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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三十八話


 僕らはまた生きて神殿へとやってきた。仏頂面が張り付いているのか表情の変わらないあの時と同じドレス姿の女性に案内されて、またあの二人に面会に行く。ミラは……どうにも口惜しげに女性を、と言うよりもドレスを見つめていた。やはり女の子だ。綺麗なドレスには心惹かれ憧れるところも多いのだろうが、今日はそういう訳にもいかない。まともに動けない彼女にあんな大変なドレスを着つけさせて貰いたいとはとても言える雰囲気ではなかった。

「では、また後ほどお迎えにあがります」

 そう言って女性は扉の前で僕らと別れた。これは多少は信頼されたと受け取って良いものだろうか。

 重たい扉を押して潜ると、そこにはまた神官の老爺と地母神様がこちらを見つめて立っていた。

「無事、とは言い難いか。しかし約束は果たしてくれたようだな、アギトよ」

 好々爺といった感じの笑みで、僕にしがみつくミラを見ながらそう言った。やはり彼もこの少女の身について案じていた、という事だろう。しかし、僕はこの老爺にどうしても言わなければならないことがある。

「ふむ。アギトよ。何か言いたいこと、言わなければならないと腹に据えてきたことがあるのだろう。顔を見ればわかる」

 見透かされた様に、そして急かすように微笑ってそう言った。まったく、本当に食えない男だ……

「……貴方が言っていたことが理解できました。国を守る為に人々を犠牲にしなければならない苦悩。人を守るために何かを犠牲にした人にも会いました。だから謝罪します。本当に、生意気な事を言いました」

 ミラはなんのこっちゃ分かっていない様子で、それでもなにか粗相をしたということだけは理解したのかな。手と言わず、きっと冷や汗を全身から流しているのだろう。見ていないがきっと青い顔をして僕を睨んでいる筈だ。だから、僕はなによりもこの事を老爺に伝えようと決心してきたのだ。

「……俺はやっぱりアンタを怨むよ。何があったとしても、絶対に許さない」

 悲鳴が聞こえた気がした。背中の上の生き物が恐怖と混乱に暴れようとして、すぐにうずくまったのが分かる。しかし目の前、一番脅かしたかった男が不敵に笑っているものだからそれが悔しくてたまらない。この答えに行き着くことも想定内だったと言わんばかりで癪に触る。

「ほっほっほ。どうやら君が市長の側に着いたのは天の導きだったようだな。よろしい。ここに任務完了を言い渡す。後日褒美も持たせよう」

 今にも泣きそうな声で、アンタ何やったのよ! とか、謝んなさい! とか囁いてくるミラを他所に、僕は老爺と睨み合いを続ける。正直に言ってしまうと心臓が痛いほど早くなっているし、今にも泣きそうな程の重圧を受けているが、彼女はその比では無いだろう。きっと生きた心地がしないことだろうな。

「して、市長の体の調子は如何程か」

「私は大丈夫です。すぐにでも業務に戻ッッッ⁉︎」

 おっと手が滑った。馬鹿なことを言うもんだから、ついついずり落ちかけていた彼女を持ち上げようと揺すってしまったじゃないか。

「十日は絶対安静だそうです。責任持って俺が面倒見ますんで」

 彼女の悶絶っぷりに少々顔色を変えながら、老爺は、そうか、分かった。とだけ言った。背中の方からずいぶん強い殺気を感じるが、きっと気のせいだろう。別に僕は悪く無い。

「では、七日後だな。また二人で来られよ」

「……分かりました」

 声も上げられない彼女に代わって了解の意を伝え部屋を後にする。本当に全部お見通しって感じがして、二周は軽く回って笑えもしない。少しでも長く彼女を休ませたかったのだが、それも叶わないか。

「ではお二人とも。次は正装に着替えられるようにして来てください」

 辛辣な言葉とは裏腹に少し優しい表情を見せたような気がしたが、いつもの仏頂面に戻って女性は僕らを送り出すと、すぐに神殿の扉の奥へ消えて行った。さて、後ろの上司が色々と言いたげだがどうしたものか。

「……悪かったって。色々」

「色々。色々ね」

 想像以上に機嫌の悪そうな声色に、道中に降り注ぐ小言の数を覚悟しながら次の目的地に向かって歩きはじめる。

「大体神官様に向かってあの態度はなんなのよ! 偉い人なの! この街で一番偉い私より偉い人なの!」

「ミラが一番って時点であんまり実感湧かないしなあ」

 ぽかりと頭に一発。さして痛くない。

「神官様にも、それどころか地母神様にも挨拶しないし! もうちょっと目上の人を敬うって事を覚えなさい!」

「あー、それは普通に忘れてた。はやく文句言いたくて」

 ぺしぺしと頰を三発。これも痛くない。

「あと神官様と地母神様に嘘つくなんてどう言う了見よ! 大体こんなの明日には回復するわよ!」

「嘘ならミラもついてたじゃないか、前に。それから一週間、本気の本気で何もさせないからな、お前。本気でそこは怒ってるからな」

 ぎゅうと全くキマらないヘッドロックをかけられた。うん、彼女は相当弱っていると再認識する。それからも色々ぶーぶー言っていたが、僕はそれを全部無視して、彼女が気付いた頃にはもう目的地に辿り着いていた。

「……ちょ、ちょっとアギトさん……? お昼奮発してもいいって言ったけど……こんなつもりはなかったのよ……?」

 彼女の顔がみるみるうちに青くなっていく。本当に表情のコロコロ変わる娘で見ていて飽きないよ、とは口に出さないでおいた。ポミエラ=カステールと銘打たれた看板に、彼女は珍しく尻込みしている。ここはカステール夫婦の、ロイドさん夫婦の営むレストランだ。彼女の反応、以前食べたあの美味しさ。なんの考えもなしに来てしまったが……もしかすると皿洗いコースかもしれない。

「ええいままよ!」

「待って! 待って⁉︎ 本当に待って‼︎」

 僕はここまで来た勢いそのままにドアを開けた。するとどうだろう。あの紳士然とした爽やかな笑顔が出迎えてくれるではないか。いや、彼の店なのだから当然か。

「アギトさん、ハークス市長。よくぞいらしてくださいました」

 ランチタイムは流石に過ぎているので、他に人はいなかった。もしかしなくても、僕はまた変な時間に押しかけてしまったのではないだろうか。

「すみません、シェフカステール。本当によく言って聞かせますので、今回は許して上げてください」

 状況が飲み込めていないロイドさんの困惑と、懐事情が豊かではないミラの困窮がここに邂逅を果たした。仕事量に対して報酬少な過ぎやしないか市長。

「えーっと、すいませんロイドさん。今日はもうおしまいですか?」

「いえいえ、お二人がいつ来ても良い様に、二食分の食材は常に仕込んでありますから」

 これは……後に引けなくなったぞ。仕方ない、こうなれば本気で皿洗いでもなんでもやってやる。覚悟は出来たぞ、どんとこい。

「では席にかけてお待ちください。腕によりをかけておもてなしさせていただきます」

 開き直って仕舞えば案外、でもないか。あの照り焼きみたいな名前の料理のその先、フルコースでロイドさんの料理が堪能出来る。そう思えば高揚感と忘れかけていた空腹感に、胸も腹も高鳴った。

「アギト……ごめんねアギト……本当に、本当にそんなお金はないの。今からでも謝って……でもケーキだけなら……」

 耳元で情けない事を言う上司の声と、唾を飲む音が聞こえる。いつもあの安い早い不味い食堂に入り浸っている彼女にしてみれば、この店はよほど高嶺の花なのだろう。え? そんなに高いの? そりゃ高級レストランって雰囲気はあるけどさ。

「お待たせしました。まずはオードブル、鮭のカルパッチョでございます」

 まずは、うん。まずはと言った。間違いない、フルコースが出てくる。そしてどうだろうこの鮮やかな一品。鮭の色艶のいい事。手近にあるもので例えるなら丁度ミラの頰くらいの赤みがかったピンク色で……青っ⁉︎ ミラ顔色悪っ! 息切れしてるし!

「し、しぇふかすてーる。ほんとうにもうしわけないんですけど……その……おかねが……」

 今にも消え入りそうな情けない声でミラはロイドさんに事情を説明し始めた。ああ、鮭が! 目の前のこのピンク色の宝石が取り上げられてしまうと言うのか!

「いえいえ、お代は結構。かつて貴女にはお伝えした筈です。この店を建てている時、ぜひ召し上がって頂きたい、と。貴女が中々いらっしゃらないので、彼にも伝えたのですがね」

「いえ……でもそんな……良いの⁉︎ ではなくて、ただでこんな立派なお食事を頂くなんて……え、本当に良いの⁉︎」

 なんとも爽やかな、それこそカルパッチョにかけられたビネガーソースの様に爽やかで清涼感のある笑顔でロイドさんは頷いた。神はここにいた。

 それからも運ばれてくる料理を、自分の口と、タダメシと聞いた途端元気になった背中の業突く張りの口に交互に運び続けた。


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