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異世界転々  作者: 赤井天狐
異世界転々
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第三百五十七話


 空気の避ける音が轟いた。ゴロゴロと響く重低音はまるで雷のようだと評されて、その姿はまるで鬼神のようだとも。

「——貫く灼槍(アリージャ・フラン)っ!」

 言霊が響き、大気の焦げる匂いがした。そしてすぐにそれは肉を、骨を。歪んだ生命を焼き尽くす臭いへと変化する。その様子を皆、あっけにとられながら眺めている。さて……

「…………危ないことはするなって……言われてんのに…………」

「はぁああっ! 穿つ雷電(ピアード・ヴォルテガ)エクススっ!」

 僕とミラと、それからマーリンさんの部下である所員のうちの三名。計五人で僕らは街の外へと……魔獣の群れの真っ只中へと訪れていた。おかしい…………何かがおかしい…………っ。

「とんでもない強さ……そして器用さですね。魔力量は特筆すべきものでもないですが、あの精密さはとても並の術師のそれではない。所長も見習ってくれればいいのに……」

「そうだな、あのお嬢ちゃんはきっと相当な場数を踏んでいるんだろう。魔獣との戦闘……と言うよりも、複合処理と並行演算の実践的な鍛錬を積んでいると見た。所長が仕込んだにしてはあまりにも場慣れし過ぎているし、いい家庭に産まれたのだろう。あの人は教えるの下手だから……」

 ちょっと。聞こえてますよ、それ。告げ口しちゃおっかなぁ……なんて。所員達はミラの戦闘を眺めながら、感嘆の声を上げていた。ふふふ、どうだすごかろう。僕の妹は人類史上最も可愛い上に強くてすごいのだ。イマイチピンとこない褒め方をされていたとしても鼻が高い。ふっふーん、もっと褒めてもいいぞ。なにせ僕の自慢の妹だからな。

「はぁっ! よし、これで取り敢えず全部かな? 回収します、何処へ運べばいいですか?」

「ご苦労様。荷車を手配してるからそこにお願いするよ。しかし……とんでもない緻密さだ。よくそれを戦闘に応用出来るね」

 へい、坊や。いえ、多分今の僕より……アギトよりも歳は上っぽいんですけど。でも秋人的には歳下なので、心の中では坊やと呼ばせていただこう。ごほん。へい、坊や。何うちの妹に馴れ馴れしくしてるんだ。やめろ、人懐っこいから仲良しになっちゃう。僕が尻込みしてる間に打ち解けちゃう…………また…………僕が仲間はずれになっちゃうぅぅ…………

「アギト、アンタも手伝いなさい。出力を抑えてる都合、あんまり重たいものは持てないんだから」

「っと、悪い悪い。しかしなんというか…………」

 何よ。と、ミラはどこか不機嫌そうに僕の顔を覗き込んできた。そんなに顔に出てました? ま、嫌な……というか、ゲンナリした顔してただろうな。目の前に転がっているのは、獣のような……それでいて魚のような。鱗を持つくせに爬虫類とは少し違う、哺乳類ともまた臭いが違う。ともかく異質な姿の魔獣は、全て綺麗な形を保ったまま仕留められていた。前にもこんなことあったなぁ。あれは初めてクエストで路銀稼ぎを目論んだ時のことだったか。

「研究素材だからね、ぐちゃぐちゃじゃ意味無いもの。んんーっ。でも、かなり馴染んできたわね。可変術式も始めの頃よりもっと細かい調整が利くようになってきたし、そもそも出力を抑えても戦えるって自信がついた。前みたいに最悪魔力切れ覚悟で吹き飛ばせばなんとかなる……って保険が無くても、もうへっちゃらね」

「……出来ればそんな自信は持たないで欲しいけどな、俺は。こんなこと、ほんとは断って欲しいくらいだ」

 分かってる。と、ミラは優しく笑った。僕らは行き詰まった調査の息抜きなのか、それとも単に本来の職務の為なのかは分からないが、魔獣の討伐を依頼されていた。この街には砦も結界も無い。侵入してきた魔獣を捕らえるだけでは、いつか大群に攻め込まれてしまう可能性がある。故に、定期的に住処を叩くらしいのだが……その一隊として出てくれと、所員のひとりに頼まれたのだ。

「他の所は今頃どうなってるかしら。前なら絶対一番だって思っただろうけど、今は流石にそうも言えないわよね。うーん、手練れだってことだし、もうとっくに終えてるかしら? まさか私達がビリなんてこと無いわよね」

「どうして勝手に競争意識を持ってるんだお前は…………はあ。いくら手練れって言っても魔術の使えない普通の騎士だろ? 流石に魔獣を一撃で仕留めるなんて荒技も出来ないし、時間は掛かるだろ」

 かしらねぇ。と、ちょっとだけ上機嫌な様子で、ミラはやってきた荷車に魔獣を運び込み始めた。出力を落としてるからとか、重たいものは持てないだとかはいったいなんだったんだと問い詰めたくなるほど軽々と。そしてあまりにも躊躇無く。普通、さっきまで生きてた魔獣を肩に担ぐとか出来ないと思うんだけど…………?

「…………はあ。いつまでそんな情けないことを…………よし。俺も手伝います」

 せーのと四人がかりで持ち上げた魔獣の重さに、なおさらミラの体力の底知れなさを思い知る。本当に弱くなったんかお前。出力を落として尚コレって……昔のアイツはどれだけ強かったんだ。誰にも負けないとは言い切れないけど、実際魔術翁にも勝って古代蛇なんて呼ばれてた馬鹿デカい魔蛇も倒して。うん、強かったわ。かなりとかではなく、異常に。

「降ろします。ゆっくり、手を挟まないように」

「はい。よっと……おっと…………うひい、重たいなぁ。てか…………鱗の感触が気持ち悪い…………はあ……あと何頭倒してたっけ。気が滅入る……」

 一度満席になった荷車は僕らを残して研究所へと戻っていった。あれも一台しかない……ってことも無いか。普段より多くの魔獣を倒してるから間に合ってないのだろう。ミラひとりで騎士何人分の働きをしてるのだろうか。うむうむ、我が妹ながら引く程強いな。知り合いじゃなかったらドン引きしてる自信がある。そういう意味では、所員さん達もまあよく平然としてられる…………ああ。そういえばもっと規格外な上司がいるんだった。

「しかし助かります。ただでさえ人もお金も足りてない施設ですから、どんどん増えていく魔獣にいつか押し潰されてしまいそうで。この機会にある程度巣を潰しておかないと。出来れば明日も同じように討伐を手伝っていただけないでしょうか」

「えっと……それは…………マーリンさん次第というか、ミラ次第というか。マーリンさんの仕事が終わらないと出発出来ないですからね。それに……もし終わったとしても、この旅の進路の決定権は全部アイツが握ってますから。遺憾なことに」

 あんな小さな子に? と、三人の中で一番礼儀正しい所員さんは驚いていた。一番礼儀正しい人ですらこんなことを言ってしまうほど異常な光景なんだろう。道を決めるのが、ではなくて。旅の道行きの責任を負っているのがおかしいのだ。見た目は本当に小さな……それこそまだ十歳かそこらの少女と思われても不思議は無い。童女とか言われたことも多々あるしな。

「小さいですけど、見ての通り頼もしくて立派ですよ。いや、実際あんなチビでも一応は十六歳になる——」

「——誰がチビよっ! ふしゃーっ!」

 唐突に背後から飛び掛かられた。まっ、魔獣っ⁉︎ ぎゃあっ! 噛まれた! ぐっ…………俺はもう噛まれちまった……殺してくれ……っ。アイツらと同じになる前に……人間であるうちに殺してくれ…………っ! とかではなく。頼もしくて立派だけど見た目通り子供っぽいミラに、いつも通り肩口を噛まれたのだ。どうしてお前は寸分も違わず同じところだけを噛むんだっ! 痛いっ!

「いっでででっ⁉︎ お、落ち着けミラっ! 褒めてたの! 今お前のこと褒めてたのっ! 立派だね、偉いね、強いねって。世界一可愛いねって褒めてたのっ!」

「むが…………ほんと…………? あむ……………………脈が変ね、嘘ついてるでしょ」

 嘘はついてないですっ! 痛いっ⁉︎ 確かにごまかしてる感はあったけど嘘は言ってないってばっ! ミラはまだ不機嫌そうに僕の首を噛み続けた。うう……ほら、みんなドン引きしてるぞ……? 魔獣を一撃で葬ってるところを見ても多少驚いただけの所員さん達が、一様に青い顔してるぞ? ほら、みっともないからやめ…………やめてぇっ! それ以上はお兄ちゃんの首がっ! 首がっっ‼︎

「あの、もしもし。ええと、ミラちゃんだったよね。出来れば明日も一緒に魔獣を捕まえて欲しいんだけど……どうかな? 勿論危ないことだし、嫌なら断ってくれていい。報酬もロクに準備出来ないしね……」

「あぐ……いえ、手伝わせてください。ここで頑張れば、マーリン様の負担を多少でも軽くして差し上げられます。それに……こう見えて勇者ですから」

 やっと噛むのをやめてくれた…………いてて。勇者……かあ。確かに正義の勇者なら困っている人や街を助けるのは当たり前なのかもしれないが…………別に何も変わってないぞ? 勇者であるから助けるという風な言い方だったけど、お前そんなのなくても手伝っただろ。うーん……やっぱり今更な感じはあるよな、勇者なんて。そりゃ……魔王を倒す使命についてだけは、昔は背負う必要の無いものだったけど。

「……? なによ、また噛まれたいの?」

「違うよ、まったく。お前のその勇者へのこだわりはなんなのかなって思っただけ」

 そんなの決まってるじゃない! と、鼻息を荒くして胸を張る姿に、ちょっとだけ嫌な予感がした。きっとコイツはバカなことを言い出すのだろう、と。うん……そりゃかっこいいことも言うけどさ。忘れてはならないが、コイツは根本的に脳筋なのだ。どれだけ賢かろうと、優秀だろうとも。ぽんぽんと頭を撫でてやると、ミラは言うことも忘れてすぐに嬉しそうな顔で抱き着いてきた。さっき噛み付いたくせに、すぐ甘えん坊に戻るんだもんな。

 その後も僕らは魔獣を討伐し続けた。まあ…………この隊の戦闘能力はミラが一手に引き受けてるもんだから、僕も非戦闘員な所員三人も見てるだけなんだけどね。


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