表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
37/1017

第三十七話


 時間は……午前十時。場所は我が家。の、よりボロい方の部屋。目の前には積まれた書類、背中には指示を出す上司。今僕は……なにをしているのだろう。

「……ん、それはハネといて。明日直接伺ってそれから決めましょう。次……アギト?」

「オカシイ……コンナノオカシイ……」

 昨晩出来なかった書類仕事をしている、というのは確かだ。僕はそれがなんの書類なのか聞かされてないし、聞いても多分ピンとこないし、心を無にして彼女の言う通りに手を動かすだけだから知らなくて困らないのだけど。しかし、僕はそんなことが言いたいのではない。

「今日くらい休んでもいいんじゃない……? 実際ミラは動けないわけだし……」

 僕が疲れてるから休みたいとか、寝不足だから今度こそ一人で眠りたいとかでは無い。ええ、嘘じゃ無いですよ、嘘じゃ無い。嘘です、眠りたい。でも、それだけじゃ無いのも嘘じゃ無い。彼女はどう見ても仕事なんて言っていられる状態にない。デスクワークだからとか関係なく、今すぐ横になって休むべきな筈だ。

「……うん、ごめんね。回復したら休みはあげるから」

 そうじゃ……言いかけて僕は口を噤んだ。彼女に両立を提案したのは僕だ。彼女の頭に休むと言う考えが無い以上、今は彼女の満足行くまでやらせてあげよう。それから……僕の休みがしばらく無さそうな不穏な言葉に聞こえたが、それは気のせいだろうか。

 十一時、にはまだならない。無心で手を動かし続けてようやく解放される。これは量があった方なのか、そうでないのかの判断がつかないのが悲しいところ。ぼーっと手を動かし続けていただけだが、繰り返し目にしたそれらがなんなのかは大まかにだが理解出来た。

 これはいわゆる、公共事業の書類。道路を舗装して欲しいとか、街の中を走る馬車の本数を増やして欲しいとか。この世界でもそういったものは市が管理しているみたいで、もちろんその為の税金もあるようだ。他にも外の町や国との交易品なんかも一度彼女の目を通ってから出入りしているようで、市長の仕事というよりも市の仕事と言った趣である。というか彼女一人に背負わせるには、あまりにも大きすぎる荷なのではないだろうか。そもそも役員が他にいるとも聞かないし、秘書だって僕しか……

「さ、次よ次。今日は北にある農場七件、それから商店街の収入確認と新しく引く馬車道の下見と……」

「ちょ、ちょっと待とうか⁉︎ え? 外回りもするつもり⁉︎」

 いくらなんでもバランスがおかしい。人を雇え人を。ああ、だから僕を雇ったのか。いやいや全然足りてない。

「……ごめんって。ちゃんと埋め合わせはするから」

 ワーカホリックだ。完全に仕事人間になっている。そもそも収入の申告なら街の人に来て貰ったり、下見だって舗装業者……があるかは知らないけど、道を舗装している職人でもなんでもその人に行って貰えば良いではないか。僕は遠回しにそれを伝える。せめて人を増やしたほうがいいとも。

「…………そう、ね。でもそうはいかないのよ」

 わけは話してくれなかった。もの悲しそうにただ、自分で選んだ事だから。と言われてしまって、僕はそれ以上強くは出られなかった。とは言え……

「ほら、行くわよ。お昼は奮発していいから、お願い」

「……立つぞ。掴まってろ」

 立ち上がる為に少し揺れるだけで、彼女は苦しそうに歯を食いしばった。僕は彼女を乗せ、また他愛の無い話をしながら目的地へと歩き出し……

「……あれ、アギト? 道間違えてるわよ。戻って戻って」

 目的地に向かってちゃんと歩いている、それは間違いなく。

「ちょっと、アギトってば。そっちじゃ……こら! 反対だってば!」

「大丈夫だって。もうこの街にも慣れたから」

 口で怒ったり顔をぺちぺち叩いたり出来る限りの抵抗を見せる彼女を、僕は無事目的地に連れてくることが出来た。市役所からおよそ徒歩三十分。いつか倒れた僕を彼女が担ぎ込んだ場所、僕が初めて秋人とアギトを繰り返し始めた場所、僕が彼女を……未遂に終わって本当に良かったと心から思った場所。建物は小さいが、立派な病院だった。

「悪いけど、まずはここでちゃんと診て貰います。ちょーっとだけだけど俺怒ってるから」

「…………アギト……」

 ぐいんぐいんと首を中心に揺さぶられる。彼女は想像以上に激しく抵抗した。待って痛くないの? 痛いでしょ⁉︎ めっちゃ痛そうな声出してるじゃん‼︎

「ちょっ! 暴れるな! どんだけ仕事人間だこのワーカホリック!」

 流石に暴れすぎて堪えたのか、息を切らしてまた丸まってしがみ付くいつもの形に戻った。そして涙声で彼女は訴えかける。

「……病院やだぁ…………」

「こんにちはーーーっ! 急患でーーーす!」

 やだやだと駄々をこねる彼女を引きずっ……ている様な心持ちで背負って、颯爽とそのドアをくぐる。子供か! いや子供だった。でもそんな歳でもないだろ!

「院内では静かにねー。おやハークス市長にアギトクン」

 僕らを出迎えたのは顔色の悪い、テンションの低い白衣姿の男性だった。僕の名前は以前来た時彼女から聞いたのだろう、となれば彼がドクターか?

「すいません。えっと彼女を徹底的に検査してやって欲しいんですが……」

「ごめんなさい! ごめんなさい! 今日もうお休みでいいから! アギト! アギトっ‼︎」

 必死すぎてもう哀れにすら感じる。あれだけの魔獣を相手にしていた勇敢な姿はどこへ行ったのだ……

「市長どこか悪いんです? 元気そうにはしてますけど」

「ええ、実は……」

 僕はあらましを先生に説明した。その間もひたすらグズり続ける彼女が、恐怖と絶望に染まった青い顔をしていく様には同情したがそれはそれ。

「なるほどね。市長は前々から過労の気もあるし、怪我もしょっちゅうだし。でも診ようとすると全力で逃げるし、抵抗するし、力強いし。良い機会だから、ホント一回徹底的に調べとこうか」

「やだぁ……ごめんなさいするから……アギトさんってばぁ…………」

 泣き縋る彼女に僕は…………心を鬼にして彼女をベッドの上に寝かせた。そんな目で見るな。やめろ。やめてくれ。怒るでも呪うでもなく求めるような目をするんじゃあない。捨て犬みたいな顔をするんじゃない!

 かれこれ二十分ちょっとの間彼女は身体中を弄り返されていた。聴診に始まり触診、運動確認は出来る事だけ、驚異の視力を披露した視力検査、あるとは思わなかった聴力検査、脈拍検査。そして彼女がグズっていた理由であろう血液検査。結果は後日出るそうだが、そんな事を言われる頃には彼女の目は絶望に染まってしまっていた。

「……ひどいねー。首、肩、腕、背中、腰、足首。全身の筋肉がだいぶ炎症してる。あと肩こり。それから大腿骨にもヒビが入ってるかも。それから予想通り寝不足過労不摂生。でも一番は精神的なものと……」

 全部やんけ。と思わずにいられなかったが、それも納得だろう。しかし精神疾患とは? と話をぶった切って先生に質問する。

「……理由はわからないし、どうせ答えてもくれないけど、随分ストレス溜め込んでるみたい。それから同じくらい魔力枯渇がひどい。どうせまた霊薬でも使ったんだろう」

 ストレスも溜まるだろう。なにせ仕事が溜まっているのだから。しかし魔力枯渇とは、僕にはいまいちピンとこな……出てくるなゲン! やめろ! 余計な事を思い出すな!

「……七日は絶対安静。それから、魔術の使用も禁止。錬金術も当然だめ。とにかく、一週間は食べて出して寝るだけね。薬も飲む事」

 薬と言われ彼女はまた泣きそうになる。子供すぎるだろう、いくらなんでも。極端な娘だと思いながら、先生の出した診察結果には正直僕も驚いた。

「じゃあアギトクン。ちょっと別室に」

「え? あ、はい」

 先生は表情一つ変えず僕を呼び出した。なんだろう……もし支払いって言われるなら結局また彼女にお金を貰いに行かないと手持ちはそんなに多くないし……はっ⁉︎ まさか喧しい患者を連れ込んだ迷惑料⁉︎

「……悪いんだけど、市長さんのことちゃんと見張っててね。それこそ寝る間も惜しんで。彼女は絶対に無理するから」

「あ、ああ。それは任せてくだ……寝る間も惜しむほどに?」

 今朝ちょうどそんな感じだったんですけども。いや、言われてみれば夜中にバレないように一人で勝手しそうな性格しているか……

「特に魔力消費だけはさせないで。次は無いかもしれない」

「次は無いって……それどういう……」

 先生は黙って頷いた。その目の真剣さに僕はなんとなく察する。とにかく食べて寝ることが魔力回復には勿論、体力回復にも良いと去り際に言われ、診察料を手持ちの殆どを叩いて支払って、また彼女を背負いに病室に戻った。

「……じゃ、そろそろ神殿に向かおうか」

「…………治ったら覚悟しときなさいよ」

 物騒な事を言う彼女をおぶって、僕は見送る先生に礼をして病院を後にした。そしてまた目的地に向かって、揺すらない様にさっきまでより注意して歩き始める。

「……あ、そういえば診察料結構かかっちゃって……」

「出さないわよ。ビタ一文出さないわ」

 そんなぁ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ