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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第六百十二話


「ハァァ——ッ!」

 ビシビシと甲高い音が響く。

 根から伸ばされた細い蔓を、ミラの突進が突き破っていく。

 ミラはまだ根を壊せない。ひとりでは魔王の元へと辿り着けない。だけど……

「————っ——」

「道を開けるのは僕の——大人の役目だ——っ!」

 龍の頭は、マーリンさんの魔術によって焼き潰される。

 ミラが自分に向けられた蒼炎を打ち消せるようになったおかげで、攻撃のパターンが圧倒的に増えたんだ。

 それまでマーリンさんは魔術を、全員を蒼炎から守る為に使っていた。

 しかし、ミラが自分の身を守ることが出来るようになって、その負担が半分に減った。

 その分、ミラが突破出来ない根を、マーリンさんの攻撃力で蹴散らせる。

 根を守る為の炎の壁は、これもやはりミラが纏めて打ち消してみせていた。

「——だけど————っ」

 三本の根を纏めて焼いて、そして自らに迫る蒼炎を打ち消して。マーリンさんの負担はどうしても大きいままだ。

 だが、問題なのはそこではない。

 三本を焼いて貰って、もう三本を潜り抜けて。間合いが詰まった残り二本と、潜り抜けたばかりの三本に挟まれては、幾らミラでも好き勝手暴れるなんて出来ない。

 まだ——まだあと一歩届かない————っ。

「——っ! うっ……くっ、この……っ!」

「ミラちゃん! まずい……いくらあの子でも……」

 バチンバチンとミラの体を覆っていた雷光が明滅し始めた。強化の時間切れだ。

 もしも攻撃範囲内でそれが切れれば、間違いなく死に繋がる。

 大急ぎで距離を離さないといけないんだけど…………それを出来ない理由がやはりある。

「〜〜〜っ! ミラちゃん! こっちは構わないで! 自分の身を最優先に! 僕を信じて!」

「——っ。でも——」

 大丈夫! と、マーリンさんは大声で叫んで、そして僕に視線を送った。

 そうだ……アイツが攻撃の手を緩めるってことは、その一瞬に根を自由にしてしまうってこと。

 マーリンさんはひとりであの龍の攻撃を捌ききれない。その上、僕のことまで守ってたんじゃ……

「——違う——だろ————このバカアギト——っ! ミラ! 俺がマーリンさんを守るから——っ! お前は勝つ方法だけ考えろ——っ!」

「——っ⁉︎ 言うね……この色男っ!」

 色……っ⁈ で、でへへ……じゃない! こんな時に和むな!

 大丈夫、僕の体にも強化魔術は掛かってる。みんなと違って殆ど動いてないから効力も残ってる…………んだよな?

 ビリビリした感じはまだある。使わなかったら減らないってもんなのかは分かんないけど、走り回るだけの余力は間違いなくある。

「——ミラちゃんっ!」

「っ…………アギト! 死んでも守りなさい——っ!」

 おう! って…………し、死なないよ!

 僕とマーリンさんは互いに合図を送って、そしてミラの撤退と同時に一緒になって走り出した。

 目指す地点は無いけれど、ただひたすらに魔王から距離を離した。

「——って、これミラの方狙われたら————」

「その時は僕が強化を掛けてあげるだけだ! 人の心配なんてしてる場合じゃないぞ!」

 あ、そっか————っひぃっ⁉︎

 そんなことはあっちも分かってたみたいで、八本の龍の根は僕達に一斉に向かってくる。

 怖————怖くない! 怖くない怖くない怖くない————怖いのは————

「——お前なんか————怖くないんだよ——っ!」

 ずどぉんっ! と、もう映画の爆破シーンみたいな音がすぐ後ろから聞こえる。

 怖い怖い怖い! 死んじゃう! だけど……一番怖いのはみんなが……ミラが死んじゃうことだ!

 アイツの為にならいっくらでも怖い思いしてやる。怖い思いしたって、死にそうになったって——

「————ミラぁああああ——っ!」

「ッッシャァア————っ!」

 龍の攻撃が止んだのは、逃げ始めて数秒のこと。およそ四回程の突進を回避した後のことだった。

 間に合った——ミラがまたフル強化状態で魔王に向かって突進していくのが見えた。

 そして——そうと分かったら————

「——契約(ラクシア)——————」

 マーリンさんは杖も無いのに何かを構えて、そして完全詠唱の魔術を放った。

 その威力はさっきまでの比ではなく、ミラの向かう先に構えていた龍の首のうちの七本を吹き飛ばしてみせた。

 あと一本……これなら……っ!

「……っ! 不届————」

「——届いてんのよ————とっくに——っ!」

 最後の一本を潜り抜けて、そしてミラは魔王に渾身の一撃を放った。一番得意な突き蹴りが男の胸に向かって繰り出される。

 さっきフリードさんにボコボコにされた両腕で必死にガードするも、ミラの攻撃は一撃では終わらない。

「————っ——不——」

「——っだらぁあ————ッ!」

 突き蹴り、踏み換えて突き蹴り。上体を起こさせてからの下段回し蹴り……は、どうやら無効らしい。花弁は柔らかくしなってミラの攻撃を受け止める。

 だけど————それはあくまでも助走と牽制。

 そのままぐるりと大きく体を回して、体重を全部乗せた後ろ回し蹴りが——ミラの踵が、魔王のこめかみを打ち抜いた。

「————心臓がダメなら——頭————これでもダメなら————ッッ!」

 ミラの回転の勢いは一度止まった。

 根は完全に再生し切って、すでに背後まで迫っている。

 そんなこと分かっていても、攻撃の手を緩めない。緩められない。

 ここで決めないと勝機が消える。そんなくらいの逼迫した空気が、ミラの背中からは伝わってきた。

「——行け——行けぇえ——ミラぁああ————ッ!」

 ばちんっとミラの体は跳ねて、そして頭上から男に向かって踵を落とす。

 すぐに防御した腕を両手で掴んで引き剥がし、そして渾身の頭突きを叩き込む。

 完全に密着した状態で、ミラは全身を覆っていた炎を最大出力で燃え上がらせた。

 どっからどうみても捨て身の一撃だけど——これで——————

「——不届き————っ——私に勝てると思うな——人間————ッッ‼︎」

「——っ————こんな——」

 真っ赤に燃え盛る火柱は掻き消され、そしてミラは男に振り払われすぐに根に襲われた。

 ぴょんぴょんと身軽に躱してみせるものの——っ。ダメだ、しつこい。

 そして——あれだけミラと根が近いんじゃ、マーリンさんが手出し出来ない……っ。

「っ……ミラちゃん! 逃げて! 僕達ならまた走り回るから! 一度距離を————」

「————っ——しま————」

 ミラが距離を離そうと少し大きく踏み込んだ瞬間、ミラの真正面に青い火柱が上がった。

 それは効かない、打ち消せる。

 僕も……そして多分ミラもそう思った。そう考えて…………油断した。

 打ち消した炎の柱の中から、ボロボロに焦げた龍の根が現れたのだ。

 自分で自分を焼きながら————さっきまであんなに見下していたミラを仕留める為に、魔王は騙し討ちみたいな手をここで初めて使ってきた。

 こんなタイミングで————唯一と言っても良いミラの弛みを狙って——

「————約束した筈だ——親友ともよ——————」

「え————わぼっ——」

 ズン————と、大きな音がして、ミラを龍の根が押し潰————ぼごぁっ⁈ 何かが目で追えないくらいの勢いで飛んできて、僕の顔面に直撃した。

 痛いっ! ちくしょう! 魔王の攻撃か⁉︎ 僕が弱そうだからって手加減しやがって! と、憤っている暇は無かった。

 飛んできて……僕の上でキョトンとしていたのは——ミラだった——

「————フリードさん————っ!」

「——————おれは————負けない————護るべきものを残して————己の体躯は朽ち果てない——————」

 もうもうと立ち上っている、土煙なのか炎の煙なのかも分かんない煙幕が晴れると……っ。

 そこには、龍の根に腹を貫かれたフリードさんの姿があった。

 肩からの出血もひどい。それに、左脚は紫色に腫れて変な方向に捻れている。

 まだ生きていた……って、喜んでいられるような再会じゃなかった。

 ただひとり治癒も受けられないフリードさんは、さっきと今の合わせて二撃で満身創痍となっていた。

「————護るべきもの——だが、真に護るべき力を間違えたな——。貴様の力を失えば——残る三人では————」

「——話が——聞こえなかったようだな——————元々人間なのならば——己の言葉をもっとしっかり————一言一句を疑うことなく聞いておくべきだ————」

——————ずし——ん——と、フリードさんを貫いていた根が千切れて地面に落ちた。

 そしてそれがまたうぞうぞと再生を始め————

「——お前は負ける——そうだ、お前は負けるのだ——。この己を——二度も失念したのだからな————」

 その姿は紛れもなく人間のものだった。

 人造人間……とか、そんなちょっとダークな生まれを途中耳にしたが、彼は紛れもなく人間だった。

 魔王の攻撃に耐えはしたものの、もう立ち上がるのも不可能な程の重傷を負っていた。

 負っていたのに……立ち上がって……ミラを守って……そして……

「——嘘——だろ————」

 フリードさんを襲ったのは七本の根。そのどれもが焼き払われることもなく、全てが万全に彼ひとりを襲った。

 だが————そのどれもが黄金騎士に牙を立てることもかなわず、無残にも千切れ飛んだという結果だけがそこにはあった。

 パリッ——と、白い光を残して、フリードさんの拳は根を纏めて吹き飛ばしたらしい。

「————己は——負けない————」

「っ————ォおお————ッ‼︎」

 魔王は慌てた様子で蒼炎を放った。

 しかしそれはマーリンさんの手で打ち消され、そしてゆっくりと進むフリードさんの足を止めるには至らなかった。

 ゆっくりと…………っ! そうだ、脚! 左脚! 走れないんだ……もう……っ。

 ゆっくりゆっくりとした歩みでは根の再生に追い付けない。

 すぐにまた八本の根が一斉に…………いや、順々に迫っていく。これは…………っ。

「——ちっ————」

 これじゃフリードさんは近付けない。

 どう見ても勝ってる、強いのはフリードさんなのに……っ。

 踏み込めない、踏ん張れない。そんな今の彼の弱点を突くみたいに、魔王は根を小出しにしてその侵攻を押しとどめていた。

 このままじゃフリードさんにも限界が————

「——揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)————コーズ——————っ!」

 ばちんっと体が痺れ…………いってぇ⁉︎ ミラのバカ! せめて僕の上から退いてから…………じゃない!

 コーズっ⁈ それはもう必要無い————解決した問題への対処じゃ————

「——っぁああ————っ!」

 ミラは稲妻の如く突進して行った。だけど……やっぱり速度が落ちてる……っ。

 速度も、それに多分、破壊力も。

 それでも、この唯一の勝機を逃さない為に————

「——不届き————」

「っ——ミラ=ハークス————っ!」

 魔王は根を一本だけミラに差し向けて簡単に薙ぎ払ってみせた。

 さっきまでのように潜り抜けることも出来ず、ミラはまた僕の目の前まで転がってきた。

 ただ、その一瞬の間にフリードさんは一歩だけ前進して…………っ。

 繰り返せば……こんなんでも繰り返せば届————

「————ミラ——?」

————僕が見たものは、再び飛び掛かろうとしてそのまま地面にへたり込んだ少女の姿だった。

 すごく懐かしい——ミラと一緒に旅を始めてからは何度も目にした光景だった。

 すごくすごく懐かしい、そして——その度に絶望を感じさせたその姿は————

「——魔力切れ————ここで——こんなとこで————っ!」

——どうして————っ。どうして……こんなとこで……っ。

 ああ、分かってる。無茶させ過ぎたんだ。

 レヴの魔力……元々持ってた魔力の全部を手に入れたって言っても、それは無限じゃない。それは分かってた。

 分かってたし……それ故に警戒も注意もしてた。

 だけど…………アイツが無茶しなくちゃいけない状況が多過ぎたんだ……っ。

 マーリンさんの魔術の模倣、アレをコーズと付け足した術式で妥協したところからとっくに察するべきだった。

 アイツなら……普段のアイツなら、憧れのマーリンさんの術式を不完全な形でコピーなんてしない。

 だけど……そうしなくちゃならない程ギリギリだった——矜持を捨てなきゃいけない程追い詰められてたんだ……っ。

 ミラは必死に立ち上がろうとして……でも、もう膝に力が入んないみたいで。

 ガタガタと震える脚を何度も殴って、その場で魔王を睨み付けていた。

「————アギト——っ」

「——っ! ミラ——っ!」

 っ……何やってんだ僕は……っ!

 冷静に状況の把握とか、そんなの僕のすることじゃないだろっ!

 アイツが戦えなくなったなら僕が……ずっとずっと……最初の頃からそうやってきたじゃないか!

 ミラが走れないなら僕が……アイツを背負っていくらでも走ってやる!

 僕は急いでミラの元へ駆け付けて、そしてぎゅうと抱き起こす。

「大丈夫だ! 俺が運んでやる! 俺が走ってやる! 跳んでやる‼︎ だから——だからお前は————っ」

「…………ふふ……バカアギト。でも……うん。ありがとう」

 ありがとうなんて今言うことじゃ————っ。

 ミラは僕に抱き着いて、そしてすりすりと頰を首元に擦り付けてきた。

 な、なんだよ……こんな時に甘えん坊かよ。

 ちょっとだけ懐かしい温もりに、僕の気も少し————痛。え?

「————良いとこに来たわ————」

「——ミ————いででででででっででえでででええええええ————っっっ⁉︎」

 痛い痛い痛い痛い————っっ⁉︎ なん————何してんだお前ぇえええ————っ⁉︎

 ミラはなんだか嬉しそうに————そして、見慣れた悪ガキの笑顔を浮かべて、僕の首に噛り付いた。

 ちょ——いだだだだだっ⁉︎ 今することじゃない! じゃれてる場合じゃないって!

 っていうか普段の三倍くらい痛いっ! 本気も本気、マジのガチで食い殺され————

「っ——ミラ————お前何して————」

 っ⁈ 力が抜け……抜ける……うぐ……っ。

 な、なんだ……何したこいつ……?

 脱力感と言うか…………膝に力が入らなくなる……拳が握れなく、噛み付きから逃げられなく…………

「ちょ————ちょちょちょちょっと⁉︎ ふたりともこんな時に何やって————」

「——っ! 無限魔力——っ! マーリン様————っ‼︎」

 え、ちょっ……うわぁあっ⁉︎ と、すぐ後ろで悲鳴が聞こえた。

 無限魔力……? いや、そうだけど……と、ゆっくり振り返ると、そこには僕と同じようにがじがじと首元を齧られるマーリンさんの姿が…………ごくり。ちょっと……えっちだ…………

「むぐむぐ…………ぷあっ。ふー、読み通りね! マーリン様、ご協力ありがとうございました!」

「はあ…………はあ…………せ、せめてひと言……というか、やり方もうちょっとあったよね…………?」

 協力…………? えっと……何したの、貴女。

 なんだかグッタリした様子で地面にへたり込んだマーリンさんにお礼を言って、ミラはすくっと立ち上がり…………あれ……お前……魔力…………

「————待ってなさい、アギト——」

————揺蕩う——雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)————ッ! と、今までで一番力強く唱えられた言霊に呼応すべく、ミラの髪はバチバチと青白い雷を放出しだした。

 そしてそれは全身を覆い、雷の鎧のようになって彼女の体を強化する。

 ずっとずっと————ずーっと、あの小さな身体を支えてきたハークスの力——ミラの力。

 強化の雷魔術を身に纏い、勇者は再び立ち上がった。そして————

「——っしゃらぁあ————っ!」

 僕達の前から姿を消して、そして拮抗しているフリードさんと龍の根をも飛び越えた。

 理由は分からないけど……魔力が回復した…………? あ、いや…………僕とマーリンさんから吸い取って————


————うん、まあそうね。相手のことを熟知していて——————


「——あのバカ————そうだな——その条件は————」

 思い出したのは、旅に出たばかりの頃の他愛も無い話。

 あの時は本当に間を保たせる為と言うか、こんなタイミングで必要になることだとは思ってもなかった。

 僕達はお互いを良く知っている。怪我の具合も、病気の有無も。魔力の特性も、何もかも。

 だってそうだ、僕はお前に呼ばれたんだ。打ち解けあって、心も開きっぱなし。じゃあ……吸い出せない理由も無いよな。

「……とんでもないこと…………されちゃった……よ…………はふぅ……」

「……………………マーリンさん……」

 この人はなんでこんなに恍惚の表情を浮かべてるんだろう…………いえ、事情は察するけど。

 ミラはグングンと速度を上げて、そして魔王の頭上まで辿り着いた。

 ここまで散々苦しめてくれた魔王様だが、もうとっくに虫の息なのは分かってる。

 目の前のフリードさんが最優先、ミラの攻撃なんて相手してる余裕は無い。

 だってのに、根を二本アイツに向けたってことは——もうミラの攻撃ですら耐えられないってことだ————っ!

「——不届————っ⁉︎ 貴様——————っ‼︎」

「————行け——勇者(ミラ=ハークス)————」

 届く——っ! アイツの攻撃は魔王に届く——っ!

 散々僕達を見下して、届かずと言い続けたアイツにミラの拳が届くんだ——っ!

 上空で器用に体勢を変え龍を躱すと、ミラは渾身の一撃を放つ為に身体を大きく捻った。

 踏み込めない分を回転で補う、体重不足のアイツでも魔獣を蹴とばせる要因はこれか! って……どうしてこんなことに今更気付いてるんだ。

 そう——どうしてこんなことに————今更になって————

「————ぅぉおお————おおお————ッ——ミラ————ァアッ‼︎」

「————っつ——あ————アギト————ッ⁉︎」

——僕の身体は————手は、ミラの背中にやっと追い付いた————

 ちくしょう、こんな小さいくせにやっと——手間とらせやがって——っ!

「————いっけぇえ————っ! ミラぁああ——————っ!」

 バチバチッッッ——と、僕の手がミラの背中に触れると、とんでもなく大きな音がして強い光が弾けた。

 ち、違う電気が混ざった……みたいな……? いや……理科の授業もっとちゃんと聞いておけば良かった……ではなく。

 僕がぶつかって、ミラは勢いを増して魔王へと突進していく。丁度ビリヤードの球みたいに、僕がその場に滞空して…………ああ、そうそう。

 僕がミラに追い付けた理由はひとつ。マーリンさんが言ってた、いざって時の為のリミット解除を使ったから。

 本当に速くて…………速過ぎて……多分、すっごい顔してるんだろうなぁ……って。

 でも……しょうがないじゃん。


 違和感は多分、最初からあった。

 八本の首を持つ龍……八岐大蛇じゃん! なんて……そんなツッコミをしたあたりから。

 おかしいんだ、それは。

 別に、首がいっぱいあることについてじゃない。

 世界に——認識にズレが起きてしまっていた気がした。

 だってそうだろう。

 まあ……文化や伝承が違えば話は別だけどさ。

 言葉が通じた時点で————それは無いんだ————じゃあさ————

「————勝てよ————ミラ——————」

————九頭の龍雷————

 初めて見たのは、フルトでのことだったっけ——————



「————————っ——っぁ————っはぁ————っ! はあ————っ……はあ…………っ」

 風の音だろうか、それとも車の音だろうか。窓ガラスを揺らす低い音が聞こえた。

 少女の背中はどこにも無い。

 魔の王の邪悪な姿もどこにも無い。

 勝利も敗北も、歓喜も絶望も。何もかもが無いのだ、この部屋の中には。

「——————はあ————っ————はあ——————っ」

 一日の終わりを迎えることも無く、僕はまた秋人の部屋に帰ってきた。

 ああ————そうか————アギトは————


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