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異世界転々  作者: 赤井天狐
第一章【無垢な世界、少女の記憶】
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第二十九話【喪失】


 相談を終えて一階に戻ると、ミラはすぐに心配そうな顔をして近付いてきた。

 大丈夫でしたか? とか、私で力になれることがあれば。とか……相変わらずだなぁ、お前は。

「うん、ありがとう。大丈夫だよ」

「……なら、良いですけど……」

 どうにも信用が無いなぁ。まあ、それは今に始まったことじゃないけど。

 これ以上は追求するまい。と、ミラの顔にはそう書いてあった。

 納得していなくとも、とても大丈夫とは思えていなくとも。兄弟子である僕にこれ以上野暮なツッコミはしないでおこう。と、そういう配慮が窺えた。

「アギトさん、この後の予定はありますか? 良かったら……えへへ。不肖ミラ=ハークス、市長としてこの街を案内させて頂きます!」

「街を…………ああ、そっか」

 これでも中々詳しいつもりなんだけどな。でも……うん、お願いしよう。

 なんだかんだでアーヴィンにはひと月といなかったわけだし、あの時から一年近く経ってるわけだし。

 僕がいない間にこの街をどこまで素敵な場所に変えられたか、ミラの頑張りを見せて貰おうじゃないか。って……ミラの思惑とは別のところで、僕は彼女の提案を受け入れた。

「きっと気に入って頂けます。もし気に入って頂けなければ、気に入って頂けるように精進するだけです。それでもダメなら…………うーん、その時はアギトさんの方を矯正するしか……」

「お、おっかないこと言うね……」

 冗談ですよ。と、ニコニコ笑ってミラは僕の背中を押す。早く行こうって、嬉しそうに急かしてくる。

 しかし……お前、いつの間にそんな冗談を言えるようになったんだ。

 もっとこう……前はさ、シャレになんないくらいヤバいことでもガチで言っちゃえる、頭のおかしい子だったのに。

「ほらほら早く。えへへ、この街にはいっぱいいっぱい良いところがありますから。早くしないと日が暮れちゃいますよ」

「分かった分かった、そう焦らないで。ていうか押さないで……相変わらずなんて力……」

 されるがままに、僕はミラと一緒に役所を出て街を歩き始めた。

 ああ——良く知っている景色だ。

 ここを出て、そして礼拝堂へと向かう道。何回往復しただろう。

 ミラの背中に付いて行った時も、ミラと並んで行った時も、ミラをおぶって行った時も。

 そして……ミラを追い掛けて歩いている今も、この景色は変わっていない。

「まずはどこに行くの? こっちの方向だと……もしかしてお祈りに行くのかな?」

「あれ、もしかしてマーリン様に案内して貰ってますか? むう……」

 そこでむくれるのは如何にもミラっぽいな。

 これで拗ねられてもことだ。僕は、なんとなくひとりで歩き回ったことがあるだけだよ。と、ミラの機嫌をとった。

 するとあっさりと笑顔に戻って、ミラは嬉しそうに行き先である礼拝堂の説明を始めた。なんだこいつ、かわいいな。

「そういえば、アギトさんの出身はどちらなんですか? マーリン様の一番弟子……ということなら、王都かキリエか……と、そう思っていたのですが。その……マーリン様は親代わりだとか……」

「えっ? あ……あ、ああっ! うん、そうそう。俺はキリエの出身で……」

 マーリンママ…………? っと、そういえばそんな設定をでっち上げたことも忘れていたよ。

 そこら辺、マーリンさんとしっかり打ち合わせしておいた方が良いかな……?

 捨て子という設定だから……うん、ならキリエがしっくりくるだろう。

 あの人が頻繁に立ち寄る街で、そして貧富の格差が激しい街。

 富めるものは日々その富を積み上げ、そうでないものは或いはその日々の中に苦痛と絶望を積み上げる。

 裏路地に見かけた子供のくすんだ眼差しを、とてもじゃないけど僕は忘れられない。

「……そういうわけだからさ、結構常識には疎いんだ。ある程度はマーリンさんに教えられてるけど……ほら、あの人……」

「あはは……ちょっと抜けてますからね」

 親しみやすい点でもありますが。と、ミラはフォローになってるかどうか怪しいフォローを入れて、そしてまた礼拝堂について説明を再開した。

 では、この国の信仰体系はあまり分かっていないんですね? と、そう言われている気がするくらい、懇切丁寧に。

「信仰の対象は大きくふたつ。ひとつは父神様。天におわす偉大なるお方で、いつも私達の生活を見守って下さいます。

 なので、決して父神様に恥じないような行いを心掛けましょう。天罰が下りますよ。

 それからもうひとつは……」

 おまいう。盛大なおまいうなんだよな、それは。

 え? もうおまいうなんて言葉を使う奴はいない……? そ、そんなっ!

 しかし……実際問題、ミラにとって父神様は縋る相手でもあった筈だから。

 いくらハークスがあまりにも罰当たりで不信心な家系であったとしても、ミラにとっては大切な信仰対象なのかもしれないし。うーん……判断が難しい。

「……地母神と呼ばれる、街や集落……或いはそれらをいくつか束ねた地域の代表として、信徒の祈りを父神様に送り届ける代理人のような存在があります。

 ええっと……そうですね。街の人々から税を集め、そして王都へと送り届ける市長というのが、身近で思い浮かべやすいでしょうか」

「あはは、そうだね。すぐ目の前にいるもんね」

 えへへ。と、ミラはあざとく笑って、そしてまたくるくると指で宙に円を描きながら説明に戻る。

 うん、そこら辺は知ってるんだ。お前の不信心と一緒に教えて貰ったからな……っ。

「……そして、この街の今の地母神は私が勤めさせて頂いています。本当はもっと相応しい人がいたんですけど、ちょっと出掛けているものですから。その間は、私が受け持つことになったんです」

「…………そっか。市長に勇者に地母神。そこに加えて異世界の救世主なんて……流石に仕事受け過ぎだね。

 手伝えることあれば俺も手伝うよ。一緒に世界を渡る仲なんだから、気兼ねなく頼って」

 ありがとうございます。と、ミラは素直に頭を下げた。これは……相当忙しくしてるんだな、普段。

 マーリンさん……どうして貴女は、こんな小さな子が頑張ってるのにポンコツなままなんですか……?

 こんな小さなうちの妹が、やさぐれて毒を吐く程のサボり魔なんて……

「着きました、ここが礼拝堂です。今は参拝の時間ではないので人もいませんが、朝や夕方の決まった時間になれば多くの人がお祈りにやってきます。

 その……今の私は地母神ですので、ここでお祈りをすることはもう滅多に無いんですが。

 参拝の時間には大浴場が使えるようになるので、足を伸ばしてゆっくりしたい時には、形だけでもお祈りして行くといいですよ」

「………………うん、分かった」

 おい。おい、地母神。最後、不信心が隠し切れてなかったぞ。ったく……相変わらずの罰当たり娘だ。

 でも……そっか、ここのルールは変わってないんだな。

「地母神様、おはようございます。其方の方は……」

「おはようございます。こちらの方はアギトさん。マーリン様のお弟子様……私の兄弟子に当たる方です」

 はじめまして。と、頭を下げた小さなシスターさんは、かつて僕に軽蔑の眼差し(ごほうび)を送ってくださった…………げふんげふん。

 色々あって嫌われてたけど、なんだかんだで見直して貰ったシスターさんだ。

 何もかもが懐かしい……と言うか、王都で生活してた時点でアーヴィンを懐かしんでたんだもんな。そりゃ全部懐かしく感じるよ……

「…………? ええと……こちらから見えるあの扉の奥が女性用、反対に回ったところに男性用の浴場があります……?

 こんなこと説明しなくても平気……ですよね……? あれ、どうしてでしょう……なんだか説明しておかないといけない気がしてしまって……」

「っ⁈ あ、あはは……大丈夫だよ、覗きなんてしないから……」

 そうですよね。と、ミラは安堵の表情を浮かべたが……じ、実はお前記憶残ってねえか……?

 そんなに裸見られたことがショックだったんか…………いや、そりゃショックだよな。

 あの時はまだほぼ初対面……こっち来てまだ二日目だっけか。

 だから……僕との思い出というより、羞恥心として強く残っているのかも……

「では次に行きましょう。シスター、失礼します」

「はい、お気をつけて」

 地母神……か。

 マーリンさんに聞いてたし、さっきミラ本人の口からも説明を受けた。

 でも……その肩書きでこいつが呼ばれているのは凄く不思議で……そして、もう誰からもミラと呼んで貰えてないのかな……なんて考えたら、凄く寂しくなった。

 マーリンさんと僕でいっぱい呼んでやらないとな……

「次は……えーと、図書館に行きましょうか。アギトさんならきっと楽しいですよ。

 その……マーリン様の書庫に比べてしまうと小さなものですけど、街が運営している図書館としては、この国の中でも大きな部類ですから」

 図書館。それもまた懐かしい響きだな。

 図書館で時間を潰して、そして面会の時間になったら神殿に赴いて……って、もう地母神様は目の前にいるんだった。

 あの行きつけの不味いレストランはまだやってるのかな。

 ボガードさんの工場こうばはどうだろう。

 一番行きたいのはロイドさんの所だよなぁ……お腹いっぱい食べさせてやる約束、僕は忘れてないからな。

 また住民票でも作り直さないかな。また……また、街のみんなの顔が見たいな。

「————ミラ——?」

 昔と変わらない図書館への道のりを進む最中、僕から五歩くらい前を早足で進んでいたミラの体が、力無く地面に倒れ込んだ。

 何かに蹴躓いて転んだって感じじゃなかった。

 膝の力が抜けて、そのまま崩れ落ちて行くようだった。

 あまりに突然で、あまりに信じ難い光景だった。

 スローモーションみたいに思えたそれがほんの僅かな時間の出来事だったんだって、全部終わってからやっと気付いた。

 手の届かないギリギリのところで、ミラは電池の切れたおもちゃのように動かなくなってしまっていた——


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