 俺はジューリクトン家で最も優れた錬金術師だ! 子供なんかじゃない!」
いや、別にそれは子供でない証明には……ごほん。
どうやらベルベットくんは、背伸びをしたいお年頃らしい。
なんとなくミラと似たところがあるのかな、小さいけど凄くて……でもやっぱり小さいから子供扱いされて。
それはやっぱり不服だから、だから……
「ベルベット=ジューリクトン。君が魔女の使いだと証明するものは果たしてあるのか。
アレは確かに能天気であり、配慮に欠けた女だ。なんの報せも無く使いを寄越すことに疑問は無い。
だが、同時に狡猾な女だ。なんの力も持たない唯の子供ふたりを、どうして使者に選ぼうか」
「しょ、証明……出来ますっ! 俺の錬金術を見てくれれば……術師が見たら一発で分かる! マーリンが抜けてるのはいつものことだとして、少なくとも俺がベルベットだって証明は出来る!」
ふむ、さっきまでとは随分性格も違いそうだ。
喋り方まで含めて、大人として扱われるように誤魔化して生きてきた……ということなのかな。
ますますアイツに似ている……そのやり口は、ミラがアーヴィンで受け入れて貰う為に選んだ方法だ。
「では見せてみろ。オックス=ジュード、己には魔術も錬金術も分からない。君が裁定を」
「分かりました。オレで良ければ」
あれ、オックスに任せるんだ。
フリードさんは確かに術師じゃない。魔術も錬金術も使えない……筈だ。
そういう意味では確かにオックスの方が適任だけど……でも、多くの魔術、錬金術を——それも、最上級のものを目の前で見てきてるんだ。
別に自分で見定めたって構わないだろうに……そこはやっぱりフリードさんらしいと言うべきなのかな?
自らが修めていない分野について、その最上を見知っているからと出しゃばらない、知ったかぶりをしない。ううむ、大人。
「——はぁ——っ。おい、お前。しっかり目に焼き付けとけよ。見たところ魔術師の端くれっぽいが、お前程度の術師が俺の術を目の当たりに出来るだけでも光栄なことなんだ」
「い、いちいち態度のデカい……ま、お手並み拝見させて貰うっスよ」
ベルベット……くん? さん? ぐっ……困るな、さん付けで慣れちゃってたから……今更変えにくい。
でも、子供にさん付けするのもなぁ……大人としてのプライドが…………え? みみっちい? 器が小さ過ぎる、もっとマシなプライドを持て……? そ、それは……
「————っ」
——パァン————。と、ベルベット少年は息をグッと止め、両手を顔の前で叩いた。
乾いた音が響いて、そしてすぐに言霊が…………? あれ、言霊は? ないし詠唱とか……ああ、陣を使うタイプなのかな?
じゃあ今からその準備をするって、気合いを入れる為に——
「————んな——っ⁉︎」
「——ほう」
異変はすぐに起こった。
そういえば——っ! なんて、間抜けな頭がついさっきの光景を思い出すのにはそう時間も掛らない。
このベルベット少年を、本物のベルベット=ジューリクトンだと——マーリンさんのとこの副所長、術師五家の末子だと確信した理由、要因。
そう——彼は言霊も陣も無しに錬金術を——
物凄い地響きが起こったり、地面が割れたりだとかは無かった。
けれど……しかし、それは間違いなく誰もが求めた夢のような術であった。
僕達の眼前に広がっていた草っ原のど真ん中に、じわりじわりと水が浮いてきた。
ゆっくりと……しかし、自然に起こっている現象としてはあり得ない程の早さで。
短い草の生えた地面に、ほんの数分も掛けずに沼を作ってみせた。これは……っ。
「…………間違いないっスね、かなり高度な錬金術っス。地下水や土に含まれてた水分を地表に集めて、そして湖沼を生成してみせた。そこいらの錬金術師に出来る芸当じゃない」
「成る程。であれば……魔女の選んだ使者である可能性は十分か」
ほっ。良かった、信じて貰えそうだ。
それにしても、いったいどういう仕組みなんだろう。
魔術も錬金術も、必ず言霊や陣を用いて行う……って。
ただひとりの例外——魔女であるマーリンさんを除いて、必ずその工程を踏むんだって聞いてたんだけど……
「……そうだよな……でなくちゃあの時のあの人の特異性を…………」
ユーリさんを相手に、最後の切り札として取っておいたくらいだ。
間違いなくそれは異常なことで、それじゃあ目の前の少年は……
「それで、君はどうなのだ。アギトと言ったな。君は……何か自らを詳らかにするものを持っていないのか」
「…………うぇっ⁈ お、俺は…………ええっと……そ、そうだ! マーリンさんの…………あれ、今はマーリンさんの部隊じゃないんだっけ。近くまで騎士団と一緒に来てたんです、太陽の紋章を持つ騎士団と。その人達と落ち合えれば……」
なんだ、逸れてしまったのか。と、フリードさんはムッと眉間にしわを寄せた。
ああっ、違うんです! 別にみんなに落ち度があって、こんな弱そうな一般市民がひとりで歩いてたわけではないんです!
こっちの錬金術師に…………と言うか、元を辿ればおたくのポンコツマーリンさんが雑な仕事をした所為で‼︎
「部隊の名前は分かるか。或いは隊長の……いや、この際誰かひとりの名前でも良い。それと併せて、部隊にいた数人の特徴が分かれば……」
「あっ、はい! それなら……」
隊長は多分へインスさん! それからそれから……と、僕は一緒に旅をしていた騎士のみんなの顔や体の特徴を説明する。
フリードさんはそんな僕の説明を真面目に聞いてくれて…………うう、相変わらず優しいなぁ。
そして…………顔面がすげえ良いなぁ……っ。
どうして……どうして同じ生命体の同じ性別で…………ッ。
「……成る程、確かにそれは己の……延いては、魔女の指揮で動き得る部隊だろう。では……取り敢えず信用しよう。
ただし、ベルベット=ジューリクトンという個人が己達の敵ではないという証明も、アギトという男が己の部下を皆殺しにしたのではないという証明も済んでいない。
相応の扱いを受けることは覚悟してくれ」
「っ……は、はい!」
胸が痛い。当然のことだ、フリードさんの判断は当たり前過ぎることなんだ。
だけど……それでも、あんなに優しく微笑み掛けて、親友とまで呼んでくれたあの人が……っ。
分かってる、フリードさんはそういう人だ。その警戒は全て、オックスの為のもの。
ひとりならどんな外敵をも跳ね返せる。しかし、護るべきものがあるならその為に全力を注ぐ。
護る為の戦いでは決して負けない男。その根源が強過ぎる精神論であるなら、その覚悟に一点の曇りや揺らぎがあろう筈も無いのだ。
「……じゃあ、改めてよろしくっス。逸れてるってことなら、合流までは一緒にいた方が良いっスからね。
後ろから刺すような人には見えないし、暫くは仲良くやりましょう」
「あ、えっと……うん、よろしく。だけど……ええっと……」
別に逸れたわけじゃないんだ。そう、一応。
元々僕は、へインスさん達と一緒に王都へ向かってる最中だったんだけど、その……あのバカ巫女がポンコツな所為で……っ。
ベルベットさんが突如その道中に割って入って、そして誰かに引き合わせて来いって命令の通りに……
「……ああ、多分もう良いと思うぞ。マーリンの知り合いなんてそう多くないんだ、フリード様と……こっちの男がどうかは知らないけど。
兎に角、ここでフリード様達に会ってる以上、目的は達せられてる。違っても文句なんて言わせるもんか、なんの説明もしなかった奴に」
「あ、あはは……そうだね、それについては全く同感と言うか……」
子供に怒られてんじゃねえか……はあ。
マーリンさん、貴女もうちょっとしっかりした人でしたよね……?
もしかしてアレですか? 星見の力を失って、もうポンコツ成分しか残ってなかったんですか?
それとも、王宮みたいに嫌でも働かないといけない環境じゃないと頑張れないタイプですか?
どっちにしても……しっかりしろ! それでも世界を救った勇者の仲間かよ!
「では、共に行こう。アギト、部隊のこれからの予定は聞いているか? 何処へ向かうのか、何処から出発したのか。それが分かれば、その次の目的地に先回り出来る」
「はい。ええっと……確か……」
東の戦線を順に見ていくって話だった。そして、今朝出発したのは…………と、僕は今までの道程とこれからの大まかな予定をフリードさんに説明する。
伝わり難いだろうし、それに重要な情報は足りてないかもしれない。
それでもフリードさんは真面目に耳を傾けてくれる。
本当にこの人好き、コミュ障に優しいイケメンホント好き。
僕が女だったら即落ちしてる、男でも落ちかけてたしな‼︎ ではなくて。
「……ありがとう、おおよそ見当がついた。オックス、己達も一度拠点に戻ろう。走って追い掛けたのでは間に合わん。こちらも馬車で……明日には合流出来るように移動する」
「了解しました。おふたりさんもそれで良いっスか?」
フリード様の決定に従います。と、ベルベット少年は目をキラキラさせながら…………やっぱりミラにそっくりだな、オイ。
マーリンさんはこのことを知っているんだろうか……知らないだろうなぁ。
知ってたら寡黙だけどうるさい奴なんて紹介…………いや、結界を被ってる間は寡黙で大人っぽくて、それを取ると子供らしくうるさい奴……ってことなら。
いやいや、マーリンさんだぞ……? 小さくて生意気なガキンチョだよとか、そういう説明をする筈だ、多分。
第一印象とは随分違う姿のベルベットさん。あの頃と何も変わらないオックス、そしてフリードさん。
ちょっとだけ外れた道程は、愉快で楽しい道連れを増やして、また本来のレールを目指し始めた。




