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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百七十二話


 つまるところ、人間が欲しているのは安寧なのではないか、って。安寧とは何か、それはきっと不変であることと言い換えることが出来よう。昨日までと変わらない当たり前を。そしてそれでも尚、強欲にも今日より良い明日を望んでしまう。はい、何が言いたいかって言いますと……

「………………はぁ。どうにも…………はあぁ……どうしても来ない……」

「アキトさん、ハリアップ。あんまりぼーっとしてると怒るよ」

 あっ、ごめんなさい。今日は花渕さんもいる。ハロウィンイベントを目前に控えてやる気もある。だが、それとお客さんがやって来るのとは別なのだ。

少し前までの日常、暇で暇でしょうがないって日々。あの時はそれでも構わなかった。いや、やっぱりお客さんは来て欲しいと思ってたよ?

 それでも……いつかみたいにお客さんがいっぱい来て、疲れるけど充実した一日を知って。そんな今程、その“充実”を求めていなかったという話。まあなんだ、今日は全然お客さん来なくて暇だってことよ。

「……まあ、こう土砂降りじゃあねえ。はあ……今日は三人だし、いっぱいお客さん来ても大丈夫だったのにぃ……」

「うちは駐車場とか殆ど無いからね。ま、天気ばっかりは仕方ないじゃん。切り替えて準備を進めるし」

 原因ははっきりしている。ぼ、僕が汚らしいからじゃないよ! バチャバチャと激しく音を立てながら跳ね上がる水飛沫だよ。向こうふたつ目くらいの信号の色が分からぬほど視界を奪う土砂降りに、流石にお客さんも気軽にはやって来れないのだ。はあ……

「こうなると、流石に今日は遅くまで残してあげられそうに無いなぁ、ごめんね。帰りはどうする? お店が終わるまで残っててくれれば送ってくけど」

「あー、あたしは大丈夫。風は強くないし、今のところ。これで横殴りに吹き付けて来たらまた考えるよ」

 僕も同じ感じです。と、物憂げな店長に返事して、同じように恨めしいという念を空に積もった暗い雲に送り付ける。晴れろー、晴れろー。いや、晴れても今更お客さんが来るとは限らないんだけどね。

「…………しかしこうなると田んぼにも行けないね。はあ……今日はモンブランの気分だったのに……」

「言うと余計に食べたくなるよ、やめときなって。ま、この天気でぐしょぐしょになってやって来られても困るでしょ。大人しく退散じゃん」

 はあと大きなため息をつきつつ、大雨の中田んぼに行くという言葉の力強さにどこか笑ってしまいそうだ。くそう、変な名前つけやがって。台風だ! ちょっと田んぼの様子見てくる! が、きちんと成立してしまうじゃないか。

「とりあえずやれること全部終わらせてからだね。店長、裏で明日の仕込みしてて良いよ。流石にこれで三人も表にいたってしょうがないし」

「うーん、そうだね。ごめん、任せるよ。このままお客さんが望めなければ、ふたりとも昼ごはんだけ食べて上がって貰うことになるかな……申し訳ない」

 良いって。と、花渕さんは落ち込む店長を慰め…………あれ、本当にどっちが上の立場の方でしたっけ……? そんなちょっと頼りない店長はとぼとぼとキッチンに引っ込んでしまって、僕らはなんだか久々にふたりきりになった。うむ、あれだね。なんかこう…………こっちと向こうとシンクロしてる感じな時あるよね。気の所為なのは分かってるけど。

「さて、店長にはああ言ったけど……正直やること無いんだよね。掃除もなんだかんだ終わっちゃったし、お客さん来てないのに洗い物なんて出るわけないし。しょうがない、今日の廃棄どれ持って帰るか考えとこうかな」

「あはは、花渕さんらしからぬサボり宣言……でも、本当にやること無いよねぇ」

 らしからぬってどう言う意味じゃん。と、花渕さんはなんだかちょっとだけ不服そうに睨み付けて来た。そりゃあ……ねえ。こんなに真面目で勤勉な花渕さんだもの、らしくないに決まってる。どういうわけか、不良っぽさ、ギャルっぽさに拘りがあるようだ。うーん…………これ、本物のギャルと対面したらどうなってしまうんだろう。はっきり言うと、似非感が凄くて……

「……ま、良いけどね。ところでアキトさん、前に言ってたゲームの件忘れてないよね? この間店長にため息つかれてるし、あんまり心配掛けるのもどうかと思うからさ。大人しく家で時間潰せるものがそろそろ欲しいんだけど」

「げーむ…………げーむ……? ゲーム……ああっ、そうそうそうだったね。わ、忘れてないよ……? 忘れて…………わ、忘れてました……」

 ギロリと睨まれては嘘などつけない。そういえば言ってたね、自分にも出来るゲームを教えて欲しいって。若い子らしからぬ話だけど、花渕さんのスマートフォンにゲームアプリは殆ど入っていない。友達に誘われて始めたけどイマイチ分からなくて、でも教えて貰う気にもなれなくて。そんな理由で放置されてる流行りのゲームがいくつかあるだけだ。あとは……SNS以外は写真加工アプリとか、うん……僕とはあまり縁のないものばかりだ。

「そうだなぁ……僕もあんまりソシャゲってやらないからなぁ。うーむむ……」

「あれ、意外と頼りにならないじゃん。別に良いよ? マニアックなやつでも」

 いえ、こう……なんと言いますか。僕のスマホに入ってるゲームって………………ね。ほら、分かるだろうそこの君。相手は女の子、とてもじゃないが……………………可愛い女の子がちょっとセクシーでうふふ、な広告が出てるタイプのゲームはオススメしづらいのだお。この歳になると恥じらいはそりゃまあ薄れてくるけど…………そんな話ではないのだ。こう……その瞬間からいったいどんな扱いを受けるのだろうとか……そういう…………

「うーん……最近また流行ってるし、色んなとこ行ってモンスター捕まえるアレは? 僕は……出不精だったからやってないけど……」

「ああ、流行ってるよね。周りで流行り始めた時に乗り遅れて敬遠してたけど……やってみるのもありかなぁ。でも……負けた気分……」

 なにその対抗心。アレですか、あんまり流行りに乗っかってます感は出したくないのですか。本当に変なとこで頑固だなぁ。だったら……どうなんだろう。据え置きゲームのアプリ版リメイクとかは、どちらかと言うとその元のゲームをやってる人の方がハマるイメージ。いえ、周りに人がいなかったんで本当にイメージだけです。ネッ友(死語)は大体オタクだから、当たり前って顔でみんなやってるもん。参考にならん。

「どんなゲームがしたいとかある? パズルとか、RPGとか、それこそザ・ソシャゲって感じのぽちぽちタイプか」

「いや、それが分かんないから聞いてるんだし。ゲームなんて殆どやったことないもん……花札とかトランプくらいしか……」

 嘘でしょ……っ? 現代っ子だよね貴女⁈ なにやらションボリした様子だからあまり深く突っ込めない……あれか? むかーしむかしに店長が言ってたけど、花渕さんのお母さんは教育ママだとか。まあそうなるに至った経緯は割愛するけど、この子は学業優先であまり遊べずに今に至るのだろうか。それは……ちょっと可哀…………いやいやそれはとても失礼だな。見下すなよ、そんなことで。

「ランキングから人気のやつを…………ってやり方はあまり好みではない?」

「あは、分かってきたね。なんか、後尻を追うのはちょっとさ。いや、流行りものが嫌ってんじゃないけど……せっかくだし」

 流行りものアプリ自体は入ってるしやってるもんね、ゲームじゃないってだけで。これは……アレだな、きっと。自分にとって未知の領域だけに、テンション上がってるやつだ。こう……なんというんだろう。伝わる人にだけ伝われば良いんだけどさ………………深夜アニメ見始めた頃の、周りの人が知らないアニメを見てるという謎の優越感。アレに近いものを求めているのだろうか。いえ、僕の場合は基本ネットで繋がってたから、誰かしらは知ってたんだけど。

「…………オタ気質だよなぁ、意外と……」

「ん? なんか言った?」

 いえいえと誤魔化して、僕は出来るだけ当たり障りのない範囲の、あまりまだメジャーになってないゲームをオススメしてみた。ただ一個だけ注意点として…………人気が出ないとそのまま消え去るからと付け加えて。

「……そっかぁ。無くなる場合もあるんだ……」

「人気でも大きくなり過ぎて採算が合わなくなったり、流行りが廃れて無くなっちゃったりするね。だから買い切りのゲームを買う方が長く楽しめる気はするけど……それだとゲーム機から買わないとだもんね……」

 父親のお古のテトリスが出来る小さいゲーム機なら、電池切れでしまってあるけど。と、またがっくり肩を落としてしまった。え? 小さいゲーム機…………? あの、もしかしてそれってキーホルダーになってるアレ…………? 逆にレア過ぎるよ、そのケースは……って、それはよくて。

「……しょうがない、不本意だけど流行りものに乗っかるしかないか。アキトさん、終わらなさそうなやつの中で、出来るだけ人がやってなさそうなの無い?」

「ここまでくるともう執念にすら感じられるね……そうだなぁ……」

 オススメしたいゲームはいくらでもあるけど………………貴女へのオススメではないんだ、全部。全部…………女の子が水着とか…………ミニスカメイドとか……………………ね? そんなこんなでどこか距離を測りながら和んで、僕らは久々に短い労働を終えて帰宅した。はあ……デンデン氏にも聞いとこ。というか今度お店に行って一緒に………………あの男は容赦無く危険地帯に踏み込みそうだからやめとこうか。僕の最推しはケモ耳スク水のこの子っ! 拙者はどろしぃたん似のこの子っ! って話を頻繁にしてるし……うっかりバラされたら………………っ。


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