第四百六十三話
僕らは定刻通り夕食を頂き、そしてまた部屋へと戻る…………ものだと思っていた。
流石にずっと同じ場所では気が滅入る。と、気を利かせてくれたんだろうか。少しの間だけ、そして付き添いを条件に、僕らは王宮内の散策を許された。
案外ロダさんの独断だったりして。ありがとう……優しいおじさん……っ。
「……しっかし……付き添いは条件だったとは言え、居なかったらどうなってたことやら。俺達だけじゃ部屋まで戻るのだってひと苦労だよな。アーヴィンの神殿なんて目じゃないって言うか……」
「ぐっ……どこと比べてんのよ。一応あれは私の家……神殿は元々住居なの。王様や役人が住んでいるとは言え、此処はどちらかというと仕事をする場所、公的な場所なんだから。比べるなら…………はあ。そうね、どちらかと言えば、私達の部屋……役所の方が近いのかしら……」
そんなバカな! こんな言い方はあれだけど、大食堂の時点でアーヴィンの役所より広いぞ!
僕の知ってる建物で言えば…………そうだな……二駅隣まで行ったところにあるデパートよりも大きい。
僕らは仕事の報告で最上階の玉座の間へと訪れる以外は、基本的に一階にしか用は無い。と言うかそれ以外では出歩けないし。
建物は一応四階建て……なのかな。階段を三回登って報告に行くんだから、多分そう。これであの部屋は別に最上階じゃないですとか言われたらもう知らない。
さて、その一階には……
「……大食堂……大浴場……客室、宿直室、それに立ち入り出来ない騎士や役人の仕事部屋。なあ、ここって受付とか見当たらないけど、どこから仕事の依頼を受けてるんだろうか」
「おバカアギト。別に此処まで依頼に来る必要は無いでしょ。街も大きいわけだし、そこら中に役所や駐屯所があるんでしょう。そこへ集められた依頼や申請、あとは署名なんかも来るかしら。集めたそれらを代表者が受け渡しに来る。だから、此処へ直接やって来られるのは一部の人間だけ。王様や議員、貴族も多く出入りする場所なんだから、安全には気を払わないと」
おう……確かにそうだよな……はい。
此処は家ではない。騎士や役人が住んでいるものの、マンションというものではない。
しかし、此処は役所でもない。公的業務を司っているし、それに大勢の役員が働いてもいるが、純粋なオフィスってものでもない。
うーん……何をする建物と呼ぶのが正解なんだろう。王様がいて、その護衛や臣下がいて。かと思えば僕らみたいなよく分かんない客人を住まわせる部屋がいくつもあって。
マーリンさんだって、今は軟禁されてるけど、此処に住んでるって話だし、星見の巫女として働いてもいる。フリードさんは……どうなんだろう。
「何から何まで揃う場所……デパート…………じゃないんだよなぁ。お店は無いんだし……」
「アンタはさっきから何に悩んでるの……? 此処は王宮、この国で唯一、王様が住まい、働く場所なんだから。他のもので言い表すなんて無理よ」
それはそうなんだけどさぁ……なんて言うかこう、此処がなんなのかがイマイチ飲み込めてないというか…………
王宮、お城。そんな場所だって言われても実感が湧かないって言うか……現実味が薄いって言うか……
「余計なこと考えてないでよーく見ておきなさい。アーヴィンにもっと凄いの建ててやるんだから。内装とかしっかり覚えとかないと……」
「そこで何するつもりだよ……はあ。大体、あの街じゃ場所が無いだろ。お前は本当に、すぐ何でもかんでも欲しがるよな」
ミラは僕の言葉にムッとして、ぷんすこ鼻息を荒げながら僕の腕を殴り始めた。いたいいたい、すぐに暴力に訴えるんじゃない。
いつも通りにじゃれ合う僕らを、少し離れて付いて来ているロダさんは微笑ましそうに眺めていた。
ほら、ちゃんとしなさい。こんなのが勇者になれるのかねぇ。なんて思われたらどうするの。
「…………あの、ロダさん。上……二階はどうなってるんですか? いつも寄り道せずに王様の所まで案内されるから、全然予想が付かなくって。その……流石に上に行くのはダメ……なんですよね……」
「ええ、申し訳ございません。二階から上は、特に限られた方のみが足を踏み入れられる場所となっておりまして。具体的にどこに何が……と、お教えするわけにはいきませんが……そうですね。議会や裁判所、またそこで働く方々の為の娯楽施設や食事処、浴室。そうですね……一階で見られる景色と大きく変わることはありません。ただ、その内容がこの国の根幹に繋がってくるものでありますから」
なるほど……上は貴族や議員が……ふむ。でも、そういう上流階級の人々は、此処には住んでいないんだろう。そりゃ自宅に帰るよ、だって帰ってもそこはしっかり豪邸だもの。
部屋の窓からでも見える大きな建物の半分くらいは貴族の家だろうと、ふたりでなんとなくの予想を立てていた。
まあ……裁判所って単語が聞こえたし、きっと警察署や検察みたいなものとかも含めて、役所も多くあるんだろう。
けど…………その、なんだ。柵で厳重に覆われてるのは、きっと金持ちの家だろうって。
汚い話だけど、役所を襲ってもお金にはならないからさ。はて、銀行とかもどこかにあるんだろうか……?
「……はやく外に行きたいな。マーリンさんと一緒に、この王都の人々の生活を目の当たりにして……そして……」
「なら、しっかり喋りの練習をすることね。明日の報告、任せるから。ヘマなんてしたらなかなか許しを貰えなくなるかもしれないわよ」
なんでそんな意地悪言うの! や、やめてよ……まだお腹痛いんだからさ……うう。
僕らは広い広い王宮内の一階層を見て回り、そして一周したところでまたいつもの部屋へと戻らされた。
申し訳ございません。なんてロダさんは寂しそうな顔で謝ってくれたけど……むしろ気を使ってくれてありがとう、だ。
ふたりして元気よくお礼を言うと、ロダさんは少しだけ元気を取り戻して頭を下げ返した。そして…………
「…………本当にこの扉が閉まると……」
「……言わなくてもいいわよ、全部は。はあ……」
人権を奪われた感がすごい……はあ。
部屋の中にはなんでも揃ってるから、生活するのには不自由も無い。けれど、文字通り自由も無いなのだ。やたらと緩い軟禁生活とでも言おうか。
僕は平気だけど…………ミラのフラストレーションが目に見えて溜まって行くのがねぇ。お外で走り回りたい、飛び回りたい。って、うずうず顔にいつも書いてある。
「明日もまた湖まで行くんだ、あんまりそわそわしてると体力無くなるぞ」
「むぅ……アンタはよく平気よね、これで。はあ……こんな言い方とっても不敬かもしれないけど、王様がいらしてくれなかったら暇で暇でしょうがなかったでしょうね。半日ずーっとアンタとだけ顔突き合わせて、本を読むか訓練をするかしかないんだもの」
俺はお前を見てればとりあえず暇しないから平気だけどな。と、恨めしそうに窓の外を睨む妹の頭を撫で、そしてそのまま抱きかかえてベッドまで運ぶ。
ほらほら、もう寝なさい。いや……まだ寝るような時間じゃないんだけどさ。とりあえず寝てればお前は暇もクソもないだろ。
寝かしつけようと頭を撫でていると、なんだかそれも気に食わない様子で僕の手に噛み付いてきた。いたたた……なんだよ、遊び相手になれってか。遊び相手って言っても……猫じゃらしなんてないしなぁ。
「…………あ。ならマーリンさんの言ってた課題をやったらいいんじゃないか? ポーション……は無理でも、ほら。術式の書き取り? だっけ? なんかお前、ふたつ目の課題出されてただろ。最近あんまりやってるとこ見な——」
「——もう寝るわ! アンタも夜遅くまではしゃいでないでさっさと寝ること。何も無いとは思うけど、一応魔獣の調査に行くんだから。寝不足で注意力散漫だなんて許されないわよ。じゃあ、そう言うことで明かり消すわね。おやすみ」
こいつ…………っ。そんなに嫌なんか、書き取り。
何やら早口で言い訳をしたかと思えば、そのまま照明球の電源を切って僕に布団を被せてきた。
そしてするすると布団の隙間から入り込み、いつも通り腕の間に滑り込んできて寝息をたて始める。
いつも通り…………そう言えば、最近背中じゃなくてお腹側にくっ付いてくるよね。頭なでなでがそんなに気に入ったのか。きっとまだ狸寝入りだろうけど…………はあ。
「…………マーリンさんには黙っておいてやるよ、まったく。よしよし、おやすみ」
チクったら…………嫌われそうだもん……っ。なんならマーリンさんまで嫌な顔してきそう。もう、ミラちゃんを泣かして。とか言って。
そうしたら…………それは困るから、黙って悪い妹のサボりを黙認するしかない。ダメだ…………ダメなお兄ちゃんだ……っ。
明日はキチンと課題をやるように説得してみせよう。そう心に誓い、僕は暖かい布団に包まれ、暖かい湯たんぽを抱いて眠りに……あっつい…………今日はちょっと蒸すな…………
「…………よく平気で眠れるな……こいつ……」
あつい…………暑いよ、ミラさん。呼んでも揺すっても返事の無い、さっきまでは確かに狸寝入りをしていたミラを気持ち顔から遠ざけて、僕は眼を瞑っ…………あっつ……離れようとすると余計にくっ付いてくる…………暑…………




