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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百八十話


 少女の一撃一撃にバチバチと火花が舞う。押しているのは誰がどう見たってミラだ。

 過去見たことの無い程の、そして文字通り目で追うことすら不可能な程の速さで繰り出される連続攻撃に、白衣のゴートマンは守りを固めることしか出来ていない。

 それも、前回のように隙を窺って致命の一撃を与えようという性質の守りではない。本当に何も出来ないから、手が出せないから、ひたすら耐えて時間切れを待っているように見える。

「——っ! ぐっ……」

「はっ! 動きが悪いわね! 私が速くなっただけじゃない、やっぱりお前の動きが鈍ってるわ! 契約の不履行がそんなにも痛手だったのかしら!」

 契約の不履行……? ミラの言葉に男の表情が変わったことくらい僕にも分かった。

 契約というと……マーリンさんが言ってた契約術式、ゴートマンの桁外れの強さの原因と仮定したアレか? しかし…………不履行とはいったいどういうことだろう。そんなもの、尋ねるまでもなかった。

「人の……っ! 人の死をッ! 積み上げてッ! その上で胡座をかいて——ッ! お前みたいなやつに負けるわけにはいかないのよッ‼︎」

「——ッ!」

 連続した突き蹴りに防御を正面に集めさせられ、空いた脇腹に重たい回し蹴りが叩き込まれた。小さなミラの体格からは想像も出来ないほどの威力だったことは、数メートル吹っ飛んで転げたゴートマンの姿に容易に想像出来る。

 圧倒的だ、何をどうやってもここから負ける要素は見当たらない。ただ……どうしても何か喉につっかえたような感じがする。この優勢がとても嫌な前提条件のもとに成り立っているような…………不安定なものな気がして…………

「私をあの時殺し損ねたことがお前の敗因よ。大人しく投降しなさい。そして……魔人の集いについて、洗いざらい吐いて貰うわ」

「……クッ。ふっふっ……随分な強気だが……良いのか、そんな悠長に説得などしていて。今すぐにとどめを刺さねば……もう時間切れも近いのだろう?」

 時間切れという言葉に、抱いていた不安の正体を理解した。

 そうだ、今のミラは限界を超えた出力で身体強化を施している。今まで低減の為に絞ってきた可変術式の調節バルブを、今回は逆にほぼ全開にまで開いているのだ。従来の強化よりも時間が短くてもおかしくない。

 その上…………もう二度目は無いと思って間違いないのだろう。男の言葉にミラは大きくため息をついて、そしてまた僕の視界から消えた。

「——余計なお世話よ。こんなの無くても結果は変わらないわ」

「が——ッ! ごほっ…………げほつ…………」

 バンバンッ! と、二度ほど地面を強く叩く音がして、そしてすぐに男は背後から蹴飛ばされた。背中に叩き込まれた蹴りが相当効いたのだろう、息をするのもやっとといった真っ青な面持ちで、振り返って睨むことも出来ずに蹲っている。

「…………そうね、もう時間切れ。今の一撃で確かに強化は切れた。ここからはもうあんな出力では戦えない。でも……それでも私は負けないわ」

「っ⁈ な、何言ってんだあいつ…………っ!」

 黙っていろと言われていてもつい声が出てしまう。慌てて口を塞いだが、どうやら男には聞こえていないか、聞こえていてもこちらを気にする余裕も無い様子だった。しかし……

 時間切れがすぐそこに迫っていたのなら、やはり今の一撃をトドメにするべきだった。それが出来ないほどあの男の耐久力が高かったのなら、せめて捕縛用の魔具を使うべきだった。

 そうでなくとも、時間切れと再使用不可をわざわざ教えてやる必要は無いってのに……

「…………揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)コーズ——」

 ミラを覆っていた青白い雷光が消えていく。ブラフでもなんでもなく、本当に時間切れを迎えたんだ。

 そしてすぐに次の強化魔術を……先程までとは違う、文字通り劣化版の言霊で、ミラはまた雷電を纏った。

「ぐっ……どうやら本当に時間切れだったらしいな。そして……その強化魔術は、先程のものよりも弱いと見える。迫力が、臓腑を刺すような恐怖が無い。確かに私は契約不履行によって、積み重ねた利子を失った。だが、それでも……」

「そうね、お前はまだ私より強い。けれど私は負けない。ああ……それと…………お前みたいなやつでも、まだ恐怖は感じるのね」

 男はゆっくりと立ち上がり、そして拳を握ってミラに向けて突進した。

 ダメだ……っ。そりゃこんな単純な突進くらいは簡単に避けてみせるだろう。けれど……けれど、それでも前回思い知らされたミラとこの男の相性は変わっちゃいない。

 男の方からはいつでも致命傷を与え得る一撃が飛んでくるのに対して、ミラは不可能と言ってもいい消耗戦をするしかない。必殺のカウンターに怯えながら打ち込んだ牽制用の攻撃では打倒出来ない。

 そう、ミラではこの男を倒し切ることは出来ない。けど…………

「……逃げて……逃げて逃げて、凌ぎ切れば逆転の目はある……っ」

 ひらりと身を躱して男の突進を避けるミラの姿に、ひとつだけ希望を見出した。そうだ、耐えていればいい。勿論、いつまでもは耐えられない、それは分かってる。けど……

 マーリンさんが追いつけば……っ。確かにあの数の魔獣を相手にしては、あの人だって手間取るかもしれない。けれど、そう長い時間を要する程でもない。

 文字通り桁外れの魔術師であるマーリンさんなら、ミラが逃げるだけの体力すら使い切って倒れてしまう前に追いついてくれる。本人は自分も相性が悪いとは言っていたけど、ミラとふたりでならそれでも……

「っ! はぁあっ!」

「——っ⁈ ぐっ……」

 逃げろ。時間を稼げ。マーリンさんを待つんだ。そんな僕の勝手な願いなんて知らず、ミラは勇猛果敢に男に攻撃を仕掛けた。それに対するゴートマンのリアクションと僕の心境は、奇しくも同じものだったと言えよう。

 どうして攻撃をしているんだ。どうして……あの人を待たないんだ。時間を掛ければ間違いなく勝てる。だと言うのに、わざわざ危険地帯に飛び込む必要がどこにあるっていうんだ。

「…………ミラ…………何しようってんだよ、お前…………っ」

「——はぁぁあああッ!」

 その後もミラは何度も飛び掛かっていった。僕の不安とは裏腹に、男は防戦一方に見えた。

 僕の目でも追えるミラの攻撃に、男はなにやらひどく困惑して苦戦している。やはりゴートマンも僕と同じことを考えたのだろう。あの魔術師と合流するのを待つ筈だ、と。まさか自ら死地に飛び込むまい、と。

 だから……この優勢に見える状況は、ただ男が混乱しているに過ぎない。だから…………一度落ち着いて動きを見切られて仕舞えば…………っ!

「っしゃぁあああっ!」

「ッッ‼︎ 見えているぞ魔術師よ! どういうつもりか知らんが、その蛮勇を後悔して眠れ——ッ!」

 恐れていたことが現実となった。一直線に飛び込むミラに、男は遂に焦点を合わせてクロスカウンターを仕掛けたのだ。一度ミラを文字通り死の淵まで叩き落としたその拳が、またしてもミラの胸へと突き出される。

 僕の心臓が止まってしまうんじゃないかって、そんな錯覚をするほど胸が痛かった。恐怖と不安と、それから困惑と。それらをまとめて呑み込む、あの時の絶望が心臓を蹴飛ばし続ける。

「——————何を——っ⁈」

 骨が、人体が砕ける音がした。あの時と何も変わらない、悲劇的でグロテスクな音だ。

 だが……意外なことに、僕から見える男の表情は、勝利に酔っている笑顔では無かった。

 理解しがたいものを見て、恐怖すらも覚えずに、ただ呆然と目の前の少女を見つめている。そして……カウンターを突き抜けて叩き込まれたミラの拳に、腹を抑えてよろよろと距離をとった。

「何……を…………っ⁈ 腕一本を犠牲に……私に手傷を負わせて…………っ! どういうつもりだ…………それではリターンが少な過ぎる……っ! まだ私は生きている! 殺せもしない一撃の為に腕を一本差し出して、これから何をしようというのだッ!」

 背中を向けた勇者は、だらんと左腕を垂らした。前腕が紫色に腫れ上がって、おかしな形に捻じ曲がっている。

 男の言う通り、ミラの腕はカウンターを防ぐ為に完全に砕けていた。

「〜〜〜っ! 腕一本っ! もう一本を犠牲にしてもあと一撃っ! 脚を失えば、もう勝機はおろか逃げることも出来ないっ! 何を考えている……っ! 気でも狂ったか魔術師ッ!」

「……っ。文字通り気の狂ったお前に言われてたまるもんですか。言ったでしょう、私は負けない。何があっても……絶対に——ッ!」

 ごきんッ! と、また嫌な音が響いた。ミラが折れた腕を無理矢理元の形に戻したのだ。男は全くその行動を理解出来ていなかったが…………そうだ、ミラにはその力があった。

 勇者の力、自己治癒の呪い。腫れはみるみるうちに引いていって、ぐっぐっと数度拳を握ると、もう何ごとも無かったように振り回して構えをとってみせる。

 そうだ! その手があったんだ! ミラの反射神経と危機感知能力、それにたゆまぬ努力で磨き上げた戦闘スキルに卓越した身体能力。腕一本、脚一本。いいや、四肢全部を文字通り盾に使って、致命の一撃を防いでしまえる。

 そうなれば、もうあの男の優位性なんて無いに等しいじゃないか! 対策があるってのはこのことだったんだ! 確かにこれなら…………この戦い方なら絶対に負けっこない!

 勇者様にも、きっとフリードさんって人にも出来ない、ミラだけの最強の戦法だ!

「————何やってんだよ————お前————」

 ぶつり——と、頭の中で何かが切れた音がした。


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