(61989,320746,1,2,0)
日が昇り村人が活動を始めた頃、僕達は目的だった占い師探しを…………始められなかった。
と言うのも、一宿一飯の恩も返さずして何が勇者か…………なんて、このタイミングでは全く必要の無い見栄を僕が張ってしまったからだ。
何してんだよ……こんな時にまで……
「ほほ、すまないね。年寄りばかりだとどうも手が遅くて」
「いえいえ、僕で力になれるなら」
でも、これが僕の目指した勇者の姿だからしょうがない。
しょうがないが……時間も無い。
きらきらと羨望の眼差しを僕に向ける少女と共に、まずはこの老夫婦の畑仕事を終わらせよう。
幸い(?)こういう雑用ばっかりさせられるのには慣れてる。慣れて良いものかと問われると黙るしかないけど。
「流石です、アギト様っ! 困っている人を見捨てない、受けた恩は必ず返す。勇者としての……いいえ、人を救う者としてのその振る舞い、心構え。感服しましたっ!」
「あはは……ありがとう」
私も精一杯お手伝いしますっ! なんて張り切ってる彼女の方が手が早いのは内緒。
相変わらずトロくさいのもまた、アイツと一緒に働いてた時のことを思い出させる。
アギトの体だから多少はマシなんだけどさ。それでも、テキパキこなす優秀な妹と並べられると…………ぐぐ、頑張らねば。
今はこの子も僕に対して憧れバイアス的なものが掛かってるけど、ボロ出してメッキが剥がれたらコトだ。
「しっかし……広い畑ですね。これだけの畑をふたりだけで?」
ほっほっと笑うお爺さんと共に草むしりをしているのは、アーヴィンやフルトの物とは比べ物にならない、王都にあるくらい大きな畑だった。
下手すると、この村の畑の総面積の半分くらいありそう。
これだけ広いのをたったふたりで……息子さんがいなくなってからシンドかっただろうなぁ。
なんて……もう既にちょっと痛くなってきた腰をトントンしながらお婆さんに尋ねると……
「まだ、外にもあるよ」
「……………………外?」
うんにゃ。と、歯抜けのお婆さんはケラケラ笑いながら、家の更に向こう……僕達がやってきた方とは別の方角を遠く指差した。
ん……? 外って……のは…………村の外…………に?
「ここは半分。もう半分は村の外に作ってんの。本当はさっさと柵して小屋建てようと思っとったけんど、その内にその内にってやっとる間になぁ」
「えーっと……それはつまり……」
まんだいっぱい仕事はあるもんでね。と、お婆さんは笑ってそう言い切った。
くそうっ! なんでそんなに広い畑を作っちゃったんだ! というか計画性無いな!
しかし、これで半分ってことは……流石に王都にもそんな広い畑、個人の管理では無かった気がするぞ……?
いろんな人の畑を合わせたらまあ……流石にあっちの方が広いけど。
「……そうなると、他の人達は何してるんだろ。畑の殆どがこのふたりのものだってんなら……手伝いを頼んだりはあるだろうにしても……」
まっこと謎である。
息子さんがそれだけやり手だったのか……いやいや、仕事がどれだけ早くても、単純作業の効率化には限界がある。
それこそ、現代文明……トラクターでも持ち込まない限り……
「…………占い師のやつ、この村にとんでもないもの持ち込んでたりしないよな……」
「アギト様―っ? どうかなさいましたか? お疲れでしたら少し休憩なさって下さい。その間に、私がアギト様の分も頑張りますから!」
ぬわぁあんそんなこと出来るかぁいっ! 僕も頑張るよ! と、にこにこきらきらした顔の少女を押し退け、畑に生えた小さな雑草を千切っては投げ千切っては投げ…………あれ。
「……お爺さーん、この畑っていつも……ええと、毎日手入れしてるんですか? 随分雑草の背が低いと言うか……成長が遅いと言うか……」
農薬……が無いとも限らないけど、随分と雑草が小さい。そして少ない。
毎日毎日やってればこの程度で済むのか、それとも毎日やってもこれだけ生えてくるのか。
捉え方はまあ色々あるけど……僕としては、畑の雑草ってもっと根が深くて厄介なもののイメージが勝手に……
「毎日はやるけど、毎日全部はやらんよ。やれるだけやって、次の日にもまたやって。収穫するまで、毎日毎日それの繰り返し」
「あー……となると、もしかしてここら辺は最近やったばかりなのかな……」
いや、やっぱり一日で全部やる訳ないよね。
はて……そうなると、尚更他の人の仕事が気になる。占い師を探しつつ、そこら辺も聞いてみるか。
「もう何日も前にねぇ。大きい男の人が来て、畑に手を入れてくださったんだよ。そしたら随分土も肥えて、虫も付かんようになって。畑の神様だったのかねえって、婆さんと一緒に拝んだもんだよ」
「大きい…………っ! そ、それって、長い黒髪の男の人でしたか⁈」
おお、カラスみたいに真っ黒で艶のある髪だったねぇ。と、お爺さんは懐かしむようにしみじみとそう答えた。
間違いない、占い師の特徴と合致する。
別に黒髪なんて珍しくもなんとも……と、この村……この世界ではそうはいかない。
あの町においても、この村においても。どちらにおいても、髪が黒いというのはほとんど見かけない特徴だ。
黒っぽい髪の人もいるけど、大勢が茶色……暗いブラウン止まりで、カラスのようなとまで形容される黒髪はどこにもいなかった。
ここまでくれば、それがここに済む人達の——人種の特徴なんだろうと分かる。
外国から大勢が入ってくる場所でもなし、黒髪で背の高い男というのはまず間違いなくその占い師だ。
「何日も前……それって十日以内? もっともっと前の話ですか?」
「うんと、そうだねぇ……まだ二十日は経たないと思うけどねぇ」
二十日は経ってない……でも十日以上は経ってるって感じかな。
そうなると……えっと、僕がここに来て今が六日目……占い師があの町に来たのは僕が来る十日程前ってことだから……ここへ立ち寄ってからあの町に来た……ってことか。
「その人ってここに戻って来てたりは……」
「うんにゃ、帰らんねぇ。お礼もロクにしとらんのに、またちゃんと美味しいもん食べさせてやりたいけどねぇ」
帰って来てはない…………ってことは、空振り……?
一度ここへ来て、それからあの町へ向かって。そしてそのあと何処かへ立ち去った。
これまでの占い師の行動は把握出来たけど、肝心の現在地とこれからの行動が全く分からない。うぐぐ……
「……無駄足……とは言わないけど。大事な情報だけ手に入んなかったな……」
ほっほ。と、お爺さんは笑って、そしてまた畑の土に手を付けた。
おっと、いかんいかん。やると決めた以上、この手伝いは終わらせないと。
ここを終わらせて、そして急いで町へ戻ろう。
こっち方面に来ていないとなれば、また別の方角へと旅立ったのだろう。
或いは既に山へ向かって…………? いや、でも……ひとりじゃ敵わないから僕を呼んで、そして何か機を待っているんだろうし……
「勇者様は大変だねぇ。他所の人のことでも悩まんといかんで。土の具合が悪いとか、虫がよう出るとか、雨が降らんとか。どうにもならんことばかりで悩みようもない私らからしたら、そうやって額にシワばかり寄せる姿はどうにも寂しいもんで」
「へ……? あ、ええと……これは性分というか……何にでもすぐ不安になってしまうたちというか……」
そうだから勇者様のかもしれんねぇ。と、お爺さんは黙々と手を動かしながらそう言った。
そうだから……不安になりやすからこそ勇者……か。
マーリンさんもそんなこと言ってたっけな。
臆病だから、心配性だから。ビビリだからこそ君を勇者に選んだ、と。
それに相応しい役割も最後には与えられて……でも、それには背いちゃったっけ。
「……最後、アイツに伝えとけば良かったなぁ。期待に応えられなくてすみません、って」
それに意味があったとも思わないけどさ。
ただ、謝る機会はもう訪れない。訪れてはくれない。
なら……せめて反省して進むくらいはしよう。
けど今は畑仕事だ、というかこれを早く終わらせないと帰れない。
帰れなければ悩むことさえ出来ないわけだ、さっさと手を動かそう。
見れば、お爺さんとお婆さん、それにあの子は物凄いスピードで雑草を片付けていた。
待っ⁈ 普通に全力でやってたとしても負けてそうなペースなんだけど⁈
ってかお爺さんもお婆さんも凄いな⁈ 全然元気じゃん!
「アギト様! ここを早く終えて村の外の畑もやってしまいましょう! 私達が今日頑張れば、お爺さん達は明日楽することが出来ます! それでこそ勇者ですよね!」
「っ⁉︎ えっ……おっ………………も、もちろんだよっ!」
ちくしょう! ここだけやってなあなあで切り上げて帰ろうと思ってたのに!
退路を断たれ、僕はどうしようもなくなった状況でやっと草むしりに没頭することが出来た。
没頭しても老人子供に負ける程度の体力なのは、とてもじゃないけど勇者に相応しくない…………ぐすん。
「それじゃあ、お邪魔しました」
「はい、また遊びにおいでね」
遊びと書いて仕事の手伝いと読ませる、そんな別れの挨拶をして、僕達はなんとか陽の高いうちに村を出発した。
帰り道は僕も分かってて、行きよりは早くに着くだろうが…………それでもちょっと日の入りに間に合うかどうかになりそうだ。
ランタンなんて持ってないし、急ごうか。と、少女の背中を押すと、彼女は嬉しそうに僕の手を引っ張って走り出した。
ちょっ、待っ…………走らないで! 走る程の元気は無いの! 膝! 腰ィ!




