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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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 アギトという肉体にまた朝が訪れ、それを手足の感覚や部屋の匂いから実感すると早速うんざりした。

 うんざりなんて……嫌だとか、投げ出したいなんて考えちゃいけないって頭では分かっていても、この夢が終わってくれない事実が胸を締め付ける。

「……だけど……」

 きっと……この夢から覚めて秋人としての日常を取り戻してしまったなら、きっとあの子に恩を返す日は来ない。

 それどころか、僕はこの世界を忘れて生きていくのだろう。

 アイツと積み上げた日々ばかりを思い出しながら、のうのうと秋人として生きていく。それがなんとなく分かったから…………体を起こしてすぐに、まだこの世界にいられたことに感謝もした。

 喜びも恨みも全部ごちゃまぜで、もう自分が何を考えて何に拠って動いているのかも分かんないや。

「おはようございます、アギト様」

「……うん、おはよう」

 けれど一日は始まって、少女はまた僕に笑顔を向ける。

 裏切りたくない——と、アイツの面影を感じる度に、このアイリーンという女の子をなんとしても喜ばせたいと思う自分がいた。

 ロリコンではない、決して。

 ああ……ちょっとだけ、ボケるくらいの余裕は出てきたのかな。

「今日はどちらへ向かわれますか? それとも町の中で何か……昨日のことでお疲れでしたら、ゆっくり休むのも大切ですよ」

「あはは、ちょっと過保護なとこもうちの妹によく似てる。ありがとう。だけど……そうだなぁ、今日は……」

 過保護という言葉に少女は面食らって、そして慌ててそういうつもりではなかったと両手を振ってその意図を否定した。

 別に怒ってるわけじゃないけど、過保護……つまりは子供扱い。僕が頼りにして貰えていないと感じているって思ってしまったんだろう。

 まあ、頼りないのは事実だ。

 でも……頼りにしようと、少しばかりでも期待してみようとしてくれてるのも分かってるから。

「…………そういえばさ、怪物って他にもいるのかな。例えば……その大蛇ほどじゃないにしても、人を丸呑みにしてしまうくらい大きな蛇とか。それから……」

「ええと……この町で他に怪物を見たという人はいませんでした。私の祖母の代まででは、少なくとも一度も。なので……本当に突然大蜘蛛が現れて、初めてのことだったので……まるで対処のしようも……」

 そこに占い師様がやってきて退治してくれた……と。まあ……心酔する理由としては十分だよな、それって。

 しかしそうか……怪物ってのは、そう滅多にいるものじゃなくて、と言うか基本的にはあり得ない……突然変異のようなものなんだろうか。

 普通は自然に淘汰されたり、その種の頭目として人里から離れた場所に住処を作っていたりで見つからなかった……と。

 それがたまたま、ここのところ連続してこの町のすぐ近くに現れていて……

「…………もうひとつ良いかな? その……怪物ってのは、町中までやって来たりするの? 人が亡くなってるってことは、戦ったってこと……戦わなきゃいけなかった事情があるんだよね」

「……大蜘蛛も大蛇も町まではやってきません。ですが…………あの山は粘土や山菜、それに木材を入手する上でどうしても関わらずにはいられない……怪物の住処にしてしまっては、生活が行き詰まってしまうのです。

 なので……どうにかして追い払おうと、元の生活を維持しようとみんな……」

 成る程……なあ。これも…………うん、道理だよな。

 元々持っていた権利を、何かを取り上げられることに人は敏感だと言う。ネットニュースで見た気がする。

 しかし、実際そういうのを抜きにしても、この町であの山の恵みを取り上げられたとなると…………ちょっと生活は苦しいのかな、と。

 牧場があって、川も流れていて。食べ物には不足しないように見えるけど…………その家畜の餌は、あるいは山菜を失うと賄いきれなくなるのかもしれないし。

 病気が流行れば一瞬で食べ物が無くなってしまう恐れもある。

 それにこの木造だらけの町において、木材の入手ルートが失われるのは流石に致命傷だろう。

 山ありきの生活基盤が出来上がっている中で、それを取り上げられそうになったなら……

「……立ち向かうしかないってことか。むむ……この町を離れて、どこか別の場所で生きていこうって人はいなかったの?」

「っ。それは…………いました、大勢。けれど……占い師様によって大蜘蛛が討伐されると、戦って勝ち取るという方針を誰も疑わなくなってしまって」

 んえぇ……そんなとこでもまだ絡んでくるのか占い師。

 っと、知りもしない相手のイメージに向かって悪態をついても仕方がない。さて……

 判明したことは三つ。

 まず、魔獣と違い、この怪物というのは、生物の延長…………普通の獣が極端に成長しただけという認識でほぼ確定だろう。

 魔獣は人の住処にもずけずけと上がり込んで来た。

 火を恐れるとか、群れを恐れるとか、音を恐れるとか。とにかく、そういった野生的な特徴を破棄したのが魔獣だった。強過ぎる力を前にすると流石に怯んでたけど。

 ふたつ目は、この町の人達が意外と……意外でもないか。とかく頑固であるということ。悪い意味ではなくて。

 自分達の平穏を守りたい、暮らしを取り戻したい。そういった強い意志があって、故に希望に思えた勇者の登場がこのザマだから、怒ったり呆れたりしたんだろう。

 この子がむしろ特別と言うか……変と言うか。

 三つ目……占い師という人物が、少なくともマーリンさんやフリードさんのようなカリスマを持つのだということ。

 ミラだってそこら中で魔獣を蹴倒してきた。その度に感謝もされたし報酬金も貰っている。

 だけど……その在り方だけで人々に勇気を与えられたかと問われると……あの頃はまだ、そこまでではなかった。

 だけど、占い師にはそれがある。その戦いっぷり……それに言動や振る舞いからも、人々に訴えかけることが出来る。政治力とでも言おうか。

 人々の心に安心を与える。力を、勇気を芽生えさせる輝きがある。

 きっと、ただの魔術師ではない。或いは、他の世界で勇者でもやってたんじゃないか……って。

 僕とは違う、ひとりで立派に戦える本物の勇者を……

「……そうなるとさ、隣町まで行く分には危険は無いのかな。野生の獣くらいは追っ払えるから、ちょっと様子を…………その占い師がまだ近くにいるなら、探せる時に探すべきかな……って」

「隣町まで……ですか。そうですね……アギト様ならきっと大丈夫だとは思いますが…………」

 ますが……? ええと、何か気掛かりがあるのかな?

 何やら言いにくそうに俯いて、そしてちらちらと僕の顔色を窺っているように見える。

 なんだろう……もしかしてアレか? 獣も追っ払えない男に見えてるのか?

 それは心外だ、そのくらいは出来る。出来る…………よな?

 大きい音を立てて、火をかざして。うん……時たまやった野宿も、警戒は全部アイツがやってくれていたから…………

「……道しるべになるものも特にありませんから、土地勘のないアギト様ひとりですと少々…………私も同行出来れば良いのですが……今日はまだ……」

「うぐっ……そ、そういう心配するのは忘れてたな……それはごもっともだよ……」

 くっ……地図の無い、アテの無い旅に慣れ過ぎて、目的地を目指すにあたっての当然の準備と知識が足りてなかった。

 とりあえず北に向かって、そして街に着いたら宿を取るなんて行き当たりばったりな旅はもうゴメンだ。アイツがいたからそれも出来たってだけで。

 そうだよ……それもそもそも、アイツのバカみたいな視力と嗅覚でなんとか命を繋いでいたようなもんで……

「……今日の内に明日明後日にしなければならない仕事を終わらせてしまいますから、明日出発致しましょう。お任せ下さい。こう見えても、手際が良いと褒められるんです」

「うっ…………ご、ごめんね。でも、そこまでして貰わなくても……」

 いえいえ。と、少女は笑顔で首を振って、占い師様には私もまたお会いしたいですから。と、ちょっとだけ苦笑いでそう言った。

 この子の中で占い師の存在がある程度大きなものなのは分かっていたけど…………なんだろう、違和感がある。

 憧れとか感謝だけではない……何か、異物感のような……

「そうと決まれば……すみません、アギト様。今日はこれで……昼食と夕飯は作りに戻りますので。町の仕事を終わらせてしまいますね」

「ああっ、えっと……だ、だったら手伝うよ。昨日は引っ張り回してばかりだったし、僕の都合に合わせて無理して貰うんだから……」

 いえいえ。と、笑ったまま僕の背中を押して、彼女は見た目からは想像も出来ないくらい強引な方法で僕を部屋へと押し込んだ。ちょっと、手伝うくらいは……

「……アギト様。大丈夫だとは言いましたが……それはあくまでも平時の話。怪物が立て続けに二頭も出現しているんです。隣町までの道行きにも何があるか分かりません。

 いざという時戦えるように……逃げられるように。生きて戻って来られるように。出来る限りゆっくり休んでください」

「…………うん、分かった」

 そう言われると…………流石に言い返せない。

 僕じゃ大した手伝いにもならないかもしれないし、言われた通り大人しくしていようかな。

 こくんと頷いた僕を見て、少女はまた笑って部屋を出た。

 ぱたぱたという足音がどんどん遠くなって、そして玄関から人が出て行く音がした。

「…………まあ、頼りないのは事実だもんな……」

 僕には占い師にあるようなカリスマは無い。

 その振る舞いと姿から安心して任せられるという魅力、説得力は無いのだ。

 あの子を相手にも、自分の力を……まあまあそこそこ働けるかもしれない程度の能力を証明する時間と機会すら無いのだな……と、それについては流石にへこたれそうになる。

「はあ、しょうがない。とりあえず……身体だけでも……」

 部屋に押し込められて、そして町中を散策する権利を持たない…………ピリついてる町人を刺激しないだけの実績を持たない僕に出来ることは限られた。

 明日の為に休むか、明日の為に鍛えてから休むか。

 広めの部屋がこういう時には有難い。ストレッチと軽い準備運動をして、僕はいつもやっていたように、生き残る為の……僕に出来る唯一の戦い方の練習を始めた。

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