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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第六十三話


 さてどうしたものか。僕は思案に暮れる。確かに、あの親子の有様を見て放っておくのは胸が痛い。とは言え相手は彼女以上の魔術師で、そもそもこの街で一番偉い人なのだろう。彼女はどうも脳筋なところがある様で、もう一度ぶつかって力技であの人達を解放させようと目論んでいる節がある。賢いのかそうでないのかの判断がつきにくい少女だこと。

「明日きっちり借りは返すわ。見てなさい! 人のことネズミ呼ばわりした事、後悔させたげるわ‼︎」

 なんともおっかない風切り音を鳴らしながら彼女はシャドーボクシングをする。軽快なステップはこれまで見せた対魔獣用の高速移動ではなく、対人用の武術か格闘術の様に見えた。しかし、まあ彼女の怒りもわかる。彼女が僕の事で怒ってくれたおかげか、彼らがミラに吐いた暴言に対して僕も怒りがこみ上げてくるのだ。

「そう、だよな。アイツらミラのことも……あれ? そう言えば魔術師には魔力痕が見えるって。ならアイツらはなんでミラのことを……」

 僕は慌てて口を塞いだ。これはいけない、失言だ。そう悟ったのはミラがステップを止め力無く腕を垂らしたのを見たときのことだ。

「…………そう、ね。うん。それは……否定出来ないわ。見る人が見れば、私は実験動物に見えるのでしょう」

 また僕は唾を飲み込んだ。彼女はポーラちゃんの母親が自らをメズと呼んだことにひどく憤慨していた。そんな彼女が自らを……

「理由は二つ。自らに魔術特性を付与する魔術師なんて他にそういない事。それから………………霊薬…………の…………ごにょごにょ……」

「な、なんだって? ミラさん?」

 彼女は随分後ろめたそうに俯いてしまった。ごめん、難聴系主人公じゃなくてもそれは聞き取れない。おーい、ミラさーん?

「霊薬の…………実験を……ね? ほら…………周りに人も……動物を飼う余裕も無かったっていうか……」

 実験? と言うのは……うん? 昔の話だよね? 昔はお姉さんもいて、ちゃんと魔術の修練を積んでいて、実験施設もボガードさんに明け渡す前のアトリエ・ハークスが……

「…………もしかして。もしかしてだけどね? ミラさん? こっち向こうか。もしかして、色々言った後も隠れて危ない事やってたりした?」

「………………さ、ご飯にしましょうか! 食事も用意してくれるなんて気が利くわよね! 趣味は悪いけど‼︎」

 回れ右をして部屋から出て行こうとするミラを僕はがっちり捕まえる。ちょっと? まだお話終わってませんよ?

「ミラ? ねえ? さあ、答えなさいな?」

「……あんたが来てからは…………やってないわ。うん…………そんなに……危なくない奴とかしか…………ちょっとしか危なくない奴とか……ちょっと危ない奴とか……」

 意地でも目を合わせないミラを、僕はガクガク揺さぶって遺憾の意をぶつける。そりゃあ分かってたよ! 僕のポーチに入ってるものね! 色とりどりの薬瓶が!

「だ、大丈夫よ! 私くらいになるとポーションくらいじゃ失敗しないし。新薬の開発だって……あっ」

「新薬⁉︎ 全く分かんないもの自分の体で試してんの⁉︎ バカなの⁉︎」

 そりゃあ実験動物って言われるわけだよ! 薬漬けじゃん⁉

「そんなんだから背伸びないんだよ⁉︎ ただでさえチビなのに! 胸だって……あっ」

 さっきまで頑なに背けられていた顔が、ホラー映画さながらにぐるんとこちらを向く。これは……はい、失言ですね。反省します。この顔面にめりこんだ拳に誓って。

「バカッ‼︎ バカアギト‼︎ 先ご飯行ってるからね‼︎」

「……うぃっす」

 目の前がチカチカする。一撃ノックアウトで僕はマットに沈んだ。と言うか、そういうとこ気にするならもうちょっと距離感とかにも気を払って欲しいものだが……言えばきっとまたK.Oされるのがオチだろう。とりあえず視界が正常に……ぐるぐる回らなくなったら僕も食堂に行こう。あんなにお腹いっぱい食べたのにもう空腹だ。外がとっくに暗くなっているのだから当然か。

 多少のフラつきはあったが僕はなんとか自力でミラの待つ食堂へ辿り着いた。もう何皿平らげたのだろう……と、懐事情を心配したが、綺麗なテーブルの前でおとなしく座っている少女を見て、安堵とともに彼女の健気さに対しての愛おしさが溢れてきた。僕が来るのを待っていたのだろうか。なんとも可愛い話じゃないか。

「お待たせ。先食べててよかったのに」

「……そうじゃなきゃ美味しくないんでしょ?」

 うっ。と、僕は口を噤んだ。それは確かに僕が言ったことだが、気にしてたのか。笑ってそう言ったミラに、少しだけ申し訳ないと思いながら同席する。僕が席に着くとすぐに料理が運ばれてきた。ロイドさんのところで食べたコース料理とは趣が違ったが、それでも豪華で……量が多い。恐る恐るボーイさんに料金を確認したところ、なんとあの翁と呼ばれていた少年からのサービスに含まれていると言うではないか。

「手厚すぎる……本当に彼らと戦うの……?」

「…………お礼は言うわ」

 ともかく戦うことは譲らないと言ったスタンスで、彼女は複雑な顔をしながら運ばれて来るご馳走を平らげ続ける。その小さい体のどこに入っていくんだ。普段全然食べないくせに。

「はー食べた食べた。ご馳走様でした!」

 元気いっぱいに手を合わせ、僕の方を見ながらそう言った。悪かったって。そんなに根に持つことないじゃないか。僕も合わせてごちそうさまを言う。こんなに食べて……正直これで既に十分あの二人への攻撃になっていると思うのだが。

「さ、もう今日は寝ましょう。おなかいっぱい食べて、ぐっすり眠る。起きたら魔力満タンって寸法よ」

「そんな簡単に……」

 手を引かれてまた最上階の部屋へ戻っていく。待って⁉︎ 食べたばっかだから! 吐いちゃうから‼︎ ゆっくり行こう⁉︎

 部屋に戻ると、彼女は早速鞄を持ってまた部屋の外に出て行った。どうやらシャワーを浴びたいらしい。そりゃあそうだ、散々返り血を浴びて、泥だらけになって、ゲロ吐きまくって……失敬。だが彼女は消沈して戻って来ることになるのだろう。なにせ……

「……これ……風呂だよな。蛇口も無いし、シャワーも無いけど」

 広い部屋には色々ある。およそ入れる服なんて無いクローゼットも。立派な靴入れも。櫛や剃刀も。ユニットバスなんかじゃなく、独立したトイレも。そしてこの……湯船しかない、推定お風呂らしきものも。ここが魔術師の街と言うのなら、お湯なんて自前で準備できるだろう……と言うことだろうか。色々物色していると、やっぱり意気消沈したミラが帰ってきた。

「……おっきいお風呂……無いんだって……」

「…………これで我慢なさい」

 アーヴィンのアレは特殊な施設なのか、はたまたこの街が特殊なのかは分からない。分からないが、彼女はその小さな浴槽に不満気だ。お前の体のサイズなら丁度いいだろうに……と、心の中で呟いた。

「……仕方ないか。それじゃあ先に浴びさせて貰うわね」

「いいけど……これって…………どうしたら……」

 いつまでも中をのぞいている僕を彼女はグイグイ押して遠ざける。それについてはゴメン。だけどそれ、僕にも入れるやつ? ねえ? 僕、錬金術なんて使えないんだけど?

 少しするとじゃばじゃばと水の音がし始めた。きっと彼女が魔術か錬金術かでお湯でも出しているんだろうか。もしそうなら僕は……?

 十数分で彼女は出てきた。ほかほかと湯気を上げながら、それでもなお不服そうな顔で。入れ替わりで僕もお風呂に向かう。すると……成る程。壁に大穴が……もとい収納があって、そこに大きな水瓶があったのだ。それを移して……も、これは水だよね? 温めらんないよ? 僕、これ温めらんないよ?

「ミラー? ちょっとー?」

 急遽ミラを呼びつける。お湯を……抜く……栓……あれかな? チェーンとか付いてないの……?

「これさ、お湯沸かすのってやっぱり……」

「ああ、そのまま入って良いわよ。まだしばらくあったかい筈だし」

…………いえいえ? お湯変えますよ? そんなっ…………女の子が入った残り湯なんてっ……えっ⁉︎ 良いんです⁉︎

「水の蓄えは、ケチってるのか雨が少ないのか分かんないけど、そんなに無いのよ。ぬるかったら沸かしたげるからまた呼んで」

「えっ? 良いの⁉︎ じゃなかった……錬金術とかで水くらいバーっと……」

 物凄く怪訝な顔で、そんなの出来るわけないでしょ。と、言われてしまった。納得がいかない。散々超能力じみたことしておいて! 水は出ないのか! 仕方ない。なら仕方がない。仕方ないから……節水の為だから! 決して! やましい気持ちとか無いから‼︎ 僕は少女の入った後のお風呂を堪能するという、高レベルなプレイを堪能した。変態レベルが非常に高くなっている気がして、とても胸と頭が痛かった。


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