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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第四百二十一話


 僕らは失神したマーリンさんを休ませてあげる為にも、エルゥさんの借りている部屋へとお邪魔することになった。

 正直、そこらに寝かせておいてご飯を食べても構わないような気はしたけれど、これでも一応国の英雄だ。そんなところを誰かに見られでもしたら…………僕らの首がマズイ。

「よいしょ……っと。すいません、エルゥさん。布団まで借りちゃって」

「いえいえ、お構いなく。えへへー、この部屋にもついに友達を呼ぶ日が来るとは。感慨深いですねぇ」

 しみじみしてるとこ悪いけど、ミラの相手をしてあげて欲しいんだ。

 マーリンさんが倒れるのは別に珍しいことじゃないとは言え、コイツにとってはやはり一大事なのだ。ちょろちょろと僕とマーリンさんの周りをティーダと一緒にうろついていられると…………ええい、鬱陶しい!

「おいでおいで、ミラちゃん。アギトさんも、お茶淹れますからこちらへどうぞ」

「ああ、いや。俺は一応マーリンさんの側にいます。一応…………一応……ほら、何かあったらいけないし」

 立てないほど疲れたんですか? と、エルゥさんはからかうが…………そうだよ、立てないんだよ……っ。広場からそう離れていないこの部屋まで、気絶しているマーリンさんを運んだのは僕だ。別に重たいとかではない。ローブが分厚いからそれなりにはなるけど、そもそも小柄なこの人を背負えないほど非力じゃない。

 けれど! 問題はそこじゃない! ちくしょう…………立てないんだよ…………もう立ってるから…………っ。背中に…………背中にまだ感触が…………っ。

「へっへっへっ……わうあう!」

「ん、お前も一緒にいてくれるのな。本当に頭のいい、賢いやつだよ」

 ばふばふと鼻息を荒げながら、ティーダは僕の側でゴロンと横になった。舌を出して僕を見上げる姿の頼もしさたるや。

 しっかしまさかティーダまで一緒に連れて来てるとは思わなかったなぁ。旅費だって安くないのに、コイツのご飯代も賄わなきゃならないんだもんな。

 それに、場所によっては連れていけないってこともあるだろうし、その分道も限られる。

「それでも連れて来たかったのか、それともそれが問題にならないくらいお前がしっかりしてるのか。どっちにせよ、うちのバカ妹にも見習って欲しいもんだ」

「ばうっ……はっはっはっ」

 首元からお腹を優しく撫でてやると、ティーダはトロンと目を細めて尻尾を振った。

 しかし……なんと言うか、簡素な部屋だなぁ。味気無いと言うか……物が少ないように感じる。

 フルトで別れたのはもう一ヶ月以上前のことになる……のかな。

 それからどのくらいかけてここまでやって来たかは分からないが、随分とこの街に馴染んでいるように見える。

 持ち前の明るさ、それに人懐っこさのなせる技だろうけど、それにしたって数日じゃこうはならない。

 すぐに出発したとすれば…………ええと、馬車を使ったらきっと僕らよりずっと早くに辿り着けるだろうから…………あれから一週間程でここに着いていてもおかしくない。遅くとも二週間は経ってないだろう。

 となれば……うーん、意外とミニマリストなのかな? もっと可愛い小物で溢れてても良さそうだけど…………

「……そんな余裕は無いのか、はたまたそんなことに気を割くほどの時間が無いのか。あるいは、そんなの気にしてられないくらい毎日が充実してるのか。これだろうなぁ、間違いなく。あの人がそんなネガティブな事情を抱え込んで手が付けられないなんて考えらんないよな」

 僕らはその人の強さをよく知っている。エルゥさんは本当に、おっかないくらい強い人だ。

 だからもしも何か嫌な事情があったとしても、それで部屋を彩ることを諦める人じゃない。

 むしろ、気分を上げて頑張りましょう! なんて理由を付けて模様替えとかしてそうだもの。

「…………ん……うう……ここは……」

「あ、起きましたね。大丈夫ですか? 久々にぶっ倒れましたけど、頭痛いとか無いですか?」

 ばうっ。と、小さく吠えてティーダも心配してくれている。

 ゆっくりと起き上がるマーリンさんに水を手渡して、僕はここがエルゥさんの家である事を説明した。それとどうしてそうなったかという経緯も。

「いや、面目無い。けど……ちょっとマズイ事態になったね……」

「マズイ事態……? それって…………っ。まさか……」

 マーリンさんに渡す為に引っ張り出したタオルを握る手に力が入る。

 そうだ、忘れちゃいけない。僕らは今、厄介な連中に狙われている身だ。

 それに、ミラがなんらかの気配を感知している。もしもそれが魔人の集いのものであったなら…………エルゥさんの身にも危険が及びかねない。彼女はそう言いたいのだろう。

 はあ……と、大きなため息をついて頭を抱える姿に、僕はそう確信して……

「…………あんなに可愛い子の部屋……? バカ言っちゃいけない……そんなの………………そんなの耐えられるわけないだろう⁉︎ ど、どうしようアギト…………さっきからあの子の甘い匂いと獣臭さが肺を満たしてるんだけど…………はぁ……はぁ…………っ。い、いけない…………心臓止まりそう……」

「……………………ダメだ……俺がしっかりしないと……っ」

 思っていた以上にどうでもいい事態だった。ふざけんな、僕の緊張感返せ。

 今あなたが入ってる布団がエルゥさんの物だからです。と伝えたらどうなってしまうだろうか。きっと一瞬で限界点を迎えてまたぶっ倒れるだろう。

 それは困る、借り物の布団に鼻血でシミを作るのは申し訳なさすぎる。

 おろおろキョドキョドしている目の前のクソ雑魚童貞女を、どうにかして威厳ある星見の巫女の姿に戻さなければ……

「アギトさーん、お茶持って来ました…………あっ、起きたんですね! よかったぁ……」

「ぴぃっ⁉︎ ぼ——ぼぼぼぼばばば…………ご、ごごごごごっごごごごごめいわわわわ…………」

 ご迷惑をおかけしました、だろうか。だが残念、マーリンさんの口から発せられたのは、ほとんど子音だけだった。それはもはや言語ではない。

 顔を真っ赤にして僕の影に隠れるマーリンさんを、エルゥさんはなんとも微笑ましげに見つめていた。見つめていたが…………

「…………アギトさん、ちょっといいですか?」

「え、俺…………ひぃっ⁈ な、なんだこの凄みは…………っ⁈」

 にこにこ笑ったままエルゥさんは僕に手招きをした。へへ……へへへ、なんでしょう……? どういうことだろう、目の奥に暗い光を感じた。い、いったい僕はこれから何を…………

「……アギトさん、どういうことですかあれは。ミラちゃんというものがありながら……もう。あんな美人さんをどこで引っ掛けてきたんですか、取っ替え引っ替えですか。そんな人だとは思いませんでしたよ」

「へ……? いや、だから俺とミラは…………って違うよ! なんだか盛大に勘違いされてる⁉︎ そんな人聞きの悪いこと言わないでよ! あの人はですね……」

 はて、なんて説明しようか。勇者の伝説に現れる魔術師。この国の未来を守る星見の巫女。どちらも正直信憑性に欠ける。

 そう、エルゥさんはマーリンさんを、恐らくは歳下か同い歳くらいの少女だと思っているのだろう。マーリンちゃんなんて呼んでたくらいだし。

 ミラがじゃれついたのもあって間違いなく偉い人だとは思われてない。

 あ、今はどうでもいいけど、マーリンさんよりエルゥさんの方がちょっとだけ大きいんですね、背丈。殆ど一緒だけど、ほんの僅かにエルゥさんの方が高かった。

 本当にどうでもいいですね、はい。違うんだよ……歳上の方がちょっとだけ小さくて、かつ受けに回るカップリングがさ…………っ。

「えーっと……ですね。ざっくり説明すると、あの人はミラの先生です。キリエで出会って、ミラが弟子入りした程の魔術師でして……」

「ふむ、ミラちゃんの。凄い魔術師……っていうのはイマイチイメージしづらいですけど、ミラちゃんが凄い子なのは知ってますから。ふむふむ……それで随分懐いてるんですねぇ、あの子も」

 そうそう。と、相槌を打つ僕にまだ少しだけ疑惑の視線を向けて、エルゥさんはまた首を傾げて疑問を口にした。

 それは、至極当然の疑問というか、これについてどう話したもんかと前々から考えていた僕らの変化についてだった。

「…………オックスさんは今どこに? たまたまあの場にいなかった……って様子ではないですよね……?」

「……オックスは…………ガラガダに帰ったんだ。今は……一緒に旅をしてなくて……」

 そうだったんですね。と、そう口にする彼女の表情はとても寂しそうだった。

 この人にとって僕らは三人でワンセットなんだろう。正直、僕だってまだオックスがいないのを寂しいと思う時がある。

 けれど…………マーリンさんが言っていた、答えを得たという言葉の意味は、まだ理解出来ていない。それが分かるまではきっと、僕はアイツにもう一度会う資格がないような気がして……

「アギトー? エルゥー? あ、こんなとこにいた。何してるの?」

「ミラちゃん……いえ、ちょっと内緒話です。そうだ、ふたりとも。あの後の旅のお話を聞かせてください。いやぁ、ここのところ働き詰めで疲れちゃってて。まだまだ行ったことない場所だらけのこの街の刺激もいいですけど、ほんのちょっとホームシックですから。懐かしさを感じられるおふたりの話、もっと聞かせてください」

 もちろん! と、ミラはまた嬉しそうにエルゥさんに抱き着いた。

 そして、思い出したように、マーリン様は? と尋ねる無邪気な妹に、僕は、とりあえず起きたけどまだちょっとフラつくみたい。と、名誉を守る為の嘘をついた。

 ごめんな……でも、まさかエルゥさんに抱き着かれて、興奮のあまりぶっ倒れて、その上その人の布団の匂いでさらに興奮してるなんて聞いたら…………流石に幻滅しちゃうだろ?

「えへへー、エルゥ。んふふー」

「えへへ? 本当にしばらくの間に何があったか気になりますよ、これは。何があったらこれだけ甘えん坊さんになるんですかーもう。えへへー……ひやぁっ⁈ み、ミラちゃん⁈」

 ひやぁっ……? ちょっとばかりの後ろめたさに逸らしていた視線をもう一度ふたりの方へと戻すと、そこにはエルゥさんの胸に両手を這わせて、さっきまで以上に密着して抱き着いているミラの姿があった。

 馬鹿野郎——ッ! この大馬鹿! 何してんだ! 何して…………何してんの……?

 目をキラキラさせながら胸を触っていたかと思えば、何やら不満げに目を伏せて手を背中へと回し始めた。あ、いや。普通に抱き着く体制に戻っただけだ。

「…………ぺったんこ……」

「——ッ⁉︎ な、ななな……っ。旅の間に何があったか……全部話して頂きますよアギトさん…………っ!」

 へ? 僕…………? 僕っ⁉︎ ち、違う! 僕じゃない! 僕は何も変なこと教えてないから!

 なんとも失礼極まりない発言をしたミラの所為で僕がエルゥさんに睨まれてしまったではないか!

 うう……ぼ、僕じゃないんだ……っ。でも……ふーん。そっか…………エルゥさん…………ぺったんこなんだ…………ふーーーん。

 僕はふたりに悟られぬよう、ゆっくりと前屈みになった。


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