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異世界転々  作者: 赤井天狐
第一章【無垢な世界、少女の記憶】
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第十話【触れ合う】


 僕達は早速拠点の改造を始めることにした。

 明かりを取り入れる為の窓も本当は作りたいけど、残念ながらふたりとも大工仕事が出来るわけじゃない。

 ちょっとした日曜大工ならいざ知らず、どう作られているのかもあまり分かっていない、その上壊れて貰っちゃ困るこの建物には手を出せない。

 ならばせめて……と。

「落としまーす、離れてくださーい」

「りょうかーい。っとと……いやはやしかし、流石だなぁ」

 何を落とすの? なんてのは尋ねるまでもなく。

 僕の目の前に、バキバキドスンと太い木の枝が落ちて来た。

 ハシゴを作る為の木材の確保、第一歩はやはりここからだろう。

 相変わらず身軽なミラはスルスルと木を登って、自分の脚よりずっと太い枝を幹から折り取っては地面に落としている。

 勿論、ただ力任せにへし折っているわけではない……よな?

 いくらアイツでもこんな太い枝は折れないって、うん。

 強化魔術や火炎魔術を駆使して、あらゆる方法で木材を手に入れていく。

「……これなら木を切り倒すってやり方も出来たかも…………いやいや、そんなデカイの持て余すだろ……」

 世界さえ救ったアイツの蹴りなら、木の一本や二本くらいは余裕でへし折れそうだ。強化魔術って前提はあるけど。

 でも、何度も言うが僕達は大工仕事なんて出来ない。

 出来ることと言ったら、持ち運べる程度の木の枝に、ツタやらなんやらを使って他の枝を括り付けることくらい。

 身の丈にあったやり方で……ってのは、意外なことに僕にとっては得意分野なのだ。

 あれ……なんで今、自分で意外とか付けたんだろう……?

 ともかく、かつての冒険の間に培った我慢強さがここで活きる…………と、思う。

「よっ……と。うう……軍手欲しい、手が痛い。あ、そうだ。服を手に巻いて……」

「アギトさーん、枝はこのくらいで足りそ————ひゃぁあっ⁈」

 っ⁈ 何っ⁉︎ 何ごとっ⁉︎

 シャツ……と、呼んで良いのかな。とりあえず服を捲って、それで手を包み込んで布越しにツタを縛り付けていると、すぐ後ろからミラの悲鳴が聞こえた。

 ま、まさか魔獣⁈ 毒虫⁈ 熊⁉︎ いや……そんなの悲鳴あげるまでもなくぶっ飛ばしてるか、コイツなら。

 慌てて振り返ると、そこには顔を真っ赤にして目を覆っている……顔を背けたり、こっちをチラ見したりしているむっつりスケベの姿が…………ああ、はいはい。

 そういえば、初対面の時もこんなことしましたっけね。

「あはは……ごめんごめん。マーリンさんはそういうの一切…………そう、一切! 気にしてくれないから……つい……」

「い、いえ……さ、騒がしくしてすみません……」

 そう……あの人は本当に気にしてくれないから……っ。

 でも、お前だって慣れてからはそういうの気にしなくなっていったんだぞ……って。そんなこと今のミラに言っても仕方ないんだけどさ。

 本当に初めて出会った時みたいで……

「……ふふ。いや……ちょっとこれは……不思議なもんだなぁ」

「アギトさん……? ああ、えっと……手が痛いのでしたら代わりますよ。私はちょっとしたケガならすぐ治ってしまう体質なので」

 体質で片付けるな、おい。

 その力があの後どうなったとかは知らないけどさ、お前の手がプニプニスベスベな時点でまだ機能してるんだろう。って、それは良くて。

 本来なら寂しいとかつらいって思うべきなのかもしれない。

 思うべきは言い過ぎだな、思ったりするのかもしれない、くらいか。

 でも……ちょっとだけ、嬉しく感じてしまうのだ。

 あの時と同じ——ミラはやっぱりミラなんだ……って。

 僕のことを知っていようがいまいが、結局同じ反応をするんだな……って。

 そう思ったら……また、一緒にいられるようになりそうな気がして。

「聞いてるよ、それも。勇者の力だったよね。

 でも、これくらいは任せて。女の子に力仕事を押し付けておいて、挙句手が痛いからなんて理由で他の仕事まで頼ってたら情けないでしょ。

 兄弟子として、ちょっとは頼って貰えるようにならないとね」

「いえいえ、そんな。アギトさんは凄く頼もしいですよっ」

 おっ、嘘が上手くなったな。なーんて、そんな天の邪鬼な考えを持ってしまうくらい、ミラはすんなりとそんなセリフを口にした。

 以前のアイツは本当に嘘が下手だったからなぁ。

 あ、いや…………僕を召喚したのが自分だってのを打ち明けなかったって意味では……演技は上手かったのか……?

 いやいや、アレは僕が尋ねなかったから…………とか、それ以前に。

 マーリンさんですら、知らないことは分からない————僕が隠していた、予想だにしない状況については読み取れなかったんだ。

 アレだけなんでもかんでも表情から読み取っていたマーリンさんでさえ、知り得ない答えには辿り着けない。

 僕はミラが召喚者だなんて、そもそも人の手によって呼び出されていただなんて考えもしなかった。

 だから、それについては……どこかで嘘をついてたのかもしれないけど、結局気付けるわけがなかったんだろう。

 ま、それは今はどうでもよくて……

「……ありがとう、頑張るよ。かっこいいとこ見せないとね」

「じゃあ、お願いします。私はもう少し資材を集めておきますね。それが終わったら朝ご飯を獲りに行きましょう」

 気付ける筈の嘘をまるで感じなかったってことは、この子は本心で僕を頼ろうとしてくれているのかな……なんて。

 ミラが嘘つき名人になってるんでなければ、きっと僕は頼れる兄——ちょっと待って今不穏なこと言わなかった?

「…………とりに…………朝ご飯を……採りに…………?」

「え……? ええ、そりゃあ……何も無いですから」

 ああー…………うん、それは分かる。

 えっと…………えっと、だよ? 採りに行く……だよね?

 決して…………その…………狩りをする……的な、獲るではない……よね?

 山菜とかそういう——

「任せてください。こう見えて、獣の肉を捌くのは得意なんです。と言っても、うさぎや鹿、猪の気配は近くにはありませんから……どうでしょう、蛇かトカゲか……或いは…………」

「——海に行こう——っ! というか村に行こう、一緒に漁をさせて貰おう!

 情報は得られなかったけど、だからって予兆が何も無かったとは限らない。

 意外なところからポロッとヒントを貰えるかもしれないしね。交流を深めに行こう」

 なるほど! と、ミラはなんだか目をキラキラさせて僕を見ていた。

 うう……なんだろう、流石マーリン様の一番弟子! みたいな……そういう羨望の眼差しというか…………っ。

 す、凄く胸が痛い……変なもん食べさせられたくない一心で適当なこと言ったなんて、とても口が裂けても言えない……っ。

 そういえばコイツ、魔獣も平気で食うとかなんとか言ってたな……アーヴィン出てすぐに……

「……好き嫌いが無いのは良いことだけどさ」

「? はい、好き嫌いなくなんでも食べます。生魚も……昔はダメでしたが、今はちゃんと食べられますっ」

 うん、その食わず嫌い克服エピソードも知ってる、と言うか目の前で見てる。

 はあ……無邪気で可愛らしいだけじゃないのは知ってるんだけどなぁ。

 どうも…………どうにもミラの野生児っぷりに頭が追い付かない。

 噛まれてないからかな、それとも前程自由勝手に振舞ってないからかな。

 勇者として、人に見られる者としての振る舞いが身に付いているからなのか、その根っこにある逞し過ぎる言動が……もう……ギャップになり過ぎてて……っ。

 入り口に梯子を掛けて、僕達は村に向かう山道を意図的に踏みしめながら下った。

 これですぐに固まるわけじゃないけど、繰り返しの中で自然に道を作っていこう。

 幸い時間はまだありそうだ。情報集めが捗らない内は、いろんなことで気を紛らわせながら頑張ろう。

 え? もっと頑張れ……? いやいや、それじゃ長続きしないってば。

 目的地が見えないんだから、のんびり行こうよ。

「…………? あれ、僕ってこんな感じだったっけ……?」

「アギトさん……? やっぱり……朝のこと……」

 朝……? えっと……ああ、違う違う。決して変な夢を引きずってるわけじゃない。

 悪夢にうなされた所為で気が気じゃないとか、そんな重たい話じゃないんだ。

 ただ…………何と言うか……ううむ。

 多分……ミラが違う所為なんだろう。

 ミラが前みたいに好き勝手暴れないから、僕も冷静に物ごとを考える時間がある。

 より正確に言うのならば……ミラに全部丸投げにせず、ちゃんと僕も貢献しようと頑張れている……気がする。

 良いかっこしたいだけと言われてしまうと、まあそれまでなんだけどさ。でも……

「朝ご飯食べたら、ちょっと村の手伝いとかして行こうか。ここの暮らしを知っておくのは、きっとまた後々に役立つ筈だから」

「はいっ。えへへ……なんだか旅をしていた頃を思い出します。

 マーリン様によく言われたんです。街に着いたら、まずそこがどういう場所なのか——どんな人達の暮らす街なのかを見ておきなさい……って」

 うん……それもよーく知ってる。

 でも、それを今のこいつに伝えることは出来なくて……あの楽しかった日々を話題にあげられないのも寂しくて。僕はまたミラに嘘をついた。

 僕も同じようなことを言われたよ、同じ課題を何度も出されたよ……って。

 ミラと同じ旅での出来事を、それよりもずっと前の出来事のように語った。

「あの人は俺を……それに、ミラちゃんを。ただの弟子として、勇者として育てたかったんじゃない。

 僕達が大人になった時に、きっと自分以上の先生になれるように……って。

 子供達を教えてあげられる大人になるように、いろんなことを考えるクセを付けてくれようとしてたんだろうね」

「はい。あの方は本当に優しくて……未来が見えているのとは別に、見えない未来を楽しみにしていらっしゃるようで。

 私が何かをする度に、成長する度に。自分のことのように喜んでくれて……間違ってしまった時には優しく諭して下さって。

 本当に……本当に心の底から尊敬出来るお方ですよね」

 そうだね。と、そう答えて、これだと昨晩と同じ話を繰り返しちゃうね。なんて、そんなことを言って無理矢理話題を変えてしまった。

 ミラもそうですねなんて笑っていたけど……さ。

 別にこの話題が嫌だったとか、つらかったわけじゃない。

 わけじゃないけど……ちょっと、寂しかったのかも。

 ミラの口から、僕の口から。ふたりでした旅の思い出を、それぞれ別のものとして語り合うのが……ちょっとだけ寂しかった。

 それをしたいと望んで始めたくせに……ほんとメンタル弱いよなぁ、僕って。


 その後、僕達は村の若者達と一緒に海に……と言っても、船を使って沖に出たりはしていない。

 腰まで海に浸かって、そこで魚を捕まえて朝ごはんにした。

 まあ……その、察せよ。

 そうだよ、僕は一匹も捕まえらんなかったよ! 悪かったな、ドン臭くて!

 ミラが捕まえまくった魚を分けて貰ってたよ!

 と言うかミラの漁の……いや、あれは最早狩り。その機敏な動きに、みんな感嘆のため息を漏らしてたよ。

 或いは…………その獣もかくやな姿にドン引きしていたのかも。

 ま、その後随分可愛がられてたし、悪い印象は持たれてないだろう。

 そうして、僕達は村に少しだけ馴染むことが出来た。

 え? お前は言う程馴染んでないだろう……? そ、そんなことないし…………


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