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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百八十三話


 その日の売り上げは僕らの予想を僅かに下回った。やはり……と、スイッチが入ったのは花渕さんで、そんな彼女を見て不安を飲み込んだ様子なのは店長だった。

 僕は…………どうだろう。イマイチ実感が湧かないと言うか…………確かに予想は下回ったけど、それに迫る売り上げは出せたのだから良いような……なんて。もしかしたら甘いのかもしれない考えでいた。

「くぅ……やっぱり明日にこの店の命運がかかってると言っても過言じゃないじゃん、これ」

「そうかなぁ…………そりゃまあ予想は下回ったけど……」

 僕が楽観的過ぎるのかなぁ。口に出してから怒鳴られるやつでは? と、後悔したが…………意外なことに花渕さんは何も言わずに黙々と片付けをしていた。これは………………あ、呆れて物も言えないなんて…………っ?

「そうだね。予想は下回ったけど、そう悲観する売り上げじゃない。花渕さんとしては、やっぱり予想は超えたかったみたいだけど」

「……あんまりネガティブに捉えても仕方ない、か。確かにふたりの言う通り、そう悪い結果じゃない。予想客数は上回ってたし、振れ幅の範疇ってしちゃっても良いんだけど……」

 けど……? やはりこの結果は花渕さん的には苦いものだっただろうか。今日という一日で見れば、人件費や材料費、それから光熱費その他諸々も加味して黒字。

 今月の中の一日としてみればよく売れた方。土曜日としてみると…………それでもまだ良い方。

 上り調子だった最近を思うとちょっと寂しいけど、数字としては良かったらしい。その数字が、店長ではなく花渕さんの口から出てきたことだけはイマイチこう……納得がいかない。花渕さんの役職はなんなんだ……

「…………うん、あたしとしてはもうちょっと売り上げが欲しかったかな。お客さんひとりあたりの売り上げが下がるのは頂けない。まだ危惧する程のもんじゃないけど、これが続いて日に日に下がっていくなら…………もしかしたら価格設定を間違えてるのかも、って」

「価格かぁ……うーん。食材原価から計算してそのまま安直に出してるしなぁ。そのうちに一度見直した方が良いのかもしれないね」

 価格……値段が高いか安いか、とりあえず釣り合いが取れていないかも、という話だろうか。

 勿論今の値段が高いとも安過ぎるとも思わない、僕はね。食材費で足が出てるって話でもなさそうだし、どちらかと言うと高い……のかな?

 でも……そんなに手が出ないって値段ではないだろうし、そんな様子もお客さんからは見受けられない。

「やっぱり悪く考え過ぎじゃない? 赤字になってるわけじゃないんでしょ? なら別にそう慌てなくても……」

「ん、そうだね。でも、そうやって悩んでおかないと不安になる程度の黒字なのも事実。忘れないでよ、アキトさん。この店にはもうすぐ嵐が突っ込んでくるんだから」

 嵐……? ああ、と思い出したのは、件のデパートのテナント。ううっ……それを言われると…………不安になってきたなぁ。

「別に私も、今のままじゃマズイってほど焦ってるわけじゃないし。けど……このままでもいっか、で済ませてちゃダメじゃん? このでっかい波をなんとか乗り越えないとなんないからさ、色々打てる手は打っておきたいわけ」

「そうだね。それに……すっかり根付いてから値段をいじるのは、あんまり良いイメージにはならないかもしれないしね。適正価格を探すのなら早い方が良い。特に値上がりしそうな場合はね」

 ううむ……言われてみれば。良さげと思って通い始めたパン屋が行くたびに値上がりしてたら嫌だもんなぁ。早いとこ値段を見定めてしまわないといけなさそうなのはちょっとだけ理解した。

「…………さて、じゃあポップ並べて今日は終わりかな? 店長、明日の仕込みヘマしないでよ?」

「あはは、任せて。きっと花渕さんのお眼鏡に適うものを出してみせるよ。いや、もうふたりには食べて貰ってるんだけどね」

 そうそう、明日からはハロウィン限定で新商品を出すのだ。かぼちゃとさつまいもの蒸しパン、美味しかったけど…………こう……………………店長のハードルの上げ方が下手だったなぁという印象が強い。

 でも、それを除くと良いものだったのだから、つまりお客さんには良いところだけが届いてくれると信じている。ううむ、美味しかったのは紛れも無いのだし、これで人気が出てくれると良いんだが……

 その後、やはりというかなんというか……僕と花渕さんは魔女の田んぼことデンデン氏のケーキ屋を訪れていた。明日はお互い忙しくなるね、なんて話を持ち寄って。

「いらっしゃいでござるよー、ふたりとも。いやあ、今日は寒いですなぁ。暖かいお茶と一緒にあまーいケーキはいかが?」

「いや、何そのキャラ……? 頂くけど……」

 寒いですからなぁ。と、もう一度念を押すように言うと、デンデン氏は既に準備されていたティーポットから甘い香りを漂わせながら、僕らを席へと案内した。

 まさかとは思うが…………僕らが来る前提でそれ準備してないだろうね……? 嬉しいけど…………来なかったらどうするつもりだ。

「むふふ、今日は王道も王道。これ無くしてケーキ屋を語れない。シンプルイズベスト、いちごのショートケーキですぞ。むふ、本日クリーム増量キャンペーンですの。むふふ……」

「な、なんなのそのキャラは…………? 美味しそうだから良いけど…………それにしても、どういうキャンペーンなのさ……」

 今日は寒いですからなぁ。と、またしても同じようなことを念押ししながら運ばれてきたのは、見るからにといったシンプルなショートケーキだった。

 いちごとホイップクリームとスポンジケーキだけ、王道も王道。他の果物や飾りっ気などいっさい無い、どストレートな一品。

 はて……何かこれに意味があるのだろうか。いや、ショートケーキに文句があるんじゃない。やたらと寒いとかなんとかごり押してくるそこの店主にだな……

「知らないでござるかー? むふ、寒い時はクリーム多めのワッフルを食べるのが吉なんですぞ。ま、ワッフルは無いのでこれで我慢して欲しいんですなぁ」

「ワッフル……? よく分かんないけど……花渕さんが笑うってことは、また僕が仲間はずれにされてるやつだね? そろそろ泣くよ? 僕も混ぜろよぉ!」

 むっふっふーと腹立たしい笑い方で煽ってくるんじゃない。くそう……どうにもこのふたりの間にだけ存在する謎の文化があるっぽいんだよなぁ。

 でも……あんまり詮索も出来ない。何故かと言うと…………花渕さんがそれに対して嬉しそう、楽しそうな反面…………恥ずかしそうにしているからだ。

 あまり踏み込めない……踏み込んで地雷を踏み抜いたら………………っ。それが怖いのだ。

「ともかく、甘いもの食べたらみんなハッピーなのはアギト氏にも分かるでござろう? ささ、ガブっといくでござるよ」

「うう……いただきます。あぐ……もぐもぐ……」

 おっと、これは思ってもみなかった。クリームマシマシだなんて聞いていたから、ちょっとくどいかなぁなんて心配をしたが、そこは一流パティシエ。いや、一流かは知らんよ? 世間的な評価って意味で。ごほん。

 口に入れた途端にクリームの爽やかな甘みが広がって、そして滑らかなスポンジの食感と共にいちごの甘酸っぱさが押し寄せてくる。ううむ……悔しいがあいかわらず美味しい……

「くっ……美味しい…………っ。作っているのがデンデン氏でさえなければ…………なければ…………っ!」

「むほほーっ! 当店自慢のふわふわスポンジケーキの威力を思い知るでござるよ。それに、いちごにも拘ってますからな。意外と手間暇かけてますぞ。王道だからこそ、やはり手抜きは看破されますからな」

 ふむ、王道だからこそ、か。王道だからこそ……みんなが買ってくれるものだからこそ、やはり向上し続けなければならない。花渕さんの値段設定がどうのってのは、そういう売れ筋商品の扱いをどうしようって話だったのかな?

「…………ところで、なんですがな。いえ、拙者の思い過ごしでしたら良いのですが…………」

「……? どうかした? え? 何かゴミついてる……?」

 いえいえ。と、デンデン氏は首を横に振った。花渕さんも特に何という目星がついてなさそうだ。

 となると……あれかな。最近、夜の付き合いが悪いでござるな。寂しいでござるよ。なんて、ゲーム関係の話かな?

「……その、大丈夫ですかな? なんだか今日のアギト氏はどこかこう…………なんと言いますかな。物足りないというか…………むむ? 言葉にするのは難しいのですが、何かちょっとだけ普段よりも寂しい感じですぞ」

「寂しい……………………はっ⁈ ま、まさか…………寒いってそういうこと…………っ⁈」

 慌てて頭頂部を抑える僕に、デンデン氏はそういうことじゃなくって。と、物凄く不憫そうな顔を向けた。

 だ、大丈夫……だよね? え……? その…………寒そうですな、って。寂しくなりましたな……って。秋だけに枯れてきてますなぁ…………って⁈ そ、そういう話じゃないよね…………っ⁈ ほ、本当に違うんだよね——ッ⁉︎


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