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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第五十四話


 まず何をすべきか。職を、バイト先を見つけるべきだ。ならばまた検索して申し込みを……して、電話を無視したところしか存在しないのだった。ええい、やはり腹を括って電話で謝って面接をして貰うしかないのか。明日の晩普段より早く眠れば、目を覚ました時にはまだ眠る美少女を抱きしめていることが確定しているのだ。多少の精神的ダメージなら問題無い。問題無いか? 問題無い!

「ともかく連絡してみよう…………五時間後くらいに」

 流石にこの時間に電話しても誰もいない、というかあまりに非常識が過ぎる。そう、仕方が無い事なのだ。そう言い聞かせ、非常識な時間にも繋がるデンデンさんとのやりとりを繰り返した。

 小一時間もすると物音が聞こえ始めた。足音を聞き逃したあたりきっと母さんだろう。僕はデンデンさんに別れ(?)を告げてリビングへと向かった。

「おはよう母さん」

「ああ、おはようアキちゃん」

 今朝は体調がいいのか、いつも白んでいる顔に赤が戻っていた。ほう、今朝はおじやですかな? 出汁と卵の絡んだ黄金色のご飯に食欲がそそられる。ではなく。

「何か手伝おうか?」

 僕は母さんの指示を待つ前に茶碗と鍋敷きをテーブルに並べていた。母さんは笑って、もう出来るから待ってて。と言った。何でもいいから手伝いたかったのだが、手遅れだったということか。というか卵が入った時点でおじやはもう完成目前だ。そりゃあ手伝うことも無いか。

「おはよう。お、アキもいるな」

 土鍋がテーブルの真ん中にやってくるとちょうど兄さんもやってきた。別にいつも通りの時間だったし、匂いにつられたとかでは無いのだろう。頭の中に匂いにつられてやってきそうな小柄な少女の姿が浮かんで、僕は一人でにやけていた。きっと気持ち悪いポイントなのだろうと思うと、八つ当たりも甚だしいが彼女に腹が立った。

「そうだアキ。今日予定あるか?」

「今日? 何もな…………バイトの。応募を。しようと。思っています。です」

 今日は何もせず優雅に寝て過ごすよ。などとは口が裂けても言うわけにいかず、まだ決まっても無い面接を予定に組み込んだ。程度の低い見栄っ張りは改善せねばなるまいとの認識を強める。

「それなんだけどな。高校の先輩がパン屋を始めるとかで。色々話をする仲なんでな、お前のことを相談したりしてたんだが……」

 兄さんの先輩。と言うことは……体育会系なのだろう。正直に言って、僕は体育会系の人間と相性が悪いと思っている。何故なら僕に根性が無いから。そしてまず口が動くから。最後に幼少期の苦手意識から、だ。

「良かったら覗いてみるといい。住所は……」

 そんな僕の心配をよそに兄さんは話を進める。うむ、これだ。この強引さが僕が体育会系を苦手とする理由で、同時に僕に足りないものなのだろう。しかし話が決まっている様子だし、断れば兄さんの立場にも……と考えると。行かなければ……ならない……か。

「何が合うか分かったもんじゃないが、まあやるだけやってみればいい。合う合わないは別として、少しは自信もつくだろう」

「さ、採用される前提だね。ここまで全落ちしてる弟にどれだけの信用が……」

「そりゃあ、事情を知った上で話を持ちかけられているからなあ。髪も切って身なりも綺麗になったことだし、よっぽど何か失礼でもしなけりゃ……」

 それはつまり出来レースでは? いえ、有難い話ですよ。なるほど、世に言うコネだとか人脈っていうものはこれか。“兄さんの”コネクションであり“兄さんの”人脈なのだが。うむ、良い兄を持ったものだ。

「今日明日どっちか、電話して行ってみるといい」

「わかった。早速今日…………電話して、明日行くよ」

 別に日和ったとかじゃないんだ! 兄さんが僕のテレパシーを受け取ってくれたかは定かでは無いが、苦い顔をして笑っていた。髪を切ったりデンデンさんとお茶(?)したり、帰ってからもダウンロードしたりキャラクリしたり。キャラクリしたり、キャラクリしたり。色々……思い出しながら……したり。キャラクリしたり。全くもって無為に時間は消費したのだが、僕はその間一張羅を着続けていた。無惨にもしわくちゃに脱ぎ捨てられて部屋の片隅に落ちているあの服が無ければ、僕は家から出ることも出来ない。今朝の洗濯機はもう回っている。母さんももう一度洗濯して、なんて時間も無い。え? 自分でやれ? 出来たらやってんだよッ‼︎

 結局二人を見送ってからすぐに、僕は手持ち無沙汰になってしまった。いえ、分かってますよ。でもね、明日もしかしたらバイトが決まるかも、という状況で連絡を入れるのも……ほら、不誠実かなって。だったら、ね? 明日に向けて今は体力温存! みたいな、ね?

 僕はずいぶん久しぶりに感じるAoWを起動した。こんな時間に人がいるのかって? 二十四時間自宅警備員フルタイム・ゲーム・セキュリティをなめないで頂こう。どんな時間でもメンバーを揃えられるだけの人望と人脈を築き上げてきたこのアギト様に、人が足らないなんて言葉は無い! なんて惨めな!

「さてさて……おひさでーす。お、ロサ氏いる。いやほんと久しぶりですねー」

 ボイチャの感度(?)も良好。安いヘッドセットだから最近音割れっていうか、ノイズが結構……バイト代出たら買おうかな。うん、労働意欲の向上を図れてる。計画通り計画通り。ウソジャナイヨ。

 結局昼までの二時間、昼食後の三時間。あ、今日のお昼ご飯はおじやの残りとカップの茶碗蒸しでした。閑話休題、計五時間の間僕は久々の戦場を堪能した。どうしてこうなった。

『アギトさんいいことあった? 今日なんかキャラ違くない?』

『わかる。名物が無かったよな』

 ふともの悲しく浸っている僕の耳に、ノイズ混じりなそんな言葉が届いた。

「名物? ちなみに良いことは特に起こってない。あ、明後日美少女の匂いが嗅げる」

『妄想乙』

『すごーい。君は想像力豊かな変態なんだね』

『遂に匂い付きに手を出したか……』

『通報した』

 お前らボロクソ言い過ぎだろ! 気持ちはわからんでもないけど!

「肝心のとこに返事が無いんだが。皆俺の事信頼し過ぎじゃない?」

『アギトってヤベー奴がいるって聞いてこのゲーム始める人もいるくらいですし』

 嘘でしょ……別に実況とかしたわけでもないのに……

『あ、名物ってのはアギトさんの奇声ね。キルするとめっちゃ吠えるし、負けるとめっちゃ暴言吐くし。たまにキルされるとめっちゃ黙り込むのとか』

 扱いが珍獣じゃん……嘘でしょ……

「ひでえ。ていうかそんなんによく付き合ってくれてますね皆さん。心よりの感謝をここに述べます。さっき妄想乙って言った奴ら夜道に気をつけろ」

『感謝とは……』

 しかし……いや、分かっていたことなのだが、僕は相当悪いイメージを持たれているようだ。それがちょっとマトモな振る舞いをするだけで……

『まあアギトさん強いし、面倒見はいいから。敵に回したくないだけ説は内緒』

『多分九十九割はそれだわ』

 完全に獰猛な珍獣の扱いだ。しかし、無意識にまともな振る舞いが出来ているというのは嬉しい情報だ。アーヴィンでの成長なのか、デンデンさんとの交流のおかげか、はたまたバイト面接全落ちにより棘が全て抜け落ちてへし折られたか。真相はわからないが、今は好意的に解釈しておこう。

「まあ、俺も大人になったんだよ」

『おい三十路』

『おいおっさん』

『やーい! お前とJUNの母ちゃん同い年〜』

『え? 誰っすか? なんでうちの母ちゃんの歳知ってんすか?』

『遅いんだよ……十年遅いんだよ成長が……』

『ねえ⁉︎ さっきの誰っすか⁉︎ ロサさんすか⁉︎』

 発言の度にボロクソ言われている気もするし、若い声の主が非常に焦っていたように感じられたが、僕は広い心で全てを受け流し、今日は落ちるわ。おつー。と言い残して回線を切った。直前に飛び込んできた『涙目敗走』という言葉につい、逃げてねーわ。と言い残して僕はAoWのタブを閉じ…………

「……おかしい。もう四時前だというのに。まだ電話すらしていない。これは何か、とてつもない事が起こっているに違いない……」

 画面いっぱいに映し出されていたのは、彼女を模して作られた少女のキャラクターだった。しかし、うん。よく出来ている。


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