表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
606/1017

第六百六話


「さて、先に進もう。目的はまだ達せられたわけじゃない。急がなきゃね」

 マーリンさんはぽんぽんと手を叩いて、山を登るよと僕達に促した。

 魔女……と、自らをそう呼んで、その力の大きさを大げさでもなんでもなく説明した彼女の背中は……どうにも前より小さく見える。

 けれどそれは、縮こまってしまっていると言うよりは……

「……あっ。そうだ、フリード様! 王様に殴られ……蹴られ…………? やられた所と、それからあの荊棘でも怪我をなさってますよね。治療します」

「ん、ああ。その必要は無い、この程度は障害の内には……」

 新しい力の練習も兼ねて、やらせてください。と、ミラは凄く上機嫌でそう言った。

 新しい力…………自己治癒の呪いを他人に向ける、これもこれで本当にインチキくさいと言うか…………チート技だよな。

 なんだよ……ラスボス前だからってみんなしてヤケクソレベルアップしやがって……

「えっと……確か………………? あれ……も、もう少しだけお待ちくださいっ! ええとええと…………うーん?」

「……はあ。おれは良い、そこのだらしない女の傷を癒してやれ。まったく、受け身もロクに取れなくなっているとはな」

 お前が……っ。と、マーリンさんは何か文句を言いたげだったが、心配そうな顔で駆け付けたミラの前にそれも飲み込んでデレデレしだした。

 受け身とってもこんな場所じゃね、擦り傷とか打撲は避けらんないよね。

「ええと……こう…………出来た!」

「うっ……こ、これが…………う、うわぁ………………自分の身に起きるとすごく気持ち悪いね…………彼にも君にも変なものを残しちゃったな……」

 気持ち悪いとか言わないであげてよ……

 ミラはさっきやったように、緑色の光をマーリンさんの手のひらに向けて、そしてちょっとした擦り傷をあっという間に無かったことにしてしまった。

 それ……本当にデメリット無いの…………? なんか、その分寿命使っちゃうとかさ……

「……よし。お待たせしました、フリード様っ。今治療します」

「だから己は…………いや、無碍にするまい。頼む、ミラ=ハークス」

 はいっ! と、元気一杯やる気一杯で返事をして、ミラはまたフリードさんの腕に手をかざして…………?

「…………あ……あれ……? どうして……」

「……ミラ? どうしたんだよ」

 ミラの体から光が発せられることはなく、フリードさんの腕の大きな打撲も拳に出来た切り傷も癒えることはなかった。

 治癒出来ない……魔術師限定回復スキル……?

「…………ああ、そういうことか。ミラ=ハークス、恐らくそれは己には通じない。いいや、魔女以外の全ての人間…………魔女……お前は人間で良いのだよな?」

「うえっ……そ、そう尋ねられるとさ……あんまり自信持って人間ですとは…………」

 マーリンさんは魔女……人間…………うん、間をとって魔女っ子でいこう。なんてボケをかませる空気ではない。

 なんだか気まずい空気が流れ、それを作ってしまったという無駄な責任感から、フリードさんは大きなため息で幕を下ろしに掛かった。

「……魔女は人間だ。と、少なくとも己達はそう考えていれば良い。本題に戻そう。

 恐らくだが、この治癒は魔女にしか転用出来ないのだろう。

 魔術的な特性や男女の性差、傷の程度や経過時間、そして被術者の魔力量などには一切依存せず、マーリンという個人にしか作用しない。

 先代の勇者の縁、そしてミラ=ハークスの持つ縁。言うならば、巡り合わせの良い、運命の相手にのみ……」

「相変わらず馬鹿なことばっかり言って。でもそうだね、縁という言葉は確かに正しいかもしれない。

 その力の源流は僕にある。僕が彼に付与し、そして彼から君に託された。

 元々そういう力だったのかもね。彼には自己治癒から先の扉を開くだけの鍵が無かっただけで」

 自己治癒の力を発展させたのは、ミラの弛まぬ努力のおかげ……ということか。

 或いはこの力の発展を願ったが故に、聡明な魔術師に宿ったのかもしれないな。と、フリードさんはマーリンさんの言葉に乗っかってそう言った。

 成る程成る程…………すっごく嫌そうな顔するのやめてよ、マーリンさん。

 貴女どうもフリードさんのこう……なんて言うの? こう……浪漫……かな。科学的でない発言を嫌うよね。

 自分も割とロマンチックで臭いことばっか言うくせに……

「…………あっ。そういうことならさ、アギトには使えるんじゃない? だって君達は魔術的な縁……召喚の際に紐付けが済んでるんだ。それに、レア=ハークスの再接触で、繋ぎ直されてしっかり強化されてるんだし」

「あっ、おっ……俺ですか? 俺は……別に治癒とか無くても……」

 怪我しないですし。と言うか怪我する場所まで出張らないですし。

 まあ……ちょっと前までのこいつだったら、転んで怪我しただけでも大騒ぎで治癒してくれただろうけど。今は…………ぐすん。

 お兄ちゃん嫌い! お兄ちゃんのと一緒に洗濯しないで! ってな具合の反抗期だから……

「むむ……アギト、アンタも怪我くらいそこら中にあるでしょ。ちょっと実験……ごほん。ちょっと手当てするから……」

「遅えよ! 取り繕うのが! よくもそれで騙されると思ったな!」

 つべこべ言わないでさっさと腕出しなさい。と、ミラはどうも嬉しそうに……楽しそうに、目をキラキラさせながら僕の腕や足に出来た生傷を見ていた。

 お前なぁ……遠慮しなくて良い相手になった途端、顔付きが白衣の天使からマッドサイエンティストに変わってるじゃないか。もう……

「……こうして…………こう……っ」

「うおっ…………うおお…………おお……痒。た、確かにこの感じ……痒…………なんか……あんまり痛いとか気持ち良いとかはないけど、見てるとぞわぞわして……かっゆ、なんだよもう。ちょっ……すげえ痒いんだけど」

 え、治りかけすっごい痒い。

 マーリンさんも分かる分かるって顔で頷いてるし、ミラも特に驚いてる様子は無いから…………てことはお前、普段どんだけ痒くなってんだ……?

 僕の比じゃないくらい怪我してるんだし、それも割と絶え間無く。

 ずっと痒い……んですぐご飯食べて美味しい……かゆ……うま……

「ん、よし。自己治癒と違ってちょっと魔力は使うけど、これなら何があっても安心ね。マーリン様、どこか痛かったらすぐに仰ってくださいね」

「あ、ああ……うん、ありが………………魔力使うの⁈ わーっ! おばか! 温存しないとって言ってるのに! こんなかすり傷にまで使っちゃって!」

 ちょっ、なんで僕の肩を叩くのさ。まあ……僕の怪我を治したのは割とそんなに意味無かったしな、分かる。

 でもマーリンさんの怪我は治しておくに越したことはないんじゃない?

 手のひら怪我してると杖とか持ちづら…………杖……無くなってたわ……

「とにかく、その力は有事以外使わないこと。ミラちゃんの魔力は出来るだけ温存、戦闘の際も僕が強化を掛けるから。

 自己治癒で怪我は治るけど、減った血液分の体力はすぐには戻らない。なんにしても、ミラちゃんは索敵と防御に徹すること。分かったね?」

「は、はい……むう……」

 すっごく不服そうなのはきっと、覚えたての新しいおもちゃを取り上げられたからだろう。こんな時にまで好奇心優先で生きないで……

「さて……と。じゃあ先に…………あ。そうだそうだ……フィーネが居るなら……」

「? マーリンさん? 先に進むんじゃないんですか?」

 おや、何ごとですかな。

 ちょっと待ってね。と、マーリンさんは僕達に待機を命じ、そして何やらミラのカバンから紙とペンを…………なんでそんなもん持って来てるんだ。あ、いや……陣とか書いたりするつもりだったのかな。

 レアさんが来なかったら、ミラの力は今の半分以下だったわけだし……

「…………よし。頼むぞ、フィーネ。行ってこ…………も、もうちょっともふもふ……」

「何してるんですか……本当に……」

 だってえ。と、なんだか間抜けな顔でフィーネの胸毛に顔を擦り付けながら、マーリンさんは久しぶりに再会した愛鳥の匂い……? を堪能していた。何してんだこんな時に……

「んふふ……ザックは割と毛が硬かったから………………ぼっ、僕は別にサラサラのままだぞっ⁉︎ あいつと一緒になったからって、別にゴワゴワになったりとか……」

「別にそんなの誰も………………………………それの説明も一応お願いして良いですか……? ザック……どうなった…………って言うかどういうものだったんですか…………」

 情報が多過ぎてなんとなく受け入れちゃってたよ……っ。

 え? それ聞いてどうするの? と、そう言わんばかりにはてなマークを頭上に浮かべたマーリンさんは放っておいて…………違う、この人が当事者。

 この人に説明して貰わなくちゃ………………じゃあなんでそんな顔してるんだよ…………

「別に何も無いよ。ザックは僕が切り分けた魔女の力そのものだったんだ。

 この髪の色で、目の色で。そして翼で。僕は人間の中に溶け込むことが出来なかった。

 だから一回外して、別にして。でも…………彼はそんな僕の色を綺麗だって言ってくれたからさ。だから……捨てちゃわずにああいう形で手元に残しておいたの。

 けど、もうザックは戻らないよ。戻ったとしても、翼を片方失ってしまってる。飛べなくなったアイツをこっちに戻すのは流石に可哀想だろ?」

「ああ……成る程……………………成る程じゃない……全然そんな軽く流して良い話じゃない感あるけど…………っ。分かりました…………成る程と言って受け入れます…………っ」

 切り分けた…………そういうこと出来るんだね……便利だね、本当に。

 うん……もう諦めた。そんな切って貼ってが自由自在な人なんだろうと、そう思っておこう。色々納得はいかないけど。

 マーリンさんはフィーネに何かを託し、そしてまた僕達の前を歩いて山を登り始めた。

 こら、貴女先頭じゃないでしょ。一番目が良いミラを先頭にするって……こら、待ちなさいってば。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ