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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百七十四話


 僕らの大好きなふわふわ系魔導士マーリンさんが帰って来てくれた。あ、ふわふわってのは性格面での緩さといつも浮き足立ってる感じがするのと、それから…………ふわふわっと…………柔らかさが……こう……おほん。色々複合的な意味でのふわふわ系。そんなマーリンさんに瞬殺されたミラを叩き起こし、首に真っ赤な噛まれ傷を作りながらも、僕らはクエストを受けるため役所へと訪れていた。くそいってぇ…………っ。

「……おい、いい加減機嫌直せよなぁ。まったく、おもくそ噛みやがって……」

「まあまあ、あれはアギトの起こし方も悪かったよ」

 つーんとそっぽを向いてマーリンさんの影に隠れるミラに、少しだけ理不尽を感じざるを得ない。まあたしかに、マーリンさんから引っぺがして頭から水をぶっかけたのはやり過ぎたかもしれない。けどな! このやり方はな! いっちばん始めにお前が僕にやったことだからな! えへ、ちょっとだけ懐かしい気分になるや。それとマーリンさんも。何を人のこと宥めてるんだよ。これがぐうぐう寝ちゃったのってアンタの所為だからな! 分かってんのか!

「ったく……ちょっと何かあるとすぐにそうやってヘソを曲げる。本当にそれで勇者になれるのか?」

「むっ、何よ。人が気持ちよく寝てるとこに水をかけるような思いやりのかけらも無い男に言われる筋合いは無いわよ」

 なんだと! なによ! と、まあなんとも久し振りに僕らは取っ組みあって睨み合った。うん、これもやっぱり久し振り。結局すぐにお互いに笑っちゃって、いつも通り仲良く手を繋いで歩くのだ。でへ、僕の妹は人類一可愛いからなぁ。しょうがないよね、何されても許しちゃう。

「さてと……昨日見た感じだと、少し離れた山の中か、それとも川沿いを下った先にある洞窟か。受けられそうなクエストは、どちらにせよ楽に行って帰ってこられる場所じゃない。何を受けようか」

 もちろん両方です! と、ミラのことだから即答して怒られるものかと思っていたが、そこはもう流石に冷静な判断を下せるようだ。まあ、行って帰ってもう一回となると時間が足りないしな。難しい顔でうーんと首を捻って悩んでいた。それは……その、どっちが稼げるかなぁ? 的な悩み?

「俺は山ですね。そりゃ……良い思い出は無いけど、どちらかと言えば戦い慣れてますし。洞窟ってのも……ううん、結局こっちも良い思い出ないから……」

「あはは……君も本当に気苦労が絶えないね。確か、洞窟での戦闘は、蛇の魔女の巣窟へ踏み込んだ時以来なのかな? 視界も悪く、崩落の危険性もあってあまり派手に暴れられない。そういう意味でも、洞窟は今のこの顔ぶれで挑むにはちょっと難しいかもね」

 マーリンさんが実質置物になりますからね。いや、明かりくらいは点けられるか。けれど……結局いざという時の切り札としては機能し難い。洞窟の崩壊もだけど、狭いから巻き込まれかねないしね。となると……やっぱり山が良いんだけど。そこのところの決定権は基本的にミラが握ってるから…………いつもは山だから今日は洞窟に行きましょう! とか言い出したら…………

「……そうね、山に行きましょう。ええと、依頼が出されてる魔獣は……」

「…………おや、意外。お前さんのことだから、てっきりいつも行かない方へ行こうとか言い出すかと」

 むうと不機嫌そうにむくれて、そしてすぐに視線を机の上に戻し、ミラは受注用紙に記入を始めた。どうしたことか、噛み付いてもこないとは。

「…………アンタの言葉をそっくりそのまま使わせて貰うわよ。私は洞窟の方が良い思い出が無いもの。アンタと逸れるわ、蛇の魔女には一度負けるわ、体はボロボロになるわ。それに、帰ってからもシンドイこと続いちゃったしね」

「それもそうか……うん、そうだったな。あの時の心細さと来たら…………ゲンさんのこと教えて貰ってなかったら死んでたな……間違いなく…………ぶるるっ」

 あのおじいさんがいなければ、それはそれで私が絶好調で戦えたんだけどね。と、苦い顔で笑うミラに、マーリンさんは少し興味深そうに首を傾げた。ゲン老人の話はあまりしてないというか……蛇の魔女の討伐の話はしたが、その前に起こったちょっとした事件を説明していなかったというか。元気かなぁあのクソジジイ……

「………………や、やばい……っ。ゲンさんがいなかったらって考えちゃった所為で足が震えて来た……」

「なんで今更…………はあ、バカアギト。蛇の魔女がいなかったらって仮定を持って来なさいよ、どうせなら。そうしたら………………旅に出ることもなくて…………マーリン様とも…………っ? ま、マーリン様ぁっ! ぐす……」

 なんでお前が泣き出すんだよ、この流れで。今朝解決したとは言え、かなりグロッキーだったからなぁ、昨日の晩は。

 しかし、めそめそと泣きながらマーリンさんに抱き着いたこの小さな少女が、まさか手に持っている受注書の魔獣を全部倒してしまうとはここにいる誰もが予想すらしないだろう。はは……果たしてどういう目で見られてるんだろうな、今の僕は。美人な魔術師と小さな妹を連れた駆け出し冒険者? でも、それにしてはあまりにも受注量が…………

「ふふ。ほら、ちゃんと前向いて。強くなったんだろう? 僕が心配する必要無いくらい立派な勇者になるんだろう? 良い子だからもう泣くのはおよし。でへ、甘えん坊さんだなぁ」

「ぐす……はい…………ずび」

 途中まではかっこよかったんだけどな。最後で台無しだよ、このへっぽこ。例の如く異常な量の受注書を受付に持っていくと、それはそれは目を丸くして驚かれてしまった。いっつもこうだ…………はあ。でも、僕が受けるしかないもんなぁ。ミラじゃやっぱり突っ返されるだろうし、マーリンさんじゃまた身バレが怖いし。

「よし、出発だ。ふたりともここからはおふざけなしだよ。しっかり気を引き締めてね」

「分かってますよ、流石に。っていうか…………もうお腹痛い…………」

 だらしないわね。と、小さな手で背中を撫でられた。うう……こればっかりは一生慣れる気がしないよ。しかし、ひとつだけ嬉しいニュースもある。靴を新調したからだろうか、足の疲れがいつもよりもずっと少ない。これなら山登りもまだ余裕がありそうだし、最悪走って逃げ回る羽目になっても平気だ。うんうん、ミラの見立ては完璧だったな。

 そして僕らはミラを先頭にして山を登り始めた。街から数十分ほど歩いた後のことである。本当にちょっと遠かったな。それと……これはちょっと意外だったのだが、今回は監督役が付かなかったのだ。監督役とは? という問いに簡単な説明をすると、クエスト失敗を役所に報告する為の引率である。初めてクエストを受けた時にそんな説明をされたっけ。あまりにも膨大な量の討伐依頼を受けたもんだから、って。

「…………エルゥさん、今頃何してるかなぁ……はあ」

「……? エルゥがどうかしたの? えへへ、早く会いたいわよね」

 そうだな、早く会いたいよ。早く…………早く会いたい……っ。こう、なんだ。あの人は見てると元気になる。いえ、元気になっちゃう女の人って意味なら、今もすぐそばに居んだけどさ、そういうのじゃなくって。

 フルトの元気印、冒険者のアイドル。そんな異名があるのかは不明だが、少なくとも僕らはみんな元気を貰った。そう、そんなエルゥさんもまた、監督役として僕らとともに山中へと踏み入ったことがあるのだ。

「ふーん、僕も早く会ってみたいなぁ。君達の話に出てくる人物はみんな魅力的に聞こえるよ。それだけいい旅と出会いを繰り返して来たってことなんだろうけどさ」

「はい、エルゥさんはとてもいい人でした。けどまあ…………マーリンさんじゃ、会っても近付くことすら出来ないでしょうけど」

 そんなことないよぅ。と、ちょっと慌てた様子でマーリンさんは僕の腕を叩いた。いやいやどうだか。エルゥさんも……美少女だったからなぁ…………でへ。こう、マーリンさんをもっちりふわふわ柔らかボディだとするなら、あの人はすらっとむちっとメリハリボディとでも言おうか。すらっと細身で、でも…………でゅふ……むちむちな良い太ももをして………………はっ⁈ マーリンさんがとても生暖かい目でこっちをみてる⁈ ミラは……呑気に鼻歌を歌っていた。セーフ……

「ふふーん、ふんふーん……ん、お出ましね。はあ……相変わらずこの蜂みたいな魔獣は鬱陶しくて嫌いだわ」

「好きなやつとかいないだろ、こんなの。どうする、迂回するか? 依頼には無かったよな?」

 そうね。と、呟いて、それでもミラはそれを無視すること無く深く息を吐いた。討伐依頼に無いから、お金にならないからスルー安定。なんて考えをこいつが持ち合わせているわけは無い。時間を掛けてでもここできっちり仕留めて——

「————連なる菫ヴァイオラ・コンクツィードエクススっ!」

 聞き覚えの無い言霊、そして見覚えの無い魔術。ミラの周囲に現れたのは、彼女の小さな拳よりもさらにひと回り小さな火球で………………火球っ⁈

「火炎魔術…………っ⁈ バカミラ! それじゃ燃え移る…………山火事になるっ⁉︎」

「……いや、これはまさか……っ!」

 やめてぇ! 逃げ遅れて死ぬとかそんなの勘弁してぇ! そんな僕の心の叫びなんて無関係に、現れた火球は鋭い槍のように炎を噴き上げた。そしてそれらは魔虫のみを焼き貫き、在ろうことか鬱蒼と茂った木の葉の僅かな隙間をすり抜けて空へと帰った。

 かねてよりマーリンさんが口にしていたミラの特技、あまりにも精巧な魔力コントロールが、あのポーションの課題によってここまで鍛え上げられていた……ということなのかな? どうだと言わんばかりに胸を張って帰ってきた可愛くも頼もしいミラを、僕もマーリンさんも持てる限りの力で褒め甘やかした。


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