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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百六十七話


 僕はもう少しやることがあるからもう部屋に戻るよ。と、マーリンさんはぐうすか眠っているミラを僕の元へ返して自分の部屋へと入ってしまった。でへ……お帰り、ミラ。すっかり夢の中へ沈み込んでるもんだから体温がとても高い。熱でもあるんじゃないかって、毎日抱っこしてなかったら心配してしまうほどに。

「よーしよし。さて、じゃあ俺も寝るか…………寝るって時間でもないんだけど」

 そんな愛らしい妹を抱きかかえて、とりあえず布団に潜る。大事な大事な勇者様が風邪引いたら困るからね。あれ……? 自己治癒能力って風邪とかには無効なんですっけ? えーっと………………なんて言ってたかな。体力低下による不調は良いけど、それがキッカケでウイルスにやられてしまった場合はダメなんだっけ。

「……じゃああんまり怪我するのもよくないよな、本当に。錆びた武器とかで傷付けられたらそこから細菌が…………ダメだそんなの。うう……やっぱり不安だよなぁ、最近のこいつのつけあがりっぷりを見ると……」

 ポンポンと頭を撫で、ふわふわした髪に手櫛を入れてやる。細くてサラサラしていて、帯電しっぱなしであっちこっちに跳ねてるくせに、指に引っかかることのない極上のシルクのような肌触りだ。いつまでも触っていたくなっちゃうな。ミラもミラでそれが気持ち良いのか、ゴロゴロと喉を鳴らして………………うん? はて、人間にそんな機能は無い筈…………

「…………このゴロゴロいってるの、もしかして腹の音か……? はあ……やっぱり食べ足りなかったんじゃないかよ。起こしてご飯食べに連れ出すのも、こう幸せそうに眠られると気が引けるしなぁ。食欲と睡眠欲だと睡眠が勝つのな、お前」

 ちょっとだけ苦しそうに眉をひそめながら僕の首元を噛もうとする姿に、やはり空腹感を抱いているのは間違いないと確信する。だが……うん。どうやらそれでも起きる気配は無い。優先順位は食より眠なのはちょっとだけ意外というか……

「……いや、それより上に俺のことがあるのか。ふふ……そっか、三大欲求より上に俺を置いてくれてるんだな。そっか…………」

 眠りもせずに、一晩中僕の為に周囲を見張ってくれたことがこれまで何度あったのだろう。全部終わって、魔獣なんていない平和な世界になったら…………そうしたらこいつは毎朝寝坊出来るんだろうか。そんな幸せな日常を掴み取る為に戦うって言うのなら……それはちょっとだけやる気が出てくるな。

 起こしてもいけないが、果たしてこのまま空腹に耐えて眠り続けるだろうか。お腹空いた。ご飯。でもアギトが寝てる。よし、起こそう。ふしゃーっ。てな具合に寝込みを襲われても困るし……なんてことを考えながら寝転がっていると、なにやらコツンとかカツンとか乾いた音がした。

「なんだろ……? 外……窓に何か当たってる? 木なんて近くに生えてたっけ……」

 最初は枝か何かが風に吹かれて当たってるのかと思った。けど……思い返せばそんな大きな木は生えていないし、周囲になびきそうな物も特に見当たらなかった筈だ。はて、ではなんだろう。ミラを起こさぬようゆっくりと抱きかかえて立ち上がり、音のする窓へと近付くと小さな石がぶつかる瞬間を目にした。

「……誰だよ、石なんて投げて………………マーリンさんかな。てっきり星見をする為に部屋に戻ったんだと思ってたけど…………はあ。全く子供みたいな悪戯するなぁ。割れたらことだし、怒ってやらないと」

 果たしてお前はそんな立場にあるのかと問い詰められると黙るしか無いが、それでもいつか馬車でアーヴィンに向かっている時のことを思い出してみて欲しい。やりすぎちゃうタイプの常識知らずなのだ、色んな意味で。そう…………スキンシップも過剰気味だしね。だから、ちょっと驚かせてやりたくて……なんて悪戯心が先走って、窓が割れるかもという当たり前の危険性を見落としてしまう…………ような人でもないと思ってたけどな。

「ったく……こら、マーリンさ——」

 ガラガラと窓を開けるとタイミングよく……本当にたまたま、タイミングがあっただけなんだろうけど。さっきまでの小石よりも一回り大きな石が、開けた窓の隙間から部屋に飛び込んできた。あっぶなっ⁈ ちょっと! いくらなんでもこのサイズは窓が割れる——

「——誰……だ? マーリンさんじゃない。おい! 誰だよ! そこのやつ!」

 慌てて窓から外を覗くと、そこには帽子を被った見覚えの無い男が逃げる姿があった。マーリンさんではない、背格好からして子供ってわけでもない。意図的に……大人の男が意図的に僕らへ何か危害を加えようとしていた……? なんで⁈ やっぱり子供の悪戯なんじゃないかって思って周囲をじっくり探しても、逃げた男以外に人影は見当たらない。じゃあ……状況証拠的にアイツが……?

「…………な、なんだよ…………なんで……」

 ぎゅっとミラを抱き締めてその柔らかい髪に顔を突っ込む。ああ、ダメだ。やっぱりメンタル弱いのかな、僕。名前も知らない、会ったこともない人間に石を投げられた。それがとても怖くて……震え出しそうだ。なんで……本当になんで……? 僕らはどこでそんな恨みを買っただろうか。

「…………っ。とりあえず施錠しっかりしよう。窓もドアも……カーテンも閉めとこう。うう……怖いな、マジで。魔獣より怖いかもしれない……」

 おうおう、クソザコメンタルとか言ってくれるなよ。本気で……僕は本気で怖くてたまらなかった。魔獣が襲って来るのは理解出来る。だってアレらからしたら僕ら人間は餌か、それとも縄張りを荒らす厄介者かってところなんだから。

 でも……ゴートマンやエンエズさんの例を思い出してみる。人間相手に攻撃をする理由が無いじゃないか、普通だったら。気に食わないことがあったからって、石を投げつけるかよ。そう……だから、もしかしたらどこかで知らぬうちに、とんでもない恨みを買ってしまってるんじゃないかって。

「……何も悪いこと……してないよな……? だって……俺達はただ……」

 だめだ、ミラをいくら抱き締めても恐怖が拭われない。当たり前だ、この恐怖を振り払うのはいくらコイツでも無理なんだ。むしろ逆……ミラが誰かに恨まれてたらどうしようって、そんな不安が押し寄せてきてしまう。ああ……なんなんだよ、いったい。

「っ。もう寝よう。早く寝てあんなこと忘れよう。大丈夫、ただの悪戯だ。おおかた奥さんに浮気されて、間男が寝泊まりしてる部屋と間違えただけ…………そんな痴話喧嘩がすぐそばで起きてるのもなかなか怖いけど」

 余計なこと考えるな。今はそんなしょうもない不安と戦ってる場合じゃない。むしろもっと怖いことが待ち構えまくってるんだから。危険な魔獣、魔人の集い。それに……マーリンさん達が負けたっていう魔王。そうだ、僕達が気にするべきはそういった巨悪なんだ。だから…………なのに…………っ。


 目が覚めたのは明朝のことだった。どうやら不安の中でも眠りに就けたらしい。そこは本当にこのぽっかぽかな湯たんぽさまさまだ。でも…………だからってよだれで首元をびちゃびちゃにされて良いわけじゃない。

「……やっぱり腹減ってるんじゃないかよ。ほら、起き……る時間でもないか、まだ。もうちょっとゆっくりしてて良いから、その代わりパッと起きろよ?」

 昨夜よりもボサボサになった髪を丁寧に梳かしてやると、やっぱりグルグルとお腹の音で返事をされた。はいはい、夢の中でご馳走の夢でも見てるんだね。そりゃ良いことだけど、起きてからあんまり豪華なご飯が食べられなくても文句言うなよ? ったく……

「………………っ。やっべ……まだ怖いな……」

 布団から起き上がるのにひどく抵抗があった。窓を……部屋の状態を。部屋の外を、昨日の出来事を。その後どうなったのかを確認するのが怖くてたまらない。窓が叩き割られて火炎瓶でも投げ入れられていたらどうしよう。ドアを蹴破られて、すぐそこにナイフを握り締めた男がいたらどうしよう。ありえない。そんな被害妄想じみたことが現実に起きるわけがない。だって……事実、あの男は逃げたんだ。窓を開けた僕に対して、そんなことをする奴ならそのまま石を投げつけただろう。

「…………なんで……くそ。こっちでも部屋から出るのが怖くなるとか…………っ。因果過ぎるだろ、そんなの」

 そんな因果いらないよ。だから……お願いだから何ごとも無く平和な朝を……っ。恐る恐るじゃ動けない。マーリンさんが颯爽と現れて抱き締めてくれたら、すぐにでもいつものように振る舞える。でも……まだあの人が起きる時間でもない。だから……っ。大丈夫、絶対に大丈夫。大丈夫だから、早くっ!

「……っ! っはあ……っはあ…………はあ。そりゃそうだよ、当たり前だ」

 部屋の中には異常のひとつも見当たらなかった。窓も別に割れてない。鍵だって閉まってるままだ。あの後には何も起こっていない。そうだよ、当たり前なんだよ。だって僕らは何も悪いことなんてしていない。石を投げつけられるようなことを、僕らは何も……

「………………っ。まだ……確認したってのに、なんでまだ震えるんだよ……」

 それでも恐怖は消えなかった。ああ、これはどういうことだろう。なぜ石を投げられたかではない、どうしてただの石が……なんの危険性も無いただの人間が、どうしてこんなにも怖いのだろう。


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