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異世界転々  作者: 赤井天狐
第一章【無垢な世界、少女の記憶】
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第十三話【痕跡】


「おーい、そろそろご飯にしようかー」

「はーい。これが終わったら行きますねー」

 切り替わりが起きなかったあの日から、更に三日が経った。

 この世界へやって来てこれで七日目、ちょうど一週間だけど……別にそういう区切りの概念が無い以上は関係無いのかな。

「お待たせしましたーっ。えへへ、いただきまーす」

「うん、いただきます」

 一週間……短いような長いような、どちらとも言える時間が経過してしまった。

 そうだ、もうこれで七日も使ってしまっている。

 何かを成すにはあまりにも短い時間で、僕達はまだ拠点の整備と村の人達との交流くらいしか出来ていない。

 より正確に問題を提起するのならば、なんの異変も感知出来ていないのだ。

 本当に世界に滅びが訪れるのか、そこから既に疑問に思ってしまう程に。


 この場所はどうやら孤島のようで、全長はさして大きくないらしい。

 一番高いこの山の頂から四方の海を確認出来るくらいには……と言っても、それはミラの鷹の目で見ての話。本当に小さいと言って良いのかは分からない。

 孤島である以上、台風や竜巻、それに津波なんかの自然災害による被害というのはひとつ大きな可能性になるだろうか。

 否。それは……うん。正直、否であると言わざるを得ない。

 滅び……なんて大雑把な言葉の定義を、少なくとも人類の滅亡だと考えると…………どうしたって無理がある。

 この島の人達が死んでしまったからと言って、それを滅びとは言い難い。

 この小さな島で起きた異変が、果たしてどうやって世界を滅ぼす程の規模に膨れてしまうだろうか。

 どんな可能性も、そこが繋がり切らない。

 そんなだから、僕はまだ何をどうしたら良いのかと、漠然とした目標すらも打ち立てられていなかった。


 それとは対照に、この七日を長いと感じさせる出来事も当然ある。

 一番分かりやすいもので言えば…………

「むぐむぐ……ごくん。ご馳走様でした。アギトさん、先に戻ってますね」

「……うん」

 変わってしまったミラの現状を知るには、ふたりきりでの七日間というのは十二分に長いものだった。

 例えばそう……たった一匹の小さな魚と、それから少しの野草だけを食べて満足してしまう姿とか。


 ミラはすっかり変わってしまっていた。

 もちろん、変わらないものも沢山ある。

 優しさ、勇気、知恵。勇者足り得ると認めて貰った殆どは失われずに、やはりみんなから愛される姿でアイツはまだここにいる。

 けれど……けれど、アイツが僕の前で見せた子供らしさは、殆どが鳴りを潜めてしまっていた。

 それと……どうやらミラは、あまり眠らなくなったみたいだ。

 三日目の朝、僕にくっ付いていたあの時以外は、いつも僕より先に目を覚ましていた。

 夜もアイツの寝息を確認してから眠ったことは一度も無い。いっつも僕より後に眠って先に起きている。

 これは……昔からそういうとこもあった。

 危険が周囲にあるのならば、眠らずに僕のことを守ってくれていたことが。

 見ず知らずの土地だ、警戒してるんだろう……と、それで片付けてしまっても構わない。

 でも……やっぱりどこか変に思ってしまうんだ。

 ご飯もあまり食べなくなった。

 魚一匹で満足なんて……以前のアイツを思えばあり得なかった。

 お金が無くてひもじいけど我慢する……ってことは幾らでもあった。

 でも今は違う。魚なら自分で好きなだけ獲れば良い。

 山菜の類も、少なくともこの山が誰かのものではなさそうな以上は好きに出来る。

 でも……ミラはいつも、小さな魚一匹で満足してしまう。

 サバみたいに身の大きな魚じゃない。アジやイワシ……いいや、アユみたいな小魚一匹で、だ。

 いつもあんなにいっぱい食べていたミラが……小魚一匹で一食を終えてしまうのだ。


 七日を長く感じさせるのは、何もミラの異変だけではない。

 正直な話、ちょっと手詰まりを感じ始めている。

 拠点の整備と称して、僕達は小屋の周りと山道を整備し続けていた。

 けれどそれは、少なくとも世界を救う直接の一手にはなっていない。

 何が起きるのかも分からない。どんな備えをすれば良いのかも分からない。今だって、何かに使えればと木材を集めているだけ。

 ついでに山を整備して、土砂崩れが発生しないように……って、それでもふたりで出来る土木工事には限度がある。

 結局のところ、時間を持て余して、何をして良いのか分かってないんだ。

「…………何か手掛かりを探さないと……だよなぁ」

 そうした活動の中で屋外に作ったテーブルと椅子で、優雅にご飯を食べているのが、残念ながら現状の全てだ。

 小屋の中には、やはり明かりは持ち込みにくい。ランタンの火でさえ酸素が足りなくて危ないってのが分かった。

 一度使ってみて、中で不完全燃焼を起こして。ミラが気付かなかったらちょっとヤバいことになってたかも……なんてこともあった。

 窓が無いせいで換気もロクに出来なくて、その日は小屋を使えなかった始末だ。

「……よし、僕も働くか」

 さて……そんな謎多きこの小屋だが、手掛かりになるとすればやはりここ……なのかな、って。

 小屋の外形は、ハッキリ言って歪だ。

 長方形……真四角ではなくて、ドーム状にやや丸みを帯びている。それも偏った形をしているのだ。

 ドアの反対側……ええと、ドアの無い方の壁に向かって、少しだけすぼんでいる。

 ええっと……そうだなぁ。楔形とか、雫型とでも言うのかな。それを横に倒したような格好だ。

 入り口側が一番背が高くて、そこから反対に向けてゆっくりと小さくなっている。

 こういう建築なのだと言われればそれまでだけど……なんとも変な形だ。

 少なくとも、その為に木材を曲げたり削ったりして手間を増やしているのは確か。

 芸術性を求めたのでなければ、よっぽど合理的とは呼べない筈なんだけど……

「…………? あれ……なんだこれ。石……石版? なんでこんなとこに……」

 小屋を調べよう。と、そんなあまりにも大雑把な目的を掲げてその周りをうろついていると、生い茂った草の中に一枚の石版……? 粘土板……ではなさそうな、天然の石を割って…………何かを……刻んだ……? ものを見つけた。

「…………読めない……か、そりゃ。一応報告しておこう。魔術痕が……なんて話になれば大発見だ」

 彫られていたのは、楔形文字……とでも呼ぶべきなのかな? とにかく、幾何学的な記号の羅列だった。

 石が自然に割れたものなのか、それとも誰かが意図して割ったのか。それも分からなければ、どうやって石にこれを彫ったのかも分からない。

 何も分からないけど……こういうのを持って行く先は分かってる。

「おーい、ミラちゃーん。変なもの見つけたんだ、ちょっと見てくれー」

「変なもの……ですか? なんでしょう」

 知識に対する好奇心の塊、魔術師の所だ。

 ミラならこれを、僕よりもずっとヒントとして使うことが出来る。

 色んな知見から、これがどういったものかを、特定とまではいかなくても推測することが出来る。

 勿論、この世界の常識が、僕達の知る常識とは違う可能性は高い。

 だから、全部丸投げってわけにはいかないけど……

「小屋の側に落ちてたんだ。草の陰になってて今まで気付かなかったみたい。もしかしたら、こういう見落としが他にもあるかもね」

「……そう言えば、あの小屋自体はちゃんと調べてなかったですね。この世界には異質なものですし、やはり徹底的に調べてみるべきでしょうか」

 どうしてもっと早くに気付かなかったんでしょうね。と、ミラはなんだかがっくり肩を落としてそう言った。ま、まあまあ。

 そう……この小屋は異質なのだ。異常なものなのだ。

 だからこそ……つい後回しにしてしまった。安全を確保する為の、最低限の確認だけで済ませてしまっていた。

 それは、この世界を知る上では必要無かったからだ。

 あまりにも場違いなコレを先に調べてしまうと、この世界の基準がおぼろげになってしまいそうだったから。

 調べようにも、まずこの世界の姿をハッキリさせないと手が付けられなかった……と言うべきか。

「……ふむふむ。どうやらかなり古い物のようですね……それに……? これは……塩、でしょうか。刻まれた文字……彫られた溝にいっぱい白い粒が……」

「あっ、本当だ。そうなると…………? これは……ええっと……? 海に沈んでた……?」

 誰かが海で拾ってきて、それをここに捨てた……いいや、隠したとか。

 潮風だけでこんなになるとは思えない、そんなレベルなら山の植物もとっくに枯れてるしね。となると……

「……この小屋を作った誰かが、海で見つけたこれを解読しようとしていた……とか」

「或いは、小屋を作ったその人がコレを彫ったか……の、どちらかでしょう。少なくとも、あの村とは違う文明の人間がこの小屋には出入りしていた……と、そう考えるべきです」

 違う文明……? まあ……確かに全然レベルが違うもんね。建物とか……うん。そもそも、文字ってものはあの村にはあるんだろうか。

 そこそこ出入りしてるけど、まだあんまり分かってないって言うか…………僕達の前で使うことが無いのか、それとも存在しないのか。無いことの証明って難しいよね……

「……この石、決して柔らかいものではありませんから。硬くて割れやすい石に文字を彫り込むには、もっと硬くて、更には鋭い道具が…………金属のノミか何かが必要になります。

 けれど、あの村には製鉄はおろか、もっと簡易な青銅器すら見当たりません。

 小屋もそうですが、やはりここには別の文明が栄えていた形跡がある……と、そう見るべきかと」

「滅んでしまった古代文明……ってこと? ま、まさかとは思うけど……俺達が救うべきだった文明じゃないよな……?」

 否定は出来ませんよね。と、ミラは苦い顔でため息をつく。

 そうだったらもう詰んでるんじゃないのか……? っと、諦めるのは良くないな。

 前向きに考えるなら…………この文字と小屋を作った文明の生き残りが、この島の何処かにいるのかもしれない。

 それを探し出して、そして…………どうするんだ?

 えっと……そうだ。僕達なら言葉が通じる……かもしれないし、間をとり持てば良い。

 あの村と、その文明との間を。

 そうして……あの村に文明の発展をもたらす……とか。いや……

「……むしろ……そうか。俺達がすべきこと……それは……」

「この失われた文明を取り戻すこと……でしょうか」

 それだっ! きっとそうだ、そうに違いない!

 一度は滅んでしまったのかもしれないけど、この文明を引き継ぐ為の村がここにはある。

 この文字と、建築と、残されている痕跡から取り戻してあげるんだ。

 この世界を——ここにあったであろう人々の営みを、忘れ去られる前に蘇らせる。

 こんな推理が本当にあってるのかは分からない。でも……っ。少なくとも、漫然と小屋の周りを掃除してるより良い。

 世界を救うって目的には多少合致する。もし違っても……それはそれで、あの村の生活は発展しそうだしね。

 こう……未来人が介入して歴史がどうこう……みたいな懸念はあるけどさ。

 それはさておき目的がひとつはっきりした。

 僕達はまず、コレと同じ痕跡を徹底的に探し出す。

 そして……それらをあの村へと持ち込むんだ。

 幸い、マーリンさんのおかげで言葉は通じる。きっと……きっと取り戻せる筈だ。

 僕とミラは急いで小屋の周りを探し始めた。

 同じような石版が落ちていないか、石版に文字を彫るのに使ったであろうピックのような物は無いか……と。

 文字通り草の根を分けて、血眼になって探した。


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