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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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 歩き疲れによる股関節の痛みと戦いながら、僕は——アギトは今朝も目を覚ました。

 歩き慣れてる筈のこの肉体でも、暫くぶりに歩くと流石に堪えるんだな。それとも……

「……前の身体とは関係無い……って、そんな訳ないよな。それとも…………うおぉ……ぶるぶる。変なこと考えんどこ……」

 一回死んで腐ってるから、筋力が大幅に落ちてる……なんて、そんな訳ないよね……?

 というかあの世界の、あの国の埋葬方法を知らないし。

 あ、いや…………あの夢が事実を映したものだとしたら、きっと土葬だろうな。

 思い返せば、ダリアさんもその日の内に埋葬されてたし、そもそも火葬場なんて見当たらなかったな。

 じゃあやっぱり土葬か……どうして朝から自分がどう葬られたのかを考えてるんだ、僕は。

「…………僕の時もさっさと埋めてくれたのかな。それとも……夢の通りなら……」

 ダリアさんの死は、アイツにあまりにも重くのしかかった。

 だから、神官さんはその遺体を彼女の目覚めよりも先に埋葬した。

 或いはレヴの見ているところで……彼女にこそ見送りをさせたかったのかもしれない。

 どちらにせよ、ミラに見せたくなかったというのは間違いない。

 アイツは人の痛みを受け止め過ぎてしまう。

 だからいつだってボロボロで、ギリギリのまま精一杯生きていた。

 そんなアイツに、大切な人の死というのはあまりにも過酷で……だからこそ、僕はやっぱり死んじゃいけなかったんだと後悔してしまう。

「…………っ。朝から何考えてるんだよ、バカアギト。ただの筋肉痛だ、サボりのツケだ。こっち来てからロクに働いてなかったんだから」

 ばしんと両手で腿を打って、そしてまた食堂へと……あの子の元へと向かった。

 やっと……やっと、ちゃんと顔を見て話が出来るようになってきた。

 違うやい、美少女相手に緊張するなんてのはもう卒業したんだよう。

 嘘です、エルゥさんとかマーリンさんみたいな大人美人が相手なら間違いなくキョドります。

 でもあの子は……うん。

 ミラに似てるあの子にだけは、緊張もせずに一緒に居られる。

 ロリコンではない、やめろ、風評被害だそれは。

「……とはいえ…………」

「あっ、おはようございますアギト様っ! お体は大丈夫ですか?」

 僕を見つけると元気いっぱいに駆け寄ってきて頭を下げるこの少女を……僕はまだ、そのアイリーンという名を呼べないでいた。

 なんのことはない。まだ……まだまだ引きずってるんだ。

 認めたくないんだ。僕はこの子をミラの代わりとして……胸に空いた穴を埋める為に使ってしまっている。

 名前を呼んだら——ミラではないと認めてしまったら、もう立ち直れなくなりそうで。

 そんな考えだから……なおさらこの献身が眩しくて。

 名前を呼ぶだけの行為が、凄く罪深いものに思えてしまった。

「……今日は何処へ行こう。占い師を探そうにも、手当たり次第ってわけにいかなくなってきたよね」

「そう……ですね。占い師様がこの町を出られて、もう随分経ちますから……」

 もし何処かへ向かったならば……ここから離れた場所へ歩いて行ったならば、もう追い付ける距離ではない。

 もし何処かで僕の行動を見張っているのなら、やはり闇雲に探し回っても意味は無い。

 そうであるなら、きっとそれは僕を試そうとしているのだろうから。

 勇者に相応しいものかどうか。気付くべきことに気付けるのかどうか。

 あの時のように、勇気を持ってその一歩を踏み出せるのかどうか……と。

「…………? そういえば、なんだか今日は賑やか…………いや、むしろ騒がしいというか……」

「そうですね……なんでしょう。収穫祭はまだ先ですけど……」

 収穫祭なんてあるんだ。へー……結局、旅の間に一度見掛けただけで、あの世界のお祭りにはほとんど縁が無かったなぁ。そんな話は今は良くて。

 わいわいがやがや……と、そんな和やかなうるささではなくて、ざわざわとどこか不穏などよめきが外から聞こえてくる。

 ま、まさか怪物が攻め込んできたとか……

「食事の支度が終わり次第、私が見て参ります。アギト様はここでゆっくり……」

「……いや、僕も行く。むしろ今行こう。本当は……刺激しないようにって、僕は引っ込んでた方が良いんだろうけど。なんか……嫌な予感がする」

 嫌な予感ですか……? と、少女は顔を青くした。

 これはきっと僕に対する信頼…………勇者の研ぎ澄まされた感覚がキャッチしたらしい不安に対する恐怖だろう。

 ごめん……そんなに大したものじゃないんだ……っ。

 でも、騒ぎがあるってことは、やっぱり何かしらはあったってことで。

 そういう時……アイツは必ず首を突っ込んで、そして全力で解決にあたっていた。

 だったら僕もそうしなくちゃいけない。その為の方便……とも違うか。予感と言うか、経験則は事実あるんだから。

「…………もし何かあれば、必ずここに戻ってくださいね。アギト様に万が一があってはいけませんから」

「あはは……大事にしてくれるのは嬉しいけど、それは本末転倒な気が……」

 怪物を倒す為の勇者を大事に大事にしまい込む……というのはどういう了見だ。リアルラストエリクサーである。

 この子は本当に、僕に戦って欲しいと、怪物を退けて欲しいと思っていない……というわけか。

  ふんふん鼻息を荒げながら歩く勇ましい少女の後ろに付いて、僕は宿舎を出て町の……声のする方を目指した。

 目指したと言っても小さな町だ、すぐそこの畑に町民が集まっているのが見えた。

「おはようございます。皆さん、こんなところに集まってどうかなさいましたか?」

「ああ……アイリーン。そういえば君は昨日出掛けていたんだったね。そこの勇者様と一緒に」

 うぐっ……なんだろう、言葉に棘を感じる。いやいや、めげないぞ。

 そこにいた人達はみんな困った顔……怒った顔? とかく、しかめっ面を並べてため息をついていた。

 その中には先日のビルという男の姿もあって、僕は出来るだけ目を合わせないようにビクビク怯えてしまった。この雑魚メンタル……

「……怪物が動き出した。遂に山の麓にまで現れて、粘土もロクに集められなくなってしまったんだよ。今までは中腹まで登らなければある程度安全だったのに……」

「……っ! 怪我人はっ⁉︎ みんな大丈夫なんですか⁈」

 つい大きくなってしまった僕の声にみんな目を丸くして、幸い見つかる前に逃げ出せたよ。と、なんだか引き気味にそう答えた。

 うう……やらかしたよ……っ。

 ここに来てからはあんまり人と話してなかったから、声のボリュームとか話を切り出すタイミングとか…………元々出来てなかったは禁句ですぅー、最近は割と出来てましたぁー。

 こう見えて近所のおばあちゃんには人気者なんだぞう。ではなく。

「もう我慢出来ない! 占い師様は戻ってこない、預言にあった勇者様はこんなザマだ。俺達でアイツを追っ払うしかない!」

「こんな…………っ! あ、アギト様は立派な勇者様です! 訂正してください!」

 ちょいちょい、怒るとこソコじゃない。

 しかし……出来るのだろうか。

 占い師の力量は知らない。きっと腕の立つ魔術師なんだろうな……とは思ってるけど、これも僕を召喚したのがそいつだったらの話であって。

 少なくとも、この町の人達の手に負えなかった大蜘蛛は、占い師によって退けられた。

 しかし、その占い師をもってしても、今度の大蛇は手に余るってことだ。

 そんな相手に……それも戦士でもないただの人々が敵う道理があるだろうか。

「……ミラ……お前なら…………」

 ふと浮かんだあのお節介の顔は、私に任せておきなさいって胸を張って鼻を鳴らしていた。

 そうだよな……ここでみんなを不安にさせるのは勇者のすることじゃない。

 少なくとも、みんなピリピリしてる今、部外者である僕が冷静にそれは無理だなんて言っても火に油。

 しかし焚き付けたところで、それは燃え盛る炎の中に突っ込ませるようなもの。

 ここで取るべき選択肢は……うん。

「……あの、俺に任せて貰えませんか。ひとりで倒せるとは思わないけど……でも、情報を集めることは出来る。まずは敵の情報をしっかり集めて、戦力を投入するのはその後で良い。だから、まずは俺に行かせてください」

「アギト様……っ! ダメです、そんなの! 幾ら何でも危険過ぎます!」

 あはは……僕、勇者なんじゃなかったのかな……?

 信用も信頼もあるわけはないんだけど、それでもこの過保護っぷりはやや傷付くと言うか……ぐすん。

 でも……やっぱり、アイツと一緒にいるみたいで……

「……ありがとう。だけど……これが一番丸く収まるから。死んじゃったら情報収集もクソも無いし、無理はしないよ。こう見えて蛇には詳しいんだ、ちょっとだけ任せて欲しい」

「でも…………」

 皆さんもそれで良いですか? なんて……尋ねるまでもない。

 みんな困惑してはいるものの、誰ひとりとして首を横には振らなかった。

 うん、それで良い。このやり方なら誰も傷付かない。

 勿論、僕だって死ぬ気は無いし、何回も何回もこうして理由を作っては、みんなの代わりに立ち向かえば良い。

 それを繰り返しながら、いつか本当にその怪物を追っ払う策を見つけるんだ。

 それが……僕に出来るアイツの真似。

 アイツが一回でやり遂げることを、僕は時間を掛けて成し遂げてみせよう。

「ふー……じゃあ、明日ちょっと様子を見て来ます。そうだ……その、武器とかありますか? 小型のナイフがあると、それが一番使い慣れてるんだけど……」

「あ、ああ……それくらいなら……」

 明日までには準備しておく。と、みんな言い澱む中で僕のお願いにハッキリと答えたのはビルさんだった。

 ひぅん……こ、怖いよぅ。で、でもここでビビっちゃダメだ……っ。

 信用を、信頼を。積み上げて積み上げて、そして言葉が届くようになればきっと……

「そうと決まれば、皆さんはまだ無茶しないでくださいね。弱点が分かってからですから、それまでは……えーっと…………身体を休めて……は、無理か、仕事あるもんな。うんと……」

 いかん、全然締まらん。

 こういう時はいつもミラが先頭切ってたからなぁ。仕切りたがりだったし、ちょっとこれは経験値不足ですね。

 うぐぐ……こんなことも出来んとは。

「……とにかく、明日は任せてください。それじゃあ準備しますんで、これで。くれぐれも無茶なことは考えなでくださいよ! まずはしっかり情報集めですからね!」

 クドいくらいに念を押して、僕はスタスタと宿舎へと戻った。

 よし……これで良い。あれ以上あの場所に長居してたら、間違いなくボロが出ていた…………じゃなくて。

 これで良いんだ。

 まず差し出されるべきは僕、部外者。

 この町はもうすっかり苦しんだ、苦しみ尽くした。これ以上の悲しみは必要無い。

 逃げ回るのは得意分野、それに観察も意外と得意……まあまあ…………そこそこ…………九本目の龍を見つけた唯一の男だから! 大丈夫大丈夫! あれ……それって死亡フラ……

「……アギト様、本気ですか」

「…………本気……って。そりゃ……勇者だしね」

 宿舎に戻ると、いつも愛らしかった少女の少しだけ怖い声が聞こえた。

 振り返ればすごくつらそうな顔をしていて…………ああ、もう。そんなとこまでアイツにそっくりで……

「…………本気で……本気で怪物に敵うなんて……ひとりで戦うなんて……」

「分かってる。なんだったら、怪物に限らず大概の動物に勝てないくらい弱い自覚もある。だけど……だからって、負けちゃいけない場所が分からないわけじゃない。ここは負けないよ、負けられないから」

 負けられないから負けない。僕はそう言い放ち、そして事実勝利を掴み続けた男の背中を知っている。

 あんな風になりたいって…………いろんな意味であんな風に…………ぐぬぬ。

 ああいうかっこ良い背中に、アイツが頼ってくれる背中になる為にも。

 あっちでの出来事に比べれば比較的ヌルゲーとさえ思えるこんなイベント、なんとかして乗り切ってみせるさ。

「……心配してくれてありがとう。だから、僕はそれにも報いたい。任せて、逃げ回るのに関しては妹よりも上手い」

「…………それでも……私は……っ」

 ご飯の支度をしますね。と、少女はキッチンに向かってしまった。

 絶対に死ねないな……これは。

 あの子はもう誰とも別れたくない、見送りたくないのだ。

 必ず生きて戻ると証明しないと、こんな不安はこの一回きりにしてあげないと。

 ぎゅっと拳を握ると、思いのほか手に力が入らなくなっていることに気付いた。

 緊張……かぁ。これもちょっとばかし久しぶりだなぁ。

「……さて、ご飯食べたら……」

 食べたら特訓だ。

 恥じらう乙女の構え、それにマーリンさん直伝のぴょこぴょこ走り。

 ちくしょう……かっこいい技がひとつもねえ…………っ。

 でも……これらは全部、僕が生き残る為の技術だ。

 僕なら生き残れると信じて教えてくれた技を、僕も信じて練習しよう。


 ご飯を食べている時も、食べ終わってごちそうさまを言った時も。少女は終始俯いて黙ったままだった。



 目を覚まして、そしてすぐに短く息を吐く。

 決戦の朝だ。

 ここでしくじれば……僕が死ねば、この町には深い絶望が訪れる。

 なんだかんだと言って、僕に淡い期待を抱いている人は多い……いいや、みんなその筈だ。

 仮にも勇者として預言されてやって来た。そして、ひとりで立ち向かうと無謀なことを言い始めた。

 こいつは何かが違う、どこか普通ではない。そんな風に思ってくれている筈……こんな窮地だ、縋らずにいられるわけがない。だったら……

「……生きて帰るだけでもみんなを勇気付けられる。よし……」

 生き得だ、これは。

 生きてるだけで得。死なないだけでモリモリアドバンテージを積み上げられる。

 そう考えたら……………………山の麓のあたりをうろちょろして逃げ帰ったとしても、まあまあ……バレなきゃ…………いやいや。

 一応怪物を見に行かないとな。倒せるとは思わないけど、弱点はやっぱり探さないと。

 朝食を食べに部屋を出ると、そこには少女の姿は無く、代わりに作り置きされた朝ごはんだけだ並べられていた。

 怒ってる……よなぁ。しょうがないけど。

「……ごめん。絶対生きて戻るから」

 鍋に入っていたおじやはまだ熱々で、僕が起きてくる時間なんてお見通しだと言われてるみたいだった。

 この短い間に、すっかり胃袋を掴まれてしまったな……なんて。

「ごちそうさまでした。よし、じゃあ——行くか」

 ばちんと頰を打って、そして宿舎を出る。

 するとすぐにビルさんがやって来て、無理はするなよ。と、一本のナイフを渡してすぐに去って行った。

 これはあれか……もしやツンデレ親父というやつか……?

 いやいや……どこにも需要無いからな……?

 アレはあくまでネタであって、実際にやられても需要はどこにも無いからな⁇

「……ありがとうございます」

 そんな彼の背中に頭を下げて、僕は町を出た。

 目指すは山…………名前知らないわ。でも……とにかく山、そして怪物蛇。

 絶対に生きて帰る。叶うなら弱点を見つける。

 その為の装備も、準備も出来てる。

 靴にもすっかり慣れた、後は僕がトチらなければ……

「————あっ、来ましたね! さあ、行きましょう!」

「——え——あ、うん。行こっか………………って——」

 どうかしました? と、少女は愛らしく首を傾げ……………………どぇえええっっ⁈

 なんでっ⁉︎ なんでいるの⁉︎

 驚く僕を前に、少女はしたり顔でふふんと鼻を鳴らした。

「私の仕事は戦士……勇者様の補佐ですから。土地勘の無いアギト様を、ひとりで山なんかに向かわせませんよ。任せてください、こう見えて脚は速いんです」

「そ、それは知ってるけど…………じゃなくて!」

 さあさあ行きましょう! と、少女は僕の手を引っ張ってズンズンと進み始めた。

 違っ…………これは僕がひとりで…………待っ、チカラ強い! 嘘でしょ! またこんな小さい女の子に引っ張り回されるの⁉︎

 僕の言うことになんて耳を貸さず、少女は無邪気に山へと向かって突き進むのだった。


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