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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第五百六話


 不安は意識の覚醒と共にゆっくりとやって来て、そしてゆっくりと去って行った。

 時刻は午前五時。必要以上に長い睡眠をとることもなく、秋人は眠りから覚めた。

「…………なんだったんだろうな」

 切り替わりの不具合に対する疑問も不安も尽きない。けれど、僕の頭の中にあるのは、可愛い妹がどうしてか変な嘘をついたって違和感だった。

 何か事情を知っていて……切り替わらないことではなく、起きないことの。原因に思い当たる節があって、それを隠そうとしているのか。

 しかしそのメリットはほとんど思い当たらない。

 アイツの悪い癖を拡大解釈して無理矢理当てはめるなら、心配することで僕の気を惹こうとしている……依存させようとしている、とか。

 こいつはこんなにも僕のことを思ってくれる、大切にしなきゃ。的な。

 しかしと言うか、やはりそれもおかしな話だ。

 そんなことしなくても、アイツには他にいくらでもセールスポイントがある。

 自分が頼りなくなったからなんて自信無さげに言ったが、アイツが頼りなかったら世の中の大概は頼りにならない。

 強いとか弱いとか以前に、アイツには出来ることが多い……スキルが多いのだから。

 誰かに必要として貰うために身に付けたものから、純粋に好きを極めたものまで。

「…………さて、切り替え切り替え。今日は日曜だぞ」

 さてと。それはそれ、今は今。口にした通り、切り替えないとな。

 毎週日曜日、朝の恒例。ばちんと両手で顔を叩いて気合いを入れると、僕は部屋を出てキッチンへと向かった。

 アイツは多分、僕の為に嘘をついたんだ。やっぱり僕を安心させる為に、答えを与えてそれを解決することで、心の安定を狙ったんだと思う。

 切り替わり云々を抜きにすれば、アレは単に睡眠障害と呼べるものだと思うから、それに対する回答としてきっと間違いないものなんだろう。

 実際のところは僕には別の不安があって、睡眠が浅いのか深いのか多いのか足りてないのかなんてのは、気にしてる場合じゃないからイマイチ実感無いけど。

 単にふとした時に寝過ぎちゃうって話なら、ミラの答えひとつで多少気が紛れたんだろう。

 それでよし、アイツはお兄ちゃん思いの可愛い妹ってことで。閉廷。

 さ、キッチンへ着いたぞ。今朝は何を食べようか。

「うどん……そうめん……麺類はちょっと飽きたな。卵かけ……トースト……うーん、イマイチ」

 文句があるわけじゃないよ、卵かけは大好きだもの。でもね、それだと料理の練習が出来ないんだ。

 なんとなくだけど……ここで卵かけ食べちゃったら、次からもそれを繰り返しちゃう気がするんだよ……っ。

 手間に見合わない最高の美味しさ、子供から大人までみんな大好き卵かけご飯。僕はネギ入れて醤油多めに入れるのが好き。

 最初は兄さんと一緒に父さんの真似で始めたんだけど、気付けばそれが僕ら兄弟のスタンダードになっていた。

 まあ……兄さんは塩分控えなきゃいけないから、最近食べてないけど。

「卵……ご飯……チャーハン……は、作れるかな? チャーハンの素って売ってたよな……」

 今度買ってくるか……じゃなくて。今度じゃなくて今、今朝のご飯の話。

 別に良いんだよ、うどんでも。でもそれじゃレパートリーが増えないんだ。

 とりあえずうどんくらいひとりで茹でられるようになってから言え……? 下手くそが贅沢言うな……? それは………………それはまあ、そうだけど。

「……脳内会議の結果、今朝は残り少ないそうめんにとどめを刺しに行くことが決定しましたとさ。あのでっかい鍋はどこかな……っと」

 ひとりでぶつくさ言いながらそうめん茹でてるおじさん、客観的に見ると泣けてくる。しょうがないだろ、寂しいんだよ。

 もうね……こう、一週間の十四日の間の七日間は、ずっとすぐ横に話し相手がいるわけで。

 残りの七日間も半日足らずくらいはお店にいるし、家に帰ってからや休みの日にもボイチャ繋いでゲームすることもあるんだよ。

 そしたら……ね。ぼっちの時間の静けさが前までの自分を想起させるから、最近ちょっと苦手になってきた。

 部屋から出た結果、孤独耐性がめちゃめちゃ下がってる。

 良いことなんだろうけどさ、人付き合いが増えたってことだし。

「…………うぐ、やっぱ寒いわ」

 ひとりぼっちは寒いのだ。十月も半ばだからそりゃそうだろとか、そんな風情のない話じゃなくてね?

 心が寒いのだ。寒いのはお前の発言とか言うな。違うんだよ……っ。本当に寒いんだよ、気分の問題かもしれないけど。

 本当に寒くて、静けさが怖くて。独り言でもなんでも、とにかく音が無いとやってられないんだ。

 イヤホンして音楽聴きながらとかでも良いけど、まだちょっと怖いと言うか……あ、調理中の話です。

 意外な発見だったよ……慣れない作業してる時って、目でも耳でもなんでも情報源を一箇所塞がれると、突然不安になるんだよね。

 知らない道をイヤホンしながら歩いてると怖くなるのに近いのかも…………え? そんな経験無いって? またまた、ご冗談を。

「……お、誰か降りてくる。兄さんか、おはよう」

「おう、おはよう。今日は何作ってるんだ?」

 そうめんだよ。と、季節外れな白くて細い乾麺を鍋に投入しながら答えると、兄さんは少しだけ渋い顔をして考えごとをし始めてしまった。

 なんだろ……あっ、もしかしてこれ良いやつだった……? 揖保のなんとか的な……

「……そうめん、それで終わりだったよな……いや、どうせなら俺の分も一緒に作って貰おうと思って。うーん、じゃあどうするかなぁ……母さんの分も考えなくっちゃな……」

「ああ、そういう……な、なんだかごめん」

 謝らなくても良いと言ってくれたが……うん、今朝の僕は自分のことだけ勝手にやってるだけで、ふたりの助けには全くなれてない。

 うどんを二人前茹でるのも三人前茹でるのもそう変わんないって知ったからね。結局、僕が自分の分を自分で作った程度じゃ負担は減らないのだ。

 さて、それは置いとくとして。しかし……

「兄さんも献立で悩むんだね。僕も何にしようか悩んだ結果、残り物を使っちゃおうってことでこれにしたんだけど」

「ん、ああ。そりゃそうだ。別に俺や母さんだけじゃない、多分自分で作ってる人はみんな悩んでるだろうな。

 食べたいもの作りたいものがある日はともかく、そうでもない日はとりあえず腹に溜まればなんでも良いかってくらい適当な時もある。

 レトルトだとかインスタントだけの日もあるし、それさえめんどくさくてコンビニのおにぎりで済ませる日もあるさ」

 世の主婦は大変なんだね…………ん? んん? ちょ、ちょっと待って欲しい。

 そういやあの子……毎日あのレベルだって言ってたよな……?

 毎日出汁取って献立考えて……汁物と主菜と副菜と……いやいやいや。

 きっとアレは見栄を張った……そう、デンデン氏の前でいいかっこしたくて…………いや、普段から作ってなきゃあんな食べ合わせとか意識出来ないか…………てことは…………

「……? どうした、アキ」

「いや……その、ね。前に話したでしょ、花渕さんってバイト先の子。この間お店でご飯食べさせて貰ってね……」

 それはもう凄かったんだと説明すると、兄さんはやや疑い半分って顔で、そりゃ凄いななんて軽いリアクションをとった。

 信じてよ! たったひとりの弟の言葉を!

 と言うか僕の嘘くらい兄さんなら分かるでしょ。

 あれだけ色んな人に嘘つくのが下手だって言われまくってる僕なんだし、部屋に閉じこもってた期間を除いても、どれだけ一緒にいると思ってるんだ。

「まあ……そういう人もいるだろうな。相当料理が好きなんだろう。得意とか不得意とか、出来る出来ないじゃなくて。好きじゃなきゃ出来ることでもそんなに毎日続けられないよ」

「うーん……まあ、確かに楽しそうにやってたかもしれない」

 当の本人は賄賂だのご機嫌取りだのと言うんだけどね。

 あ……そっか、そういうこと。子供の頃からやってるって言ってたし、きっと料理の手伝いをすると褒められたんだ。

 ひとりで作って、出来が良いってさらに褒められて。それが嬉しくてもっと頑張って。

 お母さんとの楽しい思い出なんだろう、キッチンに立つって行為自体が。

 だから……そうすればまた褒めて貰えるかもしれないって。

 ギスギスしてしまった今の関係から、少しでも昔みたいに戻れるかもしれないって。

 多分、そんなことを無意識に考えて選んだんだ。

 いや、妄想乙と言われるとそれまでだけど。

 家庭の事情は流石に分かってないし。

 でも……好きになる理由として、好きな人に褒められたってのは妥当な理由じゃない?

「……僕も何かそういうの無いかな…………好きこそ物の、的な……」

「うーん……小さい時から工作は褒められてたな。上手い下手ってよりは、楽しそうにやるとかなんとか。ほら、通知表にも書かれてただろ」

 確かに書かれた記憶があるな。別に手先が器用なわけでも、色彩とか表現のセンスがあったとかでもないんだけど。

 単純にインドアでかつそういう作業が嫌いじゃなかったから、図工の授業は結構のめり込んでたんだ。

 まあ……今じゃ鉛筆をナイフで削るのだって怪しいもんだけど。

 うん……アイツの手伝いをしてる時に不器用さは思い知らされてる。

 子供の頃から続けてたら違ったのかな。彫刻家とか画家とは言わないけど、せめてトンカチで自分の指を殴らない程度には。

「まあ、そうやって続けるのも才能だからな。昔から積み上げたものが無いなら今から積み上げれば良い。趣味なんていつから始めたって良いんだから」

「うーん……じゃあやっぱり料理を…………」

 お前がそれを好きになれるならな。と、釘を刺されてしまった。

 ううっ……ば、バレてる。正直な話、義務感でやろうってテンションになってるだけで、やっぱり僕は食べる専門だから……はい。

 うーん、趣味かぁ。ゲーム…………しか無い……ですね。

 はあ…………しょうがない。それしかやってこなかったんだし、それ以上に打ち込めるものも無いんだから。

 しょうがないから…………極めるか…………

「…………プロゲーマーなんてのも今はあるよな……」

「……アキ。それでも良いけど、もうちょっと健康を意識した趣味を持った方がいいぞ。お前の身内は不摂生が原因で、もうふたり倒れてるからな」

 やめてよ、そういう怖い話するの! うう……父さんの墓参りまた行かなきゃな……っ。

 他愛も無い話で盛り上がって、やや茹で過ぎたそうめんをするすると頂き、僕は今朝も戦場へと向かうのだった。

 はあ…………忙しいんだよな……本気で……


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