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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百六十五話


 大きくて栄えた街……とは言い難かった。どちらかと言えば寂れているというか、うん……寂れているとしか言えない。ただそれでも、人々ののどかな生活が見て取れる暖かな光景に、僕らは少しだけ不安を取り除いて貰えた気分だった。

「……子供は元気ね。この感じだと魔獣はあまり出現しないのかしら」

「お前も子供だけどな。でも…………うん、とても良い気分になるな。平和そのものって感じで」

 ぼすっと脇腹を小突かれたが、大して痛くもない。ミラもこの温かさに和んでいるんだろう。街の中は小さな建物が並んでいて、その間の路地では子供達が遊びまわっていた。クリフィアやキリエでは見られなかった光景だ。僕にとってはその光景も当たり前で、しかしこの世界においてはそれすらも難しいことで。安堵と同時に恐怖心を再確認してしまう。

「さて、じゃあさっさと宿を取ろう。荷物を置いて……そうだね、ご飯を済ませたら買い物をしておこう。王都が近くなっているとはいえ、いつ野宿する羽目になるか分からないからね。ここまでキチンと宿に泊まれてるのは無理をしてないからだけど、魔人の集いが動こうものならそれをしないといけなくなるかもしれない」

「……うう……俺、めっちゃ気遣われてるなぁ、やっぱり。世の術師が見たら、さぞ名のある大家の息子に見えるんだろうか……」

 ふたりとも目をそらしてしまって否定してくれなかった。うう……やっぱりそうだよなぁ。女の子ふたりに徹底的に守られながらの旅……か。ふふ…………うふふ…………両手に花、美少女ハーレム。ふふふ…………心が折れそう。どうしてこんなにも情けない思いを……っ。優しく慰めてくれるふたりの優しさが今は逆につらい。いつか守ってあげられる立場になりたい……

「アギト、ちょっといいかい? いや、別に何かするわけじゃないからそう身構えないでよ…………警戒されてるなぁ、僕。からかいすぎたかな……」

「いえ……警戒というか…………そうですね、警戒してます。今は起きてるんで、非常に困ることになりますからね」

 なんのこっちゃ分かっていない様子のミラを尻目に、からかわないからちょっとだけ手を貸して欲しいな。と、可愛くお願いされたら…………ぐっ……ダメだ、落ち着けアギト。目の前にいるのは、確かに幼く見えるが推定三十オーバー、というか僕より歳上なんだぞ。ぶりっ子が通じる歳でもない、ぶっちゃけキツイと言っても過言ではない筈なんだ。だから騙されるな、目の前の痛いオバさんに………………無理だ……見た目が美少女過ぎるし、それ以前にそんな理由で抵抗しようものなら本気で殺される。主に僕の男性機能が。

「しかし、手なんて見てどうするんですか? 手相占いでもしてくれるとか?」

「占いって……星見の巫女を相手にいったいそれはどういう了見だ。君の手の大きさをキチンと知りたくてね。魔弾を始め、攻撃出来る魔具を一切持ってないのは不安だろう? せめて護身用に、体に合った武器を買っておこうと思ってね。ほら、君が使ってるナイフって結構小さいだろう? ミラちゃんのお姉さんが使っていたもの……なのか、それともミラちゃんが使うことを想定していたのかは分からないけどさ」

 ナイフを……か。ふむ……ありがたい話だが……それは丁重にお断りさせていただこう。というのも……

「…………嬉しいけど大丈夫ですよ。その小さなナイフで困ったことが無いというか……ナイフすら使うタイミングが来ないというか…………」

「……まあ、そこはしょうがない。でも良いのかい? 君、結構戦いたがり…………とはちょっと違うか。ミラちゃんの前に出たがるだろう? だから、武器を新調すると言えば喜ぶかなと短絡的に考えていたんだが……」

 うん、めっちゃ嬉しいです。めちゃめちゃ嬉しいし、出来ればすっげえ強い装備が欲しいです。レア度十五とかの攻撃力千くらい上がるやつ。出来れば追加効果で広範囲にバリアが張れたりとか…………ごほん、脱線しました。

「……嬉しいですけど、路銀には限りがありますしね。俺の装備はそう優先順位の高いものじゃないですから。ナイフ一本買うお金で、ミラが魔具やポーションの材料を買ったほうが有意義というか……俺の為にもなります。それに、なんだかんだで手に馴染んでて、使い難いってもんでもないですしね」

「そっか、君がそう望むのならそうしよう。でも……それがいつもの悪い癖から来るものならまた怒るぞ? 何度も言うが、自信を持っておくれよ、勇者二号その二。君は大魔導士マーリンさんに選ばれたんだから」

 おう、二号その二って凄い語呂悪い呼び方するんじゃないよ。確かに……僕とミラで勇者の後釜に座るって話だから、二人組の二号のうちの片割れ…………それも大して優秀で無い方。ううむ……言い得て妙なり……二号その二…………

「さて、じゃあ浮いたお金で服でも新調しようか。そろそろお姉さんの一風変わったおしゃれな姿も見てみたいだろう?」

「ぐっ………………見たくないとは言えない……っ」

 ボケにボケを被せないでよ。と、ちょっとだけあきれた様子で照れているマーリンさんだが…………僕は決してボケているわけではない。見たい……ローブ姿以外のマーリンさん…………見たい……っ。けどそれだけじゃない。

 ええと、なんて言うのかな。うん、単にミラにもマーリンさんにもオシャレを楽しんで欲しいと言うか…………勇者の冒険の為にそういう女の子の楽しみを我慢して欲しくないと、本気で思っているのだ。ち、違うよ⁉︎ ガードゆるゆるで隙だらけなマーリンさんがちょっとでも薄着しようものなら、眼福機会が増えるとか…………そんなやましい考えはちょっとしか持ってないからね⁉︎ こう……スラッシュが見たい、個人的には。いや、絶対ダメ! そんなの…………どうにかなっちゃう……っ。

「はいっ! マーリン様っ! 私は靴を買いたいです! 長旅でしたし…………その…………無茶もさせてるので……」

「靴……か。確かに、徒歩の旅において足に合った靴というのは必要な物だね。うん、分かった。お店を探してみよう」

 おっと、珍しい。食以外でミラが物を欲しがるなんて…………いや、別にそう珍しくないか。でも……うん、靴は大切だ。服に関しては、いつかキリエに初めて立ち寄った際にマーリンさんから頂いた…………物も、今となってはボロボロなんだけど。ごほん。靴ってなると、本当に一度も新調していない。ミラはただでさえ走り回るのに、強化魔術までかけての激しい戦闘も繰り広げてきてる。海風にも晒されたし、ぬかるんだ道も歩いた。むしろ今の今までよく保ったものだ。

「ここらで革細工か何かやってそうなところは……」

「すんすん……あっちの方から革製品の匂いはします。ゴムみたいな匂いも混じってるから、きっと靴も作ってる筈です。行ってみましょう」

 鼻。便利だな、鼻。本当にどうなってるんだってくらい利きが良いよな、お前の鼻は。ご飯以外も探せるとは。ぱたぱたと走っていくミラの後を追いかけて行けば、確かにそこには靴だけでなく防具や鞄などの革製品を扱う……いや、作っているのかな。工房兼販売所といった趣の店が建っていた。

「ごめんくださーい。靴を見せていただきたいのですが」

 何に物怖じすること無く、ぴょこぴょこお店の奥へと進んでいくミラの背中の微笑ましいこと。うふふ……おニューの靴を履いて早く遊びに行きたいのかな。泥んこにしちゃって、せっせか洗ってる姿が目に浮か…………えっ⁈ 今の子はおニューって言わないっ⁉︎ 嘘でしょッッ⁉︎

「ほらアギト、突っ立ってないで早く来なさい。もう、何変な顔してるのよ」

「へ、変な顔とか言うな! すぐ行くって、そう急かさなくても……」

 おや、これはアレかな? アーヴィンで上着を新調…………だからそれ上着じゃないからな! 本来は! げふん。あの時と同じように、僕に選んで欲しいということだろうか。それは…………でへへぇ……可愛いなぁ、ミラは。お兄ちゃん選んで、私それにする。お兄ちゃんが選んでくれたのがいい。お兄ちゃん大好き! でへ…………でへへ…………

「ほら、さっさと足出す。すいません、出来るだけ頑丈な…………いえ、柔らかい素材の軽めの靴が良いんですけど……」

「でへ…………でへへ…………でへ? おい? あれ? もしかしてお前、俺の靴買いにきたの? みんなの分新調する余裕は……流石に無いよな? え? 俺の…………あれ?」

 何を言ってるんだこいつは。と、そう言わんばかりの表情で、ミラは僕を無理矢理椅子に座らせて靴を掻っ剥いだ。おいおい⁈ マジで僕の靴買うのか⁉︎ お前の靴見にきたんじゃ…………

「お、おいミラ⁈ お前、自分の靴買わなくて良いのか⁉︎ そりゃ確かに、俺の靴も大分傷んできてるけど……」

「私のは直せるもの。自分の身体のことくらい把握してるから、丁度良いサイズに調整も出来るしね。アンタのはちゃんと見たこともないし、良い機会だからしっかり測って修理出来るようにしておきましょうか」

 靴直せるのっ⁉︎ 嘘だぁっ⁉︎ いや待て…………何か忘れて…………何か大事なことを、大事な人を…………大事な人の大事なものを…………

「…………ああ、そういえばお前、義足とか作ってたんだっけ……? き、器用にも程がある……靴もいけるのか……」

「当然。機械加工も革を縫うのも朝飯前よ。物作りは錬金術師にとって必修事項だもの」

 そうなの? と、横で感心した表情を浮かべているマーリンさんに尋ねると、普通は専属の金属加工師や職人を雇うんだけどね。と、割と当たり前な答えが返ってきた。ミラはその答えにとても驚いて、ダリアに一から全部教わりましたよっ⁈ と、声を荒げていた。

 ええと……あの、アレかな? レヴとして、レアさんの専属職人としての訓練も受けていたって感じで…………すね、これは。まあ、本人がいいならいいけど……出来ればあんまり過去をほじくり返すイベントは起きて欲しくない。心臓に悪いったらありゃしない……


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