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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百九十六話


 お昼前に出発し、そして僕らは日が暮れる前に街へと辿り着いた。ミラの様子は……まだ本調子とは呼べなさそうだ。前ほど暗い表情はしてないけど、それでも僕から離れようとしない。ただそれでも……

「……なによ……?」

「ん、なんでもない。ほら、ちゃんと前見て歩けって」

 つつけば嫌がるし撫でれば喜ぶ。不安は残ってても、元気にはなってきたようだ。わしゃわしゃと頭を撫でてやると、不服そうに、それでもどこか嬉しそうにこちらを振り返って笑った。

 ただまあ街中でやることじゃなかったな。ほらほら、人が来てるから前を見て。と、肩を掴んでぐいと押しながら、僕らは宿を探して歩き回った。

「何か買いたいもの……備えておきたいものはあるかな? 無ければ今日はもう休もう。明日は早いからね。ここの所ゴタゴタ続きで、身体はともかく心の方に余裕が無いように思える。ちょっと奮発して、広いお風呂とご飯を堪能して……」

 広いお風呂。という単語にミラは一瞬だけ喜んだ。そして……すぐに青ざめた顔で僕に抱き着いてきた。

 はあ……まあ、言いたいことは分かる。初めて会った時から知ってる情報、ミラはお風呂が好き。暖かいから、なんて単純な理由だろうけど、それに間違いはない。疲れを取るという意味でも、公衆浴場へ行くのは良いアイデアだ。ただ……

「…………はあ。分かったよ、分かりました。マーリンさん、お風呂は宿の備え付けのもので済ませましょう」

「あはは……そうだね、気が回らなかった。君をひとり、それも丸腰の状態で放置するのはあまりにも心許ないか。じゃあせめて宿くらいは良いところを選ぼう」

 そうしましょう。と、ミラは僕に抱き着いたまま上機嫌な返事をした。そんなに心配されると…………なんて、今は言わないけどさ。

 正直な話、僕もちょっと怖い。いつ何処で誰に襲われるか分かったもんじゃない。ついこの間のように、マーリンさんのことを勘違いした人がまた僕らを……なんて可能性もあるし。そもそも、ひとり目のゴートマンは冒険者の中に紛れて接触して来たわけで。

 湯浴み客の中に紛れた集いの刺客がいたら、とか考えだすと…………ぶるぶる。

「…………色々あり過ぎてちょっとだけ寂しく感じますね。マーリンさんと一緒にクリフィアを出て、色んな場所を巡って。色んな……本当に多種多様な街を見て。すぐ隣の街でも文化が大きく違うこともあれば、遠い街で受けた印象をうっすら感じることもあって……」

「おや、唐突だね。感傷に浸るのはもう少し先でもいいだろうに。でも……そうだね。この旅が終わりに近づくということは、つまりスタート地点が見えないくらい進んだということでもある。当たり前だけど、アーヴィンを出た時のことなんてちょっと朧げになってきてるんじゃないかな?」

 そんなことないとも。あの時は本当に鮮烈な印象が多過ぎて……多過ぎて…………うん、覚えてないこともあるかも。でも声を大にして言いたい、つぶさに覚えてることもすごく多いんだって。

 馬車に乗ることも、そのわだちの跡を追うこともせずに旅に出て。森を抜けたり、魔獣の住処を抜けたり。結局、最初に人と出会った街はクリフィアで、旅に出たその日には辿り着けなかったのだった。

「朧げでも覚えてるべきことは覚えてます。忘れたこともきっと、いつか何かの拍子に思い出しますよ」

「覚えてるべきこと、か。そうだね……僕も大切な思い出はしっかりと覚えてる。いつか君達のことも、勇者の冒険譚のその続編として…………世界を救済したロマンあふれる伝説として語られるかもね。ふふ……そうしたら、僕はまた主役のひとりとして描いてもらえるのかな? それとも、君達の補佐をしたってだけの端役になっちゃうかな?」

 絶対に主役です! と、ミラは僕の手を握ったままマーリンさんに抱き着いた。にこにこと無邪気に笑って、もしかしたら彼女も楽しかった出来事を思い出しているのかもしれない。

 例えば……なんだろう。僕はミラと一緒に色んな場所を巡るだけで楽しかったけど……ミラは何が楽しかっただろう。やっぱりクリフィア? それとも初めて海を訪れたこと? 大本命はフルトかな。

 うん、思っていたより楽しい思い出が尽きない。僕らは和気藹々と談笑しながら食事を済ませ、そして街で一番立派な宿に腰を落ち着けた。ふかふかのベッド、広いシャワールーム。体を休める準備は出来た。あとは……

「…………ミラ、おいで」

「っ! 犬みたいに扱わないでよ……えへへ」

 荷物を整理していたミラに、僕はベッドに腰掛けておいでと声をかけた。ミラはなんとも嬉しそうに振り返ると、そのまま飛びついてぐりぐりと甘えてくる。よーしよし、いい子いい子。休む為には心穏やかである必要がある。ミラにとって、それが今はちょっとだけ難しいことみたいだから…………

「……俺が先に寝ちゃってたら起こしていいからな。お前が寝付くまでは撫でててやるから。じゃあ灯り消すぞ」

「うん……あ、ちょっと待って」

 はいはい、待ちますよ。ぽんぽんと頭を撫でられてうとうとしているミラだったが、照明のランタンを消そうとすると僕の手を引いて待ったをかけて来た。なんだろう、暗いのは怖いのかな。それなら……まあ、このくらいの明かりなら気にせず眠れるからいいか。

「……アギト、先に言っておくわ。この先……もしかしたら、また私はあの時と同じことをするかも…………ううん。しないといけなくなるかもしれない。アンタを守るだけじゃない、自分の身を守る為にも。もしもそうなった時は…………」

 そうなったら……どうしようか。それを決めるのは僕じゃない、今頑張って言葉を探してるミラだ。

 僕としては、やっぱりそんなことせずに逃げて欲しい。でも……逃げることが許されない場面が出てくるかもしれないって言いたいんだろう。

 そうなった時、僕らはどうしたらいいのだろうか。その答えを……今の段階での解答を、ミラは必至に出そうとしていた。

「…………そうなったら、また怒って欲しい。あの時はあれが最善だと思った。でも……それでアンタを心配させて、結果守れないんじゃ意味が無い。だから……窮地を脱して、逃げ延びたその先で怒って欲しい。怒られるのは嫌だから……そうしたら、出来るだけ他の選択肢を探せるから」

「…………なんだよ、それ。子供みたいなこと言って…………はあ。分かった、その代わり本気で怒るから覚悟しとけよ。本気も本気、泣いて謝っても許さないからな」

 そこまでは困る。と、ミラは苦い顔で僕の肩口に顔を埋めて体重を預けてきた。おうおう、怒るくらいは…………怒るくらいは…………うう、キツイことさせるなぁ。

 ガラガダから帰った後、動けない筈の体で無理をしたミラに怒った時のことを未だに忘れられない。ボルツで銃を勝手に仕入れた時にちょっとお説教したことも、フルトで怪我をしてるのに運動してたとこを叱ったことも。それから……二度目のキリエで悪さをした時のことも。

 覚えてるんじゃない、忘れられないんだ。怒った方はすぐに忘れる、怒られた方は一生傷付く。なんてよく聞くけど…………はあ。普通に忘れられないよ……怒った方も。いちいち明確に覚えてるよ、その時ミラがどんな顔をしてたかまで。はあ…………これが増えるのか……

「俺も怒りたくないからな、出来るだけ自分の身は自分で守るよ。今度こそおやすみ。真っ暗にしても平気か?」

「うん、頼んだわよ。灯りは……出来れば消さないで欲しい。暗くても平気だけど……明るい方がアンタも逃げやすいでしょ?」

 はいはい、お前の目がおかしいだけだからな? 普通は襲ってくる方も見えないっての。

 ランタンに伸ばしてた手を引っ込め、そしてそのままぎゅうとミラを抱き締める。よしよし、いい子いい子、って。ふふ……本当に子供を寝かしつけてるみたいだよな。

 先日マーリンさんが言ってた、ミラという人格は、生まれてからまだ六年ほどしか生きていないことになる。って話を思い出す。

 ああ……子供っぽくて当然だったのかな。なんて、そんな考えをすぐに一蹴して、目の前で眠る偉大な憧れに心の中で感謝を述べる。それからゆっくり目を瞑ると、僕もすぐに眠りに就いた。


 目を開けると、部屋の中は薄暗かった。あれ……ランタン消して無かったよな……? なんて馬鹿な疑問はすぐに解決する。燃料には限りがあってだな…………バカアギト。そして…………

「……おはよう。ちゃんと眠れたみたいだな」

 腕の中で寝息を立てているミラに、心の底から安堵する。良かった、昨日はちゃんと眠れたんだな。もしかしたら夜中に何かあって、一度起きてしまったから一昨日は眠れなかったのかも。その真相はどうでもいいけど…………っ。

「…………っ。こっちは平気じゃないのか……っ」

 体に一切の異常は無かった。脈拍も平常だし、体のダルさなんかも無い。というか、そんなのはきっとミラが先に感知する。なんで本人よりも機敏に察知出来るのやら……今はそれはよくって。

 平気じゃないのは、精神的な話だった。

 起きてから、意識がはっきりしてから、ゾッと背筋が冷たくなった。そして……ゆっくりと、それでも確実に脈が早くなっていく。

 息が苦しくなっていって、手汗と一緒に末端へ痺れが発生した。起きられた。二日経つ前に切り替わったりしなかった。無意識ではなく意識下でのみ認知出来るその恐怖に、遅効性の毒のように僕の体は蝕まれていった。

「…………ん……アギト……? どうかした……? 脈……早いわよ…………?」

「……っ。おう……相変わらず安心のサポート態勢だな。おはよう、ちょっとトイレ行きたいから早くどいてくれると助かるんだ」

 何かあったなら言ってね。と、寝ぼけ眼を擦りながら、ミラは僕の上から一時的に退いてくれた。それが一時的であることは、トイレへと向かう僕を見送る寂しげな表情から窺える。

 一回深呼吸して、興奮を落ち着けてから戻ろう。どうしてもこのことで心配かけるわけにはいかない。別に何か出るわけでもないのに駆け込んだトイレで、僕は心が落ち着くのを待っ…………や、やっぱり本当に出る! トイレに来るとしたくなる…………あるあるだよね……?


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