第八話【調査開始】
僕達は滑る足元に気を付けながら、少しだけ時間を掛けて山を降りて村へと訪れた。
毎回毎回これだと思うと…………道、整備したいな。色んなことの基盤をしっかりさせる時間が欲しいわ。
さて、村へやって来た理由は幾つも……知りたいことは本当に幾つもあるけど、最優先すべきは驚異の確認。
この世界を滅ぼしかねない危機。何はともあれ、それについて聞き込みをしなければ。
「こんにちはーっ!」
さて、どう切り出したものかな……なんて悩んでいると、ミラは躊躇無く村人に声を掛けた。黒く光る小さなナイフで、魚を捌いている男の人に。あれは……石器かな……?
何やらオーバーな身振り手振りを加えて、パタパタと騒がしく村人に自分の存在をアピールする。え、何これ可愛い。
「……? こんにちは、元気が良いね」
「ぴっ⁈ あっ、えっと……い、良い天気ですね……?」
ちょっと待てなんだその当たり障りの無い話題は。そんな会話下手な子じゃなかったよね?
そうだね。と、男の人はどこか微笑ましそうにミラを見ていて、しどろもどろになってしまったミラは何を尋ねようか迷ってしまっているみたいだ。
え……ええ……? お前はいったい何を……
「おーい、終わったかーい。こっちも手伝ってくれー」
「おーう。それじゃあね、お嬢ちゃん」
ああ、行っちゃった。
少し離れた建物から恰幅の良い女性が現れて男の人を呼び付けるもんだから、結局ミラは何も聞けずじまいでその場に立ち尽くしてしまった。ど、どうしたのよ本当に……
「えっと、ミラちゃん……? さっきの謎の動きと言い、いったいどうしたの……? 初対面だからって緊張する子じゃなかったような……」
「うっ……そ、その……」
言葉なんて通じないものだと思って……と、ミラは顔を耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
ああ、成る程。それでオーバーなボディランゲージを使って、害意は無いと伝えようとしたんだな。
それがあっさり返事をされてしまったもんだから、パニックで何を伝えるべきか、何を尋ねるべきか飛んでしまった……と。
お前もそんな可愛いとこあったんだな。コミュニケーション能力については、化け物みたいなものだと思ってたのに。
「気を取り直して……っ。あっちにいる人に聞いてみましょう」
ミラはそう言ってまたパタパタと走って行ってしまった。
今度は無駄なオーバーアクションは控えて、それでも元気一杯にこんにちはと老人に声を掛ける。
お爺さんかお婆さんかも分かんないような風体だったが、声を聞くとそれは更に不明に陥ってしまった。
お年寄りあるある、性別が分からない。じゃなくて。
「危ないこと、かい。そうだねぇ…………この間、若いのが船から落ちてね。そいつが泳げないなんて言うもんだから、それは危なかったねぇ」
「船……漁をしてらっしゃるんですね。沖に何か異変があったとか……そういう話は聞いてませんか?」
ここの所は波も穏やかで、平和なもんだよ。と、老人は微笑ましそうにミラの問いにひとつずつ答えていく。
ふむ……小さな村だ、この老人が認知していないということは、誰も危機を認知したという人はいないのかもしれない。
勿論、聞いてみなきゃそうとも限らないけど。ただこれは……
「ありがとうございました。ところでお爺さんは何を?」
「儂は星を見ておったよ。明日も、その次も。毎日漁に出るから、潮の目を読んでおるのだよ」
星……潮の目……?
お手数お掛けしました。と、丁寧に挨拶をしてその場を離れるミラに続いて僕も老人に頭を下げ、そしてなんだか考え事をしながら歩く小さな背中に、ふと浮かんだ疑問をぶつけてみたくなった。
「ねえ、ミラちゃん。さっきの……お爺さん? の言ってた……星を見る、って。その、潮の目ってのが海の天候だとして…………それってさ」
「……そうとも捉えられますね。星……恐らくはその見え方から、雲の厚さ、それに湿度を読んで、天気を予想しているのかと。
マーリン様の力は、未来の一部分を切り取って、明確なひとつの瞬間を観測するのだと聞かされていますが……それは私達では知り得ませんから。
もしかしたら、なんらかの予兆から、異常な程の正確さで未来を予想していらっしゃるのかもしれませんね。それもそれで……普通の力ではないですけど」
成る程。星を見るって言葉に引っ張られ過ぎかな……なんて思ったけど、ミラもどうやら似たことを考えたみたいだ。
そこから自分なりに解釈を加えて答えを出せるかどうかって違いはあるけどね……っ。
その後も数人に聞き込みを続けたのだが、残念ながら驚異についての情報はまるで得られなかった。
毒のある魚がいると聞いた時には魔獣の可能性も頭にチラついたが、蓋を開けてみれば何のことはないカサゴの仲間みたいなトゲトゲした魚だった。
まあ……毒もあるんだろうけど、きっとそれは魔獣のような異常性を孕んだものじゃない。
普通の進化の過程で、自衛の為に身に付けたその魚の特性だろう。
小さかったし、そういうのはよくある話だよね。
「……さて、そろそろ戻りましょう。今日の所は早めに休んで、明日は拠点を快適に……とりあえず、村へ行き来する道くらいは……」
「そうだね……暗くなったらランタンも無いわけだし。流石に魔術で火の玉なんて出したらこっちが怪しまれちゃう」
結局、目的についての進展は無いまま、僕達は一度拠点に……あの謎の小屋に戻ることにした。
暗くなってからだと登るのも大変だからね。って……暗くなったら変なもの出たりしないよな……あの山…………っ。
「…………一応、気を付けて帰ろうか。ここの人達、山にはほとんど登らないんだろうし。もし驚異が山に潜んでいたとしても、気付いてないだけって可能性もある。戦っても良いけど……下手に騒ぎを起こすと……」
「そうですね。もし魔術なんて使ってるところを見られたら、信用なんて得られそうもないですから」
そ、そこまでは言わないけど……でも、そう。
この世界には……多分だけどね? 見てないから、多分……魔術はやはり存在しない。
大体、魔術だなんて言って雷をばちばちさせてるってのはおかしな話なんだ、僕から見ても。
そりゃフィクションの中では、そういうのこそ魔術とか魔法って呼ばれるけどさ。
僕の世界に本当にあった魔術ってなると、どちらかと言えば雨乞いのような……奇跡を自然に願う感じの、そういう不思議な儀式だった筈だ。
まあ……雷ばちばちの方がかっこ良いから良いけど。
僕達は速やかに小屋に戻ると、村を見て思ったこと、分かったことをお互いに共有することにした。
感じ方は人それぞれだから…………なんて、僕が言い出しっぺ。
違うよ、働いてる感出したかっただけとかじゃないよ。本当だよ、信じてよ。
あの時……最後の戦いの前、フリードさんに言われたんだ。
無知な僕が意見を口にしたとしても、それを笑うような奴はいない……って。
あの時の言葉は本当に嬉しかったし、同時にその通りだと思った。
ミラは僕の幼稚な意見でも笑い飛ばしたりしない。ちゃんと真剣に向き合って、間違っていてもそれの答えをくれる。
それが分かってる以上、僕の目線からの意見だってしっかり出していくべきなんだ。
それはきっと、ミラも僕を信じて、何か有益な意見を出せる筈だと思ってるってことなんだから。
「……まずこの世界の時代……というか、文明。かなりなんてレベルじゃなく古い、古代文明と変わらない感じがあったね。
木製の道具や石器、それに切り出したままの木や石を使った建物。
漁に出てるって言ってたけど、桟橋も無かったし船も砂浜からは確認出来なかった。
となったら……凄く簡易的な船が、どこかにしまってある……ってことなのかな」
「そうですね。見かけた魚がどれも小さかったことから、手掴みか投網に近い漁法なのかもしれません。
銛のような石器はまだ発達していないのか、それともあったとしても大きな魚が取れる程沖には出ないのか。
それと、農業はあまり盛んな様子ではありませんでしたね」
ご飯のことばっか……と、この時ばかりはそれも大正解なんだろうな。
人類の歴史を辿れば、衣食住の発展は何よりも優先されてきたのだろうから。そこを見れば、文明の発展度合いが分かりやすいってもんだ。
「…………それから、言語についてですが……」
「ああ、えっと……それはね……」
マーリンさん、そのこと伝えてなかったんだな。
と言うか…………いいや、当然か。そのことすら忘れてしまっているんだな。
僕達は召喚されるにあたって、その世界に順応出来る形にある程度知識を与えられる。
かつての僕は、最初からミラの言葉が分かった。それと同じことがここでも起きている。
まあ……字は書けなかったけど。
マーリンさんのことだから、流石にそこをうっかりするなんてやらかしは…………………………多分、無い。
いや、言葉が通じている以上はうっかりは無かった。しっかり言語のマッチングは成されているんだろう。
「成る程…………流石ですね、アギトさんは。私も知らない召喚術式について、そんなに詳しいなんて」
「え……あ、あはは。全部あの人の受け売りだよ、俺が実際に使えるわけでも、勉強したわけでもないからさ」
知っている、理解しているというのは、それだけで凄いことなんですよ。と、ミラは目をキラキラさせてそう言った。
そ、そんなに褒めて貰えると……えへへ、嬉しいな。
勘違い、それに騙し討ちみたいな方法だけど、ミラにこうやって純粋な尊敬の念を向けられると………………遠くなってしまったみたいで寂しいなぁ、ぐすん。
いえ、嬉しいってのもちゃんとありますとも。でも……やっぱり寂しいよなぁ。
その後も僕達はアレコレと気付いたことを話し合った。
衣服……今自分達が着ているものと、村人のそれとはやや違うこと。
これは多分、あまりに簡素なもので不便しそうだから、マーリンさんが手を加えてくれているのかもしれない……とか。
火を扱う文化はあるから、火種を準備するフリをしながら魔術で点火すればきっとバレない……それどころか、重宝して貰えそうだ……とか。
いろんな話をして……そう、いろんな話を。
いろんなマーリンさんについての話をして、日が暮れるまで盛り上がった。
完全に共通の推しを持つオタクの会話である。楽しい……楽しいぃ…………っ。




