表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
364/1017

第三百六十四話


 ベルベット=ジューリクトン。研究者としてのマーリンさんの腹心にあたるのであろう人物の名前だ。なんでも世界有数の魔術、錬金術の大家である、術師五家のうちのひとつに属する天才錬金術師らしいのだが…………ぶっちゃけた話、僕らの旅には一切関係無い。ならば何故この名前をわざわざクローズアップしたのかと言うと…………

「なにより偉大なのは初代様ね! まだ五属性の確立も浸透しきっていない頃から、既に統括元素使いとして魔術の発展に寄与したわ。後天性統括元素というのは、本来術師の持っている得意不得意を克服して全ての属性を使いこなそうという、今でこそ当たり前に目指されることだけれど、当時では誰も考えなかった術師の理想を叶えようとする思想のことよ。今なお五属性を全て使いこなせる術師はそう多くないのだけれど、ハークスの血筋においては幼少からの高度な修練によって——」

「…………マーリンさん。地雷踏みましたよね、これ。終わらん……ミラの話が終わらないよ……」

 嬉しくて嬉しくてたまらないのだろう。魔術、錬金術という分野は、コイツにとって最も楽しいものなのだ。僕で言えばゲームやアニメ、とどのつまりはオタ趣味。うむ、つまりは…………ミラは天才的な術師でありつつ、同時に重度な魔術オタクでもあるのだな。今までいろんな人に聞いた魔術師の素養の話を思えば、当然の帰結なのか……?

「あはは、ミラちゃんは本当に物知りだ。うん……何を隠そう僕もイマイチ分かってなくってね。いやぁ、世間に疎いというか…………あんまり他の魔術師との関わりも無かったし。キリエや王都に贈られてくる魔術書に書いてある名前は知ってるんだけどね」

「……本当に貴女って凄い魔術師なんですか……? いやまあ、凄いことは疑いようも無いんですけど…………あれ、そういえば五家ってやつにはマーリンさんは属して無いんですね。トップファイブみたいな言い草だったし、てっきり入ってるものかと。それとも…………やっぱりあんまり凄くない……?」

 思い切り耳を引っ張られてしまった。痛い痛い、でもミラの噛み付きに比べたら痛くない。だからってまるっきり痛くないわけじゃないっ! 怖い顔で睨みつつもどこか言い返す言葉を探して口を噤んでしまったマーリンさんに、ミラはなんとも楽しそうに抱きついた。

「だから凄いのよ! マーリン様はっ! 術師五家に属さない、それどころか身元すら不明でとても家系が良いとは思えない。けれど魔術界に彗星の如く現れ、その輝きはどの五家にも劣ることの無い唯一性と絶対性を持った無二の大魔術師と呼べる代物で。大人達はあんまり良い顔をしなかったみたいだけど、私はとってもワクワクしたもの! 家の外にはもっと凄い魔術師がいるんだって!」

「えへ、えへへ……そんなに褒めないでよぉ、もう。でも、全部本当のことだけどね。ふふん。ミラちゃんくらいの歳だと、勇者の冒険譚もあって僕の知名度はとぉーっても高い。まあ……君みたいな例外もいるみたいだけど」

 うぐっ……ま、まあ僕はこの世界の常識みたいなものを一切持ち合わせていなかったからな。おい、バカミラ。やーい、世間知らずーっ。みたいなバカにした視線を送るんじゃ無い。お前には言われたくないんだよ!

「…………って、あれ? そうだ、魔術翁は? マグルさんもその五家のどこかに属して…………あっ……も、もしかして獣人であることが原因でその……」

「ううん、違う違う。アイツは僕と同じ、五家に含まれない高位魔術師さ。というか……うーん、なるほど。ミラちゃんはマグルのことを、そして魔術翁という名前を知らなかったんだったっけ。ふむ……ハークスの目的はなんとなく察するけど……ま、知ってしまった以上、説明してもそう問題無いか」

 え? 何そのタメ? もしかして…………はっ。生体魔術……とか言ってたし、マグルさんもハークスの生み出した傑物だったりするのだろうか。人造神性……だっけ。そういえば初めて会った時ミラを見てすぐにその名前を出していたような…………

「……マグルは今からおよそ八十年ほど前、正体不明の魔術師として界隈に出現した。学会や共同研究会にて日々切磋琢磨していた五家に突然研究レポートが送られてきたらしいんだ。そして……それぞれのレポートは、各家の得意としていた筈の研究のはるか先を行くものだったんだって。文字通り、五家全てを叩き潰す形で現れた謎の術師。それこそが後に魔術翁として五家から忌み嫌われることとなる、若くて血気盛んで……そしてまだ人間を憎んでいた頃のアイツだ」

「忌み嫌われる…………そ、そんな話聞いたこと無かったです。お爺さんが凄いのは分かってたつもりでしたけど……」

 おう……とても物騒な話じゃないか。なんで魔術師ってのはそう他方に向けてすぐに喧嘩を吹っかけるの……? しかし……ふむ。トップと言われていた五つの名門をいとも容易く追い抜いて、他に並ぶ者のないナンバーワン魔術師……か。ふふ……なにやら厨二心をくすぐられますなぁ。

「マグルの存在は五家にとっては相当目障りだっただろうからね。それもクリフィアなんて街まで作って堂々と動かれたんじゃたまったもんじゃない。五家の威厳は一時期地に落ちたものだ。その所為もあって……というか、その所為しかないというか。ハークスは特に家が近かったからね、腹に据え兼ねてたんだろう。それこそその情報の全てを無視し、排してしまうくらいに」

「…………負けず嫌いは血筋なのな、お前」

 ミラはさっきまで楽しげに振っていた見えない尻尾をしまって、静かに僕に抱き着いて…………黙って首を思い切り噛んだ。痛い痛いっ! 事実だろうがっ! 負けず嫌いめっ!

「ま、今でこそ僕が五家に含まれない伝説的な魔導士だって話になってるけどさ。それはどちらかと言うと、勇者の伝説が大きくなりすぎて無視出来なくなったってだけ。実績も本来の知名度も、それにインパクトも含めてマグルは僕の上をいく。だからって五家が凄くないわけじゃない。たまに現れるものだよ、こういうイレギュラーは」

「いてて……しかしそうか。ふむ……お前はどんどん称号が増えてくね、何かある度に。初めは小さな市長さんくらいなもんだったのに」

 最初っからハークスだって名乗ってるじゃない! と、さらに噛み付かれた。いでででっ! 悪かったってば! 凄そうだなぁとは思ってましたよ! 本当にですよ! 実際はどうか知らなかったってだけだから!

「まあ、魔術師には古くから続くエリート家系が五つある、と。その上でマグルや僕みたいな、突然変異じみたイレギュラーが混ざっていて、とんでもない速さで日々進歩しているのだとだけ覚えておいてくれたまえ。君、実は今とんでもない状況にいるんだぜ? ちょっと学のある魔術師が見たらすぐに平伏する程の魔術師に囲まれてさ、まったく贅沢な話だよ」

「………………そういえばいつかルーヴィモンド魔術翁に、ミラの飼育している実験動物と間違われましたね…………そっか、そんなに凄けりゃそう思われもするか……はあ」

 そんなこともあったの……と、とても哀れみに満ちた目で見られてしまった。うう……でもあの時はミラが怒ってくれたもんね。だからそう傷付いてなーい。でも……その後ミラがあっさり取り抑えられたのは堪えたなぁ。

「今でこそただの耄碌ジジイだけど、マグルは本当に凄いんだ。ま! 今じゃ僕の方が凄いけどね! アイツはもうダメだよ、ただの引きこもりジジイだ。何考えてるか知らないけど、隠居して結界の中に引きこもってたんじゃロクな情報も得られやしない。いくらアイツでも、進む足を止めたらすぐに追い抜かれて置いてかれる。ほんと、気が気じゃないよ。若い子を見てると特にね」

「んむ、えへへ……私もいつかマーリン様に追い付いて、一緒に研究してみたいです。えへ」

 おうおう、追い付くなんて言わず追い抜いて見せたまえ、妹よ。マーリンさんはなんともまあ嬉しそうににやけた顔でミラを抱き上げ、そのふわふわした髪に顔を埋めた。おいこら、僕の妹だぞ! さらさらふわふわで気持ちいいのは分かるけど盗るんじゃない! それは僕のっ!

「さてと……とりあえずベルベットの話は一度置いて…………ベルベットの話はしてないな、あまり。ごほん、一度五家の話は置いておこうか。この話はどこかで腰を落ち着けてからの方がいい。ほらミラちゃん、ちゃんとお水飲んで。話し疲れたろう」

 抱き締めたまま器用にもカバンから取り出した水筒を手渡し、ニコニコデレデレと微笑みながら彼女はミラの頭を撫で続けていた。うう……僕の…………おや。何か忘れて……

「……そうですよ、ベルベットさん……? の話を全然聞いてないじゃないですか。探すんでしょう? せめて特徴というか……外見を教えておいてくださいよ」

「でへ……おっと、それはうっかりした。けど……アイツも身隠しというか、変装じみた魔術を使うからなぁ。アイツの残した実験機材でもミラちゃんに見せて魔力痕を覚えて貰えば良かった。とりあえず、性格は寡黙、だけどうるさいやつだから、一度会えば分かるだろう」

 寡黙だけどうるさいってそりゃどういうことだよ。あれか? 普段は黙ってるけど、好きな分野になると早口で饒舌になるタイプか? 僕じゃないかっ! ともかくあの研究所の副所長、ベルベット=ジューリクトンの捜索も加えて僕らは旅を…………あれ? もう街が見えてきた……? っていうかもうお昼⁈ おしゃべり過ぎだバカミラっ! いや、困らんけど……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ