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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第四百五十一話


「で、それはどういうことでござるか? つまみ出せば良いでござるか? 追い返せば良いでござるか? 通報しちゃっても良いんでござるな?」

「ちょっ、違う違う。ステイステイ。落ち着いて、デンデン氏」

 開口一番なんてこと言うんだ。やめろ、やましいことは何も無い。恩返しもまだなのに前科持ちだなんて、そんなの絶対に嫌だよう。

 さて、思いの外スーパーで時間を潰せた僕達は、そのままぶらぶらと遠回りをしてデンデン氏のお店にやって来ていた。両手に買い物袋をぶら下げて。

「…………はー、クソデカため息。いつも拙者に手を出すなとかなんとか抜かしておきながら、それはなんですかな、失笑。見せつけるんだったら出て行って欲しいんですな、憤怒。ふたりして仲良くお買い物ですかな、それも見るにスーパーで晩御飯の支度を整えていると見ましたが、激憤。なんなんですかな、夫婦ごっこでもしてるんですかな、それを見せつけて嘲笑おうって言うんですかな、血涙」

「どうどう、語尾に変なのついてるから。かっこつけて、かっこ。なんだか知らないけどそんな変なマウント取る気は無いし取る勇気も無いよ。やめてよ、明日もまたお店で顔合わせるんだよ? 下手に機嫌損ねて睨まれでもしたらいっったぁーーーっい⁉︎」

 ごすん。と、スネに鈍い衝撃が走った。どうやら、横にいた花渕さんがかかとで思い切り蹴っ飛ばしたらしい。

 いっっっ………………ふぉぉ…………いてぇ…………ぁう…………痛みに悶えるとはこのことか。

 両手の荷物をテーブルに置かせて貰ってしゃがみこむと、手ぶらな花渕さんに余計なことを言うなとさらに足を踏まれた。容赦無いね君! 分かってたけど!

 その割に靴の先っぽの方だけ踏んだのはなんでかな⁉︎ さては蹴る方は加減出来なかっただけだな⁉︎ 雨だったし踏んづけて汚したら悪いからとか考えて、先っぽの靴底みたいなとこだけ踏んだな⁉︎ 恨めねえな、ちくしょう!

「ちょっとダメダメなアキトさんの為に、料理について教えてて。元々は私の買い出しの手伝いをして貰ってたんだけど、妙にボケたこと言い出すから。麻婆春雨とか、青椒肉絲とか。家にあるちょっとした食材で作れるものひと通り買ってたんです」

「ひっ……ひっ……ふぅー…………いたい……ぐすん。いやね、デンデン氏は僕の情けない部分もよく知ってるでしょ。脱ニートの次は脱役立たずというわけだよ。いつも母さんと兄さんに作って貰ってばかりじゃ悪いって話をしたらさ、手軽なとこから始めたら? って。家にあるもので作っても良かったけど、折角だから自分で稼いだお金で練習したくて」

 ふむ、成る程。と、デンデン氏はあっさり懐疑の目を投げ捨てて、なんとも感心した様子でうんうん頷いていた。

 さてはさっきのはわざとだな? 普段花渕さんとの関係をやいやいからかってたから仕返しのつもりか。

 まったく…………花渕さんからの矢印はガチだからな…………?

 デンデン氏、君がどう考えて僕の言葉を否定してるか知らないけど、この子の好意は本物だからな…………?

 いや、あの後もずっとそういう感情を持ってるのかは知らないけどね? でも…………そうだと思うし、そうだと良いなぁとも思う。

 その…………ぐぬぬ。ごめんなさい、嘘つきました。経験値ゼロの私にそんなのが分かる筈もありませんでして。

 どうなんだろうね、実際のところ。最初にそういう憧れ的な感情があったのは間違いないんだろうけど……

「とりあえず、要冷蔵なものは預かりますぞ。涼しくなってきて、更に雨だとはいえ、外に出しっぱなしは良くない。食品を扱うものとして、それは見過ごせないでござる。もしあれなら、帰りにも保冷剤は幾らでもありますからな。必要そうなものがあれば言ってくだされ」

「ありがとう、デンデン氏。僕の方は平気だけど花渕さんは野菜とか買ってたよね? こういうのって……」

 皮付きは常温でも大丈夫。と、僕にはそれだけ言って、花渕さんは気遣いに対するお礼の言葉を色々とデンデン氏に述べていた。

 うん、絶対にまだそういう感情がある。露骨過ぎる。同じ三十路のおっさんとは思えないくらい扱いに差があるんだけど?

 まあ三十路のおっさん以外の部分が大幅に違い過ぎるからだけどさ…………ぐすん。

「……その、この間はお恥ずかしいところをお見せしてすみません。お陰でずっと気持ちも楽になりました。それに……一歩だけですけど、進めた気がします」

「…………それは何よりですな。美菜ちゃんのことです、きっと拙者の言葉など無くとも良い結果になったとは思いますが、そう言って頂けるのであればお節介の甲斐もあったというもの」

 いえ、田原さんに叱って貰えなかったらきっとあのままでした。と、花渕さんは一瞬暗い顔をして、そしてすぐに子供らしいあどけない笑顔でデンデン氏に笑いかけた。

 ほれみろ、その顔だよぅ。ぐすん……その顔を…………僕には向けてくれないんだよぉぅん……

「……拗ねててもしょうがないか。ごほん。凄かったんだよ、あの後。僕らより歳上のおばちゃんに向かって啖呵切ってさ。ぁこれでも精進の身の上なれば、ぁ憐れと泣いてくれなさんなぁぃいっったぁぁいっ⁉︎ ごほぉぉぅ…………同じとこ……同じとこ蹴った…………っ」

「余計なこと言うな……ってか変な言い方すんな。啖呵なんて切ってないし、そんでそのエセ歌舞伎口調なんだし」

 ま、まっ…………ふぅぉ……いてぇ……っ。ちょっと待ってとタイムを掛けることすらままならぬ足の痛みにしゃがみ込んでいると、男の低い笑い声と少女の耳触りの良い綺麗な笑い声が聞こえてきた。

 あー…………あれだね。花渕さんの控えた感じの声、好きかもしれない。

 なんと言うか………………普段ドスの利いた声で怒鳴りつけられることが多いから……貴重なのもあいまって…………っ。

「……花渕さんって声綺麗だよね。お客さん相手の時とか、デンデン氏相手の時とか。なんというか……余所行きの声というか……」

「え……きも…………? 何、突然……」

 ひっ…………でぇ……っ。そ、そんなドン引きしないでよ…………褒めたじゃん、一応。

 え、そのガチめなドン引きやめてよ。え? ガチめじゃなくてガチ? ガチのガチ? なおのことキツイよ。

 褒めて…………ええ……? 褒めてなんで引かれるの……?

「アギト氏は真性の声豚ですなぁ。今の発言は、正直拙者から見ても中々キツイものがありましたぞ。ツイッ◯ーだけにとどめて、そういうのは。表立ってやるもんじゃないでござる、アングラだけで我慢するでござるよ」

「いや、その喋り方する男に言われたくないなぁ⁉︎ なんだよぅ…………本心から褒めただけなのにぃ……」

 声が綺麗って褒められ方は生まれて初めてだよ。と、花渕さんは僕から二歩離れてそう言った。

 やめてよ……っ。逃げないでよ、やばい奴を見る目で見ないでよ…………っ。幾らでも謝るから許してください。

 でもしょうがないじゃん! お淑やか系の声が大好きなの! 早く髪黒く染めてよ! 黒髪清楚なご令嬢風花渕さんが見たいの! ひぃぃっ⁉︎ なんで睨まれた⁉︎ 今回はうっかり口にしてないよね⁈

「まったく、アギト氏ときたらもう。しかし……そうでござるか。こんな短時間で面と向かって…………凄いでござるな、美菜ちゃんは」

「いえ、凄いなんて……早めに切り出さないとどんどん言えなくなっちゃう気がして…………ひゃぁっ⁉︎」

 え、めっちゃ可愛い声。いじめられてふてくされていると、背後からなんだか随分可愛らしい女の子の声が聞こえた。

 誰⁉︎ 誰なの⁉︎ 昨季放送前まで覇権と名高かったが、蓋を開けてみれば声優陣が豪華なだけだったあのアニメのヒロインの声優さん⁉︎ それとも普及の名作のヒロイン役、誰もが知ってる歌手兼声優のあの人⁉︎ はたまた…………ごほん。

 慌てて振り返れば、そこには両手で頭を覆う花渕さんと、なにやら挙動不審なデンデン氏が向かい合って立っていた。

 おう……? なにしてんの? まさか叩いてないよね?

「〜〜〜っ。す、すみません! お手洗い借ります!」

「あっ、おっ……お、おお奥にございます故っ!」

 ふむ? 花渕さんはなんだか耳まで真っ赤になって、案内された方へと走って逃げて行ってしまった。デンデン氏は……なんともやらかしたなぁって感じの青い顔をしている。

 ふーむ。なんだろなー…………と、考えるまでもない。違ったらごめんだけど、なんとなくデンデン氏の気持ちが分かったから、多分合ってるでしょう。

 分かるよ…………目の前でああも好意を向けられると…………

「…………デンデン氏。綺麗な体になって帰ってきてよ……」

「待つでござる、誤解でござる、違うんでござるよぅ…………」

 頭を撫でてやりたくなるのだ、無性に。何故かって? そりゃあ決まってるじゃないか。そういう経験が無いからだよッッッッッ‼︎

 可愛い女の子とッッッ‼︎ きゃっきゃうふふするあまーい青春をッッッ‼︎ 過ごしてないからッッ‼︎ 画面の向こうの嫁をッッッ‼︎ なでなでする妄想をしてッッッ‼︎ 生きてきたからだよッッッ‼︎ 内に抱いた欲求はそう簡単には拭い去れない。さて、動機は一度置いておいて、だ。

 向こうで僕も散々味わってるからなぁ、それ。本人にそういう意図があるかどうかは別として、この歳になるとああも一生懸命で可愛らしい姿を見ると可愛がりたくなってしまうのだ。

 その結果、猛烈に懐かれて毎晩首を噛まれるか、驚かれて逃げられてしまうかというだけの差。

 甘えん坊か恥ずかしがり屋かの差しか無いのだが…………ふふーん。なんでか知らないが勝手に勝った気分だ。僕にはなでなでさせてくれる可愛い妹がいるもんねーっ。

「…………およよ…………絶対に手は出さないだろうと思っていたのに…………人間実物を目の前にすると分かんないものですなぁ………………嫌われてしまったらどうしよう…………」

「安心して、嫌われるのだけは無いだろうから。でも…………うん。なんかムカつくからやっぱり通報するか爆破するかしてもいい? ねえ、何ちょっといい思いしてんの⁈ ずるいよ! 僕なんていっつも蹴られてばっかりなのに! なんでデンデン氏だけ‼︎」

 そんな理不尽な怒り方しないで欲しいでござる。と、まだどこか気が気じゃない様子のデンデン氏に、僕は湧き出てくる怒りの感情を容赦無くぶつけ続けた。

 むきーっ! ずるいって! 僕なんていつも蹴られるのに!

 頭撫でて、嫌われるどころかちょっと満更でもないリアクションされやがって! 爆発しろ! ひとりで爆発しろ! でも遊び相手がいなくなるのはめちゃめちゃに困るので無事帰ってきてください。花渕さんも悲しむからね。むきーっ! 無傷で爆発しろっ!


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