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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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 お口に合うか分かりませんが。と、少女はおずおずと木製のお皿を僕の前に並べた。

 肉と芋の炒め物に人参のスープ。厚めに切られたチーズがふた切れと小さなパン。それにりんごのジュースだろうか。

 ああ……理解出来てしまう。どうしても推察出来てしまう。

「……こんな得体の知れない男に……」

「いえいえっ、勇者様のお身体こそがこの町の宝ですからっ! 今は少し材料を切らしていてこんなものしか出せませんが、夕食にはきっと豪華な鶏をご馳走しますからね」

 きっと……きっとこの町でのこの食事は、とても贅沢なものなんだ。

 ここにアイツがいない——あの世界じゃないと察した理由……筋の通る理屈、目で見た情報はいくつかある。何も、無根拠に本能だけでそう決めつけたりはしない。

 まず第一に、こことあの世界では文明の発達具合に開きがある。

 僕からしたらあっちだって大概遅れていた……と言うよりも、魔術による代替が済んでいて、技術的な発展を急かされなかったんだろう。

 けれど、この世界にはそれすらない。

 田舎の小さな町だから……では片付かない。

 それは畑であったり、道であったり、そして衣服……人々の姿などからも見て取れる。

 トラクターが無いのは当然としても、水を引き揚げる為の水車も見当たらないし、レンガやアスファルトによる舗装も無く、土が露出しているにも関わらず轍も見当たらない。

 靴の作りも凄くシンプルで……歩いていて足が痛いくらいだった。

「…………アギトの体なのに、格好はここに馴染ませてるんだな……」

「……? お口に合いませんでしたか……?」

 っと、いけない。美味しいよ。と、取り繕おうにも、まだひと口すら食べていない。

 しょぼんと落ち込んでしまった少女の姿にどうしてもアイツの顔が重なって、僕は慌ててお肉を頬張って美味しい美味しいと笑ってみた。

 笑えているのかは……分かんないけど。

 美味しくない、もっと良いものが食べたいなんて言えるわけもないし、言うつもりもない。

 とにかく、この世界はあっちよりも更に昔の……それも、魔術や錬金術の発展も無い世界なんだろう。

 芋はボソボソだし、人参も苦みやえぐみが強い。チーズだって強い臭みがあるし、ジュースも酸っぱいばかりで甘くはない。

 まあ……あの食堂の味を知っているから、特別不味いだなんて思わないけど。

 それでも、食材そのものの品質が悪いんだろうとは察しが付く。

 王都でイイもんいっぱい食べてたから、そこら辺の差くらいは分かるんだ。

 あの世界のように錬金術で畑の土を肥沃にしたり、魔術で火を着けたり出来ないんだろう。

「あの……勇者様、よろしければ私が町の案内を……」

「え……あ、ああ……うん。だけどその前に、その勇者様ってのは…………やめて欲しいな……」

 勇者……と、そう呼ばれる度に胸が痛かった。

 あの瞬間、確かに僕には勇者足り得るだけの勇気があった。

 勇ましく跳び上がり、そして世界を救う一手を打ち…………そして、引き換えに命を落とした。

 ミラも言ってくれた。僕は本物の勇者だった……って。

 だけど…………っ。

 もう、僕にはそれが無い。

 あの時の僕にあったものは何も残っちゃいない。

 結局……あの瞬間を後悔し続けているんだ。

 世界を救わなければ良かっただなんて考える奴に、どうしてそう呼ばれる権利が……

「……では、お名前を教えてください。貴方様がそう望むのならば、私はその通りに致します」

「っ…………アギト。僕はアギトって言うんだ」

 アギト様ですね。と、女の子は目をキラキラさせながら、忘れないようにと僕の名前を何度も呟いた。

 そんな姿を見ると、或いは根性無しの臆病者を追い払う為の呪詛だったなら……って、凄く失礼極まりないことも考えてしまう。

「……様なんて付けないでよ。僕はそんな大した人間じゃない。力も弱いし頭だって悪い。勇気も…………度胸なんて欠片も持ってない。そんな男を勇者だなんて……」

「…………いえ。いいえ。アギト様は紛れもなく勇者様です。占い師様が言うのですから、間違いなく」

 占い師様……? そういえば昨日もそんなことを言っていたっけ。

 けど……何者なんだ、その占い師ってのは。預言者……ってことだよな、きっと。

 それにしたって、またいい加減な預言者がいたもんだ。

 黒い瞳の男……だなんて、確かにこの町……目の前の少女をはじめとした人々の目は、青だったり赤っぽいブラウンだったりと、黒眼は珍しいのかもしれない。

 だけど、だからってゼロってわけじゃないだろうに。

 少なくとも、この宿の説明を聞くに、外国人は来るのだろうし。

 七度の夜明けを超えて……というのもまた曖昧だ。

 七日後と言わず、いちいち癪に触ると言うか遠回りと言うか…………捉え方をいくらでも誤魔化せる言い方に聞こえる。

 夜明けというのを何かの節目——暦の移ろいや季節の変化だと捉えれば、いつ現れたって無数にある中のどれかしらに引っ掛かるだろうし。

「……お食事が済みましたらお呼び下さい。私は少し支度をして参りますので」

「…………うん、ありがとう」

 少女はぱたぱたとキッチンの方へと急ぎ足で向かって行った。きっと自分のご飯を食べてるんだろう。

 こんなに良いものを目の前で食べられて、小さな女の子がよく我慢したと思うのは傲慢だろうか。見下しているだろうか。

 きっと僕に気を使わせまいと、自分が食べるところを見せないように隠れてしまったんだ。

「……どうして……僕なんだ……」

 罪悪感はあった。

 けれど……それでも、あの子の為に……この世界の為に何かをしたいとは思わなかった。

 思いたかったのに……思えなかったんだ。

 怖いのだ。

 また失うのが、また死を味わうのが。

 だから……このまま何ごとも無く、ただひとりでぼんやりと生きていければ……って。

 いつの間にか召喚術式の縁が切れて、そのまま強制退去にでもならないものか……って。そんな最低なことばかりを考えてしまう。

「…………ミラ。お前がいたら……」

 きっと怒鳴り付けて、噛み付いて、そしてしこたま殴られるのだろう。

 アイツならきっとこんな僕を怒ってくれる、正してくれる。

 だけど……それをしてくれる奴がここにはいない。

 僕を引っ張ってくれるアイツが…………

「……あんまり待たせるのも……良くないよな」

 きっと、僕がいつ食べ終わっても良いように、あの子も食事を手早く済ませていることだろう。

 あんまり時間を掛けたくない、早く部屋に戻ってあの子を自由にしてあげないと…………って。

 なんだそれ……なんでそんな恩着せがましいことを考えてるんだ。

 僕がひとりになりたいだけのくせに。さっさと眠って……切り替わってくれって祈りたいだけなのに……

「……ご馳走さま……えっと、町の案内をお願い出来るかな」

「はいっ! 喜んで!」

 薄いカーテンの向こう側に声を掛けると、元気な顔で少女はまた戻ってきた。

 そして僕の手を引いて、ずんずんと町を歩き回る。

 小さいのに力強いところとか、歳不相応に手が荒れてるところとか。やっぱり……

「…………ミラ……っ」

「……? ええと……ミラ……様、お知り合いですか? もしかして、この町へ来た時に逸れてしまったお仲間だったり……っ! す、すぐに捜索します! 特徴を教えていただけますか⁉︎」

 ああ……違うんだ。と、僕はばたばたと慌ただしい女の子をなだめて、君くらいの妹が居たんだと誤解を解いた。

 そう……この女の子とそっくりな、誰にでも優しく出来る凄く立派な自慢の妹が……

「妹様……ですか。その……ご気分を悪くされたら申し訳ございません。もしかして……その方は……」

「え……あ、ああ。大丈夫、生きてるよ。ただ……ちょっと遠くへ来過ぎてしまったから……」

 そうだったのですね。こんな小さな町までやって来て頂いて、本当にありがとうございます。と、少女はまた頭を下げた。

 来たくて来たわけじゃない……って、胃のあたりがチクチクして、また彼女が前を向いて歩き出したのを見てからお腹をさすった。

 どうして……どうしてこんなにも情けない男になってしまってるんだろう。

 アイツがあんなに褒めてくれたのに、そのどれをも失ってしまっている。


 小さな町……と、何度も少女は謙遜してそう言っていた。

 しかし残念ながらそれは、そんなことない。と、言ってあげられない程度には事実であった。

 畑を見せられて、家畜小屋を見せられて。反物屋に革細工、陶器を作る職人の工房なんかには少しだけ興味を惹かれたけど……やはり、あの世界でも目にしたものだから。特別目新しいなんてことも無かった。

 そして……

「ここが礼拝堂です。私達は毎朝ここでお祈りを捧げています。もしよろしければ、明日の朝にでもご一緒しませんか?」

 建物の外からではそれは分からなかったが、少し大きな建物の中はがらんと広い空間のある、祈りの間とでも呼べそうな礼拝堂であった。

 何も無いだけ……と、そう言ってしまっても差し支えないくらい広いだけの場所。

 十字架も、聖母像も無い。お祈りの時間とは違うからだろうか、神父さんの姿も無い。

 まあ、そもそもどういった信仰体系なのかも分かんないけどさ。

「……天に御坐す我らが父よ……って、そんな感じ?」

「……? ええと……アギト様はやはり外国からいらしたのですね。でも、信じる神様が違っても、きっと祈りは必ず通じますから。私達のことはお気になさらず、どうかご自由にお使い下さいね」

 遠回しに違うって言われた……そっか、そりゃそうだ。

 だけど……どうしてだろう、ちょっとだけ…………楽しいと思えた。

 くだらないやりとりが、一生懸命やっているのを馬鹿にするみたいで心苦しいけど……彼女が僕の機嫌を取ろうとしてあたふたしている姿が愛らしいと思えた。

 ああ……どうしても被ってしまう。

 目の前の優しい子供が、もう会えない大切な家族と被って……


 礼拝堂を最後に町の案内は終わって、僕はやっとの思いでベッドに横たわれた。

 本当に小さな町だ、アーヴィンが凄く立派に思える。

 ああ……ダメだ、すぐに……

「…………でも……これで……っ」

 これできっと……切り替わってくれる……っ。

 一度秋人に戻って冷静に考えよう。

 そうだ、いつだってそうしてきた。

 布団にくるまって目を瞑って、そしてまた朝を待つ。

 アラームがうるさい、秋人としての朝を。


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