第三百九十八話
それは夕暮れ時のことだった。これまでとは違う、明らかに人の手によって整備された道を歩き続け、僕らは遂に目的地……王都へと辿り着いた。
思えばここまで長かった。何故だろう、無駄な遠回りが多かったような気もするけど…………ここまで本当に長かった。
「…………ここが……」
「……王都……………………? あの、マーリンさん……?」
遂に辿り着いた王都で僕らが最初にとった行動は、何よりもまずマーリンさんに訝しげな視線を送ることであった。
いったいこれはなんだ。話が違う気がする。キチンと説明をしてくれ。そんな……訴えかけるような目で、ミラすらも彼女を見ている。というのも……
「い……いくらなんでも寂れ過ぎでしょ……ここが本当に王都なんですか……?」
目の前に広がる光景は、とても想像していたようなきらびやかな首都のものとかけ離れていたのだ。
確かに彼女は言っていた。今では王都を名乗る街も増えていて、本来の意味とは少しだけ違ってきている、と。
だが…………同時に、王都を名乗ることで人が集まり、お金が集まり、それなりに栄えるものだとも……
「うん、間違いなくここも王都を名乗っているよ。君達のその疑問はもっともだが…………まあ、それはそういうものとして飲み下してくれ。厳しい言い方で答えるとすれば…………これで既に、名前の恩恵を受けた後だということだ」
マーリンさんの返答に、僕もミラも黙ってしまった。否、黙る他に無かった。
かけ離れていた、なんてぬるい表現をしたが…………ハッキリ言って、これまで訪れた街……いいや、村々の比べても遜色ないほど寂れて……………………おっと、この言い方は方々に敵を作りそうだ。
ボルツやキリエなんて比較にならない。アーヴィンやフルトが大都市に見える。名前も知らないくらい小さく、滞在期間も短かった街と比べてようやくといった程度。
念願叶って辿り着いた王都がその程度だったのだ。そりゃあ……
「…………ミラ、そんなにションボリするなよ。気持ちは分かるけど……」
「あはは…………意外と容赦無いね、ふたりとも。まあ……かつては僕らも、ここが王都だとは信じられなかったけど……」
あんまりな光景に、ミラの落ち込み方が度を越していた。色々あって、最近はテンションも低めだった。それに怖い思いをして、僕と手を繋いで橋からここまで一度も離さなかった。
とはいえ………………ううむ。その少女のしょぼくれ方は、これまでに見たことの無いほどのものだった。よっぽど楽しみだったのか、それともよっぽど期待外れだったのか。あるいは両方か。分からないが………………その気持ちはよく分かった。
「ほら、変な感動はここまで。宿をとって、ちょっと街を見たら今日は休もう。明日、朝一で屯所を訪れて君達の友達の捜索依頼を出す。名前、年齢、それから特徴。依頼を出したらそのまま中央に向けて再出発だ。もう少しすれば、君達の望む王都が見えてくるから」
「……はい…………はあ」
ふたり揃ってうなだれていた僕らに、ため息をつくんじゃないの。と、マーリンさんは呆れたような笑みを浮かべた。その反応も想定内と言われているようで……だったら先に教えておいてくれよと思わざるを得なかった。
うぐぐ……期待外れなんてもんじゃないぞ、くそう。エルゥさんもきっとがっかりしただろうなぁ。いや、むしろここが王都だと気付かずに素通りしてしまったやもしれない。或いは…………はて、そういえば。
「…………そういえば、馬車の姿を見ませんでしたね、ここまで。王都へは定期便が通ってるって……」
「うん、王都へは直通で定期便が通っているよ。まあ……なんだ。無理矢理庇い立てするのなら……寂れているから馬車が通っていないのではなく、馬車が通っていないから寂れたままなのかもしれないね」
ってことは…………つまりエルゥさんはここには来ていない、と。となるとあの橋も渡ってないのかな? そういえば、ちょっとだけ馬車の順路とは違う道を来たんだったっけ。そうかそうか…………うう、ずるいよぅ。
僕らは小さくて少し古い宿に荷物を降ろし、そして一応の王都観光の為、また街へと繰り出していた。
いえ、本当に寂れてるって言うか…………何もないからさ。なんだろう、都会といっても住宅街は別に普通ってやつ。それの……さらに酷いバージョン。都会都会と言われてる県にも村はある、みたいな。見るものなど何も無い、というか露店すらロクに出ていない。
観光客を受け容れるかどうかの差は、これまでの街の中でも色々と違った。
だがここは…………ここに住んでいる人々の為だけの街といった様子だ。早い話が生活感にあふれている。野菜が安い。
「しっかし本当に…………ごほん。この旅ももうすぐ終点なんだなぁ。早いようで遅いようで……」
「あはは……せめて実感が湧いてから言ってあげて。なんて気の篭ってない言葉だろう……」
だってぇ。目的地としてずっとイメージしていた栄えた街ではない以上、実感なんて湧きっこない。
本当にもうすぐ目的地なんだろうか……? マーリンさんが嘘ついてるとは思わないけど……でも、あんまりにも寂れてて…………はあ。
「ふたりとも、あんまりため息ばっかりつかないの。幸せが逃げるよ。小さくても良い場所だったと思える街もあっただろう」
「そうですけど…………はあぁ。マーリンさんが王都はもうすぐだー、なんて言わなきゃ、こんなにハードルも上がらなかったってのに……」
それは言わないでよ。と、申し訳なさげな顔でマーリンさんもしょぼくれてしまった。
うん、彼女の言う通り、悪い街ではないのだ。見た所平和だし、貧しさから飢えているような人の姿も見えない。キリエで見た光景の寂しい片面はここには無い。
今まで通りにこの街と接するのならば…………きっと僕は、穏やかで人の息遣いが聞こえる街だなぁ。なんて考えたことだろう。
よし、ちょっと前向きに考えてみるか。ここは王都じゃなくてまだ旅の途中。たまたま立ち寄った小さな街で、ちょっと落ち着く静かな場所なんだ、と。
「もしもし、そこのお嬢さん。少しよろしいかな」
気持ちを切り替えようとしていた僕らに声をかけたのは、建物と建物との間に座り込み、何やら商売をしているらしいひとりの老爺だった。とても穏やかで柔和な声だったから、不意に呼び止められても驚きはしなかった。しなかったが…………
「…………っ⁈ んっ⁈ ぼ、僕っ⁉︎ こっちの子じゃなくて⁈」
「ほっほっほ、そうです。ローブのお嬢さん、すこしだけ顔を見せていただけませんか」
お嬢さんという呼びかけにマーリンさんはミラの背中をぽんと押すように撫でていたのだが、どうやらお爺さんはそのマーリンさんに用があったようだ。
まあ……ご老人から見たら彼女もまたお嬢さんだろう。どこか嬉しそうににやけながら、それでもフードを取っ払うことなく、マーリンさんはお爺さんへと近付いていった。
「僕はお嬢さんなんて歳でもないんだけどね、商売上手なご老人だ。けれど申し訳ない、訳あって素顔はあまり晒せなくってね」
「ほっほ、訳ありの旅人でしたか。これはご無礼を」
物腰柔らかで丁寧な言葉遣いをするお爺さんに、最初少しだけ警戒していたミラも、すぐにその緊張を解いた。
なんだろう、こんな場所で。押し売り……って感じじゃないな、何も商品を並べずにはそんなことも出来まいし。
「私はここで占いをさせていただいておる者でしてね。なに、少し気になる相が出ておったのです。お嬢さん、近く良くないことが起きましょう。裏切りの相が出ておりますよ。気を付けなされ」
裏切りの相……? というか占い……? なるほど、言われてみれば納得だ。その不穏な相の話ではなく、お爺さんが占い師であるって話に。
服装が特別であるわけではないけれど、道端に小さな机と椅子を設置して、なんだか怪しげで用途不明な道具を引っ張り出して来た姿は、たまーに向こうの世界の街で見かける占い師の姿と被る部分が多い……気がする。その…………なんだ。街なんてそう出掛けたこともないからさ……
「……顔も見ずに相が見えるのかい。それはまた優秀な占い師だ。けれど生憎だったね、僕はそういう曖昧な物には頼らない。申し訳ないが、他に用が無ければこれで失礼するよ」
「ええ、ええ。そうでしょう。随分と強い気を感じます。貴女が自らではない何かに頼るような人でないことくらいは、私のような者にもよく分かる。けれど……同時に強い気はその相もハッキリと浮かび上がらせる。お気を付けなされ、必ずそれは訪れましょう。言動に注意し、行動に注意してなお防げない。後手に回った対処を要されます。どうか気をしっかり持つよう」
立ち去ろうとするマーリンさんに、お爺さんは続けざまにそう言った。裏切りの相……か。ううむ、誰かに裏切られるって…………そりゃまた誰に。
今のところ僕とミラしかいなくって……まあ、このまま進めば王都で部下や上司…………王様か。それと…………大本命である他の政治家や貴族達。裏切られるって言い方を考えると、信用している、或いは信用されていると思しき人物だろうか。
マーリンさんは足を止め、そしてゆっくりと振り返ってお爺さんに詰め寄っ…………ちょっと⁈ 喧嘩はやめてよ⁉︎
「……好き勝手言ってくれるね。聞かせて貰おうじゃないか。その相とやらについて、詳しく」
「ほっほっほ。そうですの、裏切りはそう遠くない未来に訪れましょう。そして……その一件は貴女に大きな転機をもたらすでしょう。とても大きな存在からの裏切りです、平静でいられる可能性は低い。しかし、それを乗り越えた先で…………」
先で…………? なんだろう、何があるというのだ。三人ともゴクリと固唾を飲み、お爺さんの預言じみた占いの続きを待っ——
「——ほっほっほ。ここから先は銀貨一枚。商売でしての、ほっほっほ」
「………………っ! だぁれが払うかぁこのぉ! ふたりとも! 行くよ‼︎」
待ちわびた言葉は、悲しみの有料コンテンツだった。
ぐっ……このお爺さん、やり手だ。マーリンさんは激憤してずんずんと先へと進んで行ってしまうが……僕は正直、占いの詳細が気になって気になって仕方がないんだけど!
何があるっていうんだ! というか大きな存在って……? もしかして……王様……っ? 暴君だと言ってたし、あながち無くはないのか……?
待ってくださいと早足な彼女を追いかけながら、僕はひとり勝手に色々と思案に暮れる。だめだ、そもそもこの人の人間関係を僕らはそんなに詳しく知っていない。
「ま、待ってくださいってば。そんなに怒んなくても……」
「怒ってないよ! まったく、いったい誰を相手にあんなこと言ってると思ってんだ、あの爺さんは。僕を相手に占いだなんて、その時点で何も見えてないじゃないか!」
それは…………それは言ったらいかんよ。
たしかに未来を見る星見の巫女相手に、その未来を占いというのは中々どうして冗談がキツイ。
でもね……違うんだよ。そうじゃないんだ、わかってくれ。それが本当かどうかは一回置いておいたとしても…………っ。言いかけた占いの先は、聞きたくなっちゃうのが人間の性ってもんなんだよ…………っ。




