第五百五十八話
結局、午前中だけではホームページは完成には至らなかった。
けれど、その後の半日のお陰でひとつだけ分かったことがある。
いえ、その前日にも作業開始してるんで、そこで気付かないといけなかったんですが。
「ほー……ふむふむ。いやはや……持つべきものはと言うけれど、まさかこんな繋がりも役に立つ日が来るとは……」
日付が変わり、僕はまたお店のパソコンの前で謎の文字列とにらめっこをしていた。マウスを触る右手とは逆、左手に持ったスマホに何度も答えを伺いながら。
そう、僕には電子機器に強い…………それはちょっと違うか。プログラミングやらなんやらも出来る、デジタル強者な知り合いがいっぱいいたのだ。ネットの中に。
今まで散々一緒にゲームやって遊んでた相手の、全く知らない一面を見せつけられて…………こう…………
「…………みんな意外と特技持ってるんだなぁ。ゲームしてるイメージしかなかったわ」
お前に言われたくない的なリプが一瞬で七件付いたんだけど、なんでよ。まあお互いゲームしてるとこしか知らないんだし、当然なんだけどさ。
あと……その…………普遍的な物のようにみんな自作PCなの、どういうこと?
いやまあスペック上げやすいとか、コスパ良いとか色々聞くけどさ。
そういう知識ってみんなどこで貰ってくるの? 義務教育でやったの? 実は僕が行ってない間にもみんなパソコンの組み上げ方って習ってたの⁇
そんな風に勘違いしてしまいそうな程、僕の知り合いはとても層が偏っていた。でもお陰で……
「……お、よしよし。動くぞ、うんうん。ちょっとこう……古くさいけど……」
教えられた通りに、調べた通りに着々とプログラムを打ち込んでいくと、どこか哀愁さえ感じる古ぼけたUIながらも、ちゃんと必要な情報が揃えられたページが出来上がっていった。
おお……ちょっと感動だわ。え? これあしあと機能とかどこにあるの? 来訪者カウントはどうやるの?
「おーい、原口くん。どうだい、そっちの調子は」
「ああ、店長。今こんな感じです。ここをこうすると……」
PC用のページしか作ってないからスマホだとちょっと見づらいけど、それでも十分機能はするでしょう。そんな程度の簡単なホームページを見せると、店長はなんと言うか……珍しいものを見た子供みたいな目で画面をじっと見つめていた。
「今ある機能は商品紹介ページと、それからネットで注文を受け付ける為のページ……の、形だけ。電話番号と住所も載せてるんで、もしかしたら配達の注文も増えるかもしれないですね」
「ほー……いやいや、凄いね。こっちも早いところ話を纏めちゃわないとなぁ」
纏めるってのは、通販する予定の米粉のことかな。
家で作れるパン……と、まあ聞こえは良いけど、物自体は単なる米粉に過ぎない。
買った値段でそのまま売ってたんじゃ利益にはならないし、上手く他の価値を付けないとお客さんも買ってくれない。そんなことをこの間も言ってたよね。
しかし……ふーむ、付加価値とな。
花渕さんの耳かきボイスASMRとか付けようか。怒られる……って言うか訴えられそうな思考回路してるな……僕……
「家で作れる……ってだけじゃ売り文句として弱い、もうそんなの本とかも結構出てきちゃってるし。お店に興味を持って貰うきっかけにするだけなら、そこまで利益を出すことに拘る必要は無いんだけど。うーん……難しい……」
「配達に行ける距離なら普通に注文も受けられるんですけどね。遠いと冷凍しなくちゃいけないし、そうなると送料とか諸々で高くなっちゃうし……」
流石にいきなり手を広げ過ぎるのは無理だからなあ。
今配達を受け持ってる範囲、冷凍しなくてもパンが傷まない地域内の注文は受ける。
米粉パン作りセット的なものは……最初は利益無しの宣伝用にしちゃおうか。
ウケが良ければ少しずつ配達範囲を広げていって、クール便を使うようにして……と、店長はウンウン唸りながら画面と手元の手帳とを交互に睨んでいた。
しかしまあ……こうしてここに居られるってことは、表は暇なんだろうな。必死にもなるよ……
「とりあえず、注文受付地域はこれで良さそうですか? 良ければ後は動作確認もう一回して、宣伝用のSNSアカウント作ってそれと紐付けて……」
「ええっと…………うん、それで大丈夫。しかし助かるよ、本当に。チラシ刷るより多くの人に見て貰えるし」
まあ見て貰う為の宣伝もしなくっちゃいけないけど、それはまあ最悪スマホからでも出来なくもないし。
しかし……宣伝用のアカウントを僕が管理するのも変な話か……? いやでも……
「さて……と。とりあえず時間になったらお昼休憩入っちゃって。それから……その後はお客さん次第かな」
「はい。となると、今のうちに完成させないとマズイな……」
時間内に終わらせないと、残業禁止令が布かれちゃったし。
その所為だろうか、今日は珍しく花渕さんもやって来ない。
家に居づらいとこぼしてたし、店長もそれは知ってたから来ることまでは禁止しなかったのに。意外と気を遣いすぎる子だからなぁ。
居られるとこう……怒られる。と、緊張するけど、居ないと居ないでやっぱり寂しいので…………
「……よーし、これでとりあえず形になったかな。時間もちょうど良いし、表の様子見たらご飯食べてこよ」
とりあえずホームページは出来た。あとはこれをSNS使って上手く宣伝していくだけだ。
まあ……困ったことに、僕はそれをゲームの為の連絡ツール件情報収集ツールとしてしか使ってないから……バズらせる的な手段は全く持ってないんだよね……ううむ。
花渕さんもそういうの疎そうだしなぁ。一応入れてるって色々写真載せるタイプのSNSとか見せてくれたけど、アイコンすら初期設定のままのやつとかあったし。あの子もまあ現代っ子とはかけ離れてるよね……
結局その日、僕はお昼過ぎに帰宅した。
明日になれば花渕さんもいる、今日以上に人手が余ってしまう。
きっとまたお昼までとか、短い時間しか与えられないだろうけど……でも。
「……やるからには後悔の無いように、全力で。決めたんだから、アイツの為にも」
家に帰り、ひとりぼっちのリビングで、僕は自分の頰を叩いた。
まだ……まだ優秀とは程遠いし、ホームページや通販だって上手くいくか分からない。
けど、もう迷ったり中途半端はしないってミラに誓ったんだ。
こっちでその誓いを破ってしまったら、それもやっぱり半端者だと思うから。
だから…………だから……うーん。今晩の手伝いはするとして…………家でホームページ作るの、黙ってやったらバレないかな……? いやいや、バレなきゃ良いって考え方は良くないよね…………でもなぁ。
この時間……いったい何に使ったら勇者として一歩先に進めるだろうか。
お店のことがダメ、うちのことも特に無い。となると……うーん…………
——お休みの日はお店に来るの禁止にします——
頭の中で店長の言葉を繰り返す。まあ……言われてみれば当然の処置だったと思う。
アキトさんは別に悪いことをしたわけじゃない。でも、やっぱり店長の言う通り、何かあった時に面倒が大きくなるやり方を選んでしまった。
前科……なんて言い方はしたくないけど、事実アキトさんはその何かが起きてしまった前例がある。
またそうなると決め付けるつもりもやっぱり無いけど、それでも店長は経営者……最後に責任を負う人間だから。そこを無視するわけにはいかない。
「……また……気遣わせちゃったしなぁ……」
私の事情は知ってるって、だから逃げ込むこと自体は禁止しないって。店長はそう言ってくれたけど…………やっぱりそう決めごとが出来た以上は、出来るだけ従いたい。
私だけが特例なんて、それは流石に虫が良すぎるし厚顔無恥も甚だしい。
だけど…………だけどなぁ……
もう家には誰も居ない。そして夕食の為の仕込みも殆ど終わらせてある。
掃除だって別に、毎日やってるおかげで慌ててやらなくても済むくらいにしか埃も積もってない。
やることと言ったら、明日の為の買い物とか、切れかかってる洗剤の買い置きの、その買い置きをしておくとか。
何にしても、やると朝言っておかなかったから、あの人が帰りについでで済ませてしまう可能性のあるものばかりだ。
それで何か言われるわけでもないけど、被って馬鹿みたいな量が家にあっても仕方ないって言うか……スマートではないし。
「…………はぁ。そろそろ……ううん、今日。話さないと……」
もう机の上にシラジョのパンフレットは無い。私はもうあそこへは戻らない。
けれど……けれど、それでもやっぱり大学には行きたい。
もっと知りたいことがある、見たい景色がある。
その為には、設備の整った場所に身を置いた崩壊が都合が良い。
こうしてレールを外れたら、そこでもうその道が閉ざされるわけじゃない。手段はいくらでもある。その中のひとつを、ちゃんと自分の意思で選んであの人に告げるんだ。
その先で、きっとまた笑って貰えるように。また、誰かに自慢出来る立派な娘に戻る為に。
「……自分が一番……納得出来る未来の為に……っ」
机の引き出し……宝物が入ってる引き出しをそっと触って、私はゆっくりと決意を固めた。
そうなったら……うん。早めに店長とアキトさんにも伝えておかないと。
まだもう少し時間はあるけど、四月になっていきなりじゃ迷惑過ぎるでしょ。はあ…………ああぁ…………お腹痛い…………っ。




