第十七話【過去からのおくりもの】
「——これって……」
目的地を定めてから数十分。僕達は山の中腹に見つけた、一箇所だけ木々に覆われていない部分にやって来ていた。
そして……やはりそこには、手掛かりがありそうな匂いがプンプンした。
「……あの小屋、もしかしたらここで…………」
「その可能性は高い……いいえ、あれが別の場所から持ち込まれてのでない限りは、間違いなく」
そこには切り倒された木の残骸が、切り株がいくつも残されていた。
村の人達がここで木を切って……と、そういう話でないのならば、間違いなくここにもうひとつの文明が存在したんだろう。
「あの村からここまで来るメリットは殆ど無い。となったらやっぱり……」
「そうですね。集落の跡地なんかも、もしかしたら見つかるかもしれません。手分けして探しましょう」
ここには間違いなく誰かが来ていた。そしてあの小屋を作った集団がいる。
あれをひとりで作っても仕方がないだろうし、およそ作れるとも思えない。
だとすると……ここは木材を手に入れる為に、何か都合が良い理由があって選ばれた場所なんだろう。
麓以外の他の場所には、本当に切り株のひとつも見当たらないのだから。ここでしか木を切らなかった理由が何かある筈だ。
「……ミラちゃん、これってさ……この切り口ってさ」
「はい。麓に見られた、おそらく村の人達が切り倒したと思しき切り株とはまるで違います。
アレよりもずっと繊維が傷んでいますので、村で使われている石器……石斧よりも更に切れ味の悪い何かで、無理矢理切り倒されているのかと」
石斧より……か。それっていったいどんなものだろうか。
例えば…………巨人が指で摘んでへし折った……とか。いやいや……
「ってことは……もっともっと古い文明が……? えっと…………ここって今どのくらいなんだ……? 石器時代……? だぁあもう! こんな所でまで……」
ちくしょう! 学が無いって困ったもんだよ!
僕の知る歴史上、あの村の人達の生活はかなり原始的だ。
魚を捕る、作物を育てる。山に狩りに来ることが殆ど無いのは、きっとここに食べ物になりそうな獣が見当たらないから……なんだろうか。
それとも……山の生き物を食べ尽くしてしまったから、仕方なく海へ……?
「ミラちゃん、こういうのはあり得るかな? ここにいたのはあの村のご先祖様で、その人達の時代に山の獣を食べ尽くしてしまって……」
「あり得なくはない話かもしれませんが……ネズミの一匹さえいなくなるまでここで暮らしていたとしたら、もっともっと広い範囲で伐採が行われているでしょうか。
ここに集落を設けたならばいくらなんでも手狭ですし。木材を集めてよそに村を作っていたなら、もっと広い範囲で……それこそ村の近くで集めるでしょうから。
獣が駆逐される程大きな集落にしては痕跡が少なく、ここに見えている情報から推察出来る小さな集団だったのであれば、他の問題と噛み合いません」
だったら……なんだろう。
木が切り倒されているのは、およそ数百……数十…………何千メートル…………ええい! 広さを言い表わせる程普段から数字に触れてはいないんじゃい! 大体小学校のグラウンドくらいだよ!
えっと……あれって…………百メートル走の為の直線があって……と、とにかく!
狭いのだ、ここに人が住んでいたにしては。
「……? ミラちゃん、この切り株さ……」
「どうしましたか…………これは……うーん?」
ミラが鼻をすんすんさせながら奥へ奥へと突き進む中、僕は別の方向を調べていた。
すると……何やら不思議なものと言うか、変な…………うん。変な状況がここで起きていた痕跡を見つけた。
それは、ひっくり返された切り株だった。
「……根が繋がったまま、どういうわけか掘り返されてますね。目的があってそうしたのか、たまたまそうなったのか分かりませんが…………普通に木を切っていたのでは起こり得ない状況です」
「だよね……うむむ。巨人がデコピンで木をへし折ってた説…………」
巨人から離れよう。
しかし本当に謎だ。切り株はまだしっかり根を土の中に残していて、ひっくり返っているもののしっかりと地面に食い付いている。
まるで土だけ取り除かれてしまったかのようで……斜面だし、地滑りで土だけ持っていかれちゃって…………?
「しかし……どんどん謎が深まるばかりです。切り株がまだ枯れずに残っているということは、まだ切り倒されて日が浅いということです。
数年……どんなに長く見積もっても、何十年も昔の話ではない筈です。
あの村を作り上げた際にここで木を切った……というのならばその点は解決ですが、山を越えた先までやってきて木を切る理由があるでしょうか」
「宗教的な理由で…………ごほん。あ、いや……ありえるのかな? 御神木……みたいな……」
例えば………………えっと。
そうだ、あの村はこの島の中では東側に…………日が昇る方に位置している。
だから、朝日を浴びている側の木は切っちゃダメ…………みたいな……? いや……麓では普通に切られてたか……
「うーん……信仰はある程度発達した文明で起こるものですから、順序が逆になってしまっている……ということでしょうか」
「あの……いや、自分で言っておいてなんだけど……流石に無理があった気がする。ごめん、忘れて」
意外とそうでも無いかもしれないんですよ。と、ミラは困った様に頭を抱えていた。
え? もしかして僕ファインプレー?
マジであんな……適当にでっち上げた宗教が存在する可能性が⁈
「その……元も子もない話をしてしまうのですが、ここには私達の知らない常識が……歴史があってもおかしくないですから。まず信仰が生まれて、それから人々が生活を豊かにして行った……と、そういう歴史を辿るのかもしれません。
いえ……そもそも私達だって、昔にあったことなんて痕跡から推測しているに過ぎないので……意外と私達の世界でも……と」
「え……ああ、えっと…………あのさ。それってつまり…………」
断定出来る状況に無いので、どんな可能性も無視出来ないんです。と、ミラは大きなため息をついてそう言った。
ここがアーヴィンなら……いや、せめてあの世界の中の未開の地であったなら…………ある程度は自分達の持ってる知識や常識を当てはめることも出来ただろう。
でも……まるで文化が違う、文明の起こりが違う。
そうなってしまうと……中々どうして、自分の中の常識的な基準というのがアテにならなくなってしまう。
「……この切り株だって、実はこの世界の樹木は腐らない……などと言われて仕舞えば、これが例え何万年前のものであろうともおかしくないのですから。
そんな可能性をいちいち気にしていたら何も出来なくなるので、この場ではきっと数年以内に切られたものだろう……と、そう仮定しますが」
「あはは……そうだね、それは本当に……」
本当に実感してるよ、いろんな場面で。
お前の使う魔術だって、最初に見たときはそれはもう…………この話は長くなるからよそう。
幸いと言うかなんと言うか、アギトの世界と秋人の世界とではそこまで大きな乖離は無かった。
故に、どの世界でも物理法則くらいは同じなんだろう……という先入観も持ってしまっていた。
そうだよな……それこそ、月みたいに重力が何分の一で……みたいな世界もありえ………………る、のかな?
別の惑星に住んでて……みたいな。あれ……どうしよう、ワクワクしてきた。
「あまり常識に囚われていてもいけませんが、それから逸脱した思考ばかりでは時間が足りません。私達は私達の持っているもので、それでいてここの掟に縛られることなく、この世界を救わなければなりませんから」
「お、おお……なんかかっこいい……」
えへん。と、ミラは胸を張って、そしてまた鼻をヒクつかせながら地面を調べ始めた。この緩い地盤も何か関係してるんだろうか。
ミラの言う通り、考え始めるとキリが無いな……僕達の持ってるもので、か。
「……となったら…………探すべきはやっぱり、あの石版みたいな分かりやすい手掛かりだよな」
遠回りをしていては、必ずこの世界と僕達との食い違いでどんどん答えから遠ざかってしまう気がするもの。
全部この世界の常識として諦めよう。あの変な小屋の形も、獣の姿が無いのも、木の切り方が汚いのも。
全部一回諦めて、それを踏まえた上でも証拠になり得るものを探そう。
あの石版が自然に出来たものでないのなら、間違いなく残す為に作られたものなんだ。
石という硬くて壊れにくいものに、失わない為に何かを書き残したかったに違いない。
それの中身がたとえ夕食のレシピだったとしても、それはそれで文字を理解出来たということで大きな一歩なんだから。
「何かある筈だ……何か、決定的なものが。それをどう世界の滅びと結び付けるのかは知らないけど……」
ぐぐ……なんでマーリンさんは来なかったんだ。星見の力があればもっと楽だっただろうに。
いや……そうだよ、なんであの人来てないんだ。アイリーンの所へは来てたじゃないか、占い師として。なんだったら僕よりも先に。
なんであの人、今回はお留守番なんだ!
万能! 未来が見えて魔術も使えて、その上美人で良い匂いがする! サバイバルで一番必要なのはマーリンさんだろうが!
「…………いや、ミラの方が大事。妹が一番、うん。巨乳より可愛い妹……いやでも……きょぬうおねえたま…………」
「呼びました? あれ、アギトさん?」
違————っ⁉︎ 違うんだよ!
決して、可愛い可愛い妹とエロティックでボインなお姉さんとで揺れたりは…………っと?
余計なことを考えているところを呼ばれて慌てて振り返ると、そこには不思議そうな顔で僕の足元をじっと見ているミラの姿があった。
じっと見て……じりじりと迫って…………ど、どうしたの……?
「……アギトさん、それ……」
「それ…………? どれ…………これ?」
はい、それです! と、興奮気味のミラが指差したのは………………?
なんだろう……木の枝…………え?
その枝かっこ良い! 今からこれが私のエクスカリバーだ! 的なノリ?
まあ…………子供だし、そのくらいは……
「これ、斧じゃないですか? いえ、斧だった……が正確かもしれませんが。
折れてしまっているので断定は出来ませんが、ここに何かを括り付けていた形跡があります。
何かを強く押し当てられていたのか、凹んで黒く変色してしまっていますよね」
「ほんとだ…………な、なんであの距離からそんなことに気付くのさ……」
えへへ。と、ミラは可愛らしく笑って…………ごまかすな、こら。まったく、相変わらず視力どうなってるんだ。
ミラの言う通り、僕の足元に転がっていた枝は綺麗に節を取られていて、そして先端に凹みや傷が無数に付いていた。
けれど、持ち手に相当する部分から折れてしまっているようで……
「折れてしまったけど、石だけ回収して使い回していた……ってことかな。いや……それが分かったって何も……」
「そうでもありませんよ。例えば……そう、さっきアギトさんがおっしゃっていた巨人という可能性はぐんと減りました。
それからそうですね……この枝に付いている削れた石器の成分を調べられれば、どういった文明だったのかが分かるかもしれません」
え? まじで? って…………調べられれば、と。
うん……そうだよね。いくらお前でも、粉から石器の材料を特定するのは……
「……やってみる価値はありそうです。アギトさん、手伝ってください。とりあえず、これはこれ以上濡れないように……」
「へ? おわぁっ⁈ 人の服の中に棒切れを突っ込むな! それも折れててトゲトゲしてるやつを!」
特定出来るんかーい。
ミラは僕の文句なんて御構い無しに、ブツブツと考え事をしながら小屋へと戻って行った。くっ……術師特有のやつが……っ。
昔からそうだ。好奇心の前には、たとえ大切な家族であっても実験材料にしか見えなくなるような子だった。
「アギトさーん! 早く戻りましょう! 雨が強くなると面倒です!」
「お、おーう…………まあ、ある意味らしいから良いけどさ……」
早く早くと急かされるまま、僕はミラの後を追って山を登り始めた。
本当にこの枝が世界を救う聖剣になってしまうのだろうか。
こんなボロっちい汚らしい棒切れが…………いでででっ⁈ お腹にトゲが刺さった!




