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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百八十九話


 しばらくすると、ミラは穏やかな顔で眠りに就いた。睡眠不足に泣き疲れ、それにそもそももういい時間だ。当然だろう。

 それから、すうすうという寝息と共に上下する背中を撫でていると、控えめな音で部屋のドアが叩かれた。

「こんばんは、ミラちゃんの様子はどうかな?」

「マーリンさん。ええ、この通りぐっすりですよ」

 それは良かった。と、微笑んで、彼女は手近な椅子に腰掛ける。お話をしようって言っていたっけ、そういえば。

 はて……それは相談事おはなし? それとも雑談おはなし? どっちにせよ、ちょっとまだ僕は寝付けそうにないし、ちょうどいいと言えばちょうどいいのかも。

「さてさて、君が眠っている間……というよりも、今日の昼間に僕がひとりで調べて回った結果を共有しておこうと思ってね。別に大した話は無いし、すぐに終わるから気楽に構えてくれたまえ」

「昼間に……もしかしてさっき何か調べ物してたのは、その関係だったんですか?」

 そうだね。と、ため息混じりに呟くと、マーリンさんはフラっと立ち上がって僕の隣に腰掛けた。そしてミラの頭をぽんぽんと撫で、少しだけ暗い表情で話し始める。

「……結論から言うと、僕の予測の範囲ではあるものの、魔人の集いの狙いが分かった。国家転覆なんて大仰なことは言わないけど、これが僕や他の貴族、政治家。果ては王様にまで伸びる反逆の刃であることは、ほとんど間違い無いだろう」

「反逆……前にちょっと言ってた通りだったんですね」

 そうだね。と、今度は大きなため息と共に吐き出した。頭を抱えて悩む姿に、やはり下手なことを今打ち明けない方がいいと再認識する。そうか……あの白衣のゴートマンが狙っていたのは………………?

「……ちょっと待ってください……? そうだ、アイツ……っ。馬車を追いかけてくるのがミラだって分かってたような口ぶりだった。それにもうひとり……もうひとり、アイツの仲間らしい声があって……」

「うん、それもまた間違いないだろう。あの時あの連中は、間違いなく僕と君達を引き離そうとした。そして見事にその作戦は成功し、ミラちゃんと一対一の状況を作り…………ごめん、君も入れて一対二だね。少なくとも、僕のいない所でこの子と戦う形を望んでいた。もうひとりの仲間……ってのは、あの馬車を隠してた術師だろう。きっと魔獣をけしかけたのもそいつだ」

 そうだ、あの時間違いなく、あの白衣の男はミラに執着を持っているように見えた。やはり、殺し損ねたから、なんだろう。

 あの時の言葉が脳裏をよぎる。あの男が使っている……少なくともあの強さの裏付けになっているであろう、契約術式という魔術。

 その契約の不履行……とどのつまり、一日にきっちりひとりを手にかけなければならないという契約を、遂行出来なかったことがよほど問題だったのだろう。

 それによる能力の減衰か、それとも他のデメリットがあるのか。分からないけど、とにかく今度こそとミラを狙ってやって来たのだ。

「連中の狙いは国家の要人だ。そして、君達はあの男達に、僕の仲間であると認識されてしまっている。はあ……こんなこと今更言って申し訳ないけどさ、あんなやり方でも君が僕を説得してくれて良かった。距離を置いたままだったら、もしかしたら君達は……」

「……国の要人を……か。それにしては、駐屯所の場所を把握しきれていなかったり、いまいちチグハグな行動も目立ちませんか? その……魔竜使いのゴートマンは、妙に魔術師に…………それと、ハークスに固執していたような節もありましたけど……」

 うーんと唸って、そのままマーリンさんはゴロンと仰向けになった。

 政治家、貴族。そして王。確かに、徒党を組んでまで襲う相手としては納得がいく。

 ハークスという家系が術師的には大きなものだと、そして古くからあるものだとは最近聞いた話だが……それでもわざわざ、術師でない人間も含めた大勢で攻め落とす理由は見当たらない。

 なんらかの事情があって寄り道をした、けれど結局あの男も本懐は同じくしている。そう考えるのが自然なんだろうか。

「……そうなんだよね、いまいちそこが詰めきれない。国の軍事施設を調べ尽くすだけの時間も無いしさ。まだまだ新しい組織だというのならまあ分かる。外国から入って来てる人間もいそうだし、情報が行き届いていない……統率が取れてない可能性は高い」

「レイガスは…………分からない。僕は個人としてのアイツを知っているからこそ、魔人の集いに加担する理由も、ハークスの家を狙う理由も分からない」

「意外と分からないことだらけですね。はあ……それだけ不透明な組織って話か……ああもう、胃が痛くなってくる……」

 ごめんね。と、寝転んだまま僕の手を握って、マーリンさんはごろんと寝返りを打った。

 魔人の集いは国の政治に関わる人間を狙っていそうで、そして同時に、妙な因果からミラが狙われる可能性も高い。もしかしたら、最初のゴートマン絡みの恨みつらみで襲われる可能性も……

「……ところで、どうして狙いが要人だとわかったんですか? そりゃまあ……状況証拠というか……他に狙うものも無いというか……」

「うん、それについては単に情報が入ったからだよ。先日、王都で議会にも顔を出す貴族のひとりが暗殺されたそうだ。厳重な警備にも関わらず目撃情報は無し。部屋の窓が割られ、寝室で全身を斬り付けられていたそうだ。こんなの……流石に無関係とは思ってられないだろう?」

 嫌でも緊張してしまう話だ。目撃情報無し、か。確かにそれは疑わざるを得ない。

 見えない魔獣に、不可視の結界か何かで覆われた馬車。兎にも角にも、姿隠しは魔人の集いのお約束、というわけだろうか。

 暗殺というやり口と言い、これまでの奇襲と言い、手馴れたものだっただけに、術師の男は相当古株なのだろう。

 まさかとは思うがエンエズさんと同様に、マグルさんの関係者だったりしないだろうな。そこからエンエズさんの情報が流れて、ゴートマンが目を付けて……みたいな。

「今日はその裏付けを取っていた、というわけさ。うん、ごめん。理屈を色々こねたけど、結局全部僕の推論だ。答えだけが分かっていて、途中式が全部抜けている。こんな話は出来ればしたくは無かったけど…………ことがことだけにね」

 さて、暗い話はこれくらいにしよう。と、マーリンさんは手を握ったままぐいーと伸びをして、ぎゅっと目を瞑ってから笑顔を見せた。

「対策他諸々は明日、ミラちゃんを交えて。君達の昔話、最近になってまた色々出てきてるしさ。聞かせて欲しいな」

「…………そうですね、暗い話は明るい時にしましょう。ええと……俺達の話……か。アーヴィンにいた頃のなんでもない日常の話とかでもいいですか?」

 もちろん大歓迎だ。と、マーリンさんは飛び起きて目をキラキラさせながら僕の顔を覗き込んできた。うっ……あ、あまり期待されると話しにくいな……

「えーっと……そうだなぁ。市長秘書として頑張ってた筈の話はもうしたし…………お、オチは無いですけど、とても美味しいとは言えない定食屋の話でもいいでしょうか……?」

「あはは、変にオチなんてつけなくていいよ。それこそ、何も無かった一日の話でもいい。君達の生活音が聞きたいんだ。あれ……なんだかちょっと変態みたいだったかな、今のは」

 生活音て。確かにそれは変態……ストーカーじみたセリフだっただろう。

 ミラがあまり話したがらなかったちょっとだけ情けない話、本当に盛り上がらない日常のあれこれ。それに……ミラが意図的に避けていたんであろう、街の人達とミラの話。

 街の人達の話ではない、みんながどんな顔でミラと接していたかという話。

 避難民であるロイドさんやボガードさん。古くからハークスを……レアさんを知っていたであろう神父さんや、幼少のミラを……レアさんを語ってくれた人々。

 色々事情を知った今だからこそ見えるあの街の在り方、ミラとの関係性。それに…………

「……神官様とは本当に色々ありまして。その度にミラに怒られたっけなぁ……あはは。蛇の魔女討伐の任務を言い渡された時は、それはもう本当に一悶着と言わず揉めに揉めまして……」

「そうかそうか、あのおじいさんとねぇ。ふむ、そういえば、アーヴィン、ガラガダは国境とそう離れていない。レイントンとの貿易路……か。確かに、あの街にとってみれば死活問題だろう。貿易は勿論、魔獣の巣も」

 そうそう、最初は市長の仕事じゃないって思ったんだ。それでも今なら多少理解出来る。

 あれはレアさんを……地母神様を危険から遠ざける為の、レヴへの任務だったのだ。まさかあれ程強いと思ってなかったミラの力も、あのおじいさんは全部知っていて……その成り立ちを知っていたからこそ……

「………やっぱあの人は凄い人だったんだと思います。街を守る為に私情を捨ててしまえる精神力は見習わないとなあ……って。でも…………」

「君には合わないだろうね、そのやり方は。公私混同がなんだ、別にいいじゃないか。人は感情を持った生き物だ。それに背く行為を褒め、本来持っている性質を否定するのが正義なら、人間なんてさっさと滅んじゃえばいい。君は君のしたいことをすればいい。勿論、それがいけないことなら全力で止めるとも」

 それは頼もしい。けど……そうだなぁ。あんまり感情的になって好き勝手やった結果がアレだったわけだし、もう少しだけ冷静にいられるようにならないと。

 あのおじいさんもこんな経験をたくさん積んだんだろうか。ミラの両親……あの人の子供夫婦も亡くなっていると言うし、きっと飲み下した涙は僕が流した涙なんかよりずっと多い筈だ。

「…………はあ。話さなきゃよかった…………うう、帰りたい……」

「あはは、ホームシックかい。ごめんね、馬車でもザックでも、もう帰ってる時間は無い。もう少しだけ辛抱しておくれ」

 冗談半分のため息だったが、どうやら本気で心配させてしまったらしい。ぎゅうと抱き寄せられ背中をさすられると…………はぅん。もっと……もっと撫で…………はぅっ⁈ いかんいかん! 感情に……本能に忠実すぎる! 最近ちょっと自制心が仕事してなかったのはマーリンさんのせいだったのか。

 慌てて離れるとマーリンさんはちょっとだけ寂しそうな顔をして…………そ、そんな顔しないでよ……っ。

 妙な罪悪感から、僕は彼女の甘やかしを、文字通り甘んじて受け止めた。うう……これでも三十路だってのに…………っ。

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